Interview

教育を社会のテコに、課題解決に挑み続ける。事業立ち上げに活きた「マインドセット」とは

神山まるごと高専

共同創業者・理事

松坂 孝紀さん

グロービス経営大学院 卒業生(2016年卒業)

1984年東京都生まれ。東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社に入社。マーケティング、人事、経営企画などを担当した後、2017年に子会社として人事コンサルティング会社を起業。自社の経営を行いながら、コンサルタントとしても活動し、企業や地方自治体の人づくり・組織づくりプロジェクトを多数推進する。2021年より神山まるごと高専の立ち上げに参画。起業家がつくる新しい教育モデルを提唱し、同校は倍率10倍を超える人気校に。2026年現在はAI教育企業で3度目の起業に挑戦中。グロービス経営大学院2016年卒業。

KIBOW 社会投資ファンド

プリンシパル

田村 菜津紀

(株)ニコンにて、新規事業開発・オープンイノベーション事業の立ち上げ・CVC投資に従事。その後、(株)リクルートの人事企画部門にてグループ間異動制度の企画やHRテック事業の推進に携わる。2019年グロービス入社、G-STARTUPの立ち上げに参画。早稲田大学人間科学部健康福祉科学科卒業。グロービス経営大学院修了(MBA)。

肩書き・プロフィールは取材当時の情報です。

高校時代から教育の世界で生きていこうと決めていた松坂孝紀さんは、人事系コンサルティングでの起業を経て、起業家たちが創る新しい学校、神山まるごと高専の立ち上げに参画。グロービスで培った新規事業を創るスキルを武器に、長期視点で学校づくりのコアを担っていきます。未解決問題が多い教育業界で課題を次々解決していくテコを探しながら、現在はAIで教育の可能性を広げるべく3度目の創業へと進む、連続社会起業家のマインドセットについて考えます。

教育の世界で
“幸せを感じられる人”を
増やしたい

田村:まずは今までのキャリアについて簡単に教えていただけますか?

松坂:大学卒業後、教育系ベンチャー企業に入り、BtoC事業で主にマーケティングを担当していました。手を挙げれば仕事を任せてもらえる環境で、最大4部署を兼務していたこともあります。入社半年でマネジメントも手掛けるようになり、非常によい経験を積ませてもらいました。最初の5年間はマーケティングから始まり、経営企画、人事採用など、管理部門系の仕事が中心でした。

そこから、法人向けの新規事業として企業向けの人事コンサルティング事業を立ち上げ、さらに5年後の2017年にその事業を子会社化しました。神山まるごと高専のプロジェクトに出会ったのは、子会社も伸びてきたタイミングです。その後、前職を離れて、同校の立ち上げに携わりました。今も理事として経営の一端を担いながら、新たな会社として、3度目の起業に挑戦しています。

田村:最初に教育業界を選んだのはどのような理由があったんですか?

松坂:高校の頃から教育の世界で生きていこうと思っていました。一つには、人が幸せになるために一番効果が大きいのは、幸せを「感じられる」かどうかだと思っています。それなら、教育で幸せを感じられる人を増やすことが、世の中をハッピーにする一番の近道ではないかと考えたのです。

また、社会問題は数多くありますが、その解決に携わる人を育てる教育業界なら、すべての業界に関わることができるのではないかと。根っこにあるものや本質は何か、何がコアなのかをとにかく考え尽くしたときに、「社会のテコになるのは教育だろう」と思ったんです。その考えは今も変わりません。

2年後の自分に必要な力をつけるためグロービスへ

田村:グロービス経営大学院で学ぼうと思われた背景や課題感はどんなものだったのでしょうか?

松坂:社会人5年目で、管理部門の仕事はだいたい一通り見ることができたと感じていました。会社の中で管理部門のトップになれるイメージは湧いたのですが、その先、会社全体のトップになるイメージは湧かなかった。このまま行っても先が見えるな、と。

また、私は昔から「2年後に必要なスキルを今学ぶ」ということを続けていて、当時は「2年後の自分に必要になるのは、売上や事業をつくる力だ」と考えていました。それで本格的に経営を学びたいと思い、新規事業の立ち上げに手を挙げるとともに、グロービスの門を叩いたんです。

田村:実際にグロービスでの学びが仕事に影響を与えた場面はありましたか?

松坂:お客さまにご提案する際に、グロービスで学んだフレームワークを使って企業分析することを毎週のように繰り返していました。当時はAIもないので、IR資料を一つひとつ読み込んで、事業課題や経営課題は何かを考える。そして顕在ニーズの裏にあるもっと本質的な課題に踏み込んで提案するようにしたところ、お客さまとのお付き合いが自然と長くなっていきましたし、経営チームの一員として扱って頂けるようなこともありました。子会社の事業運営に関わるようになってからは、グロービスでよく言われる“経営の総合格闘技”を自分自身で体感する日々でした。

その中で、大企業の組織変革から、スタートアップの立ち上げ支援まで、さまざまな仕事を手掛けました。これまでやったことのなかった地方自治体のコンサルティングにも取り組み、少しずつ事業領域を広げていく中で、学校・教育業界や学校法人にも関わるようになりました。ちょうどその頃、神山まるごと高専の立ち上げの話を知ったんです。

全体を見渡し、一貫性を保ちながら事業のコアをつくる

田村:そこから、ご自身も神山まるごと高専に携わる形となったわけですが、立ち上げ期のチームはどのようにつくり、松坂さんはどんな役割を担ったのでしょうか?

松坂:立ち上げ期では、フルタイムで働いているのは私ひとりで、自分の契約書を自分でつくってハンコを押すところからのスタートでした。コアなメンバーも掛け持ちで仕事をしていましたし、プロボノの方々は一番多い時期で100人ほどいらっしゃいました。その中で私の役割は、事業のコアとなる部分をつくることだったと思っています。プロジェクトは垂直立ち上げだったので、資金集め、カリキュラムづくり、広報やブランディングなど、同時多発的にやらなければいけない状況でした。全体像を誰も把握しきれない状況の中で、「ここはこうすべき」といった判断を都度行うのが自分の役割でしたね。

もう一つは、このプロジェクトに関わる組織づくりのところです。プロボノの方々とは全員面談を行い、どんな役割を担ってほしいのか、どんな貢献をしてほしいのかを一つひとつ丁寧にオンボーディングしていきました。目的に向けてみんなが躍動できる状態をつくることは、常に意識していましたね。

田村:立ち上げに関して、グロービスでの学びが役立ったと感じていることはありますか?

松坂:具体的なスキルというよりも、スキルを操るためのマインドセットが活きていると感じます。「ないなら、つくればいい」。つくるためにはヒト・モノ・カネ、さまざまなことを考えなければなりませんが、それらをきちんと組み合わせれば「できるはずだと思えること」が、実は一番大事なのではないかと。

新しいことや難しいことに挑戦するとき、「現実的ではないのでは」「無理かもしれない」というモヤモヤで行動が止まってしまうことは多いと思います。そこを気合いや根性で乗り越えるのも大事ですが、「こういうスキルがある、こういう事例がある、こういうブレイクスルーの方法がある」と知っていることが、前に進むための原動力になると考えています。

学生や保護者、行政、地域の方々。多様なステークホルダーとどう向き合うか

田村:立ち上げでは、どのあたりに難しさを感じていましたか?

松坂:2つありました。まず、学校の立ち上げは、とにかくステークホルダーが多いです。10代の学生とその保護者はもちろんのこと、資金や業務の面で協力をお願いする企業や起業家の方々。そして、認可事業のため行政や役場の方々もいますし、さらには地域で暮らすおじいちゃんやおばあちゃんもいます。全員のバランスを取って、当たり障りのないものにしたくはなかったので、年齢も立場も関心もまったく異なる人たちに、全方位で向き合わなければなりませんでした。そうした場面では、グロービスの「パワーと影響力」(立場や信頼関係などさまざまな影響力を発揮して、人と組織を動かすことを学ぶ科目)で学んだことを、もう息をするように使っていましたね。

松坂:2つ目は、あらゆる場面で一貫性を保ち、細部にこだわる必要があったことです。一つひとつの判断が積み重なって大きなものになっていく中で、「今この瞬間に角度が1度ズレたら、1か月後、1年後にはこうなる」。そのズレをどこまで許容するかというバランス感覚が問われます。ただ、先ほどお話しした通り、2年後に必要となるスキルを前もって学ぶなど、私は昔から長い時間軸で物事を考える習慣があったので、そこは比較的得意でした。教育はとにかく息の長い仕事で、10年先、20年先を見る必要がある。それが難しさであり、同時に「自分だからこそできることなのではないか」と感じていた点でした。

田村:立ち上げで手応えを感じることができたのは、いつ頃だったのでしょうか?

松坂:立ち上げの前と後で、それぞれありました。立ち上げ前は、ひたすら書類に向き合う日々です。認可の申請書など書くべき書類はおよそ1,500ページにもわたったのですが、たとえば「奨学金をこれだけ出します」という一文の裏側にも、さまざまな仕組みや仕掛けがある。そうしたすべてを1,500ページに集約していきました。

その中には、学校業界では前例のない施策もあります。それを、文科省の方々が受け取りやすい形へ丁寧に翻訳していきました。時にはコンフリクトもありましたが、数多くのやりとりを重ねていく中で、きちんとした思いと戦略で取り組めば自分たちが実現したい教育を文科省のルールの中でも実現できるはずだという思いに至りました。

2つ目は立ち上げ後、学生が入ってきたときです。初めてのことが次々と起こり、目まぐるしい毎日の中でも、学生たちが成長していく姿を見て、「自分たちがやっていることは未来につながっている」と強く感じました。

生まれた場所で、子どもの未来が決まらないように

田村:「学費の実質無償化」という現在の奨学金制度をどのように実現していったのでしょうか。そのプロセスを教えてください

松坂:自分で稼ぐことができない子どもは、生まれた場所や環境によって未来が変わってしまいます。良い教育は高い、でもそれを安く届けたい。だからこそ「奨学金の制度をきちんとつくり込もう」と、早い段階からメンバーみんなで話していました。学費の半分を奨学金で充てれば一般的な学費と同程度になる。高専は5年間ですし、大学まで含めて考えれば「少し高い私立ぐらいだね」と。それで最初は学生の半額分に相当する奨学金基金を募ろうとしました。

でも、まったく集まらない。「どうしよう」と議論する中で出てきたのが、「半額では中途半端すぎて人の心が動かないのではないか。全額無償という旗を掲げないと、賛同は集まらない」という声でした。集まっていないのに目標を倍に引き上げたんです。すると初めて賛同してくださる方が現れ、そこから雪だるま式に思いをつないでくださる方が増えて、最終的に全額の実質無償化が実現できました。

田村:子どもたちに等しく機会を届ける、非常に社会性の高い取り組みですよね。こうした意識が、チームの皆さんの原動力になったのでしょうか。

松坂:それもありますが、良いものをきちんと届けたいという思いが大きかったですね。子どもにきちんと届けるとしたら、親の経済環境になるべく依存しないようにしたい。また、もともと教育の選択肢を多く持つ子どもよりも、選択肢の少ない子どもに新しい選択肢がどんと出るほうが、人生へのインパクトは大きい。奨学金の仕組みがあるなら良い教育にアクセスできる、という子は、全国のどこかに必ずいるはずで、広報も仕組みも、その子たちにきちんと届くようにつくりたいと考えていました。

田村:学校の立ち上げ時は注目が集まるので寄付を集めやすい環境かと思いますが、一方で、一過性で安定しない恐れがあると思います。何か工夫はされたのでしょうか?

松坂:世界の事例をリサーチした結果、海外の基金運用型のモデルのほうが、自分たちが解きたい課題に対して有効だと考え、奨学金基金モデルを選びました。これは、賛同いただける企業に拠出頂き、100億円の基金を作り、その運用益を学費に充てるモデルです。ここもファイナンスの知識を活用した、起業家的な発想だったと思っています。

全人生を賭けてみよう、
本気で挑めば報われる

田村:今後の展望や目標についてもお聞かせいただけないでしょうか。

松坂:今は、学生たちが卒業後に社会へ出ていくための環境やエコシステムづくりにチャレンジしています。校舎の中でやれることは最大限やっていますが、それだけで学生が育つとは私たちは考えていません。校舎の外で学べることは非常に多く、学生と社会との出会いが重要です。

社会課題に出会うと、学生は大きく変わります。ある学生たちは介護業界向けにサービスをつくりたいと言っていたのですが、実際の介護施設を訪れて現場の大変さを目の当たりにしたとき、「これはなんとか解決しないといけない」と強く感じたそうです。そこから目の色を変えてプロダクトづくりに没頭し、DCON(ディーコン)というコンテストで文部科学大臣賞とトヨタ自動車賞をダブル受賞しました。現場に行くと感情が動き、それが大きな原動力になる。学生がそうした社会課題に数多く出会えるよう、つなぎ役や起業のメンタリングを担うことで、地域にエコシステムが生まれるきっかけになればと思っています。

今まではどちらかというと「社会がやってくる」学校をつくってきましたが、これからは学生たちから出向いていくことを、もっとやっていきたいと思っています。

田村:松坂さん個人のキャリアとして今後の目標はお持ちですか。

松坂: 私のキャリアの歩みは、未解決の課題が多い教育業界において、次々と課題を解決へ導くための「テコ(レバレッジ)」を探し続けているような感覚です。神山まるごと高専の立ち上げも、学校業界にクリエイティブな事例をつくることがテコだと思って、取り組んできました。
現在は、AIもまた一つのテコになると思って、神山まるごと高専での活動と並行して、自身の会社も経営しています。AIの活用によって「教える側と教わる側」の関係性が変化すれば、教育の仕組みそのものが変わらずとも、誰もが幸せになれる社会を実現できるかもしれません。神山まるごと高専のような新しい学校だけが先行すればいいというわけではなく、どの学校でも、いつもの先生が「AI×教育」を実現できるような状態をつくる必要があります。そのために、先生方の「AIを教える」をサポートしていけるサービス開発を進めています。そこに取り組むことで、教育業界全体にインパクトが出せればと思っています。

田村:最後に、起業家や社会起業家を目指す方々にメッセージをお願いします。

松坂:とにかく全人生を賭けてみたらいいのではないかと思っています。社会課題は、難しいから課題として残っているわけですよね。それなら、難しさに相応しいだけのエネルギーを注がないと解決できません。そこで最も手っ取り早く賭けることができるのは、自分の人生です。「誰かやってくれないかな」ではなく自分の人生を賭けたとき、初めてそれに呼応し、連なるものが出てくるのではないかと考えています。

勇気を持って人生を賭けるための保険として、僕は「仮に失敗しても、ビジネスの世界に復帰すれば、家族を路頭に迷わせないだけの稼ぎはつくれるはずだ」と自分の力を信じていました。培ってきた力を信じられるなら、人生を一つ放り出すぐらいのことはできると思います。なんなら、今はその失敗経験すら価値に昇華できる時代です。本気で挑めば報われる社会だと僕は思って挑戦しましたし、そのことは実際に挑戦して確信できたので、自分と社会を信じて、飛び込んでみてほしいなと思います。