Interview
マクアケ共同創業者に学ぶ、
社内起業で社会にインパクトを生む実践知
株式会社マクアケ
代表取締役
木内 文昭さん
グロービス経営大学院 卒業生(2011年卒業)
新卒でリクルートグループに入社以降、複数の新規事業創出に携わる。2009年にサイバーエージェントへ入社。2013年5月、アタラシイものや体験の応援購入サービスMakuakeを提供する株式会社マクアケを共同創業し、2024年に代表取締役就任。
マクアケではサイト開発や営業、銀行提携やIPO責任者、また並行して上場企業中心に50社以上の新商品/事業創出支援などに従事。現在は各事業と開発、コーポレート等の経営全般を管掌。2023年4月から経済同友会幹事。
グロービス・コーポレート・
エデュケーション
コーポレート・ソリューション・チーム
大阪 チーム チームリーダー
大人 睦海
大学院修了後、デジタル地図メーカーに入社。企画・開発・リサーチを担当。
大阪を中心にインフラ、製薬、小売、サービスなど多様な業界の人材育成を支援。選抜経営者育成プログラムのアセッサーおよびアセッサー育成を担当。
創造研究開発グループ所属。コンテンツ開発・事業開発科目の開発、大学院ピッチコンテスト審査員。
講師担当領域:論理思考/リーダーシップ/ダイバーシティ など
肩書き・プロフィールは取材当時の情報です。
組織の中から新たな価値を生み出し、社会に広げていくには何が必要なのか。2007年にグロービスで経営を学び始めた木内文昭さんは、サイバーエージェントの社内起業としてマクアケの立ち上げに参画し、クラウドファンディングを企業の挑戦や新しい価値を生活者に届ける仕組みへと育ててきました。強みも実績もない新規事業を、いかに市場に受け入れられる事業へと成長させるのか。マクアケ共同創業者であり代表取締役の木内さんの歩みから、社内起業で社会にインパクトを生むための実践知を考えます。
4期目で100億円。
急成長する新規事業から
始まったキャリア
大人:まず、木内さんのキャリアの出発点について聞かせていただけますか。
木内:2002年に、リクルートグループのリクルートスタッフィングに入社しました。内定者面談で「一番厳しい部署に入れてください」とお願いしたんです。そうしたら、立ち上げて間もない営業アウトソーシングという新規事業の部署に配属されました。
営業アウトソーシングというのは、企業が自社でやるべきコア業務と、外部に任せられるノンコア業務を見極めたうえで、ノンコアの部分を請け負うサービスです。何を外に出すかは経営的な判断になるので、商談の相手は決裁者や役職者の方が中心になる。若いうちからそういう方々と仕事ができたことで、鍛えていただいた感覚があります。
その事業は、4期目には売上100億円に達するほどの急成長を遂げました。当時のリクルートグループは、グループ内の異動や転籍が活発で、本体や他のグループ会社から来た上司や先輩がたくさんいました。いろんなバックグラウンドの人が集まって事業を伸ばしていく、あの環境が自分にとっては大きかった。新しいことを立ち上げていくことへの興味が芽生えたのは、間違いなくあの経験がきっかけだったと思います。
もともと「早く成長したい」「経営者になりたい」という気持ちはありました。ただ、今振り返ると、それは「偉くなりたい」とか「ポジションを上げたい」ということよりも、自分が仕事やマネジメントなどでできることを増やしていきたい。その感覚が大きかったですし、それは今もあまり変わっていません。
クラウドファンディングを、Makuakeという企業の挑戦を
後押しする仕組みへ
大人:そこから、どのようにして今のMakuakeの事業につながっていったのでしょうか。
木内:リクルートスタッフィングを経て、BtoBマーケティング会社で経営企画を担当していたとき、学生時代にお世話になっていた先輩から「サイバーエージェントで新しい事業を立ち上げる。事業責任者として来てくれないか」と声を掛けていただきました。2009年にサイバーエージェントへ入社し、アフィリエイトモールの立ち上げを担当することになりました。ただ、メンバーは私ひとりだけだったんです。ひとり事業責任者から始まり、4年半かけて、メンバー10名、売上で数億円の規模にまで育てましたが、最終的には事業譲渡しました。
その経験を経て、次に社内で取り組むことになったのがクラウドファンディング事業でした。サイバーエージェントには「あした会議」という新規事業の提案制度があって、そこで採択されたんです。実はその半年ほど前に、グロービスの教員である山中礼二さんに「どんなビジネスに興味がありますか」と聞かれて、「クラウドファンディングに興味があります」と話していました。そうしたら、社内でまさにそのテーマで事業を立ち上げることになった。偶然のような必然のような、不思議な感覚でしたね。
大人:当時、クラウドファンディング市場をどのように見ていましたか。
木内:まだ新しい概念で、市場として本当に立ち上がるかどうか見通しが立ちにくい状況ではありました。ただ、仕組み自体は、実は新しいものではないと思っていたんです。
例えば、お伊勢参りもそうですよね。村の代表が皆からお金を集めて旅に出かけ、お守りを買って戻ってくる。やりたいことがある人が周りから協力を得て、何らかの形でリターンを返す。それが現代では「クラウドファンディング」という新しい名前になっていますが、構造としては昔からあるものだと思っていました。だからこそ、普遍的に存在し続けるものではないかと感じていました。
一方で、当時のクラウドファンディングには、寄付や資金調達のイメージが強くありました。でも、自分たちがやりたかったのは、寄付的な文脈ではなく、企業の挑戦や成長に役立つ仕組みにすることでした。そういった背景から2019年の上場を機に、自社のサービスを「クラウドファンディング」ではなく、「応援購入」と呼称しています。
企業が新しい商品やサービスを世に出すとき、失敗が許されない環境では、どうしても一歩を踏み出しにくくなります。そこで、生活者からの応援や購入を通じて、挑戦のハードルを下げることができれば、新しいチャレンジはもっと増えるはずだと考えました。
だから、単なる資金調達ではなく、企業のマーケティング活動や新規事業化に役立つ領域でやると決めました。企業の挑戦が増えれば、事業が成長し、雇用が生まれ、地域や産業にも広がっていく。そうした流れをつくれることに、面白さがあると考えていました。