Interview
熱意だけで空回りした日々から、
ファミリービジネス経営の最前線へ
110年企業の事業承継を支える志と人的ネットワーク
株式会社ソミックマネージメントホールディングス
代表取締役副社長
株式会社ソミック石川
代表取締役副社長 COO兼CSRO
株式会社ソミックトランスフォーメーション
代表取締役
石川 彰吾さん
グロービス経営大学院 2018年卒業
オハイオ州立大学で経済学を専攻。卒業後、スズキ株式会社に入社し、磐田工場での生産管理やインドでの新工場立ち上げプロジェクトなど計6年の経験を積む。その後、家業であるソミック石川に入社。製造現場の改善活動、生産管理、調達、経営企画を歴任し、コロナ禍では海外拠点の交渉や組織再編を推進。創業110年を迎え、売上高はグローバル連結で約1,300億円(2025年度実績)に達する同社グループの事業承継を支える立場として、経営の中核を担う。グロービス経営大学院オンラインMBAプログラム一期生。同窓コミュニティ・G会の会長も務めた。
肩書き・プロフィールは取材当時の情報です。
空回りする思いと、誰にも届かない言葉。自動車部品メーカーのファミリービジネスに飛び込んだ石川彰吾さんが直面したのは、経験も熱意も通じない現実でした。グロービス経営大学院にオンラインMBA一期生として入学し、志と人的ネットワークの大切さに気付いたことで、「支える側」としての自分の役割が見えてきたと言います。創業110年を迎えたソミック石川で、事業承継の最前線に立つ石川さんの歩みを、グロービス経営大学院 特任副学長の田久保善彦が聞きました。
「製造業には行かない」と誓った学生時代
田久保:まずは、石川さんの原点から伺えればと思います。
石川:私は自動車部品メーカーの家に生まれたのですが、幼少期に「自分は絶対に製造業には行かない」と決めた出来事があったんです。ある人から「お前はどうせ何も考えずに身内の会社に入って、製造業の世界に行くんだろう」と言われて。「俺はそういう人間じゃない」と。それ以来、製造業だけは選ばない、と心に決めていました。
その後、弊社ソミック石川が1989年に初めての海外拠点をアメリカに構えたとき、その立ち上げの責任者が父で。当時中学2年生だった私は「絶対に嫌だ」と拒み、父は単身で渡米したのですが、日本の高校に1年通ううちに、今度は自分がアメリカに飛び込んでみたくなりました。高校1年を終えたところで渡米し、大学に入る頃、父の任期が終わって家族は帰国しましたが、私はひとりだけ残って進学したんです。
学びたかったのは、実はスポーツビジネスでした。ちょうど野茂英雄さんがメジャーリーグに挑戦し、スポーツがビジネスとして注目され始めた頃で。その分野が強いオハイオ州立大学を選んだのですが、プログラムに入れるのはほとんどが特待生。最終的に大学では、経済学を専攻することになりました。
転機は、大学在学中に伯父からかかってきた一本の電話でした。当時ソミック石川の社長だった、石川晃三さんです。帰国して会ってみると、会社の歴史や、これからの事業にかける思いを、いろいろと聞かせてくれました。「これからますますグローバルな時代になる。高校も大学も海外で過ごしたお前だからこそ、この会社で力を発揮できる場面があるはずだ」と。そして、「製造業という選択肢を、一度だけ真剣に考えてみないか」と。
不思議なもので、話を聞くうちに、見え方が変わってきたんです。父が伯父を支えて海外に出ていった姿も、「こうやって脈々とつないでいくものなんだ」と思えてきて。自動車メーカーがあり、その下にサプライヤーが連なっている、その産業の凄みにも、魅力を感じるようになって。それで、あれほど拒んでいた製造業に、挑戦しようと決めたんです。
体感するから、気づけることがある。
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