

GLOBIS Articles
- 志
- キャリア
- イベント
- 新規事業
- 起業
投稿日:2025年08月22日
投稿日:2025年08月22日
「未来の当たり前」を横浜から——地域とビジネスをつなぐ官学連携の現在地
- 甘粕 亜矢
- 横浜市経済局ビジネスイノベーション部長
- 大橋 直之
- 横浜市経済局ビジネスイノベーション部イノベーション推進課 担当課長
- 得能 淳
- グロービス経営大学院 特設キャンパス責任者
- 池田 桃香
- グロービス コンテンツオウンドメディアチーム
グロービス経営大学院では2020年、横浜市と連携協定を締結し、イノベーション人材や起業家の創出に向けた取り組みを進めてきました。今回お迎えしたのは、横浜市経済局ビジネスイノベーション部の甘粕氏と大橋氏。スタートアップ支援や実践機会の広がり、地域のプレイヤーとの新たな関わり方、そして“地域で学びを活かす”ための次なるステップとは――。官学連携による地域イノベーションの現在地と、これからの展望について語っていただきました。
予想を超えた熱量が示した、官学連携の可能性
2025年5月16日、グロービス経営大学院横浜・特設キャンパスと神奈川県・横浜市が共催したオンライン説明会が開催されました。テーマは「横浜・神奈川でつながる実践の場」。スタートアップと地元企業のオープンイノベーション支援、起業支援、社会課題解決の取り組みなど、地域を軸とした実践機会を紹介する内容です。
当日は、神奈川県と横浜市それぞれの担当者から、支援制度や活用可能なプログラムについて具体的な説明が行われました。以下は当日紹介された内容の一部です。
神奈川県の起業・ベンチャー支援
■HATSU起業家支援プログラム
起業準備者を対象に、約半年間の伴走型集中支援プログラム(チャレンジャー制度)を提供。民間や市町村が運営するコワーキングスペースを起業家創出拠点と位置づけ、地域密着型の起業支援を展開している。県内の3つの起業家創出拠点「HATSU鎌倉(鎌倉市)」、「AGORA Hon-atsugi(厚木市)」、「ARUYO ODAWARA(小田原市)」では、これまでに152名の起業準備者を集中支援し、102名が事業化に着手している。
■SHINみなとみらい
ベンチャー企業の事業拡大や、大企業との連携プロジェクトの創出を支援する神奈川県が運営するベンチャー企業の成長促進拠点。WeWorkオーシャンゲートみなとみらいの中に専用スペースを構え、ベンチャー・大企業・支援機関・行政などが交流する場となっている。多様なイベントを通じたオープンイノベーション創出を後押し。さらにSlackを活用したオンラインコミュニティでは、支援情報やイベント告知、参加者同士の相談・交流も日常的に行われている。
横浜市のスタートアップ支援
■TECH HUB YOKOHAMA
横浜市が推進する、テック系スタートアップ支援の中核拠点。大企業やスタートアップ、大学、投資家、行政など多様なステークホルダーが集う。さらに、海外支援機関との連携や実証実験支援などを通じて、グローバルに活躍するテック系スタートアップの創出・成長支援を後押ししている。
■次世代起業人材育成事業
神奈川県と横浜市が連携して実施する起業支援プログラム。アントレプレナーシップの醸成から、起業に必要な知識・スキルの習得、さらに上市前の製品・サービスの展示まで、段階的に支援を行う。地域ぐるみで次世代の起業人材を育成することを目指す、両行政の重点施策のひとつ。
対象はグロービスの在校生・卒業生。結果は予想を大きく上回る100人超の申込み。「正直、100人を超える申し込みがあるとは思っていませんでした」と横浜市でイノベーション推進を担当する甘粕氏は振り返ります。
得能:「参加者アンケートを見ると、『市の職員の方って結構フランクに話してくれるんですね』という声が多くありました。行政というと、窓口で手続きをするような関係をイメージしがちですが、実際には気軽に相談できる相手なんだということが伝わったようです」
甘粕氏:「『どこに聞いたらいいんだろう』と思われている方に対して、こちらとしては『どうぞ』というつもりでいても、それが届いていなかったんですね。今回のような機会を通じて、もう少し市の立ち位置が周りに広がっていくのではないかと期待しています」
特に印象的だったのは、参加者の動機の多様性です。自分が起業するためではなく、「頑張ろうとしている人をサポートしたい」という思いで参加した人も多く見られました。
得能:「アンケートのコメントを見ると、『頑張ろうとしている人を支援したいと思って聞きに来た』という声がありました。自分がプレーヤーになるというよりは、サポーター側として関わりたいという方が多い。こうした伴走型の人材は結構貴重だと思っています」
この「伴走型」の人材は、実は新しいことを生み出すときにとても大切な存在です。スタートアップが成長する段階では「横や後ろで支える」人材が欠かせません。
得能:「グロービスの学生の中には大企業にお勤めの方も多く、学んだことをすぐに職場で全部使えるかというと、自分の部署で担当していない領域についてはなかなかそうはいきません。そういった意味では、会社の外に出て、プロボノやプロジェクトベースで関わりたいという意欲を持った方が多いんです」
今回の取り組みは、そうした「学びをどこで活かすか」という問題にひとつの答えを示す機会にもなりました。
※横浜キャンパスでイベントの振り返りを実施。今後の課題や展望についても意見を交わしました。
「場所づくり」から「成果創出」のフェーズへ
近年、みなとみらい地区には多くの企業がオープンイノベーションスペースを設置し、イノベーション推進の場所づくりは着実に進んできました。しかし、真の成果を生み出すためには、視点の転換が必要だと語ります。
甘粕氏:「企業の皆さまにもみなとみらいにオープンイノベーションのスペースをたくさん作っていただき、ハード面での基盤は整ってきました。次のステップとして、これらの施設をより効果的に活用するための取組みが求められています」
ハードの整備を進める中で、確実に変化したこともあります。以前はほとんど行われていなかったイベントや人のつながりが、今では当たり前のように生まれていると言います。
甘粕氏:「これは大きな財産で、これからも続いていくと思います。一方で、次のステップとして、より具体的な成果につなげていく必要があります。これは横浜だけでなく、全国でイノベーション推進に取り組む自治体が共通して向き合っている課題だと思います。2010年代によく行われていたアクセラレーションプログラムやピッチイベントから一歩進んで、より具体的なビジネスの仕組みに入り込んでいく必要があると考えています」
――「場所づくり」から「成果創出」へ。これまで整備してきた資源を最大限に活用していく段階に移りつつある現在。人材や知見を持つ方々との連携によって、横浜市としても新しい取り組みを模索している段階であると語ります。
「専門性×体系的な経営スキル」人材の重要性
これからの地域イノベーションの推進における重要な要素のひとつが、「人材」だと言います。横浜市が地域のスタートアップを見渡したとき、ひとつの傾向として捉えているのが、チーム編成の"技術寄り"への偏りです。
大橋氏:「地域のテック系スタートアップを見ていると、すでに資金調達も完了し、かなり良い段階まで進んでいる企業でも、チームの中に技術者しかいないというケースが少なくありません。技術力でここまで成長してきたのは素晴らしいことですが、その先を見据えたとき、経営面や営業面での知見あるメンバーを招き入れることで、さらに可能性が広がるのではと感じています」
製品や技術の開発には成功していても、市場を捉え事業を拡大していく段階になると、マーケティングや経営視点の欠如が壁となって立ちはだかります。そこで注目されるのが、「専門性×体系的な経営スキル」を持つグロービス生の存在です。
大橋氏:「技術系のスタートアップを見ていると、優れた技術を持っているのに、それをどう事業化するか、どう市場に伝えるかで苦労しているケースをよく見かけます。専門性とMBAの両方を持つ人材には、そのギャップを埋める大きな強みがあると思います」
まさに技術と事業の橋渡し役として重要な役割を担っているのです。
実際、在学中や卒業後に技術から事業へと軸足を移す卒業生も少なくありません。例えば、富士フイルムで研究職としてキャリアをスタートさせたある卒業生は、事業開発部門に転身し、「技術を活かしながら事業を創る」という新たなポジションで活躍しています。
また、凸版印刷で営業職を経験し、その後ベンチャーキャピタルへとキャリアを進めた卒業生は、「ものづくりの現場を知りつつ、企業の成長を支援できる人材」として重宝されています。
こうした例が示すのは、専門性と経営感覚を両方持つ人材の重要性です。専門領域の深さと経営視点の広さを兼ね備えた"実践者"こそが、地域やスタートアップの次の段階にとって必要とされているということです。
「集合知」が生む新たな価値
グロービスの大きな強みは、多様な専門性を持つ人材ネットワークにあります。その象徴のひとつが、産官学の垣根を越えた交流の場「産官学連携クラブ」です。
このクラブには約80名が参加し、行政職員や大手企業のマネージャー、起業家、専門職など、多様なバックグラウンドを持つメンバーが顔をそろえています。
大橋氏:「ひとつの課題を投げかけると、いろんな角度から意見やアドバイスが寄せられる。みんなの知恵を集める力というのでしょうか、これは素晴らしいことだと思います」
新しくビジネスを立ち上げようとしている人の「ちょっとしたつまずき」に対し、みんなでアドバイスし合う文化が育っており、これが挑戦を後押しする土壌になっています。
得能:「私たちは、挑戦する人と地域の間に立ち、橋渡しをするような存在だと考えています。地域に対して何か特定のプロダクトを提供するというよりも、ハブとして人や情報をつなぐ役割を果たすことが、横浜キャンパスの特徴的な位置付けだと思います」
このネットワークの価値は、横浜市からも高く評価されています。
甘粕氏:「行政として地域のスタートアップや企業をサポートしていく中で、専門的な知識を持ちながら経営的な視点も併せ持つ人材の確保の難しさを日頃から感じています。一方で、グロービスの卒業生を見ると、技術と経営の知識を両方持った方々がいらっしゃる。地域の課題解決において、こうした皆さんと連携できる仕組みを作っていけたらと考えています」
ただし、単なるスキルマッチングではない、より深いつながりが重要だと言います。
甘粕氏:「お互いの目的や期待が明確になっていないと不幸になってしまいます。信頼できる人から『この人は絶対にいいですよ』と紹介していただけるような関係性が大切です。技術や仕事に必要な要件だけでなく、数値化できない人間性のようなところも含めて、長期的なお付き合いができるようなつながりが生まれるだけでも全然違うと思います」
それぞれが持つ知見や経験を持ち寄り、共通の目的に向かって意見を交わす。そんな"目的でつながる場"を目指しているからこそ、ただ名刺を交換するだけの場とは違う、本質的で持続可能な価値の創出が期待されています。
横浜ならではの「手触り感」
こうした人材のネットワークや協力関係を育む上で、横浜という地域性も重要な要素となっています。同じ関東圏でも、ビジネスの進め方や人のつながり方には微妙な違いがあります。東京に隣接しながらも、横浜には横浜ならではの温度感と文化があるようです。
得能:「横浜は人もたくさんいるし、きれいなビルもたくさん建っている。恵まれているからかもしれませんが、『絶対にここで頑張らなくちゃ』『スタートアップを目指さなくちゃ』という切迫感は少ないかもしれません。ただ、地域特性を見ると、地元が好きな人が多いので、社会課題解決のようなスモールビジネスの方が、横浜や神奈川全体で見たときに合っているのかなと思います」
甘粕氏:「新しいことに対するアレルギーが少ないというのが、横浜市民の特徴だと感じています。『やってみればいいんじゃないの』という寛容な雰囲気があるように思います」
横浜の企業環境についても独特の特徴があります。
得能:「東京だとライバル関係になりがちな企業同士も、ここだと『みんなで頑張ろう』という機運があります。バリバリの本社やトップ層がいる場所ではないので、ちょっと出島的に気軽にできるという魅力や機能があるのかなと思います。自然とみなさんつながるし、それをうまく活用できないかなと考えています」
こうした地域性を背景に、グロービスの横浜・特設キャンパスも独自の特色を持っていると言います。
得能:「東京だと、いきなり起業を目指すような空気感もありますが、横浜では"等身大のチャレンジ"ができる環境があると感じています。事務局も学生一人一人と密に関わっているため、それぞれの状況を把握でき、学生同士も自然につながって、何かあったときにすぐに相談できる関係性があります」
制度やインフラという点では、東京の方がリソースが豊富かもしれません。しかし、この「手触り感」こそが、横浜でビジネスを学び、実践する価値といえるのではないでしょうか。スタートしやすく、ステップアップもできる環境。それは、地域で「顔が見える関係」が築けることから生まれています。
「未来の当たり前」をつくっていく
横浜の地域性を活かしたつながりの先に見えてくるのは、「横浜のミッションとは何か」という問いです。
得能:「横浜らしさを表現するなら『横浜発』という言葉がぴったりだと思います。開港の街として、日本で最初にいろいろな新しいものを受け入れてきた歴史があります。創造と変革とは、つまり『未来の普通をつくること』。横浜にはそれを実行する土壌があると感じています」
「未来の当たり前」を生み出す——今はまだ注目されていない挑戦も、数年後に振り返れば、「実はそれ、横浜が最初だったんだ」と語られるような未来がくるかもしれません。そして企業では難しい長期的な取り組みも、自治体だからこそ継続できる強みがあります。
甘粕氏:「企業だと短期的な成果を求められがちですが、自治体だからこそ長期的な視点で取り組むことができます。結果が出るまで非常に時間のかかる分野でも、諦めずに続けていく。それが自治体だからできる価値なのかもしれません」
その継続的な取り組みを支えているのが、新しい挑戦を受け入れる横浜ならではの文化なのではないでしょうか。ようやく見えてきた地域での新しい取り組みの形。それは派手さよりも、着実に挑戦を積み重ねる姿勢にあります。学びの場と地域をつなぐ新しいやり方が、いま横浜で静かに、しかし確実に始まっています。
甘粕 亜矢
横浜市経済局ビジネスイノベーション部長
大橋 直之
横浜市経済局ビジネスイノベーション部イノベーション推進課 担当課長
得能 淳
グロービス経営大学院 特設キャンパス責任者
池田 桃香
グロービス コンテンツオウンドメディアチーム