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投稿日:2024年10月25日

投稿日:2024年10月25日

ビジネスパーソンならではの、有効な「学び」の設計とは ~「いま」抱えている課題を学びの中心に据えよう~

グロービス経営大学院 教員

天野 慧
株式会社NHK出版でデジタル教材の開発や外資系ゲーム関連企業で人材開発責任者を経て、現在は株式会社グロービス主任研究員、熊本大学大学院 教授システム学専攻 非常勤講師。大人の学びを効果的にするためには、どのような働きかけが有効かという問いに日々、取り組んでいる。熊本大学大学院 教授システム学専攻 博士後期課程 修了。教育工学、学習科学の研究で博士(学術)。 共訳書に『教育デザイン研究の理論と実践』(北大路書房)がある。

ビジネスパーソンは、日常的な自身の業務に邁進するだけでなく、経営に関する知識や理論、スキル等を必要に応じて「学ぶ」ことが求められている。特に、経営環境の変化が激しい昨今では、「リカレント教育」や「リスキリング」などと言われるように、過去の常識に縛られず新しい知識・スキルを学び直すことの必要性がますます高まっている。仕事をしながら「学び直し」を続けるためには、どのような学び方が有効なのだろうか?このテーマを掘り下げるべく、本記事では教育・学びのデザインの研究者であるグロービス経営大学院の教員である天野 慧 氏に話を伺った。(モデレーター:大島 一樹)

ビジネスパーソンの学び直しに有効なのは ”Just in Time” で学びを活かす場を作ること

——— ビジネスパーソンにとって有効な学びの方法についてですが、大人、社会人にとって有効な学び方は、多くの場合「働きながら学ぶ」形になるので、学生時代の受験勉強のような学習法とは異なるのだろうと思われます。近年の研究では、具体的にどのような教育メソッドが推奨されているのでしょうか。

大人になってからの学びでは、単に教科書を読んだり問題集を解いたりするだけではなく、実際に使ってみて、実際の社会のシチュエーションで応用することによって学ぶのが効果的だ、というのがほぼスタンダードな理解となっています。したがってビジネスパーソンが働きながら効果的に学び続けていけるようにするためには、各自が持つ問題意識に沿った形で、学習者がこれまでの実務経験が活かせるようにすることが有効です。

実証研究でも、実社会で学習者が直面するような課題中心の学習のデザインが、実践的なスキルの育成において有効であると示されています。学習者が、「いま」直面している課題をカリキュラムの中心に据えて、”Just in Time”の学びを提供しようという提案がされています。従来の初等教育や受験勉強などでは、いまはどう使えるかもしれないが、将来きっと役にたつことを学ぶ、”Just in Case”の学びを提供するという形式が少なくなかったと思います。それに対して、学習者が「いま」抱えている課題の解決にすぐ役立つことを学び、そして、学んだことをすぐに使ってみるということを通じ、”Just in Time”の学びを継続的に積み上げていくことが有効です。

——— 社会人には、なぜ“Just in Time”が有効なのですか。

理由はモチベーションと学習効果の観点で2つあります。まず、モチベーションを高めるためには、学んでいることが実社会でどう役立つかを示し、学びに対して価値を感じてもらう必要がありますが、それがなかなか実感できないと意欲が長続きしません。
小さなことでも学んだことをすぐに「いま」抱えている課題の解決に活かせる場面を作り、学ぶ意義を実感してもらうことが学習継続の支援には有効です。次に、学習効果の観点では、「教室で学ぶ場面」と「実務で学びを活用する場面」が近いほど、より実践的なスキルが習得しやすいという点があげられます。内容的にも時間的にも両者を近くして、継続的に学びを積み上げられるようにすることが有効です。両者が離れていると、いざ学びを使おうと思ってもどう使えばよいかがわからない。あるいは、学んだことをいざ使おうと思っても忘れてしまって、使いものにならないという事態になりかねません。
このように実務で活かせる知識やスキルを身につけるという学習効果の観点でも、「いま」抱えている課題を教室に持ち込み、それを中心に学べるようにする必要があります。

グループワークの多様性が、学習の深化を生みだす

——— Just in timeで学びを活用できるようにするとのことですが、現実問題として、どのようなな学びの場をつくるのが重要でしょうか。たとえば一口に、大人が「学校で学ぶ」場面を想定するとき、そこにどんな要素が含まれているとよいのでしょうか。

業界や業種、バックグラウンドが異なる学習者が議論を通じて学ぶ場に参加できるというのは、特徴の一つだと思います。こうした学習者同士の多様性を活かすという点では、ケースメソッドに取り組んでみることも有効でしょう。ケースメソッドでは、実際のビジネスで直面するような、解が一つに定まらない課題に対して、どうアプローチしていくのかを学習者同士のグループで議論していきます。参加者の多様性が高まることにより、さまざまな意見や解釈が交わされるので、自分だけでは考えつかなかった視点や他者の知見を得られます。それらが刺激となって自分の考えを深く掘り下げ、より多面的に物事を捉えることができるようになるのではないかと思います。そして、この課題に取り組んだ経験を踏まえて、自分が「いま」実務で抱える課題にどう活かすかを振り返ることで、着実に実務で抱える課題を解決する力が身につくのではないかと思います。

※ケースメソッドとは?
実際のビジネス事例や複雑な問題を描写したケースを活用し、学習者が分析・ディスカッション・意思決定のプロセスを経験することを通して学ぶ学習法のこと。ハーバード・ビジネス・スクールをはじめとする多くのビジネススクールで広く採用されており、戦略的思考やリーダーシップなどを実践的に養うことを目的としている。

——— とはいえ、ビジネスパーソンの中でもそれまであまり経営上の意思決定までは関与していなかったり、違う立場の人との活発な議論に慣れていなかったりする人にとっては、いきなりケースメソッドに挑むのは若干ハードルが高そうですね。

もちろん、学習者同士が互いに支え合いながら、安心して主体的に学ぶことができる環境づくりは不可欠です。ご指摘のように、いきなりケースだけ渡されても、前提となる基礎知識が足りなければどこから取り組めばいいのか分かりませんし、せっかくのクラスでの意見交換の場も成立しなくなってしまいます。

そのため、クラスの入口に無理なくたどり着ける環境になっていることは、学びの有効性を高める上で非常に重要です。私も、グロービス経営大学院で担当しているクラスでは、予習用のテキスト(教科書)に加え、補足解説のビデオや予習の取り組み方のガイドをクラスのWeb掲示板を通じて適宜提示したりして、無理なくついていけるようにしています。また、授業の中でも、それまで学んだことを活かして取り組む総合演習や自主課題を随所に挟んで、無理のない一方で、個人の興味に応じて学びを深められる環境になるよう設計しています。
また活発な議論については、ビジネスの課題には唯一解があるわけではありません。いろいろなフィードバックを仕事の中で受ける中で、それを適宜取捨選択しながら少しでもベターな解答を導いていくのがビジネスでは特に重要です。だとすると、それと近い環境を授業の中でいかに作るかが学習効果の上では大きいので、私もファシリテーターとして的確な問いの投げかけや発言しやすい雰囲気作りなど、かなり工夫しているところです。

着実な実務での活用を支援する、構造化された学びのプロセス

——— 今お話に挙がった「前提知識を揃える」「多様なフィードバックを得られるようにする」ことのほか、天野さんご自身がグロービス経営大学院のクラスを担当されるうえで、学びのデザインとして工夫していることはどんな点ですか。

学習のインプットとアウトプットのサイクルをうまく組み込むように工夫しています。既にさまざまなキャリアを築いている学習者が、ケースメソッドでの学習を通じて得た気づきをもとに、実務に持ち帰って実践してみる。そして、その際の新たな発見や気づきを再度クラスに持ち帰って、その経験をクラスメートと共有する‥という構造化された学びのプロセスは、OJTや日常の業務経験だけでは得られない深い学びに繋がるのではないでしょうか。

グロービス経営大学院では1回の授業と授業の間に2週間の間隔が設けられていますが、たとえば私のクラスでは、その2週間で学びをどう活かすかという目標を授業後に立ててもらい、その次の授業の冒頭で発表してもらったりしています。
良い成果はベストプラクティスとして共有してもらうことが学びになる一方、うまくいかなかった点はクラス全体で改善策を議論するといったように、学びを実践に活かしてもらえるよう後押ししつつ、クラスの多様性が最大限生かすことができないか、常に模索しています。私自身も、よりよいクラスを作っていくという、自分が「いま」抱える課題に向き合いながら、みなさんと一緒に学んでいます。

——— ありがとうございました。最後に、これから「学び」を始めようとする社会人の皆さんに向けてアドバイスをお願いします。

自分自身の「いま」の課題を見つめるというのが学びのスタートではないかと思います。学びにはさまざまな選択肢がありますが、自分が持っている「いま」の課題を解決できそうかという点を中心に学びの選択肢を検討してみてはどうでしょう。
そして、折に触れて、当初持っていた課題が解決されたのかを振り返ってみたり、必要に応じて変えてみたり、そうしたことの積み重ねが、自分の学びを積み上げていくことにつながると思います。大人の学びの道順は多様だと思いますので、自分の「いま」の課題を中心に据えて、みなさんなりの道を作っていってはいかがでしょうか。


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天野 慧

株式会社NHK出版でデジタル教材の開発や外資系ゲーム関連企業で人材開発責任者を経て、現在は株式会社グロービス主任研究員、熊本大学大学院 教授システム学専攻 非常勤講師。大人の学びを効果的にするためには、どのような働きかけが有効かという問いに日々、取り組んでいる。熊本大学大学院 教授システム学専攻 博士後期課程 修了。教育工学、学習科学の研究で博士(学術)。 共訳書に『教育デザイン研究の理論と実践』(北大路書房)がある。