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投稿日:2024年08月13日 更新日:2024年08月27日
投稿日:2024年08月13日
更新日:2024年08月27日
もうリーダーはやりたくない、と思う前に——「自分にやさしいリーダーシップ」のススメ
- 若杉 忠弘
- グロービス経営大学院 教員
「限界、ムリ、もう頑張れません」
今、現場のリーダーの目の前には、次から次へとタスクが降りかかっています。「売上アップ」「生産性向上」「部下指導」「パワハラ対策」「人員減少」「業務山積み」……。
そして、あるとき、こう思います。「限界、ムリ、もう頑張れません」と。
仕事に疲れ切ってしまったとき、自分は弱いのだろうか、リーダーとして不適格なのだろうかと感じることがあるかもしれません。しかし、このような考えは、あまりにも拙速です。なぜなら、リーダーが疲弊する背景には、個人とは関係がない、構造的な理由があるからなのです。
読者のみなさんもお気づきのように、組織には、生産性を上げようとする圧力が、絶えずかかり続けています。その圧力の中にいる私たちは、否が応でも、急かされ、駆り立てられて働くことになります。
組織の期待に何とかこたえようと、多くのリーダーは、世の中で成果が出るとされるリーダーシップを学び、それを懸命に実践します。しかし、最近の研究データによれば、リーダーシップには、リーダー自身にとって不都合な真実があります。
リーダーシップは発揮すればするほど疲れるもの
その不都合な真実とは、世の中でよいとされているリーダーシップを発揮すればするほど、リーダーは知らない間に自己犠牲的に働き、疲れ切ってしまうということなのです。それだけ、リーダーシップを発揮することは、リーダーにとって重い負担になるのです。
このことを知らずにいれば、真面目なリーダーほど、感情を抑え込み、懸命に頑張ります。こうしてタフになろうとすると、無理を重ねてしまい、短期的には乗り切れたとしても、ついには疲れ切ってしまいます。何とか楽になろうと、学んだリーダーシップが、自分をさらに窮地に追い込んでしまうとしたら、あまりにも悲しい現実です。
疲れ切ってしまえば、毎期ごとに迫ってくる目標数値を追いかけることにもうんざりです。降りられないレースを、体を引きずるように、自分に鞭を打ちますが、息も絶え絶えになります。
リーダーが疲れ切ってしまっては、組織への貢献を果たすどころではなくなります。例えば、心身の健康を崩し、部下にあたり、家に帰れば家族に八つ当たりする、などの代償を伴います。こういうエビデンスが出てきているのです。
組織の生産性を上げるための圧力が、皮肉にも、組織の生産性を下げてしまっているという問題が、あちらこちらの組織やチームで広がっています。
疲れ切らずに活躍するためのセルフ・コンパッションの技術
もし、みなさんが今、リーダーという役割に疲れ切っているとしたら、みなさんは一人ではありません。そのように感じているリーダーは大勢いるのです。そして、そうだからといって悲観する必要もありません。なぜならば、きちんとした対処方法があるからです。
そのための方法が、最近、注目を集めているセルフ・コンパッションです。
セルフ・コンパッションをひとことでいえば、自分へのやさしさという「酸素マスク」をつけることです。
飛行機に乗った時に流れる、安全に関するアナウンスを思い出してください。「まず、自分に酸素マスクをつけてから、周りの人を助けてください」とガイダンスが流れます。リーダーも、自分に「酸素マスク」をつけるからこそ、自分を守ることができ、周りのメンバーをサポートすることができるようになります。「酸素マスク」をつけることで、疲れ切らずに、いやそれどころか、むしろ、生きがいと充実感を感じます。
守りのための「酸素マスク」は、じつは、活躍するための攻めでもあるのです。自分にやさしくすることと、ビジネスで活躍することは、一見、矛盾するように感じます。しかし、これは間違いなのです。
矛盾どころか、自分にやさしくするからこそ、自分らしく活躍し、成果を出すことができます。より人間的で、自然体で、しなやかに、仕事をこなせるようになるのです。
メンバーに評価されるリーダーになる
しかし、こう思われるかもしれません。
「たしかに、セルフ・コンパッションを取り入れれば、燃え尽きたり、疲れ切ったりすることは減るかもしれない。しかし、自分にやさしくしてしまったら、自分を優先してしまい、メンバーを鼓舞したり、支援したりできるのだろうか」
これはよくある誤解です。セルフ・コンパッションは、取り入れると、リーダーシップの実践そのものも強力に後押ししてくれます。
たとえば、このような調査結果があります。フロリダ大学の研究で、リーダーにセルフ・コンパッションを少し取り入れてもらったところ、「自分はリーダーである」という自覚が高まっていたのです。メンバーも、セルフ・コンパッションを取り入れているリーダーの能力を高く評価していました。自分に酸素マスクをつけることで、メンバーに貢献しようという意欲がわいてくるのです。実際、セルフ・コンパッションを取り入れたリーダーは、仕事のことでも、プライベートのことでも、メンバーのことをより支援していたこともわかっています。
セルフ・コンパッションの実践
では、実際にどのようにセルフ・コンパッションを取り入れればよいのでしょうか。
様々なエクササイズがありますが、ここでは、上述したフロリダ大学の研究で使われた方法を紹介しましょう。
仕事前のクイック・ルーティン
1日の仕事を始める前に、次のエクササイズに取り組んでみます。
以下の3つある質問の中から、好きなものを1つ選んでください。毎日同じ質問に取り組むより、質問を変えると効果的です。このエクササイズを1日の始めに行うと、その日のリーダーシップが向上します。
【質問1】
あなたがリーダーとして、仕事で困難な状況に陥ったとき、自分自身を理解し、忍耐強く対応したときを思い出してください
例:
メンバーの意志に反して、そのメンバーを配置転換せざるを得ないときはとてもつらかった。でも、リーダーであればだれでも、こういう難しい意思決定をするときは悩むことを思い出すようにした
【質問2】
あなたがリーダーとして、仕事で非常に困難な状況に陥ったとき、あなたが思いやりとやさしさを自分に与えたときのことを思い出してください
例:
いくつかのプロジェクトで立て続けにトラブルが発生し、その火消しに追われたときがあった。自分のメンタルのために、必ず、朝は太陽を浴び、走るようにした。とてもいいリフレッシュになっていた
【質問3】
あなたがリーダーとして、仕事上の自分の欠点や弱みを寛容に、やさしく受け入れたときのことを思い出してください
例:
自分より給料が高いのに、仕事をしていない上司を見ると、ムカムカしてきてしまう。そう思ってしまうのは、まだまだ未熟だなと思う。そういう未熟な自分も含めて、自分なんだなぁと思った
ちょっと拍子抜けするくらいシンプルなエクササイズでしたね。おそらく時間にして、5分程度で終わるでしょう。
エビデンスによれば、この5分程度のエクササイズを朝に行うだけでも、リーダーとしての自覚が高まり、メンバーのことをより効果的に支援できるようになります。この効果はその日、1日続きます。5分のエクササイズで効果が1日続くならば、いい投資です。
セルフ・コンパッションを取り入れてみたいと思った方は、ぜひ試してみてください。
セルフ・コンパッションを実践すると、このほかにも様々な恩恵があります。次回のコラムでは、セルフ・コンパッションを取り入れて、自己批判を抜け出し、自己肯定感を高める方法について考えていきます。
『すぐれたリーダーほど自分にやさしい 疲れ切らずに活躍するセルフ・コンパッションの技術』
著:若杉忠弘 発行日:2024/8/7 価格:1,760円 発行元:かんき出版
若杉 忠弘
グロービス経営大学院 教員