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投稿日:2024年08月26日

投稿日:2024年08月26日

企業再生のリーダーシップ ~三陽商会・大江社長に聞く~

大江 伸治
株式会社三陽商会 代表取締役社長
村上 佳代
株式会社三陽商会 社外取締役

ビジネス環境が激動する現代において企業経営を担うエグゼクティブには、組織変革をリードし、稼げる体制へと再構築する力がより一層求められています。今回はゴールドウインの経営再建に成功し、現在は株式会社三陽商会の立て直しに取り組む大江伸治社長と、グロービス経営大学院の卒業生で同社の社外取締役を務める村上佳代氏をお招きして、企業再生の要諦とそれに取り組むためのスキルやマインドセットについてお話を伺いました。聞き手は、グロービス経営大学院研究科長(英語プログラム)の廣瀬聡。

ゴールドウインと三陽商会に見る、企業再生の要諦

廣瀬:前職、そして現職と経営トップを務められる中で、会社をより良くしていくための何か共通のパターンと言いますか、型のようなものはお持ちでしょうか。

大江伸治社長(以下敬称略):両社の再建にあたって特にスタンダードとなる定型的な手法があったわけではありません。ただ、両社の業績悪化の要因や問題点の所在には共通するものが多くありましたし、問題解決のためにとった施策は共通点も多かったように思います。つまり、結果的には両社の再建シナリオはほぼパラレルになった。それが1つの型、パターンになったとは言えるでしょうね。
両社とも、クリエイティビティはとても高いのです。商品開発力、あるいはブランドの開発力もあるし、社員のポテンシャルや創造力も高い。こういうアドバンテージがあるにも関わらず業績が悪かった。その理由は結局、コストマネジメントとリスクマネジメントの甘さです。双方に欠陥があり、持っているポテンシャルを収益につなげる構造になっていなかったということです。
アパレル業界のオペレーションにおけるコストとは、商品調達コストとオペレーションコストで構成される商品コストです。それから販管費。一方、最大リスクとは商品リスク、つまり在庫リスクに尽きます。在庫が収益の源泉であると同時に、最大のリスク要因でもあるのです。
では、コストマネジメントと在庫マネジメントの2つが緩くなってしまった要因は何か?

これが両社共通で、規模に対するこだわりでした。前提となる売上計画を作るとき、どうしても期待というか希望的観測が絡んでしまう。これくらいはやるべきだとか、これくらいはできるはずだとか「べき」と「はず」が入ってしまうのです。
実態に即していない、背伸びした過大計画の下で必然的にトップラインの下振れが発生する、販管費計画も過大売上を前提としており結果としてコストオーバーランし赤字になる、両社ともこの繰り返しでした。在庫についても、とにかく過剰在庫状態が両社とも常態化していました。その背景には過大計画のもとで、それを前提とした過剰仕入れが常套化する”構造”がありました

徹底したコストマネジメントと、「べき」「はず」の排除

大江:そういう状況でしたので、三陽商会では着任してすぐに、2年タームの再生プランを策定し構造改革を進めました。このプランの骨子は、まず前提となる売上トップライン計画について、一切の期待とか努力目標を入れないことです。実力ベースで、確実に実行できる最低売上を前提にする。その前提で、事業採算のボトムラインを確保することに集中して取り組んだのです。
そのための施策として、先ほど申し上げたコストマネジメントと在庫マネジメントの構造に徹底してメスを入れました。コストマネジメントについては、1つは商品コスト、調達原価率をいかに下げるか。もう1つはオペレーションコスト、販管費をいかに削減するかです。調達原価率については、目標原価率を超える商品の仕入れは認めないことをルール化しました。
既存の仕入れ先からずっと馴れ合いでやって来たのを、改めてきちんと相見積もりを取るなど、とにかく徹底した交渉努力を重ねるよう現場には示達しました。販管費についても同様で、これはやらないつもりでしたが希望退職も実施しました。
ところが、ちょうど着任と同時にコロナ禍を迎えまして。これは全く予測外でしたが、事業構造改革とコロナ対応、ダメージコントロールを同時並行で実施するというイレギュラーな対応を迫られたわけです。

結果として、2年間で損益分岐点を確保するという計画だったのが、コロナの影響で売上が最低目標として設定した計画も未達に終り、わずかに赤字が残りました。ただ、言ってみればコロナ禍の劇薬効果ですね。構造改革そのものは計画以上に進展しました。しかるべき売上トップラインさえ確保できれば、確実に黒字が出るという構造は2年間でしっかり作ることができたのと、3年目から3カ年の中期経営計画に入って、コロナが沈静化して市場が回復したこともあり、シナリオ通り黒字化を実現することができました。売上も計画以上に確保できたので、黒字幅も計画を相当上回る着地ができました。

大江:コスト削減と並び、もう1つの施策である在庫マネジメントについては仕入れ総量が過剰だっただけではなく、非常に広くて浅いロングテール型のラインナップになっているという問題もありました。企画の担当者からするとハズレを出したくないという心理から、どうしても品番数が増えてしまう。例えば、シーズンごとに200品番、300品番仕込むけれども、結果を見ると上位30品番で売上の半分以上を占めている。
つまり、わずかな売れ筋を出すために大量の無駄玉を仕込んでいる構造だったのです。これに徹底的なメスを入れ、まず品番を半分にカットするよう号令をかけ、結果として40%をカットしました。

実は、ゴールドウインでもまったく同じことをやりましたが、そのときは現場から相当な反発がありました。「そんなことすると売上がつくれません」と。ただ、実態としてわずかな品番で大部分の売上を上げている、大量の無駄玉が発生しそれが収益を圧迫している現実を直視すること、多少の機会ロスが出ても無駄玉を徹底排除し、歩留まりを上げることを最優先する発想に切り替えるよう現場を説得しました。
結果として、売上が減ることはありませんでした。その背景は、これまで大量に商品を積み上げて成り行きで売り減らす形から、品番集約を進めて商品を絞り込みそれを売り切るという形に転換したことで、販売効率が格段に改善し販売員の意識改革も進みました。それに商品を絞り込んだことで、商品1点1点に対するこだわりと磨き上げが進み、明らかに商品レベルが上がりました。三陽商会の場合はコロナという劇薬で、そうせざるを得ない環境に追い込まれたという側面もあります。
いずれにしても、現場には、最初はいろいろ戸惑いもあったと思いますが、なんとかやり切った。結果として商品集約・商品レベル向上・売上拡大を同時に実現することができました。その結果を見て、全員が納得できたのではないかと思っています。

廣瀬:ありがとうございます。どの会社でも大体2割の商品が8割の売上をつくり、1割の商品が9割の利益をつくっていると。一方で、とにかく少しでも売上をつくっていけるからと品数を増やすと売れなくなってくる。

大江:そうですね。企画する側は、消費者に対して多くの選択肢を与えたほうが親切だなんて勝手に思い込んで。ところが消費者目線で見ると、そんなにたくさん並べられると逆に焦点を絞りにくい。それよりはプロの目線で、ある程度商品を編集し集約して選択肢を限定してもらったほうが選びやすい。

廣瀬:大江社長はそれらの打ち手を考えてしっかり実行されてきています。しかし、いろいろな業界でこの問題は起きますし、多くの経営者はなかなかそれができない。何が違うのでしょうか。

大江:我々のやったことは、アパレルビジネスで収益を生み出すためのいわば基本動作であり、特別なことをやったわけではありません。もし、うまくいかないケースがあるとすれば、当たり前のことが実行できなかったということだと思います。
ただ、例えばコストを3分の1に減らすとか、販管費を3分の1減らすとか、品番を半分にするとか、仕入れを半分にするなんていうのは、結構ラジカルな話です。おそらく会社に長く居る人にはできなかったかも知れません。その点、私は外部から来て余計なしがらみや忖度もなく、是々非々でできたということはあると思います。

成功体験こそが、社員のモチベーション向上につながる

廣瀬:その会社に長くいた方々にとって決して簡単なことではない中、是々非々で改革を進めるには、全員が本気にならないといけませんよね。この過程において、何か気にされていたことや大切にされたことはありましたか。

大江:とにかく、私自身の考えをメッセージとして社員に伝え、理解してもらう努力は相当やりました。物事の合理的な判断っていうのは、何種類もあるわけじゃない。私自身、経済合理性判断に徹して様々な施策を打ち出し、社員全員にその合理性や妥当性を理解してもらい、納得してもらおうと働きかけました。

廣瀬:今おっしゃったような理にかなった経営が、組織の中に浸透していくにはどれくらいの期間がかかったのでしょうか?

大江:最初は、本当にこの人の言う通りなのかという懐疑や迷いも社員の中にあったと思うのですが、結果的にやってみると成果が出る。会社の立て直しがうまくいった最大の要因は、私がプランを立ててどうのこうのという部分ももちろんありますが、社員一人一人が自ら行動して、成果を刈り取ってきた、成功体験を積み重ねてきた。その間に一人一人が学習効果を高め、自分のやっていることは間違いではないという確信を持てるようになったことだと思います。
私は信念として常に言うのですが、人は失敗体験から学ぶより、成功体験から学ぶことのほうがはるかに大きい。失敗経験は「同じ過ちを繰り返さない」という学びしか得られませんが、成功体験は一度成功すると、得られた成功をさらに拡大したい、もっと大きな成功を勝ち取りたいというポジティブな欲求が生まれます。ですから、社員が自立的にPDCAを回して自ら成果を刈り取ってきた、その積み重ねがあって、社員の士気やモチベーションを上げることができたと感じています。

廣瀬:村上さんにもお伺いしたいのですが、社外取締役としてお入りになって、他の会社も見てこられた中でどんなところに違いを感じたり、学びになったりされましたか。

村上佳代氏(以下敬称略):大江社長が合理性とおっしゃっていましたが、私もその合理性という説明にすごく納得感があります。
先ほどの、社員の皆さんがなぜついて来られたかという点については、大江社長のまずは的確かつ、詳細にわたる現状の把握。そして、それに基づいた判断と社内への指示。これらに一切の不合理がないので、誰もが腹落ちするし、やらざるを得ないと腹を決められたのだと思います。このような大江社長の姿勢と行動のマネジメントスタイルは、私にとっても大きな学びになっています。

廣瀬:他の会社はなかなかできない一方で、この会社ではできた。それはやはり、リーダーの力なのでしょうか。

村上:はい、リーダーの力だと思います。私自身、複数の会社を社員として、あるいは役員として経験させていただきましたが、社内に不合理なことが多かったり、誰もが分かっていてなぜやらないのかのようなことは実際多かったです。問題の根っこについて、実は多くの社員はなんとなく気付いているけれども、それがアンタッチャブルになっていたり、下手に切り込むと犬死にしてしまう恐れがあって言えなかったり。
そのような領域にも大江社長は、業績を立て直す覚悟と経営再建の確信をもって切り込まれたから、結果を出せたのだと思います。

合理性を追求する "実存主義" のリーダーシップ

廣瀬:ここからは、大江社長ご自身について伺います。合理的なことを当たり前に進めていくというリーダーシップは、どのようなご経験から育まれたのでしょうか。

大江:私自身のキャリアは、1971年に三井物産に入社してずっと繊維部門、中でもテキスタイル貿易を長いことやっていました。担当マーケットは中近東で、当時はまだ戦争・紛争が起こる前でした。オイルショックの後に一気にオイルマネーが潤沢に入ってきた時期であり、市場としてはすごく燃えていたのでビジネスはとても活況を呈していました。この職務経験を通じ繊維の素材をはじめ商品知識については相当詳しく習得しました。
その後、1985年から1994年までは香港に駐在しました。日本のアパレル企業がちょうど海外生産を始めた頃で、香港は中国へのゲートウェイとして一大拠点となっており、この時も大きくビジネスを拡大することができました。実はそのとき、三陽商会もゴールドウインも我々の取引先でした。1994年に東京に戻ってから、さまざまなアパレル向けの仕事に就いたわけですが、その間ゴールドウインの立て直しに2年間現役出向していたこともあります。
三井物産での最後の4年間はコンシューマーサービス事業第一本部の副本部長という立場で、たとえば不動産・マンション開発であるとか、あるいはテレビ通販など、繊維以外を担当しました。そういう経験を踏んだ後、2007年に三井物産を退役するとき、たまたまゴールドウインの前の会長からお誘いがあって。ゴールドウインに転籍して12年、それでようやく退役だと思ったら今度は三陽商会というキャリアです。ですから、かなり多面的なキャリアを積み重ねてきたとは思います。

廣瀬:なるほど。いろいろな業界に関わったことと、周辺から今の業界をご覧になっていたというところから問題意識が生まれたのかもしれませんね。

大江:私は三井物産に新卒入社して以来一貫して営業の最前線におり、それも結構な行動派でして。もともと陽明学の知行同一を信条にしているというか、学生時代にはフランスの実存主義作家のサルトルとかアルベール・カミュなんかをよく読んでいました。
自分を未知の領域に投げ出して、その結果によって自分の実存を証明するみたいな発想があって、とにかく考えたことは行動に移すと。その結果を自ら刈り取っていくことを信条にしてきました。関西弁でいうところの「やりたがり」ですね。言葉だけで済ますとなんとなくストレスを感じるので、やってみて自ら結果を見て完結させたい。そういう発想をずっと持っていました。
サルトル流の「人間は行動によってのみ自分の運命を変えることができる」といった考え方にも深く共感します。これはある意味生まれついての性格かもしれません。
人間はそれぞれ持って生まれた性格とか性向があるので、私と同じことをしなさいと言うつもりはないですが、こういう人間もいるという意味でひとつの見本にしてもらえたらと思います。
例えば今「社長と話す会」というのを年に40回ほど実施していますが、問題提起をしてくれる社員は多い。私はそういう社員に対して「であれば問題解決者にもなってくれ」、「少なくとも自分で考えたソリューションを提案してくれ」ということは言っています。

廣瀬:今の役割を果たされている中で、ご自身の年齢についてはどうお考えですか。まだまだ、これからも挑戦を続けてみたいですか。

大江:これまでの私の職業人としてのキャリアを振り返ると、50代いっぱいまで三井物産にいて、60代はゴールドウイン、三陽商会に来たのが72歳ですが、いま振り返ると三井物産にいた50代までは色んな意味でものすごく未熟だったなと感じています。その後、60代のゴールドウイン時代には、50代の三井物産時代よりもより客観的で適正な判断ができたと思っています。それで、いま70代になって三陽商会にいるわけですが、実はゴールドウイン時代からさらに経験値が増えて、より成熟した判断ができているのではないかと感じています。

人間、年齢に関係なく、この年になってもいまだに日々新しい発見がある、新しい学習がある、チャレンジがある。70過ぎても、まだ成長の余地っていうのはあるのかなと感じています。だから、精神的にもそんなに衰えた感覚はなく、本当に日々勉強しているなっていう感覚で仕事をやらせていただいています。
やっぱり失敗も成功も、経験の積み重ねによって学習効果が高まりますよね。それと情緒判断と理性判断のバランス。若いときはどうしても情緒判断が絡んでしまうけれども、それが削ぎ落とされて理性的に判断ができるようになったなという感じはしています。

廣瀬:では最後に御二方から、ビジネススクールで経営を学び、ファクトとロジックでしっかり経営をしたいという人たちへ、メッセージやアドバイスをお願いします。

大江:私が新入社員たちにいつも言うことがありまして、学生と社会人の1番の違いは「能力評価の基準」だということを明確に伝えます。学生のときの能力評価はポテンシャル評価なんです。テストの成績や、どの大学に入ったかで能力判定される。これはすべてポテンシャル評価です。
ところが、社会人における能力評価では、ポテンシャルのままでは何の意味もありません。潜在能力を発揮して行動につなげて、その結果得られた成果に基づいて判断される世界です。あなたが学んでいることを活用して行動して、結果を出すことによってしか会社は評価しませんよと。
知識とかいろんな学びっていうのは1つの手段であって、目的は結果を出すことですから、どう活用すれば最も合理的な帰結になるかについての判断力みたいなものを合わせて学んでもらいたいと思います。

村上:大江社長の言葉をそのままバトンのように受け取る形になりますが、私がなぜMBAを取ろうと考えたのかという初心を思い出します。
それまでは、マーケティングやIT領域などの現場で結果を出してきました。その中で経営層と話す共通言語が必要だと思うようになったことと、マーケティングやITが経営とどう関わりがあるのかを自分の中で紐づけて、根拠のある自信としたいと考えるようになりました。それで、グロービスの門を叩いたのです。MBAを取得すること自体は、さらなる結果を出すための手段でした。

廣瀬:MBAを学ぶことは合理的な判断力を培うための手段であり、学び自体が目的になってしまったら意味がないということですね。貴重なお話、ありがとうございました。



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