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投稿日:2023年12月05日

投稿日:2023年12月05日

自由度高く皆に働いてもらいたいがゆえの「性善説」的発想

嶋田 毅
グロービス経営大学院 教員/グロービス 出版局長

今年11月発売の『経営を教える会社の経営』から「CHAPTER2組織設計・組織管理 2.組織管理/コントロールシステム」の一部を紹介します。

一般に人々の行動をコントロールするためのものとしては、規則(ルール)といった制度に加え、企業文化や経営理念といった「ソフト」的要素、そして上長の属人的な指導やコミュニケーションなどがあります。
一般に大企業になればなるほど規則が増え、多少自由度が失われて堅苦しくなるものです。しかしグロービスは同程度の規模の組織と比較しても、圧倒的に規則が少ない組織になっています。それゆえ皆自由に行動しつつ、「個の爆発」によって仕事でパフォーマンスが出せるようになっているのです。では、なぜそこまで規則が少なく自由度が高くても大きな逸脱や不正が起きないのでしょうか? それはグロービスは「性善説」で接しても問題ないと思われる社員だけを採用しているからです。グロービスならではの経営理念などとも相まって、皆が自らを律しながら高いパフォーマンスを上げる環境を整えているといってもいいでしょう。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、東洋経済新報社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

組織管理/コントロールシステム

基本精神:性善説に則った自由と自己責任の原則

ここで、グロービスのスタッフ全員が共通認識で持っているグロービスらしさを表す言葉を紹介します。それは「性善説に則った自由と自己責任」という言葉です。これは、グロービスを象徴する言葉であり、グロービスのHRポリシーにおける中核を成す基本精神となっています。

私がグロービスに入って、まず驚いたことが、あまりにも自由な環境だったことです。多くの会社には当たり前に用意されているような規則やルールといったものがほぼ存在しませんでした。もちろん、労働基準法を始めとした各種法律に準拠すべき内容については就業規則として最低限のラインは設定されていますが、そこから更に練り込んだ会社独自の規則やルールといったものが皆無に等しいのです。

例えば、グロービスにも決裁権限に関する最低限の規定はあります。チームリーダー未満の正社員であれば、その決裁権限基準は「1案件あたり3万円以内」と定められてはいますが、それ以上の制約条件や利用ルールは一切明記していません。つまり、この金額基準以内に収まっていれば、新入社員であろうと誰であろうと、自分が業務に必要だと判断したのであれば、他者の承認を得ることなく決済をすることができるようになっています。

多くの会社では、決済にあたって逐一上長の承認が必要であったり、そうでない場合は利用目的や利用用途に関して細かくルールが定められていたりするのではないでしょうか? この決裁ルールはあくまで一例ですが、グロービスには悉く細かな規則/ルールがないのです。

元来の私は「自由」であることの価値観を大切にしているタイプではあるのですが、グロービスの自由度は、これまでに数多見てきた会社・組織とはあまりにも異なっていたので、最初はさすがに戸惑いを感じたことを憶えています。今思えば、それまでに様々な規則/ルールに囲まれた社会人人生を歩んできたがために、自分の中でいつの間にか、組織というものは規則/ルールがあること自体が当たり前だと思うようになっていたのでしょう。皆さんの会社では、どのくらいルールを最小化することができるでしょうか?

ルールはなぜできるのか?

ここで、どうして世の中には様々な規則やルールができるのか、ということについて考えてみましょう。それは、おそらく「秩序を保つために必要だから」ということでしょう。実際に、もしも規則やルールがなかったら、色々と想定外の事件が発生し、組織は大きな混乱を招くかもしれません。そうした混乱状態やカオスな状態を回避するために、規則/ルールは定められます。

つまり、組織において規則/ルールが出来上がる思想的背景としては、その組織が「人を“性悪説”的に見ている」という言い方ができるでしょう。要は、組織としては、規則やルールを明記(違反した場合には罰則が科されることを明示)することによって、その規則/ルールに抵触しないように(組織にとって望ましくない行動をとることがないように)人の行動をとある範囲内に収まるようにコントロールしようとしているわけです。このように、問題を発生させないためにも、規則/ルールというものは組織において必要だ、という論理が成り立ちます。

ただ、規則やルールかあることの効用はその通りだとしても、物事には正の側面と負の側面という両面があることを忘れてはいけません。規則/ルールの正の側面が、秩序を保つために人の行動をコントロールできることにあるとしたら、逆に負の側面とは何でしょうか? それは、「人の考えや行動がどんどん規則やルールに抵触しないように縮こまっていく」ということです。これにより、個々人が本来持っている可能性を解き放つことができないばかりか、その方の持っている長所や特異な能力を活かすこともできなくなってしまいます。

これは組織にとってはとてつもなく大きな損失になってしまいます。しかも、この損失は機会損失(本来であれば獲得できていた機会を失っている損失)であるが故に、目に見えることもなければ実感もしにくいため、より質が悪いのです。つまり、組織に目に見えるような混乱が起きていないため、その無風状態をあたかもとても良い状態であるかのように勘違いさせてしまうのです。

ところが組織というものは、何も波風が立っていない無風状態が良いわけではありません。どんどん外部環境が変わっていく中において、いかに自組織がその変化に負けることなく絶えず変わっていけるかが重要なわけです。その中において、組織の構成員である一人ひとりが規則/ルールに抵触しないように縮こまっている状態で果たして良い変化を起こせるのでしょうか?

性善説に則って人と向き合う

グロービスでは、「個の爆発」を促すことを大切にしていると述べました。自分かやりたいと思ったことを躊躇することなく思い切り挑戦して頂くためには、人の考え・行動を抑制する方向に働く規則やルールというものは、少ないに越したことはないと考えています。なので、グロービスでは、規則/ルールを最小化した経営を行っています。

そのために必要なことが「人を“性善説”で見る」ことです。つまり、自社の社員のことを、「自由に好き放題にやってもらえれば、勝手に良いことばかりを行ってくれるはずだ」と思えるかどうかが鍵になります。おそらく、このように性善説で社員を見るスタンスに振り切れるかどうかが、規則/ルールを最小化した経営ができるかどうかの最大の難所であり、各社のスタンスを分ける分水嶺になると考えます。

グロービスがなぜ性善説に振り切った考え方が持てるかというと、それは性善説に則って接しても何ら問題がないと思われる方しか採用していないためです。グロービスに入社されてくる方々は皆、グロービス・ウェイに対する強い共感を持って入って来られます。私たちは、このグロービス・ウェイは社会善に立脚したものと信じていますので、「このグロービス・ウェイに共感・共鳴されている方に悪い人がいるはずがない」というスタンスに立つのです。

要は、性善説のスタンスで経営できるかどうかは、まずは自社が掲げるビジョン・ミッション・経営理念・行動指針といったウェイがどれほど社会を善くしていくことに繋がっているかの確信を持てるかどうか、そしてそのウェイをどれだけ全社員に浸透できているかどうか、更にはそれが採用という場面においても徹底されているかどうか、に拠るものと考えます。

経営を教える会社の経営: 理想的な企業システムの実現
著:グロービス 、 内田圭亮 発行日:2023/11/8 価格:1,980円 発行元:東洋経済新報社

嶋田 毅

グロービス経営大学院 教員/グロービス 出版局長