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投稿日:2023年11月20日

投稿日:2023年11月20日

推し活は企業成長のカギとなるか――ファンベースマーケティングの事例から実践方法を探る

山本 知子
グロービス・ファカルティ本部研究員

あなたは「推し活」をしていますか?

辞書の大辞林によると、「推し」とは「推すこと。特に、『応援していること』『ファンであること』をいう若者言葉」と解説されています。筆者の周りにも「推し活」をしている知人が複数いて、熱量があり、継続的に推しを応援しています。

辞書にも載るほどにすっかり一般に浸透した言葉ですが、最近は、企業でも「推し」を活用したキャンペーンが行われています。
例えば、日清食品とイオンリテールは共同で自分好みのカップヌードル「推し麺」を選ぶ『カップヌードル総選挙』を実施しました。またミスタードーナツは、好きなドーナツ「推しド(ドーナツ)」を選ぶ、『#推しド総選挙2022』を行っています。更にJR東海が行う『推し旅』は、寺の復興の手伝いを行うツアーや真夜中の駅のバックヤードツアーといったニッチなツアーを企画して話題を呼んでいます。他にもシーブリーズ、ロクシタンなど、幅広い業種で顧客の「推し」をキーワードにしたキャンペーンが行われています

ファンをターゲットにした施策増加の背景

これらは従来多く見られた、商品・サービスを知らない不特定多数への認知獲得を狙った施策ではなく、特定の商品・サービスのファンをターゲットとしたマーケティング施策です。

このようなファンをターゲットにした施策が増えている背景には、何があるのでしょうか。ひとつは顧客に「推し」について考えさせる、つまり商品・サービスについて想いを巡らせてもらうことで、能動的に企業やブランドと関わりを持ってもらう狙いがあります。しかしより大きいのは、日本が抱える人口減少、市場規模の縮小、成熟市場で差別化が難しいといった課題の影響です。加えて、誰でも情報が得られる現代において、企業発信の一方的なメッセージは買い手に響きづらく、信用もされ難くなっているのも事実です。つまり、新規顧客獲得が困難な現状によって、対象人数を限定した買い手の心に刺さるという面を重視した施策が増えていると考えられます。

ヘビーユーザーこそが売上を支えている:「20-80のルール(パレートの法則)」

もちろん、対象人数を限定した施策には、売上拡大の面で懸念があります。しかし、ここで立ち返りたいのが「20-80のルール」または「パレートの法則」です。ビジネスシーンに限らず様々なケースにおいては、一部の要素が全体のかなりの割合を占めることが経験的に知られていますが、この法則は全顧客の上位20%が売り上げの80%を生み出している、ということを示しています

筆者作成
<参考動画>パレート分析 ~構成要素の影響を優先順位や判断に生かす~|GLOBIS学び放題

ここから、人数が限定されたとしても熱量を持ったファンに対して積極的にアプローチする施策は、売上拡大においても有効だということがわかります。同時に、ファンの離脱は売上の大幅な低下にもつながりかねません。しかし、大多数のユーザーは、ブランドスイッチ(乗り換え)を行ってしまうものなのです。例えば2014年、主力商品の売り上げに伸び悩んでいたカゴメは、その理由を探るために市場分析を実施した結果、ヘビーユーザーの離脱が原因であることがわかってきました。分析によれば、僅か2.5%のヘビーユーザーが売上全体の30%を生み出していたことが判明したそうです。

ファンベースマーケティングとは?

ここまで、規模の縮小する市場、成熟市場、競合が多く存在する市場においては、競合にスイッチすることなく自社商品を長く購入し続けてくれる「熱量を持ったファン」の獲得及び育成・維持が、マーケティング戦略において重要視されていることを解説してきました。では、彼らのブランドスイッチを防ぐために、企業にとってはどのような施策が効果的なのでしょうか。

熱量を持ったファンに対する施策として注目されているのが、ファンベースマーケティングです。『ファンベースマーケティング』の著者:佐藤尚之氏によると、ファンベースマーケティングとは「ファンを大切にし、ファンをベースにして、中長期的に売上や価値を上げていく考え方」と述べられています。

ファンベースマーケティングへの取り組みとしていくつかの企業が成功しているのが、ファンコミュニティの立ち上げ・運用です。例を見てみましょう。

カゴメの「&KAGOME」――UGCを生む

先述したカゴメは、その後、「ファンを知る」「ファンに伝える」「ファンと一緒に体験する」をテーマに「&KAGOME」というファンコミュニティを立ち上げました。社員自ら仕事を紹介するコーナー等、企業(作り手)について理解を深めてもらうコンテンツや、ファンがカゴメ商品を使ったレシピや野菜栽培について紹介し合う相互交流ができるコミュニティサイトを立ち上げました。ファンと企業(作り手)の交流とファン同士の交流が主な狙いと考えられます。

このファン同士の交流においては、UGC(User Generated Contents)が生まれます。UGCとは、ユーザーが作り出すコンテンツを指します。SNS、ブログ、動画投稿サイト、写真共有サイトなどの各種ソーシャルメディアへ投稿されたコンテンツや書き込み、それらに対する感想、レビューなどのコメントも含まれます。最近は、ファンが書き込んでいるリアルな声は、企業発信のメッセージよりも他のファンに響くと考えられ、UGCは有効とされています。&KAGOMEは、UGCを活用し、ファンの獲得や維持を続けていると考えられます。

クラシエの「共想いカンパニー」――自社価値の検証・共創の場

より深いファンとのコミュニケーションを行っている事例として、クラシエがあります。スーパーや薬局などで見かける食べ物や薬品、シャンプー等の日用品を扱う同社ですが、長年エンドユーザーへの直接販売はしていなかったため、実際に製品を使う人の顔が見えないことやエンドユーザーが何に期待して購入し、その期待にきちんと応えているか把握していなかったことに危機感を覚えていました。そこで、コアなファンと一緒に自社の価値を検証、創造することを目的に「共想いカンパニー」というファンコミュニティを立ち上げたのです。メンバーは僅か10人以下と超少数ですが、ファンを社外ワーキングメンバーとして招き、社員とワークショップやオンラインミーティングなどを通じて、顧客が期待していることやクラシエの未来について意見交換を行っています。

ヤッホーブルーイングのイベント開催――共感と愛着を抱かせる

「よなよなエール」「水曜日のネコ」など、個性的なクラフトビールを世に送り出しているヤッホーブルーイングは、ファンベースマーケティングに積極的なことで知られています。1997年に創業しましたが、地ビールブームの終わりと共に1999年をピークとして売上は下降していきました。
売上低迷時は、現金が当たるキャンペーンなどのさまざまな施策を実施したものの、お客様の反応は芳しくなく、8期連続の赤字も経験しました。

同社がファンベースマーケティング施策を始めたのは、そんな低迷時期に実施した顧客インタビューの結果を受けてのことです。ファンの満足度をより高めるため、2010年に第1回「よなよなエールの宴」を開催すると、全国から40名のファンが集まりました。その後もイベントを開催し続けることで、2018年には5,000人が集結するまでに。コロナ禍での2020年のオンラインイベントでは延べ10,000人のファンが集まりました。

イベント自体は毎回赤字だといいますが、ヤッホーブルーイングは短期の売上を捨て、ファンの満足度を取る“トレードオフ”を行ったことでファンとの強い絆を結び、結果2021年には19期連続の増収まで達成しています。他にも、醸造所見学ツアーやファンと共に同社の未来を考えるイベント、新製品アイデアの検討を行う「よなよなこれから会議」を開催し、ファンの声を傾聴し、新製品に活用するなどしてファンとの繋がりを深めています。

また同社は、売上低迷の中もブログを配信し続け、商品に関してだけでなく、社員の他愛のない話も発信し続けていたそうです。決して派手なマーケティング施策ではありませんが、他愛のない話が企業への共感と愛着を抱かせ、コアファンを維持し続けたのではないでしょうか。

これからの企業に必要なのは長期的な視点

ここまで、ファンベースマーケティングについて3つの事例を見てきました。これらからはファンベースマーケティングにとって不可欠なこととして、以下2つが言えそうです。

  • 企業のビジョン、社員の想い、商品のストーリー等をファンに開示すること
  • ファンとの交流、ファンの言葉を傾聴すること

「推し」をはじめとして買い手の心に刺さる施策がますます求められる中、ファンベースマーケティングは企業成長において有効な一手となります。しかし、この2点を実践するだけですぐ効果が出るわけではなく、熱量の高いファンを育てるには、長い時間がかかります。これからの企業は、目先の売上ばかりに囚われず、長期的な視点を持つことが求められそうです。

山本 知子

グロービス・ファカルティ本部研究員