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投稿日:2023年11月09日
投稿日:2023年11月09日
起こりうる「ギャップ」を見極め、どう埋めるか――企業変革を促す人・組織能力開発を考える
- 板倉 義彦
- グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター
社会動向やテクノロジーの影響によって、経営環境が激しく変動しており、企業には迅速な変革が求められています。しかし、「戦略が実行に落とし込まれない」や「組織が変われない」など、さまざまな難所によって計画通りに変革が進められず、苦労している企業は少なくありません。いかにして難所を迅速に予見して、変革を推進すればいいのでしょうか。
今回は、グロービス マネジング ディレクターである板倉 義彦が、「組織能力」という観点から変革推進で押さえるべき論点や人・組織能力開発のフレームワークなどを、事例をもとに解説します。
『人・組織能力開発』を正しく理解しないと変革スピードは落ちる
企業は、どのようにして変革を行っているのか──「組織能力」という観点で見ていくと、基本的には、意図的に高い目標を掲げて、「組織能力」のギャップを生み出し、そのギャップを埋めていくことでストレッチを促す。その繰り返しで、変革は推進されていきます。
変革に強い企業の特性とは:ユニクロを例に
この推進手法について、ユニクロを例に挙げることができます。同社は1990年代前半に、従来の小売業からの脱却を目指し、『SPA(製造小売業)』戦略を掲げました。しかしその戦略を実現するためには既存人材では不足があり、バリューチェーン全体を管理できる人材を採用することで企業全体にSPAを浸透させていきました。そして、その戦略の見通しが立てば、商品戦略を加速し、更にグローバル戦略の展開などに取り組んでいきました。
こうした変革推進手法に強いのが、個人の創業者やその親族、あるいは大株主が第一線で強い実権をもって経営にあたる、いわゆる「オーナー系企業」です。そんなオーナーが掲げる高い目標(ギャップ)に対して、従業員が必死に食らいついていくうちに、いつしか新たな「組織能力」を獲得し、目標を達成します。そうすると、オーナーは、また次の高い目標を掲げて、会社全体として変革を推進させていきます。
変革のボトルネックとなる「組織能力」
ギャップを生み出す活動と、そのギャップを埋める活動。改革にはこの2つがセットになっていることが必要と言えます。が、ギャップを埋める活動が実現できないと変革が進みません。その際にボトルネックになるのが「組織能力」です。
ヒト・モノ・カネという経営資源の中でも、ヒトが絡む要素は、たとえ調達できたとしても、すぐに成果につながるものではありません。人も組織もすぐには変わることができないのです。
例えば、経験豊富なDX人材を外部から採用したとします。しかしその人がいれば、社内のDXがすぐに回り始めるかというと、そういうわけにはいきません。それは、社内のインフォーマルなネットワークや意思決定プロセスなどの業務に関わる作法やルールが企業によって異なるため、能力や経験のある人材でも、戦力になるには時間を要するからです。前職でのやり方を一度リセットして、新たなやり方に調整していく必要もあります。更にそれ以上に難しいのが、受け入れる組織の側にも進化が求められることです。
『組織能力』のギャップが何なのかを事前に把握する
しかし、このように変革のボトルネックとなる「組織能力」も、そのギャップとは何か、事前に分かっていれば打ち手を講じることができるはずです。多くの企業は、このギャップを予め想定していないために、試行錯誤しながら作業を数多くこなし、その間に疲弊してしまったり、解決策を見つけられないままに変革が頓挫してしまったりすることがよくあります。このギャップをある程度予測できるようになれば、先んじて手を打つ場所が見えてくるのです。
例えばDX人材の例のように、人材を採用しさえすれば組織能力を強化できると思っていると、変革に向けた取り組みは採用だけで完結してしまいます。そうではなく、仕事のやり方や組織構造に組織能力のギャップが生じやすいということが分かっていれば、それらについて変更やトレーニングが必要だということを予測でき、「組織能力」を高めるための打ち手を立案・実行していくことができます。
どのようにギャップを予測するか:事例から考える
ここからは、経営者はいかにして人・組織能力開発のギャップを予測し、手を打つかについて、より具体的な方法を事例から考えます。
取り上げるのは、i-plugの取締役兼、グループ会社イー・ファルコンの代表取締役である田中伸明さんの取り組みです。以前行ったインタビューの冒頭では、「経営と組織としてのケイパビリティが見えない中、組織が傷んだり、問題が顕在化したりして、ようやく不足していることに気づいた」と話していたように、田中さんは手探りで行ってきたことが多いように思われます。
<関連記事>成長過程における難所と、その対応策とは?――設立9年で上場 i-plug取締役に聞く Vol.1
もちろん基本的に、全てを事前にキャッチアップすることはできません。経験しながらストラグルしていかなければならない部分もあるでしょう。しかし田中さんは、i-plugを立ち上げて11年、さまざまな経験を通じて予見できることが増えてきたことで、次の対応をスピーディに行い、成果につなげるアクションを取っています。
組織規模の急拡大によるギャップに対応する
行った対応の1つは、「CHRO」の外部からの採用です。
2021年に上場を果たしたi-plugは、短期間で1.5~2倍に従業員が増えていきました。そこで田中さんは、それまで担当していたCHROの業務を手放し、数百名~数千名までグロースさせた経験のある人材を、新たなCHROとして外部から採用しました。
それまでのHR業務は、役員間で役割分担して担当していたこともあり、組織課題への対処が難しかったと言います。しかし、このとき経験者を調達できたことで、課題への最適な解決策を最短で選択・実行することが可能となりました。それゆえ、急成長する中でも人事部の組織体制を円滑に整備していくことができたのだと思われます。
事業の特性によって起こる成長ギャップに対応する
もう1つが、組織力を強化することで、営業力のミドルアップに取り組むことです。
イー・ファルコンが提供する「適性検査」は、他社との差別化が難しいプロダクトと言えます。ここで田中さんは、「イー・ファルコンには組織力の強化が必要だ」と考えました。これは、親会社であるi-plugとのプロダクトの違いや、「人・組織の成長」よりも「事業の成長」を優先してきた経験を通じて、同社の人と組織の能力ギャップを埋めることが優先課題であるという見立てによるものです。田中さんは1~2年かけてこれを実行していったのです。
まとめ
こうした「人・組織能力開発」の考え方を知っているのと知らないのとでは、ギャップを埋めるスピードが大きく変わってきます。これは経験がなくても、知識である程度カバーできる領域です。本稿が組織変革を進めるみなさんの参考になれば幸いです。
(次回に続く)
板倉 義彦
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター