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投稿日:2023年10月02日

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Twitterから「X」へのリブランディング、成功するか?――Uberの失敗と挑戦の過去から探る

太田 昂志
株式会社ゆめみ 最高人事責任者(CHRO)/グロービス・マネジメント・スクール 講師

2023年7月24日、青い鳥が象徴的だったTwitterは、黒地に白文字の「X」へとブランド名を変更しました。このリブランディングは、様々な機能やサービスを終結させたスーパーアプリへの生まれ変わりの第一歩と見られています。

しかし、今回の決断に対して専門家たちから多くの疑問が投げかけられています。スーパーアプリどころか、これまで愛されてきたTwitterブランドを破壊しただけで終わるのではないか。海外メディアの報道では、最大で200億ドルの価値が減少した可能性があるとの指摘もあるほど※1です。

成功か失敗か――意外となじんできた、という方もいらっしゃるかもしれませんが、今の段階で評価するのは早急でしょう。ただし、同様にリブランディングに挑んだ過去の事例を振り返ることで、今後の行方を予想する手がかりを得ることができるかもしれません。

Uberも過去、リブランディングに失敗していた?

近年のリブランディング失敗事例に、米配車大手Uberが挙げられます。

2016年、同社はスマホのアイコンを刷新しました。元々は社名のアルファベット先頭文字の「U」だったロゴを、「C」を反転させたようなデザインに変更し、ロゴや色、形状などを一新したのです。

当時のCEOであるトラヴィス・カラニック氏は、「ビット」と「原子」という比喩を用いて、Uberの新たな方向性を表現することを決断しました。「ビット」とは、オンライン世界における情報の基本単位を指し、「原子」とはリアル世界の物質を構成する微小な要素を意味します。おそらく新しいロゴの中央四角がビット、「C」を反転した白い丸が原子を表しているのでしょう。

Uberは、現実の「ドライバーと乗客」「飲食店と顧客」などをオンライン上でつなぐサービスを提供していますが、この関係性を「ビット」と「原子」になぞらえ、両者を通じて人々に喜ばれる産業を創造するという意図をロゴに込めたのです。

このリブランディングはUber社内の十数名のデザイナーによって実行されたと言われています。

しかし、そのプロセスが通常のものと違っていたのは、非デザイナーであるカラニック氏が深く関与したことです。当然、そこには創業者ゆえの強い思い入れが入ります。デザイナーたちも彼のイメージを実現するため“だけ“に必死にもなったでしょう。

カラニック氏は、自身の創業者としての強い信念と、未来に向けた大胆な決断を下しましたが、突如として変わったロゴに多くのユーザーは混乱し、各種メディアからも批判を浴びる結果に終わりました。そして2年後の2018年には、以前のロゴの「U」にもつながる社名をマークとしたシンプルなロゴへと再リブランディングされたのです。

1度目のリブランディングによって、Uberがどの程度の価値を失ったか定かではありません。ただ、こうした未来志向の大胆な行動は、今回のマスク氏の行動と何かしらの類似点を感じさせます。その後のUberの復活劇も見ていく前に、まずは「ブランド・エクイティ」の観点から「X」の現状を評価してみましょう。

Twitterのブランド・エクイティは本当に下がったのか?

ブランド・エクイティとは、ブランドの持つ資産的な価値のことを言います。生産設備や不動産などの有形資産と同じく、ブランドも企業にとって無形的な資産であり、投資などを通じてその価値を高めることができます。

この概念を提唱した米経済学者のD.A.アーカー氏は、ブランド・エクイティの主な構成要素として主に4つの構成要素を挙げました。

ブランド・エクイティの4つの構成要素(GLOBIS学び放題「ブランド・エクイティ ~ブランドの資産価値を理解する~」より)

この考え方を用いて、「X」へのリブランディングに伴う価値の変化について考察してみましょう。

①ブランド認知

「ブランド認知」は、単なる知名度だけでなく、そのブランドがどれだけ深く知られているかも重要です。「X」の場合、今回の報道を通じて新しいブランド名は広く知られることになりましたが、それでもサービス開始から17年積み上げた「Twitter」へのブランド認知と比べると、その価値は低いことは明らかです。

②知覚品質

「知覚品質」はユーザーが感じる品質や優位性を指します。例えばSNSで言えば、ユーザーインターフェースや便利な機能はもちろん、ユーザーが信頼性の高く有益な情報に触れられるかどうか、ユーザー同士のコミュニケーションの質が高いかなども知覚品質に影響を与えます。黒を基調としたデザイン自体が今の段階でどう影響しているかはわかりません。しかし、少なくとも今回の出来事によってユーザーの一部が離脱し、一時的に情報の質が低下している可能性を考えれば、知覚品質も下がったことは否定できません。

③ブランド・ロイヤリティ

「ブランド・ロイヤリティ」は、ユーザーがそのブランドにどれだけ愛着を持っているかを指します。今回の変更によって、タイムライン上で「さよなら青い鳥」「ありがとう、青い鳥」などの惜別の声が多く上がったことを見れば、人々は旧ロゴに強い愛着を持っていたことがわかると共に、ブランド・ロイヤリティが低下したことは明白でしょう。

④ブランド連想

「ブランド連想」はそのブランドに関して連想できるすべてのものを指します。例えば、青い鳥のロゴ、フォローとフォロワーという考え方、ツイートやハッシュタグなどの用語などです。こうした記憶やイメージなどは、17年の歳月をかけて、世界中の多く人々に浸透させてきたものです。そして、これらが失われるわけです。わざわざ新たなブランド「X」と比べなくとも、どちらの価値が高いかは言うまでもありません。

このように見ると、将来的には今よりも価値が高まる可能性はあるものの、現時点ではそのブランド価値が失われていることがわかるでしょう。

ただ、マスク氏も「X」への変更によって、ブランド価値が失われることはわかっていたはずです。にもかかわらず、ブランド変更を強行したのは何故なのでしょうか。そしてそのブランド価値が失われた中で、勝機はあるのでしょうか。

「X」ブランドをどう構築すべきか? Uberの復活劇から探る

「X」のブランド価値の行方を探るために、再びUberのリブランディングの取り組みを見てみましょう。

新しいロゴを導入した翌年2017年、Uberは数々の試練に直面しました。セクシャルハラスメントや情報漏洩などの不祥事が表沙汰になり、カラニック氏は辞任せざるを得なくなったのです。

その後、新たなCEOとなったダラ・コスロシャヒ氏は、信頼を取り戻すことを最優先課題としました。Uberが直面した多くの問題を放置すれば、ブランド価値の低下だけでなく、ビジネスそのものが危機に瀕する可能性があったからです。特にUberは、タクシー業界では後発であり、ライドシェア市場でも激しい競争が続いている状況に置かれています。ここで信頼を回復しなければ、競合他社に取って代わられる恐れがあったのです。信頼を取り戻すことは、市場での競争力を維持し、ユーザーを維持・獲得するために不可欠でした。

この状況に対処するため、コスロシャヒ氏は米国家安全保障局(NSA)の元法律顧問らの助言を受けながら組織の再構築を進めました。また、ユーザーとともに未来を目指すことを重視する姿勢を示す意味でも、2年という時間を費やしてリブランディングに取り組みました。

その結果、誕生したのが今のロゴです。シンプルで視認性の高い配色、ユニークでありながら読みやすいタイポグラフィなど、出来上がったのはこれまでのロゴと全く異なるものでした。この新ロゴはユーザーやメディアから概ね好意的に受け入れられ、Uberのサービス改善もあって信頼を取り戻すことに成功しました。現在のUberの好調さとブランドへの愛着、その土台となるユーザーからの信頼感を見ると、そのリブランディングの成否は明らかです。

さて、「X」はUberの失敗と挑戦から何を学べるでしょうか。報道によれば、今後「X」が目指すのはスーパーアプリ化です。

発表のあった企業アカウントのプロフィール画面に求人情報を統合できる新機能「X Hiring」のほか、ビデオ通話や音声通話などの新しい機能が追加される計画も明らかになっています。しかし、たとえ機能が充実したとしても、それだけではユーザーからの支持は十分に得られないでしょう。なぜなら、今回の「X」のリブランディングによって、ユーザーからの信頼が依然として失われたままであるからです。

ましてや今後「X」が参入しようとしているのは、非常に競争が激しいスーパーアプリ業界です。米国市場ではスーパーアプリの普及は進んでいませんが、中国や日本をはじめとするアジア圏では、WeChat、Alipay、LINE、PayPayなどの強力なプレイヤーが競り合っています。また、短文投稿型SNS市場でも、FacebookやInstagramを運営するMetaの「Threads」、Twitter共同創業者のジャック・ドーシー氏が関与する「Bluesky」など、新たなプレイヤーが相次いで登場しています。
このような競争環境の中で、後発の「X」が現在の市場でシェアを確保しながらスーパーアプリに成長するためには、Uberの復活劇が示すように、何よりもユーザーからの信頼を取り戻すことが極めて重要です。もちろん、マスク氏なりのアプローチもあるかもしれませんが、コスロシャヒ氏の姿勢から学ぶべき点も多いでしょう。

今回のブランド変更の成否は、「X」のスーパーアプリへの進化と、そのビジネスの世界的な成功を通じて最終的な評価がなされることでしょう。

太田 昂志

株式会社ゆめみ 最高人事責任者(CHRO)/グロービス・マネジメント・スクール 講師