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投稿日:2023年06月28日

投稿日:2023年06月28日

山口産業 「戦う土俵を変える」生き残るための意思決定――サステナビリティ経営への変革 Vol.1

山口 明宏
山口産業株式会社 代表取締役社長 / 一般社団法人やさしい革
本田 龍輔
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネージャー

サステナビリティが企業経営にとって避けては通れない課題となっています。しかし、大きなテーマであるがゆえに、日々の仕事と紐づけて捉えることが難しいテーマでもあります。本連載では、サステナビリティ経営を実践する推進者に焦点を当て、個人の志からSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の要諦を探ります。

第1回は、東京都墨田区にある山口産業を取り上げます。革製品を愛用されている方も多いのではないでしょうか。しかし、その革製品がどのようにして作られているかは知っていますか?動物の「皮」を製品として加工可能な「革」にするまでには、なめしという工程が必要です。今回は、地球にも人にもやさしい革のなめしという、サステナブルな事業に取り組む山口産業株式会社の3代目社長である山口 明宏 氏にお話を伺いました。(聞き手・執筆:本田 龍輔)

ラセッテーなめし製法による「人と自然と環境にやさしい」山口産業の取り組み

荒川が流れる東京都墨田区は、皮革産業が発展し、最盛期には100以上の関連業者が操業していたといいます。1938年創業の山口産業は、この土地に残る数少ないタンナー(革製造メーカー)のひとつです。同社が主に取り扱っているのはピッグスキン(豚革)ですが、従業員4名ながら世界的なアパレルブランドとも取引をするなど、高い評価を得ています。

通常、皮のなめしを行う際にはクロムが使われていますが、これは環境負荷の大きい重金属系の薬品です。対して山口産業では、1990年から、植物タンニンで動物皮をなめす独自の「ラセッテーなめし製法」を開発し、同社オリジナルのラセッテー・レザーを製造しています。2015年からは、製造するすべての革をラセッテーなめし製法に切り替え、人と自然と環境にやさしい革づくりをしています。

ラセッテーなめし製法を開発したのは明宏氏の父である2代目。フランスの展示会でクロムの代替品として植物タンニンを使用しているタンナーと出会ったのがきっかけであったそうです。

――自社開発されたなめし技術に対する当初の印象を教えてください。

山口:先代は技術で生きるしかなかった人でした。ラセッテーの開発に億単位の費用をつぎ込んでいたんです。正直に言うと、実はこの技術には「なんでこんなに借金をしたのか」という反感も持っていました。開発のために、海外から数千万円する機械を買ったり、原材料保管のために倉庫を借りたり、開発を優先するあまり、通常の生産活動をないがしろにしてしまった経緯があったんです。ラセッテーなめし自体は当社にとっては「大きなお荷物」でした。

――ラセッテーなめしに共感されていたと思っていたので意外です。

山口:単純にビジネスとして考えた時に成り立たないじゃないですか。従業員を食べさせていけないし、会社の将来だって見えない。どんな電卓を使ったって、私は受け入れられないと思っていました。

ただ同時に、人と自然と環境という、そういう考え方には共感する部分もありました。いいものだとは分かっているけれど、まだ日本のマーケットでは受け入れられなくて、しかも、これだけの負債を抱えてしまっている。共感はしていましたので、負債をいかに返していくかということを考えていたし、将来的にはクロムなめしをやめて、ラセッテーなめしだけにできたらいいよねというのは、親子の間できちんと共通の志として持っていました。

――いいものだけどマーケットが受け入れてくれないという壁を、どのように乗り越えていったのでしょうか?

山口:実際にはどんなブランディングで価値をつくっていくか、と試行錯誤する中で受け入れられていったんです。革はみんな大きさが違うので10センチ×10センチを1デシとして単価を決めます。お客様からは「他所が安くなってきているから、もう少しまけてもらえないか」と値下げ交渉され、同業者とは常に喧嘩はしないけれど睨み合っているような状態ですね。最後はもう原価割るぐらいの金額を言われてしまって、このままじゃいけない、生き残るには、ラセッテーなめしというやり方をきちんとブランド化していくしかないと考えました。

――ラセッテーなめしに絞った方がブランドとして確立でき、利益を見込める、という見通しがあったのでしょうか?理念に立ち返って辞めるべきだよなという考えもあったのでしょうか?

山口:まず、土俵を変えたかったわけですよね。同業他社と価格競争を何十年としてきた土俵を変えないといけない。どこが自社の土俵なのかということ考えている時に、2013年にバングラデシュの革の工場から出てくる排水で健康被害が起きていることを知り、まずはクロムを使っていないということが新たな土俵の一つになるんだと考えました。

環境に配慮したものであれば高く売れるという見立てもあったかもしれませんが、現状から脱却したいという思いが強かったんだと思います。たぶん業界の中で生き残るには技術を変えていかなければいけないし、自分の居場所を変えていかないといけないと思っていたのかもしれません。

やさしい革の消費文化を創る

山口氏が代表理事を務める一般社団法人やさしい革では、駆除された猪や鹿の皮を預かり、革素材にして産地へ還すMATAGIプロジェクトという活動を2008年から開始しています。現在は全国600カ所に拡大し、年間約3,000枚の獣皮が有効利用されています。また山口産業では、2018年からJICAと連携し、モンゴルへなめしの技術協力も始めています。

ラセッテーなめし製法はミモザアカシアなどから抽出される植物タンニンを使用しており、工場排水の汚染はじめ環境負荷を抑えることが可能。その魅力は世界にも広がっている(一般社団法人やさしい革 提供)

――山口産業の社長としての顔と、社団法人の代表理事としての顔、この2つは意識的に使い分けてらっしゃるのでしょうか?

山口:それぞれの理念が違います。社団法人は、日本にやさしい革の消費文化を作っていくという、僕らにしかできないことを目指しています。一方で、山口産業は、「持つ人に喜びを、使う人に夢を与える革を製造すること」を理念に掲げています。

そうしたモノ作りの定義が根底にあって、やっぱり皆が夢見てくれるように、どんなものを作れるかなあとか、使う人にも何か楽しんでいただけるようなものを、山口産業としては目指しています。その辺が使い分けている部分でしょうか。当然、工場に入ったときには技術者としてというのもあります。

――社団法人としては考え方を広めていくために、理念が全面に出て、山口産業としてはモノがそこについてくる、という感じでしょうか。

山口:そうですね。やさしい革の活動の中で、ぜひ山口産業の革を使いたいですと言われたときに、なんかこう気まずいっていうか。こういう活動していて、だから山口さんの革を使いたいって言ってくれるのが嬉しいような、でも商売のためにやっているわけでもないみたいな。そういうときはぜひ使ってくださいって言うしかないわけですが、その辺がどういう反応しようか迷うところですね。

――山口産業という会社自体は、どういう会社にしたいとお考えですか?

山口:山口産業は、ラセッテーなめしの技術や、やさしい革の活動を伝えていく拠点という位置づけにしていきたいと思っています。この古い工場をまた新しくしても何の意味もないし、ここをいかに守っていくかというよりも、形に残らないものをきちんと残していくことが必要かな。ラセッテーの技術が続いてくれる限りは、体裁や形にこだわらなくてもいいんです。

――儲けを大きくして会社を大きくしようとか、ご子息に継がせたいという思いはなかったのでしょうか?

山口:技術やノウハウは次の代に残してあげた方が良い資産になると思います。プロジェクトはいつか完結して無くなってもいいんですが、事業というのは絶対やめちゃ駄目だと考えています。たぶん、父もそういった意味で借金してまで残そうとしたんだと思います。

なので、最後、私一人になっても私が収入を得るためというよりは、こういう活動をする限りは私自身がなめしをしてないと、嘘になっちゃうわけですよ。だから、事業は絶対やめちゃいけないと思っています。ただ、プロジェクトに関しては完結してくれたら、それで万々歳じゃないですか。MATAGIプロジェクトだって、イノシシやシカと人間の社会、地域との間でその生態系のバランスが保てるようになった時点で、もしかしたら駆除しなくて済むようになるかもしれないし、駆除頭数ももっと減るかもしれない。現状では、絶対増えていってしまうのですが、ただそれが適正な量になった時、やる必要がなければプロジェクトは閉じればいい。ただ、どうしても駆除して廃棄するんであれば、命を無駄にしないように活動はちゃんと繋げなきゃいけない、ということですよね。そんなふうに考えながら、プロジェクトはいつか閉じるものですから、広く大きくどんどんどんどん前に進んでくださいと言っています。

山口産業の選択と意思決定から見えるサステナビリティ経営への変革

インタビュー前は、対外的な発信に力を入れながら、国や行政のお墨付きも得て、サステナビリティ経営を推進されているいわゆる優等生的な企業のように見えていた山口産業。かと思いきや、実際にお話を伺ってみると、借金を抱え、リソースがない中でも地道にブランドを構築し続けてこられた泥臭い一面も知ることができました。山口さんのお話から見えてきたサステナビリティ経営のポイントをまとめます。

1.サステナビリティに取り組み始める契機は内発的とは限らない

サステナビリティ経営というと、自社のパーパスを起点とした未来志向の取り組みをイメージされる方も多いと思います。しかし、山口産業の場合は、通常の革は買い叩かれ、原価を割り込むような価格競争・顧客の奪い合いが続く中で、既存の競争環境から脱却するための手段でした。

「同業他社と戦う土俵を変えるためには、環境に配慮した製法の革で戦うしかなかった」というお話からも、サステナビリティへの対応は自社の生存戦略であったことが窺えます。そうした中でも、地道にブランド価値を高め、対外的なアワードを受賞されるまでに至ったストーリーが印象的でした。同社の事例からは、外圧への対応からであったとしてもサステナビリティ経営に舵を切ることができるのだと気づかされます。

2.取り組みの過程で優先順位は変化する

サステナビリティへの対応は、コストとして捉えられがちですが、山口産業の場合、利益は二の次ではなく、むしろ算盤を弾いて収益性を高めてきました。当初、エコレザーは儲からなかった中、展示会で売り込み、徐々に取引先を開拓し、自社のブランド向上のために投資し続けた結果、従来の革の三倍以上の単価で売れるようになったそうです。

これだけ努力を積み重ねて来られたラセッテー・レザーですが、社団法人であるやさしい革の関係先から「使いたい」と言われた際には、こそばゆさを感じるというお話が意外でした。

経営者として、儲かるように事業を仕立てることが求められることはいうまでもありません。しかし、自社の立て直しのために収益性を追求してこられた一方で、やさしい革の消費文化を創ることを目指す社団法人の代表理事としての顔がしっくりきているようにも感じられました。サステナビリティ経営の推進するうえで、個人としての重点の置き方も変遷していくことがわかります。

3.社外との接点の多様化が変化をもたらす

山口氏のストーリーからは、自社の生き残りのために必要に迫られて始まった取り組みが「人にも環境にも地球にもやさしい革の消費文化を創る」というパーパスへと昇華されていく過程が伺えました。そのためにも、山口産業という形は変わったとしても、事業は継続していかなければならない、と強く語られる姿が印象的でした。

こうした山口氏の視点の変化には、多様なステークホルダーとの接点が少なからず影響しているといえます。厳格な調達基準を定める取引先はもちろんですが、社団法人関係者や害獣問題に取り組む地域団体、国際協力活動を通じてつながる海外のなめし業者、地元の墨田区役所をはじめとした行政関係者など、実に多様です。

もし、自社の顧客だけとの接点であれば、ここまで山口氏の考え方に変化は生まれなかったのかもしれません。サステナビリティ経営を推進するリーダーとしては、NPOや行政などセクターを超えたつながりを意図的に持ち、普段とは異なる価値観を取り込んでいくことも必要となるでしょう。

まとめ

サステナビリティ経営というと、特定の社会課題を解決するという想いから創業された企業・事業を思い浮かべがちです。しかし、山口産業のように経営者のスイッチが入ることでも変革は進んでいきます。

山口産業の事例から得られた示唆は、サステナビリティ経営の難所としてよく上げられる「余裕がないからできない」「儲からないからできない」といったものを覆すものでした。リソースフルでなかったとしても、外圧対応からのスタートであったとしても、サステナビリティ経営への変革を進めることができるはずです。

負債を抱えながら、当初は諸手を上げて賛成できなかったラセッテー・レザーについても、賛同してくれるステークホルダーとの関わりの中で、徐々にやさしい革の代表理事としての顔がしっくりこられるようになったストーリーを聞き、志はサステナビリティに取り組む中でも醸成されるのだと感じました。

山口 明宏

山口産業株式会社 代表取締役社長 / 一般社団法人やさしい革

本田 龍輔

グロービス・コーポレート・エデュケーション マネージャー