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投稿日:2023年02月22日

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偉大なる経営者が残した智慧と慈悲――『稲盛和夫の実践アメーバ経営』

河田 一臣
グロービス経営大学院 事務局長

会計専門誌で特集される稀有な経営者

先般、とある会計の専門誌で経営者の特集が組まれた。昨年8月に逝去された稲盛和夫氏である。
稲盛氏は、京都セラミック(現京セラ)、第二電電(現KDDI)を創業して大企業に育て上げるとともに、経営破綻した日本航空(JAL)の再建を成し遂げるなど、立志伝中の経営者だ。そのような経営者であっても、手法が会計専門誌で取り上げられるのは稀有であり、稲盛氏が考案した「アメーバ経営」がいかにユニークな経営管理(管理会計)手法であるかを物語っているだろう。

こうした「アメーバ経営」による成果をはじめとする稲盛氏の功績と影響について、改めて注目が集まっている。その中で、初版は2017年と数年前であるものの、今一度読みたい書として薦めたいのが本書だ。先行きが不透明で、将来の予測が困難なVUCAの時代こそ、企業は生き残るために高収益に拘る必要がある。そして近年、人材の価値を最大限に引き出す人的資本経営が叫ばれている。まさにこれらを実現しようとしたのが稲盛氏の経営なのだ。

社員の力を最大限に活かすアメーバ経営

アメーバ経営は「フィロソフィ」と呼ぶ経営哲学と両輪を成す稲盛氏の経営の要諦である。「日本資本主義の父」「実業界の父」と称された渋沢栄一はその行動の根幹に「論語と算盤」を掲げたが、「フィロソフィとアメーバ経営」が稲盛氏にとっての「論語と算盤」である。

稲盛氏は、人の心を大切にする全員参加経営社員の幸福と人類・社会の進歩発展への貢献を目指していた。それを実現するために考え出されたのがアメーバ経営であり、稲盛氏が経営者として成功した大きな要因になっている。

より具体的に説明するとすれば、企業を小さな組織「アメーバ」に分けて独立採算部門とし、それぞれのリーダーによる共同経営のように企業を経営する手法であると言える。各アメーバは一つの企業のように目標達成に向けて事業活動を行う。機能を最大限に発揮するアメーバの作り方、時間当たり付加価値による採算管理、市場に直結した社内取引のルールなど、精緻に制度設計されている。 このメリットは、組織が小さいため、活動と実績(成果)のつながりがわかりやすいことにある。そのため、アメーバに所属するメンバーは創意工夫しながら主体的に活動する。また、リーダーは自身で目標を立て、メンバーを巻き込みながらアメーバを経営するため、リーダー育成の仕掛けにもなっている。また、社内取引のルールは市場に直結しているため、市場の変化に迅速に対応することができる。

日本社会の発展のために公開

本書は、稲盛氏の経営の要諦であるフィロソフィとアメーバ経営の概要がコンパクトにまとめられており、稲盛経営学に触れることができる。

また、JALをはじめとしたアメーバ経営の導入事例が多く書かれている。アメーバ経営の設計思想についてより詳しく知りたい場合は、稲盛氏の前著『アメーバ経営』に進むと良いだろう。
前著と比較すると、本書はアメーバ経営を多くの企業に導入した京セラコミュニケーションシステムとの共著であり、製造業以外の事例も豊富に記載されている。製造業である京セラの事例が多い前著に比べ、より多くの企業の参考になるだろう。

稲盛氏が、西郷隆盛が掲げた「敬天愛人」の精神に基づいて経営をしていたことは有名である。一方で、稲盛氏は禅宗である臨済宗に在家得度した経験を持ち、仏教への造詣も深かった。禅宗をはじめとする大乗仏教は自利利他円満を重視する。自利とは智慧を覚ることであり、利他は智慧を共有する慈悲である。アメーバ経営とは稲盛氏が体得した智慧である。
アメーバ経営を公にすることに対して反対の声があったが、社会のためを思って公開したと稲盛氏は述べている。稲盛氏の慈悲である。

本書は稲盛氏という稀有な経営者の智慧と慈悲の書なのだ。

稲盛和夫の実践アメーバ経営: 全社員が自ら採算をつくる

著・編集:稲盛 和夫、京セラコミュニケーションシステム 発行日:2017/9/1 価格:1,760円 発行元:日経BPマーケティング(日本経済新聞出版

河田 一臣

グロービス経営大学院 事務局長