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投稿日:2023年01月30日

投稿日:2023年01月30日

【学び方】新規事業創出を加速させるマインドセットとは

大企業で新規事業開発が活発化している。さまざまな企業が社内からイントレプレナー(社内起業家)を育成し、新規事業創出を加速させようとする一方で、道半ばにして事業がとん挫し、先に進められなくなるケースも少なくない。

大企業の中で創造の「壁」に直面したとき、解決のためにイントレプレナーたちはどんなアプローチを取るべきなのか。

新規事業でのグランドデザインの描き方や必要なマインドセットと行動について、グロービス経営大学院の教員である山中礼二氏が、卒業生の櫻井崇晴氏(川崎重工業株式会社 社長直轄プロジェクト本部 近未来モビリティ総括部 課長代理)武田真一郎氏(ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社 レモン・プランツミルク事業本部 プランツミルク事業部長)恒田有希子氏(フォースタートアップス株式会社 常務取締役 兼タレントエージェンシー本部長)に聞いた。

自分たちの世代が行動しなければ、企業は生き残れない

山中:櫻井さんと武田さんは大企業の中で新規事業を立ち上げたイントレプレナーですね。どういった経緯でこうしたプロジェクトに関わるようになったのでしょうか。

櫻井:日本の大手製造業が持続的な成長をし続けるための方法は、既存事業のグローバル展開を拡大するか、新規事業開発による新市場を開拓するかのいずれかしかないという危機感は、以前から持っていました。

そんな中で新型コロナウイルス感染拡大により市場環境が激変し、主力事業である航空宇宙事業が苦境に陥り、プラント事業では海外事業が事実上の凍結状態となったことで、まさに自分事として直面することになりました。この強烈な危機感により、私たちの世代も今すぐ何か行動しなければ、生き残ることができないと痛感したんです。

そんなときに、社内SNSで社長が「このような状況だからこそ、みんなの力を結集させて、川崎重工が世界の人々にできることをしよう。新しいプロジェクトを立ち上げるので、我こそはという人は手を挙げてほしい」と呼びかけたのです。その投稿を見て、当時の自分はいてもたってもいられず「自分がその役割の一端を担いたい」と思いコメントを返しました。

これをきっかけに新規事業に携わることになり、現在はVTOL無人機という無人ヘリコプタを活用した物資輸送サービス事業のプロジェクトリーダーを担っています。

武田私は食卓を囲むコミュニケーションの時間をもっと楽しくしたいという思いを抱いて、サッポロビールに醸造技術者として入社しました。

異なる部署や社外の人たちと積極的に交わるうちに視野が広がっていく楽しさを感じて、M&A部門の新規開設に伴う公募に手を挙げたんです。

それを機に他社から譲り受けた事業を基盤とするプランツミルク事業の立ち上げに参画し、豆乳を原料とするヨーグルトの戦略立案から実行までを担っています。

今の私の原動力となっているのは、「食のバリアフリー」を実現したいという思いです。アレルギーや苦手な食材がある人、お酒が飲めない人も含め、だれも疎外感を感じることなくテーブルを囲み、だれもが食の楽しさ、おいしさを共有できる世界を実現したいのです。

山中恒田さんはスタートアップの支援をされていますね。どういった思いで志されたのでしょうか。

恒田私は新卒のころから「なぜそれをやるのか納得できないことはやりたくない」という扱いにくいタイプだったので、仕事もあまり与えられず鬱々としていました。この閉塞感をなんとかしたいという思いでグロービス経営大学院に飛び込み、そこでの学びを通じて「チャレンジすることやそれができる場が好き」なことに気付いて、スタートアップに転職したんです。

多くの起業家と話をする機会を得て気付いたことは、彼ら彼女らが向き合っている日本の社会課題は本当に根深いものだということです。自分のやるべきことは、課題解決を目指す起業家を後方支援することで日本を変えていくことなのだと、自分自身のウィルが固められていったように思います。

現在は、フォースタートアップスという社名の通り、起業家やスタートアップのための各種支援を提供する企業で人材支援を担っています。

計画通りに進まない事業でも、マイルストーンを示していく

山中櫻井さんと武田さんは大企業のリソースやブランドを活用できるメリットは大きい半面、組織が大規模であるがゆえの難しさもあるでしょう。社内で新規事業をスタートして、成長させていくプロセスで重要なことはどんなことだと思いますか。

櫻井私たちの場合は無人モビリティという世界的にも新しい市場・技術であることから、特にスピード感を重視する必要がありました。それはチームをまるごと外に出してもらったことで実現できた部分が大きかったと思っています。

事業の内容にもよりますが、新規事業は既存事業と“カニバリ”を起こしてしまうこともあり、社内で苦しい立場に置かれることも少なくありません。ましてやチームが若手・中堅社員中心で構成されていると、なおさら難しいこともあるでしょう。そこで当社では、いくつかの新規事業を社長直轄型とし、物理的にも距離を置く出島戦略を取ったことで、スピード感を持って事業を進めることができています。

武田:新規事業には、花が咲くまでに相当時間が必要なものもあります。一方、経営層や投資家は早期に成果をあげることへの期待があるため、時間軸に対するギャップが生まれることも、向き合うべき課題だと考えています。

ゴールまでの時間軸を明確に示すのは当然としても、だからといって長い期間なにも言わずに待っていてほしいというのではステークホルダーに納得してはもらえないでしょう。長期的にも短期的にも明確なマイルストーンを示し、途中経過で目指すゴールが実現可能であることを伝え、理解を得られるようにすることが重要だと思っています。

恒田投資家には長い目で評価する視点も大切にしてほしいと思いますが、当事者が短期的な目線も持ち合わせてマイルストーンを律していくことはそれ以上に重要ですね。緻密に計画を立てるからこそ、遅れや問題が生じたときに何がずれてしまったのか、どこに課題があって何を解決すべきかがわかりますから。

新規事業は計画通りに進むことのほうが少ないと思うのですが、だからこそプランB、Cと柔軟に軌道修正していくことでゴールに近づけるのだと思います。

櫻井私はチーム内で情報を開示する姿勢も重要だと思っています。

ささいなことであってもコミュニケーションツールで共有し、メンバー全員が各プロジェクトの情報を閲覧でき、そこに対して誰もが気付きやコメントを発信できるような心理的安全性を担保した状態にしています。

そこには社長も入っていて、さすがに全部は見ていないと思いますが、たまに「いいね!」が付くんです。トップも見ているという緊張感の中で、あらゆる情報を開示し、多様な意見を受け入れる環境をつくることでコミュニケーションの質が向上し、メンバーの強みを生かした問題解決や新しいアイデア、コラボが生まれやすいと感じています。

スタートアップの成長を支援する気持ちがないと走り切れない

山中大企業の新規事業ではスタートアップとの連携が不可欠になっています。そのために、どのようなスキルやマインドが必要だと思われますか。

櫻井スタートアップに限らず、「パートナーを利用してやろう」という気持ちが少しでもあると、連携はうまくいかないと感じています。

チーム内だけでなく社外のパートナーとも密にコミュニケーションし、心理的安全性を確保していく必要があるのに、高慢なマインドを持っていれば普段の接し方にもそれが表れて、コミュニケーションが台無しになってしまうからです。

私のチームでは当社が出資するスタートアップを別のVCやファンドに紹介し、資金調達をサポートするようなことも行います。一緒に夢を追いかけるからにはパートナーの成長を後押しする姿勢は必要です。言い方を変えれば大企業には、スタートアップの成長を支援するぐらいの気持ちがないと最後まで走り切るのは難しいと思うのです。

武田:私も同感で、大企業が自社に足りないところをスタートアップに埋めてもらおうとする姿勢は問題で、そもそも埋めてもらうべき穴がすべて見えていると思うこと自体が思い上がりだと感じています。

「無知の知」を認めたうえで、目指すゴール実現の確度とスピードが、共創することでどの程度上げられるかをお互いにフラットに考えていく必要があるのではないでしょうか。そうでないと、互いの資本や技術に依存し、束縛し合う後ろ向きな関係になってしまうような気がするのです。

恒田ひとりで会社を立ち上げるアントレプレナーと、企業内で新規事業を担うイントレプレナーでは求められる資質が異なるんですよね。

成功しているアントレプレナーはとにかく自分を信じる思い込み力と人を巻き込む力が圧倒的です。ずうずうしいぐらいに人を頼っていくけれど、その夢が大きいだけに協力したいと思わせる力がある。もちろん、資金を簡単に出すわけではないけれど、経験や人脈を使った目に見えないサポートをたくさん集められるのです。

一方で、企業の中で新規事業を立ち上げるイントレプレナーは、想像を絶するような緻密な調整力を発揮しないと一歩も前に進めないのが苦しいところかもしれません。

最近はカーブアウトモデルといって、新規事業を担う子会社を連結から切り離し、外部の資本も受け入れながら、上場を目指すケースが増えていますね。切り離すことで、より自由度の高いチャレンジができるようになるメリットは大きいです。

イントレプレナーにこうした環境が与えられれば、調整の先にあるスキルを発揮できる機会が増え、経験が蓄積されていきます。大企業が将来の経営を担う人材として、こうしたイントレプレナーを育てていく価値は大きいと思います。

競合とも共創していく姿勢がないと、前進できない

山中皆さんは新規事業の経験を通して、どんな学びがありましたか。

櫻井新規事業開発は究極、目的達成のためにどれだけうまく仲間づくりができるかに尽きると感じています。

まだ社会に根付いていない新しいチャレンジは、社内や社外のパートナーはもちろんですが、将来競合になり得る企業とも共創していく姿勢がないと物事が進まないことが多いからです。

たとえば私が手掛ける無人機の場合、新しい技術であるが故に法規制が整っておらず、加えて通信インフラが脆弱なエリアではどのプレーヤーも飛行させることができません。このように法律もインフラも整備されていない状態では市場をスケールさせることができません。

こういった大きな課題は企業が個別に立ち向かってもびくともしないので、企業だけでなく、産官学の関係するプレーヤーと一緒に知恵を絞り、働きかけ、フラットに議論しながら、市場を作っていく必要があるんです。そのためには、何としてもこの社会課題を解決するんだという強い意志・情熱と、冷静なロジックづくりが求められます。

武田既存事業を担っていたころは、ビジネスはドラゴンクエストみたいなものだと思っていました。昨日できたことは確実に明日もできて、続けるほどに経験値が蓄積し強くなれると思っていたのですが、新規事業を経験してまったく違う世界があることに驚愕しました。

昨日できたことが今日突然できなくなるなんて当たり前で、想像もつかないようなトラブルが起こって物事が後退することもあります。視界が悪く、地図もさほどあてにならない世界で、ドラクエのようには進まない経験ができた価値は大きかったと思います。

リスクがお化けに見えるのは、解像度が低いから

山中新規事業にチャレンジしたい人はたくさんいると思いますが、一方でリスクを取ることに躊躇する人もいるでしょう。皆さんは大企業で新規事業に関わるリスクをどう考えていますか。

武田リスクがお化けに見えるのだとしたら、それは解像度が低いからだと思っています。ぼんやり見えている問題の解像度を高めて因果関係を分解し可視化していけば、一つ一つはなんらかの対策が取れるものばかりで、最終的に残るのはもはや悩んでも仕方がないリスクだけ、ということがほとんどなのではないでしょうか。

新規事業に限りませんが、新しいチャレンジをする際にはこうしてぼんやりしたリスクの解像度を少しずつ上げていくことで、恐怖心はある程度なくすことができると感じています。

恒田リスクを過剰に気にする人は周囲のあらゆる人に評価されたいと思っているように見えます。

同僚にすごいと思われて、大学時代の仲間にも出世頭だと言われて、上司にも褒められて、親やパートナーも安心させることができればそれは理想ではあるけれど、すべての人を納得させたいと思うと何もできなくなってしまいます。行動し結果を出したいと思うなら、誰に評価されたいかを明確に絞り込むべきです。こういう思い切りができると、リスクを過剰に意識して委縮することがなくなります。

私自身、自分が尊敬する人に「恒田らしい仕事をしているな」と思ってもらえればいいと決めたら、たいていのことは気にならなくなりました。

周囲を見ると、子どものためと決める人も多いですね。自分のためだけに頑張れる人はあまり多くはないのですが、次世代のために社会をよくしたいという思いは、強い志につながりますし共感も得やすいと思います。

志を実現するための説明能力は、学ぶことでしか得られない

山中皆さんはグロービス経営大学院で学んだ経験をお持ちですが、新規事業の推進やスタートアップの支援をしていくうえで、グロービスでの学びはどのように役立ちましたか。

モデレーターを務めた、グロービス経営大学院 教員の山中礼二氏

恒田入学する前はビジネスとは利益を出すもので、そのために合理的に考え進めていくべきものだと思っていました。

けれど、グロービスでの学びを通して、経営に自分の価値観を反映させていいんだ、自分が正しいと思うことを問うていいんだ、と気が付きました。自分の意思や志を実現するための説明能力を獲得するために、学びを深めていく必要があるのだと思っています。

武田グロービスに通い始めたのは、仕事で一番悩んでいた時期と重なるのですが、通わなかったら決して読まなかった本、出会わなかった人、行かなかった場所に巡り合えたことで、新しい視点や発見、そして新しい問いを持てたと感じます。

悩んでいることや迷っていることはどんどん人に聞いていいんだ、と思えたことも貴重な気付きでした。授業でのディスカッションの中で、困っていることを率直に明かして助けを求めることで、またたくさんの新しい視点がもたらされます。弱みを隠さず、強みを高め合える仲間に出会って議論した経験が、新規事業を進めるうえで役に立ったと思えます。

櫻井私にとって新規事業開発は、コンパクトに起業するような感覚なので、グロービスで学んだヒト、モノ、カネのすべての学びが生かされています。2年間の履修期間ですべてを学びきれたとは思っていなくて、今でも学んだことをひとつずつ見直しながら実務で行動し、自分自身のブラッシュアップを続けています。

実務経験をベースに成長していくビジネスパーソンが多い中で、私にはグロービスでの学びという飛び道具がある。これが自分の強みであり、意思決定をする際に立ち返ることで自信にもつながっているんです。

(制作:NewsPicksBrandDesign、執筆:森田悦子、撮影:竹井俊晴、デザイン:小鈴キリカ、編集:奈良岡崇子)