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投稿日:2022年09月30日

投稿日:2022年09月30日

変革を導くリーダーたちは、なぜビジネスの「型」を身につけたのか

日本経済が“失われた30年”を脱却するには、企業における変革が必要だ。

新しい価値の創出や組織改革を主導するには高い志と覚悟が不可欠だが、それだけで十分とは言えない。イノベーションと経営改革をやり抜くために必要な力とは何か。

グロービス経営大学院経営研究科研究科長(英語プログラム)の廣瀬聡氏が、それぞれの組織でイノベーターとして活躍する日本電信電話株式会社(NTT)の澁谷直幸氏、味の素株式会社の豊泉俊一郎氏、株式会社メルペイの大西峻人氏に、企業の変革を進めるための要諦について聞いた。

変革を阻む「つまずきの石」をどう乗り越えるか

廣瀬:皆さんはいずれも大企業にお勤めで、「大きな失敗をせず勤め上げればいい」という意識が働いてもおかしくない環境にありますが、それでも職場や人生で「変革」を志し、立ち向かっています。その理由やきっかけとなった原体験を教えてください。

澁谷:私が新卒で入社したNTTドコモは、当時iモードで世界のモバイルサービスの最先端を走っていました。

多くの人が身近に持つデバイスで高いシェアを誇る会社なら、世の中を劇的に変えられるはずだとワクワクして入社しましたが、自分が思い描いていた理想と現実にギャップを感じるようになりました。

社会人5年目の頃、決算説明会で証券アナリストから「これだけポテンシャルのある会社が、なぜ低迷しているのか。魂の叫びとして聞いてもらいたいが、あなた方のやっていることはキャッシュを浪費しているだけだ」と厳しい指摘を受けました。社員以上に会社の可能性を信じるステークホルダーの憤りに触れ、「やっぱり当社は変わらなければならない」と思うようになったんです。

そこでまず同期を中心に有志を募って新規事業や組織カルチャーの勉強会を企画しました。しかし「そんなことをしたって会社は変わらない」という反応が出るようになり、最終的には活動を中断することになりました。小手先の行動では誰もついてこない。こんなに大きな組織を変えていくにはどうしたらいいのかと本気で考えるようになりました。

豊泉:そういう反応って、どこにでもあるのでしょうね。市場の競争が厳しくなっていく中で、変革やイノベーションはどの組織でも直面する課題であり、これらに悩む人は自分自身も含めて身近に多くいます。

その壁を前にしたとき「自分は行動せずに諦めるのか、たとえうまくいかなくてもチャレンジしていくのか」が問われているなと感じました。

そこで、社内で組織の壁や年次を超えたつながりをつくるコミュニティを、若手・中堅社員が協力して立ち上げ、イベントを開催したり、コミュニケーションを取ったりするようになりました。

そして、若くて優秀な世代がもっとやりたいことに挑戦できる風土や文化を醸成するために、自分は何ができるのだろうかと考えるようになりました。

転職という選択肢を選ばなかった理由

廣瀬:職場に閉塞感を感じたとき、あえて変革という厳しい道を選ばなくても転職という選択もありますが、考えたことはなかったんですか。

豊泉:転職はまったく考えたことがありません。日本の企業で社会に貢献したいという強い思いがあり、味の素株式会社に入社しました。「食」は生活の基本であり、日本には素晴らしい食文化が数多くあります。その「食」に関わる自分の仕事を通じて、世の中に貢献できることはたくさんあると信じています。

何より、自社には非常に優秀な人がたくさん集まっています。秀でたスキルやポテンシャルを持つ方ばかり。彼ら彼女らのエネルギーをさらに引き出せる環境をつくることで、世の中にインパクトを与えるような変革やイノベーションが実現できるはずです。

大西:私は新卒でパナソニックに入社しましたが、社員のスキルやポテンシャルに対して同じ印象を持ちましたね。今振り返っても、GAFAにいる人たちと遜色ないくらい、優秀な人がたくさんいたと思います。

それなのに、なぜ日本企業がGAFAと肩を並べる企業になれていないかというと、リスクテイクができないからではないでしょうか。

革新的なプロダクトの芽があっても、「蓋然性はどうなのか」「事業として成立するのか?」という議論が先に立ち、こうした問題が解消されなければ財務上のリスクは取れないという結論に行きついてしまう。リスクの解像度が低いため、意思決定が保守的になり過ぎて、才能が生かし切れていないのではないか、という気がしています。

廣瀬:おっしゃる通り、リスクが取れないという点は変革を阻む大きな壁のひとつになっています。それを踏まえた上で、皆さんはどのようにして変革に取り組んでいるのでしょうか。

豊泉:私は、スタートアップと新しいビジネスモデルの共創に取り組んでいます。

0から1を生み出すためのリソースを獲得するためには、事業の将来に対する蓋然性やリターンの大きさが重要な判断材料になるのですが、新しいことはどうしても最終的にはやってみないとわからない部分があります。そこで、実行の承認をもらうためのプレゼンでは、その事業を始めるメリットだけでなく、「ここからはやってみないとわかりません」と不確実な要素があることも正直に説明しています。

リスクを積極的に開示することは勇気がいると思いますが、許容できるリスクを明確にした上で、事業を小さく早く動かすことが大切です。挑戦は1回限りではないですし、失敗もあると腹をくくっています。

スモールテストとスモールサクセスを積み重ねることで、私たち自身も意思決定層も、組織として学習していくことの重要さを実感しました。

「組織の破壊者」になってはいけない

廣瀬:なるほど。管理職や経営層に加えて、チームの理解や共感を得ることも必要ですが、どのような工夫をしていますか。

澁谷:何かを変えるということは現状の否定にもつながりやすく、人は否定されると態度を硬化させてしまいます。そこで、「誰も何も悪くはないけれど、環境が変化して現状の枠組みがフィットしなくなったので変えていきたい」という立場で働きかけをしています。

そうすると、相手もこちらの意見を受け入れやすくなり、同じ目線での対話が成立しやすくなると感じています。

豊泉:それは私も強く同意します。新しいことを始めるときに現状が間違っているという前提で否定から入ると、対立構造が生まれて消耗戦になってしまう。どんな組織、どんな立場の方にもそれぞれの正義があることを理解し、相手も正しいという前提でスタートしないと、建設的な議論につながっていかないと痛感しています。

廣瀬:大西さんは何度か職場を変えていますが、新しい環境での変革は従来組織とは違う難しさがあるのではないでしょうか。

大西:新しい組織になじむには時間がかかりますが、むしろよそ者だからこそ言える価値があると思って積極的に発言しています。

ずっと同じ組織にいる人は、ルールやプロセスが現状にそぐわなくなっても気がつきにくいでしょうし、それを指摘するのは新しく入った人材に求められる役割のひとつであるはずです。「そんなはずはない」と反発されることもあるのですが、こうしたときこそデータを収集・分析するのがデータアナリストの仕事です。ファクトを示しながら、論理的に提案するようにしています。

一方で、本当にただのよそ者として突き放した提案をしていては、反発されても仕方がありません。企業の歴史やカルチャーを理解して、それをリスペクトした上で意見する姿勢は大切にしています。

澁谷:わかります。私自身も組織を愛し大切に思うからこそ、ありたい姿とのギャップが見えて変革したいという気持ちが湧いてくるのですが、破壊者のように思われないことも大切ですね。

自分自身も過去の成功体験にとらわれている

廣瀬:皆さんがさまざまな取り組みをしてきた中で、どういった学びや気づきがありましたか。

澁谷:歴史のある企業ほど、戦略や組織、文化や仕組みまであらゆるものが昔の環境に適合してしまっているので、何かひとつを変えるだけでは社員の行動は変わらないんです。組織を構成する要素を丸ごと変える必要がありますが、経営トップでもすべてをやりきるのは困難でしょう。

だからといって諦めるのではなく、まずは自分が変わって、その影響で周囲の人も少しずつ変わっていく……という、心に火をつける活動を同時多発的に拡大していくしかない。人を巻き込む形によって、ボトムアップであっても動きを大きくしていくことができると感じています。

私は以前、NTTぷららという子会社で組織変革に取り組み、1年で業績と社員の働きがいをV字回復することができました。社内でもあまり光のあたっていない小さな組織だったからこそ、大胆な行動やトライアルができた側面があります。

変革の対象や自身の立ち位置など、環境に応じて振る舞い方を変えることも必要です。

豊泉:私がこれまでの経験から学んだ変革におけるポイントのひとつに、「アンラーニング」(学んできた知識・スキルのうち有効でなくなったものをいったん捨てて新しく学び直すこと)があります。

変化を起こそう、新しいことにチャレンジしようと言っている割には、実は自分自身が過去の成功体験にとらわれていることが少なくない。それを自覚することは大変難しいのですが、まずは自分が成功体験にとらわれていることを認め、捨てる勇気を持つことが第一歩だと感じます。

そしてもうひとつは、「一匹狼にならない」ことです。新しいことは思い通りに進まないことがどうしても続きます。そうなると孤軍奮闘している気になり、ひとりで何とかしようという発想に陥りやすいです。

自分ひとりでできることは限られていることを潔く認め、まわりに目を向け、仲間や支援者を増やすことができなければ、大きなインパクトを生み出すことは難しいと思います。視野を広く持ちながら、ひとりで戦おうとしないことが重要です。

大西:同じ組織にいても必ずしも全員が同じKPIを重視しているわけではないので、変革というひとつのゴールに向かって現実を動かしていくには調整が必要です。それぞれの利害関係を整理し、親しみやすいKPIに落とし込むことで、各ステークホルダー間で議論をするための目線を合わせることを意識しています。

経営層や他の領域との共通言語の習得が、変革の武器になる

廣瀬:皆さんは勤務先の企業や社会、そして自分自身の変革を目指してグロービス経営大学院で学ばれました。どんな学びが活かせていると思いますか。

大西:データアナリストとして専門分野を深掘るだけでは、他の領域を巻き込む変革はできません。

組織の中で意見がかみ合わなかったり、方向性の共通認識が持てなかったりすることは日常茶飯事ですが、これは経営層から現場までの縦軸と、各部門という横軸の双方で、境界ごとのコンフリクトが起きていることが原因です。

グロービスで財務からマーケティングなど幅広いビジネスの知識や経営者の視点を得られたことで、経営層や他部門の人たちと議論できる共通言語を獲得できたと思います。このスキルが、異なる領域間を行き来しながら境界を埋めていく「バウンダリースパナ―(境界連結者)」(※)としての役割を果たすのに大いに役立ちました。

※境界を越えて組織/個人をつなぎ、縦横無尽に組織行動に影響を及ぼす役割のこと。

澁谷:私はグロービス公認のクラブ活動のひとつである「グロービス変革クラブ」で2年間幹事を務め、そのうち1年は代表を務めました。さまざまな企業や組織で変革を志す在卒生3500人が集結しており、参加者同士で議論を重ねる機会を得られたのは貴重な経験でした。

クローズな空間だからこそ、メディアや公開セミナーなどでは話せないリアルな経験談を共有できるんです。

豊泉:私も「グロービス変革クラブ」で、こんなにも多くの人が変革を志して行動していることに勇気をもらいました。小さくても皆で一歩を進めていくことで世の中は変わると確信し、迷いがなくなりました。

また、グロービスの授業で、ファシリテーションのスキルを得たことも大きかったですね。

共創やオープンイノベーションを実現するためには、相手の持っている情報やアイデア、意欲を引き出して単独では描けなかった新しいビジョンを生み出していく必要があります。その上で、ファシリテーションのスキルが重要であることを、実務を重ねるほどに実感しています。

※「グロービス変革クラブ」とは?
グロービスでは、「変革」を志す在校生と卒業生による活発なコミュニティ活動が展開される。そのひとつであるグロービス変革クラブでは、さまざまな業界の事業変革、組織構造改革、働き方の改革、デジタルトランスフォーメーションなど多種多様な変革に取り組む人たちが集い、失敗か成功かを問わず現場でのリアルな経験をもとにした情報交換が日夜行われている。

三者が描く、変革の先のゴール

廣瀬:最後に、皆さんが変革の先にどのようなゴールを描いているのか聞かせてください。

ファシリテーターを務めたグロービス経営大学院 経営研究科研究科長(英語プログラム)の廣瀬聡氏

澁谷:日本は閉塞感や将来の不安を感じやすい状況にありますが、未来にワクワクする文化をつくっていきたいです。

4年前に中国・深センを訪れたとき、高度なテクノロジーが社会に実装されているのを見て、日本が後れを取っていることに危機感を抱きました。その一方で、テクノロジーが高度な監視社会に活用される姿は必ずしも幸せではないと思いました。

もっと温かみがあり人間らしく生きられる社会づくりにテクノロジーを活用し、未来が良くなると信じられる希望に満ちた世の中に変えていきたいです。

豊泉:具体的なゴールは2つあります。ひとつは、会社の風土や文化を変えていきたいです。もっと失敗が歓迎・許容される風土・文化であると言える会社にしたいです。そのために自らが率先して失敗をし、組織の学びにつなげていきたいと思っています。

もうひとつは、キャリアの多様性を育んでいきたいです。社内だけではなく社外も含めたビジネスパーソンとしてのキャリア開発、柔軟性のあるライフプランなど、広がりのある未来についてポジティブかつオープンに話し合える組織が理想だと思います。

多様な社員がイキイキと楽しく働ける風土をつくることで、「食」という事業の枠を超え、さまざまなパートナーとともに社会課題に新たなソリューションを提供できる企業になっていけるはずです。そのために自分ができることをしていきたいと思います。

大西:私は常にNext Big Thingにベットしたいという理由で転職を重ねてきて、まったくの未経験でデータアナリストを志望するなど無謀と言われる挑戦もしてきました。

日本では学生のうちから人材を文系と理系という枠組みで分けてしまいますが、そうやって可能性を限定してしまう教育や採用の仕組みを変えていきたいと思っています。

学びとアンラーニングの繰り返しにはなるでしょうが、キャリアとスキルはいつでも自分で変えていけるはずなんです。

(制作:NewsPicksBrandDesign、執筆:森田悦子、撮影:竹井俊晴、デザイン:小鈴キリカ、編集:奈良岡崇子)