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投稿日:2022年09月01日

投稿日:2022年09月01日

「家族」はブレーキ? アクセル? 起業のハードルをどう乗り越えるか

グロービス卒業生
池田 宏彰/大野 淳史/紺野 芽生/丸田 直史/渡辺 祐二
髙原 康次
グロービス経営大学院 教員/創造ファカルティグループ ファカルティ・コンテンツリーダー

『VUCA』『人生100年時代』といったキーワードが注目されるなか、自らのキャリアを展望し新たなステージに挑戦しようとするビジネスパーソンが増えています。第4次起業ブームと言われている現在の日本において、大企業からベンチャーへ、というキャリア転換への関心も高まっています。

一方で、「創造と変革」を標榜するグロービス経営大学院を卒業した私たちの仲間にも、起業を志すビジネスパースンは多くいますが、卒業してから起業に踏み出した、または準備をしているという声は思ったほど多くないのではないか、と感じることがあります。本稿では日本国内の起業状況に関するデータを検証したうえで、起業家に実施したインタビュー調査をもとに、起業を躊躇させるハードルとの向き合い方について掘り下げていきます。

※本稿はグロービス経営大学院教員の髙原康次の指導のもと、5人の社会人大学院生(池田、大野、紺野、丸田、渡辺)が行った調査・研究結果に基づいています。

海外と比べ低水準の起業率

2021年度版小規模企業白書によると、日本の起業率(開業率)は4.2%と海外諸国と比較して低水準であることが伺えます。

(2021年度版小規模企業白書より作成)

世界各国の経営学者によって実施されるGEM (Global Entrepreneurship Monitor)調査¹には、海外と比較した日本の起業状況が示されています。同調査は先進国から新興国まで、50の国・地域が対象となっています。2019-2020年のレポートでは、例えば「自分の国/地域では、ビジネスを始める好機があるか?」という質問項目において、日本は10.6%と最下位となっています。米国や中国と比べても、起業に対する姿勢が日本ではまだ不十分であることが裏付けられています。

起業に対する姿勢・認知
<Attitude and Perception>
日 本米 国中 国
起業した人を知っているか?17.1%
(最下位)
60.9%
(13位)
66.2%
(7位)
自分の国/地域では、ビジネスを始める
好機があるか?
10.6%
(最下位)
67.2%
(11位)
74.9%
(5位)
ビジネスを始めることは簡単か?24.3%
(49位)
71.2%
(8位)
36.2%
(35位)

(Global Entrepreneurship Monitor2019/2020より作成)

起業を妨げる環境要因

海外と比べ起業の事例が乏しい日本ですが、それでも順調にビジネスを拡大している起業家は存在します。2021年の日本におけるIPO(新規株式公開)社数は125社と、14年ぶりに100社を上回りました²。足元では世界的な物価上昇を背景に、欧米の中央銀行が金融引き締め策に動いており、スタートアップの資金調達環境は急激に変化をしてはいるものの、日本国内でのスタートアップ育成に向けた機運自体は着実に高まっていると言っていいでしょう。

事業成長を果たしている日本の起業家はどのような困難に直面し、克服してきたのでしょうか。私達は13名の起業家にインタビューを実施し、その手がかりを探ることとしました。インタビュー対象者を選定するうえで、基準としたのは以下の6つです。

① 創業時に起業メンバーとして参画していたこと
② 副業ではなくフルコミットしていること
③ 優秀なビジネスパースンであること(ビジネススクール在卒生)
④ 事業会社における一定年数の就業経験を経てから起業していること(30歳以上での起業)
⑤ プル型起業であること(※)
⑥ スタートアップ型で起業から3年を経ている、もしくは一定の規模への成長を果たしていること

(※)プル型・・・独自の事業計画に十分に勝算のある者が起業を自主的に選択し、起業実現後に高いパフォーマンスを達成することを目的とした起業の選択型

インタビューの結果を分析するうえでは、起業姿勢に影響を及ぼす「手錠」というコンセプトを活用しました。『起業家はどこで選択を誤るのか―スタートアップが必ず陥る9つのジレンマ』の著者であるノーム・ワッサーマン氏は、起業を妨げる環境要因を「手錠」と表現しています。手錠には以下の3つがあるといいます³。

① 家族の手錠(親・配偶者・子どもからの理解や支援)
② 黄金の手錠 (安定した給料、高収入)
③ キャリアの手錠 (会社員としての社会的地位や役職)

例えば家族について、独身のうちは自由ですが、結婚して家族ができて子どもが生まれると、自身のキャリア決定には配偶者や子どものことも考慮しなければなりません。家族との時間を犠牲にしなければならないことは、時に起業を目指すビジネスパーソンを悩ませます。

手錠の外れやすさに順番はあるか?

13人に実施した起業家インタビューを通して、起業の手錠について分かったことは以下の3点です。

  1. 起業に到るまでに手錠が掛かっていた人は全体の65%に上った。
  2. 手錠が掛かっていた人のうち、家族の手錠が一番強いと回答した人は46%で一番多く、黄金の手錠(36%)、キャリアの手錠(18%)が続いた。
  3. 手錠には外れやすい順序があり、「キャリア」→「お金」→「家族」の順に外して起業に至った人が多く見られた。

今回の調査対象者はみな、日本の企業で10数年勤務し、社内でも一定以上の評価を得ていたことから、起業前の年収は比較的高い状況にあったと考えられます。年齢的にも既婚者が多く、家族を養うために収入をほぼ0にし、将来に対する大きなリスクを背負うことをためらうのは、一般的な反応ではないかと想像できます。

ところが蓋を開けてみると「黄金の手錠」ではなく、「家族の手錠」が一番強くかかっていた、と回答した人の割合が最も高い結果となりました。本調査対象となった方達は30代が多く、子どもが小さいため家族の反対や、自らも将来の家族の生活を不安に思い、手錠が掛かっていたと感じる方が多かったのだと考えられます(もっとも「黄金の手錠」の理由のなかには、家族の生活維持など「家族の手錠」と重複する部分があることに留意が必要です)。

全ての手錠を外す必要はあるのか?

今回のインタビュー調査から得た一つの結論は、3つの手錠全てが外れないままでも起業に踏み切ることができている、ということです。以下に具体的な回答を挙げていきます。

◆男性Aさんの場合(起業当初40代)

子どもがまだ小さいため、安定を捨てて不安定な収入になることに不安があった。下の子どもが小学生になるまではサラリーマンでいてほしいと言われた。

◆男性Bさんの場合(起業当初40代)

家族、両親が「サラリーマンは、収入が安定し、良い人生を送ることができる」と考えていた。
銀行に勤めていた父からみると中小企業の悲哀を見てきた立場からは受け入れられなかった。

起業時には「家族の手錠」がかかったままの例が多く確認できます。別途、実施したアンケートでは、一定期間の副業を経て起業した方のうち、起業後も家族の手錠がかかったままの状態だと回答した人の割合は約66%という結果が見られました。

これに対し「キャリアの手錠」に関しては、13人全員が、起業時点では外れていていたと回答しました。10年近く大企業に勤めてキャリアを築くことで、ある程度のスキルや経験が蓄積され自信が形成されていたことが推測できます。

家族の手錠との折り合いの付け方

実際に大企業から起業し成功している起業家たちは、どのように「家族の手錠」と起業との折り合いを付けたのでしょうか。

インタビューに応じた起業家からは「起業に反対する婚約者と婚約解消した」、「起業に反対することが確実な義理の両親には起業した事実を伏せることにした」といった回答もありましたが、熱意に根負けした形で起業を認めてもらう傾向も多く見られました。

「(収入が)1年半経ってサラリーマン時代の給料の6割より下がったら辞める条件で妻がしぶしぶ承知してくれた」といった回答もあり、条件付きでパートナーに起業の同意を得るといった傾向もあるようです。加えて、起業前にビジネスコンテストでの評価を得たことや、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家から資金の調達を確約されたこと、副業の段階で事業の継続性が確認できたことなどが、家族の共感を得る要素となったとの回答もありました。

このような事例は、仮に「家族の手錠」が残っていても、家族の不安に寄り添い、折り合いをつけることで起業に踏み切ることができる、ということを示唆しています。重要なことは、そのビジネスをやりたいと思う明確な意思と、第三者評価に基づく「できる」という自信をあわせ持った時に、起業に踏み切る決断をすることではないでしょうか。

しばしば、起業に際し、家族の了承を得るために話す機会を十分に取ることが、最も重要なアプローチだと思われるかも知れません。しかしながら、家族の手錠が完全に外れなかったとしても、必ずしも家族との関係を断つ必要がなく、起業に踏み切ることができているという事例は、起業を躊躇するビジネスパースンを、後押しする要素になると言えるでしょう。

<参考資料>
¹GEM 2019 / 2020 Global Report , Global Entrepreneurship Monitor, <https://www.gemconsortium.org/report>)
※2020-21年レポートは、コロナによる環境変化が大きく出たと考えられるため、本稿では2019-2020年レポートを参照しました。

²帝国データバンク調査「2021年のIPO動向」 https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p211209.pdf

³ノーム・ワッサーマン著 小川育男訳 『起業家はどこで選択を誤るのか―スタートアップが必ず陥る9つのジレンマ (原題:THE FOUNDER’S DILEMMAS – Anticipating and Avoiding the Pitfalls That Can Sink a Startup)』 英治出版, 2014年

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池田 宏彰/大野 淳史/紺野 芽生/丸田 直史/渡辺 祐二

髙原 康次

グロービス経営大学院 教員/創造ファカルティグループ ファカルティ・コンテンツリーダー