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投稿日:2022年04月28日

投稿日:2022年04月28日

フロントランナーとして道を拓き、後の世代につなげていく ~カインズ高家正行

高家 正行
株式会社カインズ 代表取締役社長CEO
廣瀬 聡
グロービス経営大学院  経営研究科 研究科長(英語プログラム)・事務局長

本記事は、2018年4月に開催されたグロービス特別セミナー「リーダーの人格は修羅場で磨かれる ~プロ経営者の挑戦~」の内容を書き起こしたものです。(全2回 後編)※前編はこちら

廣瀬聡(以下、敬称略):私のほうからは、リーダーまたは社長になる前のお話として、3つほど質問させていただきたいと思います。まずは、三井住友銀行を離れて1歩前に進む判断をなさった当時の思いからお聞かせいただきたいと思っています。

高家正行氏(以下、敬称略):何かを成し遂げたいという企業人としての自我が芽生える時期は、おそらく人ぞれぞれだと思うんです。大学卒業時点で「これがやりたいんだ」という思いをもとに就職先を決める、あるいは自分で会社を立ち上げる人は素晴らしいと思います。ただ、私の場合は大学卒業時、そうした自我が芽生えていなかった。

一方で、銀行員生活のなかで経営というものに興味が沸いてきました。たとえば当時、ルイス・ガースナーさんというコンサルタント出身のプロフェッショナルな経営者が、業績を落としていたIBMを立て直したといったストーリーに触れて、「すごい。金融とは違う立場で企業を成長させる役割、これこそプロの経営者だ」と。自分もそういうプロ経営者になりたいという自我が芽生えていきました。

で、そう考え、思い切って飛び出しました。なぜ、そこまで思い切って1歩を踏み出すことができたのか、今となってはよく分かりませんし、無謀だったのかもしれませんが(笑)。

廣瀬:コンサルタントを選択したのはなぜだったのでしょうか。

高家:前編でお話ししたような「プロフェッショナルな経営者に必要な3つの人格」といった考えは当時の私にありませんでした。ただ、プロの経営者となるため何が必要かと考えたとき、「一番足りないのはマネジメントスキルだろう」と思っていました。「きちんとした経営者としての武器を持たなければいけない」と。で、それが最も身につくところはどこかと言えば、経営者の黒子役を仕事にしている戦略系のコンサルタントが一番良いのではないかと考えました。

そうして35歳でA.T.カーニーに入り、新卒と同じように一から仕事をしたわけですが、私の場合は目的が明確でした。経営者としてのマネジメントスキルを身に付けるため、ですから、たとえばプロジェクトで大企業のトップまたはトップに近い方々とミーティングをする際も、「自分がこのクライアントの社長だったらどう考えるか」を意識しました。在籍した5年間、常にそうしたことを考え続けていました。

キャリアは「着眼大局、着手小局」で

廣瀬:今まさに1歩目を踏み出そうとしている会場の方々に、経営者または経営のプロとなるために何が必要で、何を大切にするべきかというアドバイスはありますか?

高家:私はプロの経営者として“末席の末席”ぐらいですが、自身のキャリアについては「着眼大局、着手小局」で考えるよう、会社でも部下に話しています。「着眼大局」とは、最終的に何屋さんになって、何によって社会に貢献するのかという大局の視点ですね。ただ、それはそう簡単に実現できません。私は幸運にも45歳で上場企業の社長の機会をいただきましたが、これは早いほうだと思いますし、20~30年かかるものもある、と。ブレない目標は立てておかなければいけませんが、日々、そんなことばかり考えていても前には進みません。

そこで「着手小局」。大局を目指すうえで今やらなければいけないことは何か。今年やるべきこと、今後5年間でやるべきことも常に考える必要があります。私はそのために銀行を辞めて、まずはコンサルタントになりました。最終的な目標は経営者でしたが、そのためには修行を積まなければいけなかった。その修行の場として当時の私に最適だったのがコンサルタントで、その先を常に見ていました。会場の皆さまにとっても、それぞれ最終的になりたい姿へ進むための「着手小局」という考え方は大事ではないかと思います。

廣瀬:ミスミ役員の方々もそれぞれに大変な経験をしていらしたと思いますが、そのなかで高家さんが社長に選ばれた理由はなんだったとお考えですか?

高家:選んだのが私でない以上、そこは分かりませんが(笑)、私自身の「経営者になろう」という思いは、当時ご一緒に働いていた役員のなかでも人一倍強かったかもしれません。俗に言う出世欲とは違います、優れた経営者になるということを常に意識していました。

廣瀬:そうした思いはどのように育まれていったのですか?

高家:「なぜ山に登るのか」といった類の話ですが、結局は前編でお話しした企業家精神ではないでしょうか。志として、私の場合はプロフェッショナルな経営者になろうという強い意志を持っていた、と。その想い自体は人によって違いますし、そうした意思の強さも、どちらかというと先天的な性格が影響していると感じます。

廣瀬:より良い経営を実現していくうえで、どのような経営者像をお持ちですか?

高家:「良い経営者って何?」ということは常に考えていますし、考えているが故のこだわりもあります。そうした問いを重ねていくなか、たとえば世の中のさまざまな経営者を見ても、良いと思う部分とそう思わない部分が少しずつ明確になってきました。歳を追うごと、追い求める経営者の姿が明確になってきたのだと思います。その辺は何もせず熟成されるわけではなく、そこに一番のこだわりを持っているからなのだと思います。そういう意味では経営が好きなんでしょうね。

廣瀬:「良い経営者」としてはどのようなイメージをお持ちですか?

高家:まさに今日の冒頭でお話しした「マネジメントスキル」「企業家精神」「全人格的素養」の3つを持つ経営者であり、そこで最後に熟成されるのが全人格的な要素なのだと思います。会社にはさまざまな価値観や家族を持った人々がいて、皆がいろいろなものを抱えながらも共通の目標に向かって進むわけですね。そうした人々は何によって動くのか。人を動かす動機付けとして1番良いのは、やはり共感や信頼、あるいは喜びだと私は考えています。それによって組織を動かせるのが素晴らしい経営トップではないかと。私は結構青臭いことを思っているし、目指してもいます。

それまでと大きく違う“高み”からの景色

廣瀬:ミスミという会社の社長を務めて、どのような点が良かったと感じていますか?

高家:私を選んでくださった2代目社長の三枝(匡氏)さんともときどきお話ししたことですが、社長になると風景が変わるという点ですね。ある方は「副社長と新人との距離は、副社長と社長との距離と同じだ」と仰っていました。やはりトップから見える風景は、そこに登ってみないと分かりません。苦しいことも少なくなかったというか、実際には苦しいことのほうが多かったかもしれません。でも、もともとトップを目指していた私としては、全てが自分の血となり肉となるものでした。

廣瀬:トップの高みから見える風景というのは、どのように違うのでしょうか。

高家:いろいろありますが、一言で表現するなら「99%の社員が見えていないものを見る」という話かと思います。良いものもあれば悪いものもありますが、もしかしたら副社長以下、1万人の社員に見えていない何かを見たうえで物事を決めなければいけないのがトップである、と。そのために自分の力を磨いていなければいけない。その意味でも、修羅場経験を積むことが大切です。厳密に言うと、他の人にも同じ風景は見えているし、同じく目の前で起きていることなのですが、それを見て何かに気づき、判断できるのがトップなのだと思います。胡坐をかいているだけのトップでは役に立ちません。

廣瀬:高家さんは今、カインズという会社の舵取りをなさっています。現在の流通業は地殻変動的な状況にあると感じますが、高家さんは流通の市場環境をどのように捉え、どういった経営をしていきたいとお考えですか?

高家:小売業としての経営戦略というご質問かと思います。皆さんもご存知の通り、まだ日本では小売に占めるネット比率も5%前後だと思います。欧米や他のアジア諸国ではその比率がさらに高く、今後は日本でもどんどん高まっていきます。そのなかでリアルの店舗に立脚した会社がどう変わっていかなければいけないのか。

カインズの売上推移を見ると、基本的には30年間成長し続けてきました。ホームセンター業界でも、経営統合を繰り返しているDCMグループさんが規模的には今トップですが、収益性や成長性ではカインズが1番かと思います。これは裏返せば強烈な成功パターン、勝ちパターンを持っているということ。ある意味、リアル店舗に関して自信があり、リアル店舗をベースとした思考パターンが2万人の社員に染みついています。

ただ、その一方で、今は廣瀬さんがおっしゃる通りネットからの浸食を受けています。では、そこで簡単に人、組織、あるいは思考が変わるかというと、2万人規模の会社はそう簡単に変わりません。それをいかに変えるか。私はカインズに関ってまだ2年ほどですが、今まさに手掛けているところです。少し具体的に申し上げると、先ほどの戦略バランスで言えば、まずは組織から手を付けていきました。カインズの場合、仕事の仕方、あるいは物事の考え方や決め方を変えるのには、組織の枠組みから変えるのが一番良いと思ったためです。

また、この30年間で売上規模は4千億円ほど、商品カテゴリはおよそ10万SKU(Stock Keeping Unit)に達していますが、今まではどちらかというとホームセンターの単一事業モデルで伸ばしてきまた。しかし、単一モデルでは今後間違いなく難しくなるだろう、と。そこで会社を大きく3つのSBU(Strategic Business Unit)に分けました。そのうえで各SBUを1つの疑似的なカンパニーにして、それぞれ尖っていってもらうということを始めています。

廣瀬:ミスミには田口弘さんの創業家がいらっしゃいました。ベイシアグループにもオーナーとして土屋家がいらっしゃいます。そうした会社でプロの経営者として活躍する秘訣は何かありますか?

高家:一言で表現すると、今日お話ししたステークホルダーマネジメントではないかと思います。上場会社のステークホルダーは株主ですが、カインズの場合は非上場で、株主の創業家が1つの大きなステークホルダー。ですから、言葉は変ですが、そこをいかにマネージしていくかがトップとしては大事だと思います。特に創業家というのは独特の経営哲学や考え方を持っていますから、コミュニケーションをとりながら会社を変えていく必要があります。この辺は上場企業とは大きく違うと感じますね。私にとってはそれも1つの経営の楽しみ、言ったら不謹慎かもしれませんが、1つの要素なので、それができる経営者になりたいと思っています。

廣瀬:コンサルタントとして多くの上場会社を見てこられた高家さんは、創業家による経営の良い面というか、特徴としてはどのような面があるとお考えですか?

高家:上手くいっている会社といっていない会社の両方があるので「創業家=上手くいっている」という話ではないと思いますが、良い面を見てみると、最大の特徴は意思決定が速い点ですね。これは、特に今の時代にはすごく有利。正しく意思決定できる会社の成長ポテンシャルが非常に大きいと思います。

修羅場があるなら果敢に挑戦を

廣瀬:では、会場の皆さんにも質問をいただきたいと思います。

会場質問者A:経営リーダーに求められる3つの人格のバランスはステージによって変わると感じます。カインズではどこに重きをおいていらしたのでしょうか。

会場質問者B:人生で習慣化、または大切にされていることがあれば教えてください。

会場質問者C:コンサルからミスミへ、ミスミからカインズへ移られた理由をそれぞれ教えてください。

高家:人格のバランスはあまり意識していません。偉そうな言い方をすると、その3つを高い次元でバランスさせなければいけないのだと思います。ただ、局面によって特に強く求められる要素はあると思いますね。カインズ全体はまだ戦時でないと思っています。部分的に調子の良くないところはあって、それを抱えながら会社全体をトランスファーしていく段階ということで、今のところはバランス良くやっている感じですね。

習慣または大切にしていることというと、先ほどの「着眼大局」「着手小局」は自分自身のポリシーというか、信条でもあります。プロの経営者という大きな目標はありますが、そこからブレイクダウンして、「今自分が目指していることは?」と。それに向けて進んでいるのかということも、常に自問自答するようにしています。

で、コンサルからミスミへ、ミスミからカインズへ移った理由ですが、前者は明解です。もともとプロの経営者になるための修行と考えてコンサルになり、「マネジメントスキルやマネジメントフレームワークが一定程度身についたと思ったら実践に出よう」と、最初から決めていました。それでたまたまコンサルになって5年後、ミスミとのご縁があり、自分としても「そろそろいいかな」と思ったので動いたという経緯になります。

なぜミスミだったのか。たしかに当時はいろいろ選択肢がありました。ただ、そのなかでも当時社長であった三枝さんはご自身も若い頃コンサルタントをやられた方で、当時、日本でプロ経営者と言われる数少ない経営者の1人だと思っていました。そんな三枝さんの下でご一緒に仕事ができる。「こんなチャンスはないな」と考えてミスミを選びました。

その後、私はミスミの社長になって、リーマンショックで下がった業績をV字回復させ、北米企業を買収して次の布石を打ちながら、PMIも完了させ会社を軌道に乗せたところで、自分自身の経営者としての大局を考えました。そうして、経営者としてさらに成長するために別のフィールドを選んだという流れになります。

会場質問者D:ミスミではどのような学びがありましたか?

会場質問者E:どのようなキャリアステップがプロ経営者への道につながるとお考えですか?

会場質問者F:コンサルタントの経験が活きた点、または活きなかったと感じる点を教えてください。

会場質問者G:現場からのノイズやシグナルを見極めるため、どのような考え方が必要になるのでしょうか。

高家:ミスミでは三枝さんに、この時間では語りきれないほど多くのことを教わりました。12年間一緒に仕事をしてきたうちの約5年は、会長と社長という関係でした。一番近い関係ですよね。2人でいろいろなことを毎日考え、議論し、ときに怒られ、指導されました。もちろん社長になる前も、三枝さんが社長で私は執行役員や常務として仕事を任されていました。ミスミでの話は書籍でもいろいろ書かれてもいますが、基本的に事実で、常日頃、社内のどこかで起きていたことです。その渦中に私もいて、さまざまな学びを得ました。

一方、プロ経営者になるためのキャリアというと、絶対的なステップがあるわけではないと思います。私は1つのロールモデルかもしれませんが、それがすべてはなく、出発点も人それぞれですから、キャリアステップを具体的に申し上げるのは難しいと感じます。そのうえで1つだけアドバイスさせていただくとすると、まさに本日のテーマ通り、修羅場のなかでリーダーとしての人格が磨かれるのだと思っています。修羅場を経たほうがリーダーとしての学びや成長も速い、と。ですから、修羅場に飛び込むような機会があれば果敢に挑戦していくというのが、唯一言えることかなと思います。

コンサル経験で活かされたことは、やはりロジカルな思考ですね。どこへ行っても大きな武器になります。皆さんがグロービスで学んでいるような、いわゆるマネジメントのスキルやフレームワークも絶対に持っていたほうが良いと思います。

ただ、活かされなかったというか、それが邪魔になることもありますね。私自身はむしろ現場寄りのコンサルタントでしたが、たとえばコンサルタント出身の後輩に実業への転職について、あるいは転職後に相談を受けることがしばしばあります。そこで感じるのは、ロジカルな思考は絶対必要ですが、「大切なのはロジックだけではない」という点が抜けてしまうと組織が動かなくなってしまう点です。

前編で「人と組織はなぜ動くのか」というお話をしましたが、最初からロジックを振りかざしたら失敗することも多いです。「そんなの当たり前だよね」と思うかもしれませんが、その局面に立ったとき、ついロジックを振りかざしてしまう人がいるんですね。コンサルタントに限った話ではありませんが、コンサルタント出身に多いです。ロジックが強いだけに。違うことで組織や物事を動かさねばいけないときにロジックを振りかざしてしまうのは、陥りやすい罠だと感じます。

あと、ノイズとシグナルに関するご質問ですが、これは難しくて、会社や業種業態によっても異なると思います。小売業であればノイズやシグナルはほぼ店舗の現場で発生します。ですから、トヨタさんの「現地現物」という言葉通り自分で行くのが一番だし、その時間を捻出することが大事になると思います。ただ、そうは言っても上の人間はそればかりできるわけでもありません。従って、下から上がってくる報告などからノイズやシグナルをあぶり出すというか、気づくことも必要なのだと思います。

これ、どちらかというと質問能力みたいなものが大事なのかなと思います。だいたいにおいて、上がってくる報告のなかにノイズやシグナルが隠れているわけですね。部下に悪気があるわけでなく、気づいていないとか、いろいろなことがあって、なんとなくそこを素通りしてしまっている。そこに気づいて、こちらから質問し、ほじくり出すというか。そういう質問能力みたいなものがあると、自身で現場を見なくてもカバーできるのかなと感じます。

それと、「こういうことが起きているだろう」と、先に想像することも大事かと思います。戦略なり、指示なり、自分で何かの打ち手を出しているわけですよね。その打ち手が上手くいっていれば、「こういうことが起きるはずだ」というストーリーが自分のなかにあり、それと違うことが起きているようなら、「これはまずいシグナルかもしれない」と。そんな風に気づきやすくなると思います。想像通りのことが起きていれば良いシグナルという話だと思いますし、とにかく、何が起きるかを自分のなかで先に考えておくことが大事だと思います。

全人格的要素でコミュニケーションしていく

会場質問者H:企業が持つ文化やスキルの活かし方をお聞かせください。

会場質問者I:ご自身の次を担う経営者の育成および見抜き方について、お考えをお聞きしたいと思います。

会場質問者J:修羅場における現場の方々とのコミュニケーションでは、どのような点に気をつけていらしたのでしょうか。

会場質問者K:将来プロ経営者として病院の再建をしたいと考えている医師です。一般企業でもトレーニングを受ける必要はあるでしょうか。

高家:企業の文化、あるいは考え方や動き方といったものは、長い歴史を持つ企業であればあるほど、しかも、それで業績が伸びた企業であればあるほど、強烈な成功体験になっていると思います。そのやり方のおかげで成長してきたわけですから。そのままでも従来通りのオーガニックな成長、または今まで以上の成長が実現するなら、それを変えること自体が間違いです。でも、そうでないのなら勇気をもって変える必要があるわけですね。

当然、企業には変えるべきところと変えてはならないところがあるし、それは会社が置かれた環境や、どんな方向に進みたいのかによって変わります。そこは自ら判断するしかありません。ただ、強烈な成功体験があればあるほど、それを変えることには大変な労力が必要になることは覚悟しなければといけないと思います。

カインズは2018年3月に組織を変えました。組織を変えることで、ものの考え方や動き方を変えてもらおうと思ったからです。ただ、組織を変えると最初にアナウンスしてから、あえて1年半以上の時間をかけました。実際の組織を実行するまでに、ある意味、社内でそういう考え方が共通言語化するまで熟成させていきました。で、そのあと半年ほどかけて具体的な組織設計を行い、3月に正式にローンチしたという流れになります。

ミスミ時代は組織変更で事前に時間をとったことはありませんが、カインズではそれをやりました。30年、いせや(現ベイシア)時代を含めればさらに長いあいだ会社に根付いていた行動や考え方を、新しい組織で大きく変えることになるからです。そうなると、「スパッと変えても上手くいかないだろう」と。ある程度、新しい組織が動くだろうというところまで熟成期間をとりました。

それと次の経営者の育成ですが、正直、ここは経営者としてのチャレンジですね。まだ皆さんに何か申し上げられるレベルになっていないと感じています。社長になったとき、三枝さんには「トップはトップに就いた瞬間から次の後継者のことを考えろ」と言われていました。ただ、それが十分にできているかというと、まだまだ合格点にないという風に思います。

それと修羅場のコミュニケーションですが、ここは全人格的要素が重要です。人はそれぞれコミュニケーションスタイルを持っていますが、基本は相手をリスペクトすることだと考えています。前編でお話しした通り、駿河精機(以下、駿河)へ出向いたときにイスもなかったときは、「このやろう」なんて思いもしましたが、それを口に出してもはじまらないので。

あと、医師の方が一般企業にも行ったほうが良いのかどうかというのは、私としてもなんとも申しあげられません。ただ、一般企業でないと得られないことがそれほどあるとも思えないので、「必ず経由しなければいけないことはない」というのが個人的な意見です。

会場質問者L:年齢を重ねることによる保守化をどのように克服していこうとお考えですか?

会場質問者M:小売業における戦略策定では、従来の勝ちパターンからエッセンスを抽出していかれたのでしょうか。

会場質問者N:駿河の統合ではどのようなアーリーサクセスを実現していったのでしょうか。

会場質問者O:経営をやっていて楽しいと感じる瞬間、辛いと感じる瞬間を教えてください。

高家:加齢による体力の衰えには抗えませんし、いつ同じエネルギーレベルで経営できなくなるのかも分からないですよね。緩やかに衰えるのだろうとは思いますが。ただ、大先輩方を見ると、60や70を超えても素晴らしい経営をなさっている方が数多くいらっしゃいます。逆に体力の衰えがなくとも、世の中的には「老害」と言われるような形で、残念ながら経営の力量が落ちているように思われる方もいらっしゃいます。ですから、必ずしも年齢だけではないと思います。

これ、言葉を変えると経営者としての「引き際」の話なのかなと思います。私の引き際がどこにあるのか。まだ自分としてはもう少し先かな、と。今のところは自分の引き際の論理みたいなものもあまり考えたことがなく、どちらかというと、知力、気力、あるいは体力を維持することを日々心がけている状態です。

小売業の戦略についてですが、私の解釈では、すでに従来型の小売業の勝ちパターンは崩れていると思っています。ですから、そこから何かのエッセンスを引き出すより、それを理解したうえで、スクラッチから新しい勝ちパターンをつくろうと考えています。

ご存じかもしれませんが、日本の小売業にはペガサスクラブという業界団体があります。古くはダイエーの中内㓛さんやイトーヨーカ堂の伊藤雅俊さん、あるいは当社会長も含め、日本の小売業の歴史は、名だたる経営者が戦後焼け野原の頃からアメリカの小売業に追いつけ追いこせと、懸命にチェーンストア理論を学んで大きくなっていった歴史でもあります。そうした歴史もあり、おそらく私が知る他の業界以上に、ペガサスクラブを中心として「業界の皆で学び成長する」というマインドが強いんですね。

実際、今まではそれで良かったのだと思います。市場が大きく成長している時代では、強烈な勝ちパターンを持っていた。ただ、それが今はかなり厳しくなっています。逆に言うと、いかにしてその勝ちパターンから抜け出すかが私の挑戦でもあります。小売業のなかでも比較的伸びているところを見ると、そうしたパターンからすでに抜けつつあるという気がします。

あと、アーリーサクセスの事例は数多くあります。新工場の立ち上げなんかは大きなアーリーサクセスでしたね。それともう1つ。当時はミスミのほうが規模も大きく、東京の会社で、かつ比較的高学歴の人が多かった。一方の駿河は静岡のメーカーで、地元の工業高校を卒業して入社した方も多く、環境はだいぶ違っていました。そんなこともあり、統合してから1年ほど経った頃にはミスミ社員が駿河社員に対し、すごく上から目線になっていたんですね。

たとえば商品開発。ミスミが企画した商品を駿河が開発するわけですが、ミスミが無理難題を言うわけです。とても間に合わないような短期間で開発を要求してきたり。当時のミスミはカタログビジネスで、年に1回、分厚いカタログを出していました。そのカタログ校了に合わせて商品スペック等をすべて固めなければいけなかった。それで間際になってスペック変更のリクエストが入る等、日常的に不合理なやり取りがありました。

そこで私が間に入り、不合理な要求を突き返していきました。駿河社内で「なぜ間に合わないと言わないの?」と聞くと、「ミスミのリクエストですから」と言う。「そうは言ったって、こんな短期間でこの商品は開発できないよね」「いや…」と。だから、「じゃあ僕が一緒に行くよ」と。ミスミ側の担当者をつかまえて、「こんなの無理だろ。今回のカタログには載せられないから、次回にするか元のスペックでやるかにしてくれ」と言ったりしていました。

これ、ごくごく当たり前のことを当たり前にやっただけです。でも、駿河の担当者にとっては、「そういう風にしていいんだ」と。「それが正しいやり方なんだ」といった体験になる。こうした日頃のやりとりから工場の立ち上げまで、小さなことから大きなことまで、ひたすら2年間アーリーサクセスを積み上げていったという感じですね。

そして、経営者として楽しいことと辛いこと。たくさんあります。辛いのは、自分が手塩にかけて育てた人、あるいは一緒に仕事をした人たちがいなくなってしまうときですね。もちろん次のキャリアを目指して自分の下から出ていくときはハッピーに送り出します。でも、そうでない形も結構あって、そのときは経営者として“心をえぐられる”思いをします。そうした辛さは社内で表に出しませんが、そういうことがあるとお酒の量も増えたり(笑)。一方で、やはり組織が一体となって成果が出たりした時など、楽しいこともたくさんありました。そのために経営者をやっているようなものですから。

我より古(いにしえ)を作(な)す

会場質問者P:変革のなかでオーナーや古株の方々とぶつかったりしてしまうとき、どのようにマネジメントしていらっしゃいますか?

高家:先ほどのお話にも繋がりますが、やはり古株の方は強烈な過去の勝ちパターンを持っていらっしゃいます。とりわけ上にいらっしゃる方はそれを体現してきた方であり、最も強固な成功パターンを持っていらっしゃると思います。そこはすごく気を遣いますね。

ただ、遠慮はしません。密にコミュニケーションをとります。成功パターンの裏には理由があるわけで、まずそこをきちんと理解します。そのうえで、なぜそれを変えなければいけないのか、その方々と最も多くの会話や議論を重ねます。これを絶対に避けてはいけない。そこを避けて何か改革をしようとすると、その方がどれほど良い人でも間違いなく抵抗勢力になってしまいます。悪い人だから抵抗勢力になるのでなく、その人と十分なコミュニケーションや議論をせず、勝ちパターンを壊すような打ち手を出すほうが悪い、と。そう思わなければいけないのだと思います。

廣瀬:最後に、「もっと経営を学びたい」「より良い経営がしたい」という思いを持つ会場の約200人に、高家さんから何かメッセージをお願いしたいと思います。

高家:若い部下を含めて会社でも多くの人に伝えているのは、「我より古(いにしえ)を作(な)す」という言葉です。私がこの言葉を見つけたのは福沢諭吉の本でした。漢字で言うと「自我作古(じがさっこ)」ですね。どんな領域でもいいと思います。私はプロの経営者という領域でしたが、皆さんは皆さんなりに何かの領域を極めよう、目指そうとしているわけですよね。その世界において自分がフロントランナーであり、自分が歩んだあとに道ができる。「我より古を作す」とは、そういう気概を持って何かに取り組もうという意味だと私は解釈しています。

それは決して大きなものである必要はなく、今自分が取り組んでいる仕事のなかでもいいと思います。とにかく「自分がつくってきたものはこれなんだ」と。自分がつくったあと、それが道となって脈々と続き、部下や後輩、さらには後の世代がそこを歩む。そういうものをつくろうと思って私自身も仕事をしています。社内でも部下には、「それぞれの立場で自分なりに道を見つけ、ぜひフロントランナーになってください」とお話ししています。本日お集まりの皆さんも、それぞれの道において、これからフロントランナーとして走っていただければと思います。

高家 正行

株式会社カインズ 代表取締役社長CEO

廣瀬 聡

グロービス経営大学院  経営研究科 研究科長(英語プログラム)・事務局長