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投稿日:2022年01月10日
投稿日:2022年01月10日
自己株式は無制限に取得できる!?
- 溝口 聖規
- グロービス経営大学院 教員
最近では、株主還元の強化や株価対策等を目的として自己株式を取得する会社が増えています。ところで、会社は自己株式をいつでも好きなだけ取得することができるのでしょうか?今回は、自己株式の取得のルールについて説明します。
自己株式は無制限に取得できるのか
結論から言うと、自己株式はいつでも好きなだけ、無制限に取得することはできません。自己株式の取得には、会社法や金融商品取引法によって財源及び手続について一定の制限が課されています。
自己株式取得の規制には、大きくわけて以下2つがあります。
- 財源における規制
- 手続における規制
以下に詳細を見ていきましょう。
財源における規制
財源による分配可能額の上限を求める計算方法
自己株式は、取得時点における分配可能額の範囲内でしか取得することができません。分配可能額は、ザックリ言うと「剰余金」の額で、以下で求めることができます。
剰余金の額=その他資本剰余金+その他利益剰余金
剰余金以外の資本金や準備金(資本準備金、利益準備金)は、会社の債権者保護の観点から社外へ流出することが認められません。
なお、自己株式取得時点における剰余金の額は、前期末の決算時点の剰余金の額を基準として当該決算日以降の調整額を加味して算定します。
取得時点の剰余金の額=直前決算時点の剰余金の額+決算時点以降の調整額
決算時点以降の調整額についてここでは詳細は割愛しますが、例えば、剰余金の配当、資本金・準備金の減少、自己株式の償却などによる増減額が含まれます。なお、剰余金等は全て単体決算の金額によります。
注意点:分配可能額を超えた自己株式取得の責任
最近では、配当原資を上回る配当や自己株式の取得をする会社も見られます。これには、次のような原因があると言われます。
- 財源規制に対する理解の不足
- 分配可能額の算定プロセスの理解の不足
- 自己株式の取得に関する社内の責任部署が不明確
- 社内ルール等の文書化の整備状況
分配可能額を超えた自己株式の取得は会社法に違反するため、その自己株式の取得は無効とされるケースがあります。その場合、自己株式の取得に応じた株主は受け取った対価の返還義務が生じます。また、取締役は会社法上の責任を負うことがあります。
手続における規制
自己株式を取得する3種類の手続
まず、自己株式を取得する方法としては、以下3つの方法があります。
- 市場取引
- 相対取引
- 公開買い付け
市場取引は上場会社に限定されますが、市場に流通している自己株式を会社が取得する方法です。次に、相対取引は、特定の株主などから市場外で自己株式を取得する手法です。機動的に自己株式を取得するには、会社法等に基づいた特段の手続きが不要な市場取引が便利ですが、市場取引で多くの自己株式を取得しようとすると株価が上昇し、結果として予定した自己株式の取得が困難になる場合があります。また、短期間に大量の株式を取得しようとすると、特定の株主に有利に作用したり、不透明な取引が発生したりするおそれがあります。
そこで、金融商品取引法では、株主に対して適切な情報開示や平等な売却機会の確保等を提供することを目的として、事前に買付けに関する申込方法、期間、価格、株式数等を公開した上で株式を買付ける株式公開買付(TOB)の制度を設けています。TOBは、M&Aなどで他社の株式を取得する手法として用いられますが、自己株式の場合にも一定条件を満たす場合はTOBに則った手続きが必要となります。
株主総会での決議が必要
株主は、株式を会社へ譲渡することにより売却収入を得ることになります。株式配当が会社への出資に対する一部還元であるのに対して、自己株式の売却は出資の全部についての還元を受けるという見方もできます。つまり、自己株式の取得(株主にとっては売却)は、特定の株主に対してのみ自己株式を売却する機会を設けることになり、株主平等の原則に反します。そこで、自己株式の取得には株主総会での決議が必要になります。そして、自己株式を誰から買い取るかによって、株主総会の決議内容が変わります。
株式数における規制
最後に補足として、株式数における規制について確認します。会社法等において、取得できる株式の数については制限を設けていません。そのため、法律的には、会社が発行済み株式のすべてを自己株式として取得することも可能となります。
しかし、会社が発行済み株式の全てを自己株式として買い取ったとすると、議決権を有する株式が存在しなくなり、したがって株式会社の必須の機関である株主総会が機能しなくなってしまいます。そもそも、自己株式の取得については株主総会での決議が必要になるため、株主が同意するとも思えません。つまり、法律的には可能であっても、現実的にはあり得ない、と言うことになるのです。
溝口 聖規
グロービス経営大学院 教員
京都大学経済学部経済学科卒業後、公認会計士試験2次試験に合格し、青山監査法人(当時)入所。主として監査部門において公開企業の法定監査をはじめ、株式公開(IPO)支援業務、業務基幹システム導入コンサルティング業務、内部統制構築支援業務(国内/外)等のコンサルティング業務に従事。みすず監査法人(中央青山監査法人(当時))、有限責任監査法人トーマツを経て、溝口公認会計士事務所を開設。現在は、管理会計(月次決算体制、原価計算制度等)、株式公開、内部統制、企業評価等に関するコンサルティング業務を中心に活動している。
(資格)
公認会計士(CPA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、公認内部監査人(CIA)、地方監査会計技能士(CIPFA)、(元)公認情報システム監査人(CISA)