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投稿日:2021年09月20日

投稿日:2021年09月20日

SNSの誹謗中傷に負けない、メンタルを強くする方法

若杉 忠弘
グロービス経営大学院 教員

オリンピックで選手に対するSNSでの誹謗中傷が相次ぎました。また、ネットの書き込みによる名誉棄損なども社会の課題となっていますが、誰でもこのような誹謗中傷を受ける可能性があります。どのようにこうした痛みと向き合えばいいのかを解説します。

苦しみとは何かを知る

誹謗中傷を受けると、大きな苦しみを生みます。根拠のない批判、非難、屈辱、憎悪のメッセージを受けることは本当につらいことです。では、この苦しみとどう向き合えばよいでしょうか。そのために、苦しみとは何かを知らなければいけません。

苦しみは、仏教がふかく探求してきた領域です。仏教の教えを借りてみましょう。日本の高野山で真言宗の僧侶になられ、現在は瞑想指導者として活動されている真善・ヤング氏は、苦しみを数式でこのように表現をしました。


苦しみ=痛み×抵抗


苦しみとは、痛みに抵抗することにより生まれるのです。たとえば、足の指を、椅子の足や家具の柱などにぶつけて、ケガをしたときのことを、思い出してみてください。足の指をケガしたので、痛いわけです。これが痛みです。

ところが、この痛みに僕たちは抵抗をしてしまうのです。たとえば、足のケガの例でいえば、「だれがここにこの椅子を置いたんだ!」「足をぶつけてしまうなんてなんて自分はマヌケなんだ!」とさまざまな負の思考と感情がたつ巻のように沸き起こり、苦しみが加速します。こうあるべきじゃなかったのだ、と起きてしまったことになんとか抵抗しようとします。なんと、足の指の痛みそのものとは別に苦しみが増えているのです。痛みと抵抗の相乗効果で、苦しみとなるのです。

真善・ヤング氏はいいます。痛みは不可避ですが、苦しみはオプショナル、と。

SNSによる誹謗中傷で考えてみましょう。まず、自分のことを批判、非難、屈辱を受けたとしたら、足の指をケガするように、心にケガを負います。これが痛みです。そして、その痛みに抵抗するように様々な思考と感情が沸き起こるのです。「こんなこと、起きるべきじゃない!」「なんでこんなことを言われないといけないのか」などと思い悩み、苦しみ、怒り、落ち込みます。抵抗の中身は人それぞれですが、この抵抗がもともとの痛みと相まって、苦しみになるわけです。

苦しみではなく、痛みそのものをケアする

さて、ここで、本当に問題なのは、抵抗する気持ちに心がコントロールされてしまい、心の痛みそのものをケアできなくなることです。

先の足の指のケガの例でいえば、「だれがここにこの椅子を置いたんだ!」という怒りに心が奪われてしまい、肝心の足のケガをそのまま放置している状況と似ています。もしかしたら、足の指が骨折をしているかもしれません。そうだとしたら、何も処置をしなければ、ますます指は痛み、ますますそれに抵抗をし、ますます苦しみが増大するというネガティブな循環に入り込んでしまいます。同じように、心のケガも放置してはいけません。

では、どうするか。痛みを抵抗ではなく、受け入れることです。抵抗の反対は受容です。カウンセラーであるベンジャミン・レイステラー氏が、真善・ヤング氏の先の数式に触発されて、見事な数式を提案しています。


知恵=痛み×受容


痛みを受け入れると、知恵が生まれる、と。どういうことでしょうか。

足の指の痛みを、そのまま受容できたとしたら、足の痛みの程度にあわせて、すぐに足を冷やしたり、シップを張ったり、病院にいったりとアクションが打てることでしょう。痛みを受け入れることによって、何が自分に起きているのかを、明確に知り、本当にいま、自分に必要なことが見えてくるのです。

さて、SNSの誹謗中傷のケースも見てみましょう。誹謗中傷による心の痛みを受容できたとしたら、本当に自分に必要なことが見えてくるでしょう。

もしかしたら、まずは心のケアが必要かもしれない。そうしたら、病院に行くのも手でしょう。親しい友人に相談をするのがいいかもしれません。少し気分転換程度に運動をすることですむかもしれません。

または、ただただ、めげる時間をつくることがあなたにとって必要かもしれません。誹謗中傷の専門家に相談をすることが必要かもしれません。大事なことは、抵抗に思いをとられることなく、痛みという本体に向き合うことです。

マインドフルネスで受容する練習を

苦しみを減らすには、抵抗ではなく受容が鍵であることが見えてきました。ところが、この受容がすんなりとできないものですね。どうしても、痛みを否定したいので、抵抗をしてしまいます。受容するためには、ある程度の練習が必要です。その練習とは、最近、ビジネスの世界でも話題になっているマインドフルネスが効果的です。

マインドフルネスとは、簡単にいえば、今、ここに起きている経験をそのまま、ありのままに気づくこと、といえます。たとえば、今、あなたは、この記事を読んでくださっています。「私はこの記事を読んでいるということに気づきつつ、読む」というのはマインドフルネスです。つまり、自分の思考、感情、行動を、自分を観察しているもう一人の自分がみている状態といえます。幽体離脱をした自分が自分をみているような状態です。

このマインドフルな状態を日々の中に取り入れていくといいでしょう。たとえば、歩いているとき、本を読んでいるとき、ミーティングに参加しているときなど、いつでも、どこでも練習することができます。もう少し本格的に取り組んでみたい方は、マインドフルネス瞑想のように、瞑想の形で継続的に練習するのもいいでしょう。

実際、このマインドフルネスのトレーニングを行うことで、感情マネジメントの向上、ストレスや不安の低減だけでなく、幸福感の向上、免疫力向上、思考能力向上などに役に立つことが、多くの科学的エビデンスとして報告されています。

誹謗中傷を受けると、どうしても、心の痛みになんとか抵抗しようとし、苦しみを増幅する道に入ってしまいがちです。お伝えしたいことは、もう一つの道があるということです。痛みをそのまま受容し、今自分に何が本当に必要かを見出し、それに基づいて行動する道です。これは希望の道です。ぜひ、実践をしてみてください。

若杉 忠弘

グロービス経営大学院 教員

東京大学工学部卒業、同大学院工学修士、ロンドン・ビジネス・スクール経営学修士(MBA)

ブーズ・アンド・カンパニーにて、内外のリーディングカンパニーに対して、全社戦略、事業戦略や、マーケティング・営業戦略の立案・実行、組織能力の向上を支援。特に、組織能力向上を支援するイニシアティブを数多くリードしてきた。また、新卒採用リーダーとしてリクルーティングを担当。その後、ロンドンベースの教育ベンチャーで、オンライン教材の開発および教育機関のコンサルティングに従事。

グロービスでは個人や組織の強みを生かした能力向上に努めている。コンテンツ開発、カリキュラム作成、講師育成に従事するとともに、教育を通して法人企業の人材育成や個人の成長を支援している。

社団法人日本ポジティブ心理学協会では理事として、個人や組織の成長に寄与する最新の科学的知見の普及に努めている。全米ヨガアライアンス認定インストラクター(RYT200)。