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投稿日:2016年07月14日

投稿日:2016年07月14日

OurPhotoの誕生に学ぶ、新規事業のタネの見つけ方

金森 努
グロービス経営大学院 教員

ベンチャー起業ブームと言っていいだろう。筆者自身も起業希望者が自らのプランを競い合うビジネスコンテストの審査員やアドバイザーを承ることも多い。多くの人がチャレンジするのはよいことだ。だが、チャレンジするからには、成功するキモを押さえておきたい。そこで今回は、グロービス経営大学院の卒業生が立ち上げたOurPhoto(アワーフォト)というWebサービスを例に、起業時に意識すべきマーケティング視点について考えてみたい。

写真撮影に関する「不の字」

OurPhotoの代表取締役 平野歩氏が起業したきっかけは、前職の大手印刷会社勤務時代の経験にあると言う。「写真撮影の案件を数多く担当したが、単価がフィルム時代の相場のままで驚いた。デジタルになって一枚あたりの単価は劇的に下がり、機材も良くなってプロ・アマの差がなくなりつつあるにも関わらず、旧態依然とした業界に疑問を持った」と語る。しかし、一般的には写真を撮ってもらうとなると写真館にお願いするしか選択肢はない。そこは料金も高く敷居も高い。もっと「気軽」に「素敵」な写真を撮ってもらえるような場を作りたいと考え、起業したそうだ。

そこに本当にニーズはあるのか?KBFは?

「“不”のあるところにはニーズがある、そこにビジネスチャンス、起業の目がある」と、平野氏は言う。確かに、「買い手=写真を撮って欲しい人」の未充足ニーズは明確だ。筆者自身の体験談を例に述べてみよう。まぁ、あくまで「個人の感想」として受け止めていただきたい。

まず、街の写真館について。写真がフォーマルで古くさく、家族全員が妙に固まった笑顔で写っている仕上がりになった経験がある。しかも料金も高かった。次に子ども向けの写真館も試してみた。比較的低料金で衣装まで貸してくれて、小さな子どもなら普段と違う空間で泣き出すのをあやすスキルまで担当者は持っている。だが、実際には衣装が趣味に合わず、結局自宅から持ち込んだ。こちらも笑顔にはなってない。写真台紙を付けて仕上げ、両親の分まで注文して・・・とかやっていると、結構な金額になってしまった。

本当はもっと公園で家族みんなが遊んでいる姿とか自然な写真を撮れればいいのだが、三脚をセットしてその中にみんなで収まろうとすると、結局自然ではないし、オシャレな写真にはならない。ではと、中・高で写真部だった筆者が気張ると、自分が写真に入れない。

同様の感想を持つ人は多いようだ。「業種別業界情報 2014年版」の子供写真館の市場規模は2000億円とされているが、昨今、「より日常的な風景を写真に残すニーズが増えている」とある。また、大手子供写真館が行った顧客満足度調査の結果を見ると、「満足」に比べて「まぁ満足」の比率の方が高い項目が目立ち、「仕上がりは価格に見合ったものだったか」という項目は、「見合っている」「どちらかというと見合っている」を合わせて53.1%なのに対し、「どちらとも言えない」以下、「見合っていない」までのネガティブな回答が46.9%に達している。つまり、仕上がりは、まぁ何とか満足できなくもないが、価格まで考えると約半数が納得できていないとも読み取れる。

顧客ニーズを叶えるために、「業界定義」を変える!

不の字の原因は、既存事業者の撮影技術をはじめとしたサービスレベルと、体制(スタジオ撮影だけで屋外撮影ができない)、料金などにあったわけだ。うっかり平野氏が既存事業者を競合(Competitor)として考えて、自社(Company)で顧客ニーズを全て充足する事業体制を考えてしまったら、ガッツリと競合を上回る資産(スタジオや、腕が良くて屋外まで足を運ぶ時間的余裕をもったスタッフ数の確保等々)が必要になる。それでは初期費用もかかりすぎるし、ランニングコストも競合以上になってしまう。

写真を撮って欲しい人=CustomerのKBFは、自然で上手な写真を撮って欲しい、それをスタジオというフォーマルすぎる空間ではなく屋外とか好きな場所で家族みんなで取って欲しい、しかも低価格で――ということになる。

つまり、「写真館」という既存の業界定義で勝負するという意味がないことがわかる。そこで、新たな業界定義を考え、平野氏は自社で資産を抱えない、「写真撮影のマッチングWebサービス」を考え出したのだ。

4C(Co-operatorの視点)

自社にない要素は、3Cにもう1つのCを加えた4Cで考えると良い。4Cは、「販路(Channel)」の力・影響力が大きい時はその要素を加えるが、今回は「協力者(Co-operator)」という意味のCを1つ加えた「4C」で考えることで解決できる。

平野氏にはもう一つ理念があった。フォトグラファーでプロやセミプロとして、良い機材を持っているにも関わらず“人物を撮る機会がない”“実績を積みたくても積めない”といった人は多く、そうした方々が活躍できる場所を作りたいというものだ。正に、「Co-operator(協力者)」候補は多数いるわけだ。プロはより多くの仕事を得るためや、専門としている被写体の幅を広げる(例えば、商品撮影の専門家が人物写真を撮ってみたいという希望)ために撮影を請け負う。これはまぁ、「プロ」なので安心だろう。

一方、「セミプロ」はその「セミ」っぷりがどの程度なのか、利用する側としては気になるところだが、世の中のマクロ環境的に考えれば、Technologyの進化で機材面ではプロ・アマの差はなくなりつつある。心配なら、OurPhotoのサイト上で撮影者の過去の作品を納得するまで確認して選ぶことができる。この点を今までと比較するなら、街の写真館は店頭のウィンドウに吊り下げてある僅か数点の記念写真を見て判断するしかない。子供写真館は店内で過去に撮影された他人の写真のアルバムがサンプルとして見られるが、いい写真があったとしても、その写真を撮影した撮影担当者を指名することはできない。その点、OurPhotoならレビュー(評価)制をとっているため、実際にこれまで撮ってもらった人たちの評判も確認できる。Webサービスならではの、競合が実現しえない大きなメリットだ。

コスト構造としての優位性

KSFとしては、Webサービスならではの、資産(スタジオ施設・人等)を持たない身軽さによって実現する低料金が大きい。同社の料金はフォトグラファーの取り分が65%あり、マッチングを行う運営費を維持するための同社の取り分が残りの35%に過ぎない。「主役はあくまでフォトグラファー」と平野氏は言い切る。資産(スタジオ施設)を持たず、顧客がフォトグラファーを選ぶため、フォトグラファーが対応可能なエリア内で好きな場所での撮影を依頼できる。だから、リラックスして自然な写真を撮ってもらえる。全てのKSFが実現している。

OurPhotoの今後の課題

ユーザーの不の字(未充足ニーズ)を解消してKBFを満たし、成功のカギ(KSF)を見出した同社だが、課題も残る。今までになかった新しいスタイルのサービスだけに、まずはどれだけ認知を広げていくかだ。現在、カメラ雑誌などには取材記事が掲載されているため、フォトグラファーの登録促進には寄与するだろう。また、各Webメディアにも掲載され始めているので、お父さん世代を中心にリーチしそうだ。残るは母親をどうするか。一方、セカンドターゲットとしては、「オシャレな写真大好き女子」も考えられるが、母親と併せてSNS、特にインスタグラムなどを通じた口コミ展開が有効だと思われる。ターゲット選定を考える指標「6R」のうち、「Rank & Ripple Effect(優先順位と波及効果)」の観点から、優先的に獲得したい層だ。その点、同社の写真はインスタグラムへのアップも、FacebookやLINEでのシェア拡散も許可している。

また、ゆっくりもしていられない。正直なところ、模倣困難性の極めて高いビジネスかといえば、そうではないだろう。故に、フォトグラファーとユーザーをいかに早く多く登録させ、囲い込むか。また、同様のサービスがでてきた場合、フォトグラファーもユーザーも重複登録する可能性も考えられるため、自社ならではの提供価値を考えることも欠かせない。

ともあれ、世の「不の字(未充足ニーズ)」とそれを抱えている層を見極めて、競合の弱点を突く新たなスキームを作り上げた平野氏の発想力、行動力に敬意を表しつつ、同サービスが発展することを祈りたい。

金森 努

グロービス経営大学院 教員

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道四半世紀以上。コンサルティング事務所、広告を経て、2005年独立起業。 青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。著書「図解 よくわかるこれからのマーケティング」(同文舘出版)「”いま”をつかむマーケティング」(アニモ出版)。共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。監修「実例でわかる!差別化マーケティング成功の法則」(TAC出版)。雑誌への連載、講演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。