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投稿日:2021年07月19日

投稿日:2021年07月19日

『フードテック革命』――iPhoneの轍を踏まず、日本が誇る「食」の発信を

垣岡 淳
グロービス経営大学院 教員

フードテックとは何か

世界700兆円の新産業、これが「フードテック」だという。イメージしづらいが、日本の国家予算が106兆円超(2021年度)なので、とてつもなく大きいということはわかる。何より私たち自身が、その回数や中身は多様であるにせよ、日々「食」べているのだ。それが地球上の80億人弱分ともなるのだから、その大きさも言わずもがなだろう。

フードテックは、Food(食)とTech(技術)を組み合わせた造語だ。○○テックと称される中でも、身近な食を扱った、デジタル技術によるイノベーションの一連のトレンドを表す。その範囲も極めて広い。昨今話題の植物肉や昆虫食はその代表例で、コロナ禍で一気に存在感を増したデリバリーサービスもその範疇だろう。その他、レジなし食料品店のアマゾン・ゴー(Amazon Go)や、環境に配慮した脱プラ容器の開発等々、枚挙にいとまがない。そう、日常生活に即した、いちばん身近なテクノベートなのだ。

日本発のフードイノベーションを

本書はこのフードテックに関する「解説書」であり「啓発書」でもある。
最大の特長は、圧倒的な事例数だろう。よくぞここまで、というくらい、広く内外の最新事例が網羅されている。業界人や専門家へのインタビューも交え、それぞれの解説もわかりやすい。またそれらが、コロナ禍を受け2.0へとアップデートされた「フード・イノベーション・マップ」で、参照可能な形で整理されている。SDGsとの関連も示されるなど、今日的な実用性は極めて高い。

他方、本書で最大のメッセージは、“日本のフードテックの現状を考えると「iPhone前夜なのかもしれない」”という言葉に集約されている。「機能」面で比較優位を誇った我が国の携帯端末が、「顧客体験」を重視したいわゆるスマホに駆逐されたことを引き合いにしているのだ。危機感を煽り、同時に奮起を促したい著者たちの気持ちが伝わってくる。フードテックの潮流という、食料品を「買う」そして「食べる」といった、「顧客体験」が主軸となる価値創造のシフトに乗り遅れることなく、日本が誇る「食」の発信を、ということだろう。

改めて、世界中の人々のお腹を満たすことは食糧事情から難しいこと、人々が欲望のまま食べ続けると自身の健康だけでなく地球環境にも優しくないこと、は明らかだ。
一方、おいしさと健康の両立、多様性、もったいない精神等々、日本が大切にしてきた「食」の価値観や考え方は、こうした課題に対して解決の糸口を世界に提供できそうだ。本書において、こうした「レガシー」を武器に、今後「食」の領域で新たに創造すべき価値を「ウェルビーイング」の観点から再定義しているのは今日的であり且つ本質的だろう。

一連の危機感醸成やコンセプトの提示にとどまらず、具体的な道行も示される。事業創造における座組の話や、基盤となるエコシステム構築の策が「食のイノベーション社会実装への道」と題し、章を割いて展開される。また12項目に渡って曼陀羅のように示される「フューチャー・フード・ビジョン」は、即行動に移せるテーマとして手触り感に富む力作だ。

随所に日本発のフードイノベーションを、という熱い想いと(読者に)行動変容を、という“アジテーション”に満ちている。本書が「フードテック“革命”」という所以だろう。

そういう意味で本書は、広く「食」関連ビジネスに従事している方のみならず、持続可能な地球環境を願い、その一方で身近な「食」を通してウェルビーイングを実現したいと考える多くの諸兄姉にオススメの一冊である。

フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義
著者:田中宏隆、岡田亜希子、瀬川明秀 著/外村 仁 監修 発行日:2020/7/29 価格:1,980円 発行元:日経BP社

垣岡 淳

グロービス経営大学院 教員

関西学院大学商学部卒。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了(修士:経営学)、大阪産業大学大学院経営・流通学研究科博士後期課程修了(博士:経営学)

学部卒業後、大手食品メーカー入社。大手流通小売企業を対象とした営業部門のラインとスタッフを経験。その後大学院を経て株式会社日本総合研究所入社。コンサルティング部門にて消費財/生産財のメーカー及び商社、情報サービス/通信、流通小売、サービス等、幅広い顧客を対象に経営戦略・マーケティングを中心とした調査・コンサルティング活動に従事。

現在は複数の企業の経営アドバイザリーとして活動する傍ら、グロービスにおいてマネジメント・スクールや企業研修での講師を務める。複数の大学における非常勤講師、大阪産業大学客員教授(産学連携担当)などを歴任。各種セミナーにおける講演、雑誌等への寄稿も多数。