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投稿日:2021年04月21日

投稿日:2021年04月21日

「手触り感のある変革」を、自ら積み上げるための実践論――『組織が変わる』

松井 孝憲
グロービス ファカルティ本部 研究員/KIBOW社会投資 インベストメント・プロフェッショナル

論理的な課題解決だけでは太刀打ちできない「組織の慢性疾患」

「組織の慢性疾患」――それが、本書の取り組もうとするテーマである。
例えば、組織に漂う閉塞感や、現場のメンバーから醸し出される疲弊感。そんな状況を読者の多くも経験したことがあるだろう。何か大きな事件が起きているわけではない。しかし、人間関係のわだかまりや、硬直した状況が少しずつ組織を蝕み、気づいたら危機的な状況に陥ってしまう――このような問題に対して、私たちはどのように変化のきっかけを作ることができるのか?

この手の問題の難しさは、いわゆる「論理的な課題解決」だけでは太刀打ちできないところにある。組織の中で、経営陣やマネジャー、現場のメンバーが、それぞれに懸命に状況を良くしようと取り組んでもなぜか上手く噛み合わず、それぞれに苦しみを抱えているのだ。そんな状況で、「論理的な分析」をし、「正しい解決方法」を導いただけでは、現場に受け容れられそうにないことは想像できるだろう。加えて、これは組織の風土や文化に関わる問題でもある。そんな、大きな問題に対して、私たち個人に何ができるのだろうか?

本書は、そんなやっかいな問題である組織の慢性疾患に対峙する方法論を示す。そこで強調されているのは、何か組織をガラッと変えてくれるような、特別な”秘策”に飛びつかない、ということだ。そうではなく、対話のプロセス、具体的には

  1. 問題を眺める
  2. 自分もその問題の一部だと気づく
  3. 問題のメカニズムを理解する
  4. 具体的な策を考える

というステップを通じて、地に足の着いた、着実な変革を自分たちの手で積み重ねていくことを本書は強調する。その具体的な手法として、本書では「2on2」という方法が提唱されている。この手法の詳細は本書に譲り、本稿では、組織の慢性疾患というやっかいな問題に、私たち個人はどう向き合ったらいいのか、本書の内容と合わせて提案したい。

問題の焦点を「人」から「コト」へ移す

筆者がかつてNPO法人の経営に関わっていた時、「組織内のコミュニケーションが円滑にできない」、「経営陣とメンバーが、お互いの考えが分からない」、「意思疎通がされず、向いている方向がバラバラ」という、典型的な組織の慢性疾患に陥ったことがある。その時、ある先輩経営者からのアドバイスで印象的な言葉があった。「1対1のやりとりは止めて、全てのコミュニケーションをオープンにしよう。そうすれば、コミュニケーションの焦点は『人』から『コト』になるから」と。

これはまさにその通りだった。問題がある際、1対1でのコミュニケーションはいわば「陰口」として機能し、その場にいない特定のメンバーを悪者扱いすることが常態化してしまう。そしてそこから、組織にギスギスした雰囲気がまた生まれるという悪循環が起きていた。当時、筆者たちに必要だったのは問題の「犯人探し」ではなく、問題を問題としてきちんと向き合うことだったのだ。

本書にもある通り、組織の慢性疾患は、「誰か一人の問題として生じているのではなく、様々な人が絡んだ複雑な問題」だ。そこで大切なのは、問題の焦点を、人(誰が悪かったのか?)からコト(何が起こっているのか?)に移すことだ。これを本書では、「問題の外在化」という。

「問題の外在化」を通じて、問題に関わるメンバーそれぞれが、

  • 問題は人と人の間から生じていて、特定の「犯人」がいるわけではないこと
  • 自分自身もまた、その問題の関係性の中にいる、すなわち自分も問題の一部であるということ

を認識できる。「誰々が悪い」という他責思考ではなく、また「自分が悪かった」という単純な自責思考でもない。自分を含んだ問題の状況について、健全な距離感を持って向き合うことが大切なのだ。

組織に生じる問題を、「自分のもの」として取り戻す

筆者は、この「自分も問題の一部であること」へ気づく重要性を、特に強調したい。これは自分が問題に関係する「悪者」だったと考えることではない。むしろ、自分が問題の一部であるからこそ、その問題状況を自分で変えられる可能性を見出せるのだ。この気づきの上でこそ、私たちは組織の問題に対して当事者でいられる。それは、いわば問題を「自分のもの」として取り戻すということだ。「誰かの状況」としてでは無く、自分の手の届くものとして問題を捉える。それを通じて、私たちは組織を変えることへ手触り感を持って向き合うことができようになるのだ。

読者の中には、「組織課題について当事者意識を持てない」、「メンバーが当事者意識を持ってくれない」という悩みを持つ方もいるかもしれない。そんな悩みについて、個人の努力や精神論を振りかざすだけに終わってしまうのはあまりにも寂しい。足りないのは個人の努力ではなく、当事者意識を持てるような方法論が無かったからではないだろうか? 本書は、誰もが組織の問題について自分事として捉える、その方法論を具体的なプロセスとして示している。

組織の慢性疾患は、どの企業にも生じる現代病だ。それは時として、組織風土や文化という、広範囲でつかみどころの無い問題のように見えるかもしれない。そんな複雑な組織の問題を変えられるのは「カリスマな経営リーダー」でも「専門的な有識者」でもなく、現場で身を粉にする私たち自身だ。本書は、私たちがどうやって組織の問題と向き合い、自分のものとして変革させていくことができるのか、その筋道をクリアに示してくれる。

組織が変わる――行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2
著:宇田川 元一 発行日:2021年4月21日 価格:1,980円  発行元:ダイヤモンド社

松井 孝憲

グロービス ファカルティ本部 研究員/KIBOW社会投資 インベストメント・プロフェッショナル

一橋大学法学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科修了
株式会社シグマクシスにて、新規事業立案、人事・人材開発プロジェクト等に従事。並行して2011年にNPO法人二枚目の名刺に参画、2015-16年常務理事として活動。社会人とNPOが協働し、社会課題解決に取り組む「NPOサポートプロジェクト」を運営。本取り組みを企業向けの人材開発プログラムとして立ち上げる。本プログラムは2016年日本の人事部「HRアワード」(人材開発・育成部門)最優秀賞受賞。大学との共同研究を通じた副(複)業・パラレルキャリア・越境学習の実証研究も実施。グロービスでは、研究・コンテンツ開発に取り組むのと合わせて、(財)KIBOWで社会インパクト投資にも従事する。