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投稿日:2021年03月11日

投稿日:2021年03月11日

起業家にとっての3.11―「ミガキイチゴ」で故郷山元町に誇りを

岩佐 大輝
株式会社GRA 代表取締役CEO/グロービス経営大学院経営研究科経営専攻(MBA)修了
田久保 善彦
グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長

震災後に東京から故郷の宮城県山元町に戻り、株式会社GRAを立ち上げた岩佐大輝氏(グロービス経営大学院2012年卒)。育てたイチゴを「ミガキイチゴ」ブランドで展開して、山元町をイチゴの町として活性化させている。もちろんその道のりは平たんではなかった。この10年を振り返るとともに、今後の課題についても聞いた。インタビュアーは、岩佐氏と共に山元町でボランティアを行い、GRAの立ち上げにも関わった田久保善彦(グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長)。(全2回、後編)

*前編はこちら

10年前に描いたものはほぼやり尽くした

田久保:前回、定量的な成果として町民の平均年収が1.4倍まで伸びたというのを聞きました。ソフト面で山元町のいちばん変わったところというと何だと思いますか?

岩佐:「山元町といったらイチゴの町」となったことじゃないでしょうか。いま、ゲームの桃太郎電鉄の宮城エリアに「ミガキイチゴ農園」というのが出てくるんです。それぐらいイチゴの町ということが定着してきています。今は、そのブランドを武器に国内だけでなく世界ともダイレクトにつながり始めました。また、今は若い人たちがどんどん来てくれるようになりました。田舎町から、「挑戦できるフィールドがある」というイメージに変わってきたことは大きいと思います。

田久保:山元町の人たちが自分たちの町を誇りに思えるとしたら、それに勝る社会変革はないですね。

岩佐:そのとおりです。ビジネスパーソンが絶対に成し遂げなくてはいけないのは、経済的価値をつくること。これなしでは、どんなにいいことをやってもダメですよね。ただ、その次に、自らの取り組みを通じて、グループや会社、地域に誇りをもたらさないといけない。

そういう意味でいうと、「山元町の誇りはイチゴだ」と言ってもらえるようになりましたし、「GRAで働いてる」と言うと、「いいね」とも言ってもらえるようになりました。この前、休憩室を覗いたら、全員子育て中の若い世代の方でした。働く場所をつくれたのだ、と。その光景を見たときに、10年間頑張って良かったと本当に思いました。

田久保:今後の展望は?

岩佐:「農業は守ってあげないとダメだ」と思われているといいますか、まだビジネスとして弱いところがある。イチゴをつくって加工品にしてtoCで販売する六次化のビジネスモデルをもっと堅強なものにしたいですね。

そして横展開。新規就農支援事業で「ミガキイチゴアカデミー」というスクールをやっています。いま20法人が卒業して、半分の10法人が独立しました。徹底的に2年ぐらい勉強すると、すごいものがつくれるようになるんです。それを僕らが市場の1.5倍ぐらいの値段で買い取ってミガキイチゴとして売る。農産品の脱コモディティ化がやれつつあって、これをもっとスケールアウトしていきたいです。

田久保:これからスケールのフェーズですね。10年前に描いていたもので、ゼロイチのところはやりつくしたと言っていいでしょうか。

岩佐:当時、みんなで描いたものはほぼ全てやり尽くしました。イチゴの栽培があって、カフェがあって、スクールがあって、サーフィンのポイント復活みたいなのもあった。つくっていないのはただひとつ、イチゴジーンズくらい(笑)。この10年でもうこれ以上は欲張りだというくらいにやれたと思っています。

ただ、東北という文脈でいうと、都会や世界中の人からの距離をもっと短くしたかったという思いはあります。見せ方として、九州のように「海外と近い」というマーケティングではなく、「日本の神秘的な場所」としての東北みたいな特別なポジションをつくっていけば、もう少し来てもらえたのかなと。コロナが終息したらまた日本にインバウンドが殺到するのは目に見えているので、そこでもう1回チャンスがあるとは思っていますが……。

東北で頑張った起業家は、みんな白鳥タイプ

田久保:この10年間から、経営者として岩佐さんが得たものは?

岩佐:何かを成そうとしたら、1人の力では何もできないということを学びました。時間がかかってもいいから、会社の仲間だけじゃなくて、周りの人も含めて巻き込んでいかないと、地域社会にインパクトを残す活動にはなり得ないなと。地域の人々との関係だけでなく、ビジネスモデルと地域の関係に法律や規制など、生態系が複雑なので。

田久保:岩佐さんはなぜ地域とそのような関係性をつくることができたのでしょう。

岩佐:それはもうコミュニケーションをあきらめないで、粘り強くやったことに尽きます。町のイベントに、10人ぐらいで模造紙を持っていって「GRAはこういった活動をやっている団体です」と言い続けるわけです。そこで反応がなくても、「もういいよ」と途中でやめちゃうとダメです。

田久保:実は一時期はかなりしんどかったと以前グロービスのクローズドな集まりでおっしゃっていました。ですが、つらい時期でも負けずに強くて明るい岩佐さんを見せ続けてきた。これはリーダーとして重要な資質です。

岩佐:そこは難しいところです。人は楽しそうな人や楽しそうな場所に集まってきますから、ブランドビジネスオーナーである私の在り様として、明るいことはとても重要です。ただ、グロービスのように起業家を育てる場所で話すときに、「この人は特別だから」と思われたら、再現性がない。なので、こういう機会では自分の弱いところもさらけ出すようにしています。実際、東北で頑張った起業家は、みんな白鳥タイプだと思います。見た目はニコニコしていても、足は一生懸命にバタついている。後に続く起業家たちには、それを知っておいてもらうのも大事なことかもしれません。

岩佐 大輝

株式会社GRA 代表取締役CEO/グロービス経営大学院経営研究科経営専攻(MBA)修了

1977年、宮城県山元町生まれ。日本およびインドで6つの法人のトップを務める経営者。大学在学中の2002年にITコンサルティングを主業とする株式会社ズノウを設立。2011年の東日本大震災後に、特定非営利活動法人GRAおよび農業生産法人GRAを設立し、先端施設園芸を軸とした「東北の再創造」をライフワークとするようになる。故郷のイチゴ農業に構造変革を起こすべく、ICT技術を用いた大規模先端施設園芸に取り組み、大手百貨店でひと粒1000円で売れる「ミガキイチゴ」を生み出す。2012年、グロービス経営大学院でMBAを取得。同年、インドのマハラシュトラ州に進出しイチゴの生産をスタート。2013年春に初収穫。2014年「ジャパンベンチャーアワード」(経済産業省主催)で「東日本大震災復興賞」を受賞する。同年3月、初の書籍『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』をダイヤモンド社から発行。

田久保 善彦

グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長

慶應義塾大学理工学部卒業、同大学院理工学研究科修了。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所にて、エネルギー産業、中央省庁(経済産業省、文部科学省他)、自治体などを中心に調査、研究、コンサルティング業務に従事。現在グロービス経営大学院及びグロービス・マネジメント・スクールにて企画・運営業務・研究等を行なう傍ら、グロービス経営大学院及び企業研修におけるリーダーシップ開発系・思考科目の教鞭を執る。経済同友会幹事、経済同友会教育問題委員会副委員長(2012年)、経済同友会教育改革委員会副委員長(2013年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問、NPO法人の理事等も務める。

著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『27歳からのMBA グロービス流ビジネス基礎力10』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(東洋経済新報社)、『日本型「無私」の経営力』(光文社)、『21世紀日本のデザイン』(日本経済新聞社)、『MBAクリティカル・シンキングコミュニケーション編』、『日本の営業2010』『全予測環境&ビジネス』(以上ダイヤモンド社)、『東北発10人の新リーダー 復興にかける志』(河北新報出版センター)、訳書に「信念に生きる~ネルソン・マンデラの行動哲学」(英治出版)等がある。