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投稿日:2021年03月04日
投稿日:2021年03月04日
DX大変革でリーダーに求められる新要件~コインチェックの不祥事から
- 鎌原 光明
- グロービス経営大学院 スチューデント・オフィス/研究員
“ハードな”業界に起こるDX
新型コロナウイルス感染症によって、今もなお不安定な情勢が続いているが、このコロナ禍によってDXを大きく進めた企業も多い。人の行動様式が変わったことで、新しいビジネスもそこかしこで生まれている。
これまで興ってきた新しいビジネスは、SNSや広告、商流や娯楽コンテンツ、あるいはHR-Tech(組織の人材活用領域でテクノロジーにより進化すること)といった分野が主だった。これに対して近年、自動車業界におけるAuto-Techや金融のFin-Tech、最近では医療業界でのMed-Techなど、生活の基盤となる業界でもテクノロジーの大変革が起こっている。これらの業界の特徴は、不祥事やトラブルが人命や財産に直結してしまい、それ故に法規制も、利用する人々の目も厳しい業界(これらの業界を、ここではハードな業界と呼ぶことにする)という点だ。
今回は、過去、同じ業界でテクノロジーの進化によって大きく成長しながらも、最終的には社会問題にまで発展する事件を起こしてしまったコインチェックとテックビューロ2社の当時の行動とその後を比較することで、これからのリーダーが新しく身につけるべき要件を提示したい。
仮想通貨流出事件への2社の対応
遡ること4年前の2017年。当時、ブロックチェーン技術が大きく注目され、その技術を利用した仮想通貨(暗号資産)が一般にも広く認知されるようになった。今ではきちんと法整備もされ、安全に取引運営がされているが、当時はまだ法規制も十分には進んでいなかった。しかしながら、仮想通貨取引のユーザーインターフェイスが為替取引のそれによく似ていたことから、資産形成の一つの手段かのように捉える一般消費者も多数存在し、その価格高騰の勢いからまるでバブルの様相を呈した。そんな仮想通貨取引の認知拡大に大きく貢献したのが、コインチェック株式会社(以下、コインチェック)とテックビューロ株式会社(以下、テックビューロ)の2社だ。
両社とも、仮想通貨取引所の運営を事業とし、創業者はいずれも金融業界ではなく、IT系出身の起業家。当時新しいテクノロジーであるブロックチェーンをコアに、ITベンチャーならではの素早い意思決定とアジャイル開発(まずは不完全でもサービスをローンチし、エラーデータや顧客フィードバックを収集しながら高速で改善を進めていく手法)でサービスを作り上げた。
その結果、直感的なインターフェイスによる取引のしやすさ、仮想通貨取引の元々の注目も相まって、この時期参入した多くの同業者の中でもこの2社は目立った成長を遂げ、その成長が仮想通貨取引を一種のブームにまで押し上げる一翼を担ったと言っても過言ではない。
そんな中、翌年の2018年、(時期に多少のずれはあるものの)両社がそれぞれ引き起こしてしまった事件が「仮想通貨流出事件」である。外部からのクラッキングにより、テックビューロから約70億円相当、コインチェックからは約580億円相当もの顧客所有の仮想通貨が不正に引き出されてしまったのだ。
この事件は、発覚当時、連日ニュースに取り沙汰されるなど大きな問題となったが、事件後、コインチェックは、即座に代表取締役自ら記者会見で原因の説明と補償内容を発表。その後、第三者の監査が入る体制を整えた。一方、テックビューロは記者会見を実施せず、その後のセキュリティ体制も第三者の監査が入らない体制から変更しないまま、事業譲渡と廃業を決めた。
サービス提供側とユーザー側の認識の差
その後、被害総額の大小を問わず、両社に対してユーザーそして社会が当然のように期待した対応は、証券会社や銀行など金融会社に求めるような安全対策と補償であった。ユーザーの認識では、仮想通貨とは一種の金融資産であり、顧客の資産管理システムは当然、金融機関のそれと同レベルの堅牢さで保護されており、安全性は担保されているはずだと期待していた。そして、もしそれが破られた場合には、なんらかの補償がなされるはずであると捉えていたのである。
しかし、当時、仮想通貨取引に対して、証券会社や銀行などを監督する金融庁が行政所管と定まったばかりだった。各社の資産管理システムは安全性において不完全な仕組みとなっており、まさにアジャイル型で改善しながら徐々に安全性が高まる体制になっていたのだ。
これは当時の記者会見で、コインチェックCEO自ら「(安全対策を行うには)技術的な難しさと、それを行うことのできる人材が不足」「開発について着手はしていたが、今回の事象までには間に合わなかった」と発言していることからも見て取れる。
この「ITベンチャーとして金融サービスに似たサービスを提供している」と考えていたサービス提供側と、「新しい金融サービスが出てきた」と認識していたユーザーの認識の差にこそ、これからのDX時代におけるリーダーの要件が隠されているように思う。
DX時代だからこそ、既存業界の常識への理解を
Uberが注目された時のタクシー業界しかり、「新しいテクノロジーを取り入れた新サービスによって、旧来のサービスが駆逐されてしまう」という危惧はよく聞かれる。しかし、そのサービスを実際に利用するユーザー側は、それを必ずしも「全く新しいサービス」とは認知しない。むしろ、旧来のサービスの延長線で認識しているのではないか。だからこそ、旧来のサービスの領域がハードな業界であればあるほど、新サービスにも旧来のサービスと同等の対応や保証、補償を期待しているのだ。
つまり、これからのリーダーには「類似した既存業界の常識(≒ユーザーの潜在的な自社への期待値)への理解」が求められるということだ。しかも、その分野がハードであればあるほど、それは顕著なのだろう。
仮想通貨流出事件においても、発覚後、即座に記者会見を開き、金融業界に準ずるような対応を行ったコインチェックは、今もなお、仮想通貨取引業界で経営を続けられている。
もちろん、潜在的な自社への期待を満たすためにも、そしてなにかトラブルが発生した際の説明責任を果たすためにも、テクノロジーへの理解は必須だ。
しかし、それだけでなく、サービス設計の段階から「類似した既存業界の常識への理解」を持ち、それを設計に落とし込むこと。それがこれからのリーダーに求められる要件である。
※このコロナ禍を機に組織変革を進める手法については、ぜひ別記事で紹介している「コーポレート・トランスフォーメーション」(著:冨山和彦)の書評もご覧いただきたい。
鎌原 光明
グロービス経営大学院 スチューデント・オフィス/研究員
創価大学教育学部児童教育学科卒業、グロービス経営大学院経営学修士課程(MBA)修了
幼小中高を擁する学校法人の事務職員として7年間、経理・管財・人事総務・アドミッション業務と幅広い業務に従事したのち、グロービスに入社。現在は経営大学院/マネジメント・スクールのオペレーション、成長戦略立案・実行や組織マネジメントを担う。加えて、経営大学院の志を醸成する領域の研究を担当。