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投稿日:2021年01月01日

投稿日:2021年01月01日

これからの幸せな生き方、耐えるメンタリティから楽しむメンタリティへ

荒木 博行
株式会社学びデザイン 代表取締役社長/株式会社フライヤー アドバイザー兼エバンジェリスト/株式会社ニューズピックス NewsPicksエバンジェリスト/武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所 客員研究員/株式会社絵本ナビ 社外監査役

コロナ禍で働き方や価値観が大きく変化した2020年。不条理に直面した年と言ってもいいかもしれません。迎える2021年を個人として幸福に生きるために、何ができるのでしょうか。株式会社学びデザイン代表取締役社長の荒木博行さんに聞きました。

「未来のために歯を食いしばって頑張るメンタリティ」の終焉

―コロナ禍真っ只中の4月にインタビューをさせていただきました。あれから時間がたち、withコロナの生活が定着してきたように思います。荒木さんの目から見て、2021年を幸せに生きるためにどんなことが大切になってきたと思われますか。

荒木:先日、「#スポーツを止めるな」の運動をしている元ラグビー日本代表の野澤武史さんと、元バレ―ボール日本代表の益子直美さんと対談をしたのですが、学生スポーツの世界は大きく変わってきていることを実感しました。コロナ禍の影響で様々な大会が中止され、高校や大学でスポーツに打ち込んできた選手たちに衝撃を与えています。

これは今まで練習してきた学生にとっては非常に不条理なこと。ただ、残念ながらこういうことはこれからも起きるでしょう。これが何を意味するかというと、「最後の華々しい舞台のために苦しいことを歯を食いしばって頑張る」というメンタリティは終わりを迎えたということです。そうすると、その裏返しとして「やっていることそのものがいま面白いかどうか」という問いの重要性が増すことに繋がります。おそらくもう既に10代・20代は「素直に楽しいことをしよう」と価値観が変化しているのではないでしょうか。

そして、このことはビジネスパーソンも同じです。10年後の管理職昇格や収入を目指して頑張っても、そのポジションや努力に見合うものが用意されているかどうかは、もはや誰もわかりません。その現実に若手を中心に徐々に気付きつつある。

ただミドル世代くらいまでは何だかんだ言っても、右肩成長の中で働いてきたので、「頑張れば最後に報われる」という刷り込みがあり、それが原動力になっている人もいる。この認識ギャップはこれから顕在化していくのだと思います。


―目標を達成するまで頑張っても、目標自体が消えてしまうかもしれない。そういう不条理な時代で、どうしたら「今を楽しみながら働く」ことができるでしょうか。

荒木:環境が不条理に変わってしまうのがゲームのルールなのであれば、こちらも変わる力を身につけなくては楽しむことができません。では変わるためにはどうすべきか。そのために必要なことは、「コップが上向き」であることです。「上向き」というのは知的好奇心がオープンで、外にアンテナが向いている、フットワークが軽いタイプです。その逆で、下向きというのは新たな知見には関心が向いておらず、既存のものばかりに目が向いているということです。

コップが上を向いていると、外から水が入ってきますよね。ここでいう「水」とは、他者からの「情報」のこと。つまり、新たな変化に関する情報や、それにまつわるお誘いが来やすいということです。今後、仕事が流動化していくなかで、周りから「声をかけたい」と思われるかどうかはビジネスパーソンにとって非常に重要になります。

コロナの影響で既存事業が立ち行かなくなり、今、新規事業があちこちで立ち上がっています。ですが、どこも人手不足。かといって、雇用するにはお互いにハードルが高い。そこで、多くの会社は「社外からのヘルプ」を求めています。「この新規事業を誰に助けてもらおうか」と考えたときに、名前をパッと浮かべてもらえる人は、これからも仕事に困ることはないでしょう。かつてはキャリアチェンジに向けた行動といえば、転職エージェントに登録ということがファーストステップだったかもしれません。もちろんそれも引き続き大事ですが、副業などが当たり前になってくる時代においては、もっと日常的に起こる些細な情報交換が重要になってくるはずです。

そのためには、スキルセットよりも、興味関心が外に向いていること。そしてその関心事が明確に表明されていることが大事です。つまり、「この人は〇〇に関心がある」ということを覚えてもらうことです。ただ、社外との接点がなければ、パッと思い浮かぶショートリストに載らないままです。社内に閉じこもらずに、面白そうなイベントに参加したり、それこそグロービスに来て「あの人○○の領域では深い問題意識を持っていたな」と思われるなど、何か印象を残していく。そういう積み重ねで仕事が生まれる時代なのだと思います。


―スキルセットが評価されなくなるということでしょうか。

荒木:いや、そういうわけではありません。仕事の定義が明確でしたら、その仕事に即したスキルセットがあることが何よりも重要ですよね。でも昨今の仕事ってものすごい短期間で変化しています。そうすると、正直その人が持っているスキルの賞味期限が判断できないんです。それよりも、そのスキルを形成しているマインドセットに対して着目が集まるようになるんだと思います。つまり、「こういう世の中を実現するために、変化を楽しんで柔軟に対応してくれるか」という姿勢が重要になってくるんでしょうね。

仕事の幅を広げる「越境力」

―その他に、今の時代ならではの変化はありますか?

荒木:働き方、という観点で言えば、1社に100%コミットするワークスタイルも変わっていくでしょうね。変化が前提になっていけば、会社も機動性高くプロジェクト単位で動くようになってくると思いますし、そうなれば会社にコミットするのではなく、プロジェクトにコミットするという形になっていくでしょう。私も自分の会社で仕事をしながら、フライヤー、NewsPicks、武蔵野大学、絵本ナビ、そしてグロービスと本当に様々なところで仕事をしています。ここまでのことはまだレアケースなのかもしれませんが、契約形態の多様化は徐々に当たり前になっていくのではないでしょうか。そして、このようなキャリア形成の際に、問われるのが「越境力」です。

「越境力」とは、自分の専門領域を超えて仕事をしていく力なのですが、そのためには抽象化能力が必要だと思っています。普通は越境って言われても、なかなかいきなり専門領域と違う仕事にはチャレンジしにくいですよね。そんな時に抽象化能力があると、越境のストーリーが描きやすくなるんです。例えば、採用実務をやっている人がいるとしましょう。その人の専門領域は「採用」と定義することもできますが、ちょっと抽象度を高めると「長期的視野での投資判断業務」という見方もできますね。採用というのは会社からしてみたらポテンシャルのあるリソースへの投資でもありますから。もしそう定義すると、一気に仕事の範囲は広がってくる。つまり、越境のストーリーが作りやすくなるんです。

人は、具体から具体へ移動するのは苦手です。できたとしても、A社の採用担当からB社の採用担当など非常に近い距離でないと越境できません。ですが、自分の仕事を抽象化して捉え、他の仕事との共通点が見つかるとジャンプできるんです。

これはスタートアップでいうピボットのようなものです。ピボットは元々はバスケ用語で、片足を固定していれば、いくらでも動いていいというルールです。ビジネスパーソンも同じです。軸足が決まっていれば、いくらでも動いていい。


―では、ビジネスパーソンがまずすべきことは自分の軸足を抽象レイヤーで決めるということですね。

荒木:そうです。だから、「あなたの仕事の本質は何ですか」という問いの答えを考えることです。

例えば、その答えとして、「システムの法人向け新規営業をする」ということだとすると、これはまだ具体的すぎるんですよね。建物に例えるなら1階部分。でも、その仕事の目的は何か?を考えると、徐々に抽象度を高めることができる。例えば「顧客の仕事の効率化」ということに至ったのであれば、2階くらいまでの抽象度ですね。さらにそれは何のために、と考えていくことでどんどん抽象度のレイヤーを高めていくことができます。そうすると、一体自分は何を目的に仕事をしているのか、何のために生きているのかといった自分の価値観に行きつきます。

問題は、1階にいる意識しかない人には、1階の仕事しかオファーがこないということ。キャリアの選択肢が狭くなるということです。でも、抽象度を上げ、その目的を信じることができれば、オプションはいくらでも広がっていくのです。

「内省」をルーティン化する

―自分で信じられる目的を持てる人は幸せだと思うのですが、そこに到達するのは難しそうです。

荒木:難しいと思います。これまであまり「意味を問う」ことは大切にされてきませんでしたから。むしろキャリアパスは、会社から与えられるものでしたよね。最初に人事に配属され、次に支店の経理など、具体レイヤーを移動すればよかった。ですが今後は、最初は与えられたとしても、そこから自分の仕事の本質を抽象化して、仕事のストライクゾーンを広げていくことが求められる、ということでしょうね。


―与えられることに慣れていると、自ら選択することが難しくなります。そういう場合は、何から始めたらいいでしょうか。

荒木:好きなことを選べばいいのですが、「自分が好きなことがわからない」という人も多いですよね。自分の「好き」に気づくには、1週間、自分から他者にプロアクティブに働きかけてみて、どの「ありがとう」を一番嬉しいと感じたか。PDCAを回してみるといいのではないでしょうか。

上から降ってきた仕事を一生懸命受け身でこなしていても、「ありがとう」とはなかなか言われないんです。儀礼的には言われるかもしれませんが。心からの「ありがとう」は、予想外の付加価値に対して言うことが多いのです。そして、人から言われる心からの「ありがとう」は、人にすごい力を与えます。

「ありがとう」と言われることは、とても些細なことかもしれません。しかし、その小さな「ありがとう」が人生を変えることもある。ナチュラルに大きな絵を描ける人はいいのですが、そうではない人は焦らずに地道に感謝をもらいながら、結果的に自分の人生の輪郭が見えてくる、くらいの感覚でもいいのだと思います。


―達成した時だけ喜ぶのではなく、日々幸せを感じるメンタリティで生きるのが2021年になりそうですね。

荒木:そうですね。いきなり大きく狙うのでなく、日々を充実させること。そのために大事なのは、日々を無駄にしないという意識かもしれません。そのためには、しっかり内省することです。

「今週何が嬉しかったのか」「結局、今週の仕事は何をしたと言えるのか」「こういう観点で人を幸せにしたのか」などをメモをしてみる。そうすると自分にとっての物事の意味づけもシャープになりますし、自分に適した言葉もパッと出てくるようになります。ちょっとしたことでいいので、考える時間を毎日のルーティンに入れることが大事です。

この2年間、私は毎日Voicyで30分、本の紹介をしています。単に本の紹介をしているのではなく、その本が自分の行動にどう関わっているのか、今後にどう役立つのかなど自分に引き寄せて話しています。自然と内省をしているわけですが、その恩恵は多大です。考える総量の閾値を超えると、見える世界がガラッと変わる、という手応えがあります。

コップを上向きにしながら、日々小さなサイクルの実験と振り返りを繰り返していく。言葉にしてしまうと大したことはないのですが、そんな毎日を送っていれば、それだけで日々が楽しくなると思いますよ。

荒木 博行

株式会社学びデザイン 代表取締役社長/株式会社フライヤー アドバイザー兼エバンジェリスト/株式会社ニューズピックス NewsPicksエバンジェリスト/武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所 客員研究員/株式会社絵本ナビ 社外監査役

慶應義塾大学法学部卒業、スイスIMD BOTコース修了
グロービス経営大学院にてクリティカル・シンキングや経営戦略といった領域を教える。著書に『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑』『ストーリーで学ぶ戦略思考入門』『新版MBA経営戦略』など。
株式会社フライヤー社外アドバイザー。Voicyにて『荒木博行のbook cafe』というチャンネルを持ち、毎朝書籍の内容を紹介する。