グロービス・ライブラリー

  • マーケティング
  • テクノロジー

2020年11月16日

2020年11月16日

GoTo不正防止とヴァン・ヘイレンのチョコレートエピソードに見る行動経済学

嶋田 毅
グロービス電子出版発行人 兼 編集長、出版局 編集長

クーポン取り逃げが相次いだGoTo事業

コロナ禍の下、特にダメージが大きかった旅行関係者や飲食業を助けようと、「GoTo」の制度がスタートしました。しかし、早々にいくつかの不正が発覚しています。


たとえばGoToトラベルについては、2020年10月1日より宿泊費割引だけではなく、地域共通クーポン(旅行代金の15%相当)の発行が始まりました。このクーポンには電子版もあるのですが、チェックイン当日のある時間以降にスマートフォンで予約番号を入力すれば発行される仕組みになっています。


地域共通クーポン:総額の35%が旅行代金割引されるのに追加して、総額の15%を、旅行先の都道府県及び隣接都道府県において旅行期間中だけ使用できるクーポンとして付与(日帰りの場合%が異なります)。


昨今問題となっているのは、旅館やホテルに予約を入れ、電子クーポンだけ受け取って実際には現地に来ず、キャンセル料も支払わないというケースです。特に大手旅行代理店が運営しているあるサイトでは、会員登録もクレジットカード情報も要らないということもあって、「クーポンの取り逃げ」が相次いだといいます。ほとんどは偽名かつ「捨てアド」を使っていたとされます。ホテル・旅館はキャンセル料を取れないばかりか、せっかく用意した料理なども無駄になってしまい、まさに泣きっ面に蜂です。現在、当局としても対応に乗り出しているようですが、これからもこうした不正が起こることは容易に想像され、「いたちごっこ」が続くことが予想されます。


「GoTo」に限らず、あらゆる制度は、その裏側をかこうという人間が一定比率現われるものです。可能ならば、それを事前に予想して「穴」を塞いでおくことが望ましいのですが、実際には容易ではありません。そこで費用対効果高くそうした不正を減らす方法が求められるのです。

費用対効果高く制度の不正利用を防ぐには?

ここで話を変えましょう。去る10月6日、80年代を代表するバンドだったヴァン・ヘイレンのリーダーで、史上指折りのギタリストでもあったエディ・ヴァン・ヘイレン氏が亡くなりました。加藤勝信官房長官がファンだったということでお悔やみの言葉を寄せたということでもニュースになりました。


さて、その訃報を報じるメディアの中には、ヴァン・ヘイレンの有名なチョコレートエピソードを紹介するものもありました。これは、コンサートのプロモーターに対して、控室のおやつについて指示するもので、「M&M’S(アメリカで有名な菓子ブランド)のチョコを用意すること。ただし絶対に茶色のものがあってはならない(茶色のチョコは抜かなければならない)」というものでした。そして茶色のチョコが混じっていると、控室をめちゃくちゃに破壊したと言われています。これだけ聞くと人気バンドのわがままのように思えますが、その意図は何だったのでしょうか?(このエピソードの詳細は、『0ベース思考』(スティーヴン・レヴィット他著)をご覧ください)。


それは、(不正とまでは言えませんが)プロモーターが分厚い契約書を読まないという、好ましくない事態を避けるためのものでした。ヴァン・ヘイレンのコンサートは派手で大型の舞台装置なども使う都合上、プロモーターがしっかり契約書を読んで準備をしてくれないと、メンバーや関係者が大けがをしたりするリスクがあったのです。


では、どうすれば手っ取り早くプロモーターが分厚い契約書を読んだことを確認できるでしょうか? それがM&M’Sのチョコでした。メンバーは控室に着くとすぐに置いてあるチョコを確認し、茶色のものが混じっていたら「プロモーターが契約書をしっかり読んでいない」と判断し、暴れまわって部屋を破壊したのです。なお、エディ・ヴァン・ヘイレン氏の名誉のために補足しておくと、このアイデアの発案者かつ最も嬉々として部屋を破壊したのは同僚のヴォーカリスト、デビッド・リー・ロスだったそうです。


こうした人間の行動を経済学的な視点から考えるのが行動経済学です。行動経済学はさまざまな領域を扱いますが、費用対効果高く、好ましくない事態を避ける方法論もそこに含まれます。事実、その知見を活用して不正を発見したり、防止したりした例は少なくありません(ご興味のある方は、『ヤバい経済学』『超ヤバい経済学』(スティーヴン・レヴィット他著)などをご覧ください)。先のM&M’Sのチョコはベストの手法ではないかもしれませんが、行動経済学的に見ても非常に面白いものと言えるでしょう。


さて、話をGoTo不正に戻しましょう。どうすれば不届きな行為を「費用対効果高く」なくすことができるでしょうか? 1つの方法は厳罰化や、見せしめ検挙(による社会的制裁)などです。つまり、「不正が罰に対して割に合わない」という状態を作れば、不正は減るわけです。たとえばかつては飲酒運転をする人は少なからずいましたが、罰則が厳しくなってからは激減しました。


ただ、GoTo不正レベルで法律を変えるのもやや過剰反応かもしれません。よりスマートな方法で不届きものを減らせないか、ぜひ皆さんも考えてみてください。

嶋田 毅

グロービス電子出版発行人 兼 編集長、出版局 編集長

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。


グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。