GLOBIS Articles

  • 組織行動
  • グローバル
  • あすか会議
  • 新型コロナ

投稿日:2020年07月31日

投稿日:2020年07月31日

日本の伝統芸能や祭りが与えた日本発の経営理論・サービスへの影響

中村 知哉
グロービス経営大学院 経営研究科研究科長 MBAプログラム(英語)

本記事は、2020年7月4日に行われたグロービス経営大学院 あさって会議 ナイトセッションでの筆者の発表を基にしています。

日本のサービスや経営に宿る“目に見えない意思”

蕎麦職人の打つ蕎麦に“魂”が宿り、宿の女将の客人への“おもてなし”が好評を博す――これが日本のサービス業のイメージだろう。

日本発の経営理論「知識創造企業」(野中郁次郎・竹内宏高、ともに一橋大学名誉教授)においても、知識労働者の身体や経験からもたらされた“暗黙知”に光が当たり、職場の同僚とのやり取りを通じて、これが形式知化され、組織に展開されることを重視している。

長寿企業(日本型サスティナブル企業、300年以上の歴史があって年商50億円以上の企業。弊学研究科長田久保善彦ら)の研究*1では、経営理念の世代を越えての伝承、地域コミュニティとの共存やお祭への積極的な貢献などが取り上げられる。これらの目に見えない意思を日本はどうして大事にしてきたかを、ここでは、日本の伝統芸能から考えてみたい。

祭りや伝統芸能を通じて神と繋がってきた日本

まず、日本の伝統芸能の発祥は、多くは神社の祭祀からである。雅楽、舞に始まり、相撲までも、神事として行われていた。

日本には、「祇園祭り」、「お盆祭り(ご先祖崇拝)」、「新嘗祭」などの祭りが四季を通じて行わる。どうして日本人はこれだけ祭りに熱狂、熱中するのであろうか。「祭」という漢字は会意文字(かいいもじ・既成の文字を組み合わせてできた文字)で、「神様への供物」を表す「月」、「人の右手」を表す「又」と神社・祭壇を表す「示」から成り、文字通り、神社・祭壇にて、神様へ人が供物を奉るという意味である。

祭が脈々と息づいて来ているのは、地域の住民が力を合わせてお祭りを企画・運営していく人々の一体感にあることは間違いない。だが、それだけではない。それ以上に、祝詞とお供え、お神酒、神楽を通じて、神様とご一緒させていただくことで魂や心が洗われる(震わせられる)からだと考える。

日本の伝統芸能の稽古には、「守破離」の概念がある。稽古を始めると、最初は型(「守」)を守るよう教えられる。合気道でいうと、左手と右手の動かし方、左足と右足の位置や送り方をまずは学ぶ。次に師範からは、心の有り様(「破」)を聞かれる。稽古相手を投げる時に、心はどこにあり、何を考えているかと。最後に、師範からは、数百年前(合気道発祥時)の技の原型を聞かれ、その変化の意味を問われる(「離」)。

この稽古は人間観を豊かにしていくプロセスである。当初は物理的存在として、稽古相手を認識し、左手や右足を用いて、相手を投げたり、固めたりする(「守」)。次に、投げる時に心の有り様を考えることを通じて、人の中の精神的存在を認識する(「破」)。最後に、過去や未来での技と人の有り方を考え、先人の智恵を受け継ぐことで、先人という霊的存在に想いを馳せる(「離」)。

日本はこのように、祭りや伝統芸能を通じて、神様や祖先と繋がってきた。ゆえに、魂や心、身体知が重視され、蕎麦職人の蕎麦魂や、旅館の女将のおもてなしの心がサービス業に息づいている。また、その視点が日本発の経営理論(知識創造企業、日本型サスティナブル企業)でのユニークな奥深さに繋がってきたと考えている。

世界と通じ合う日本へ

この日本のユニークさが、今日のGAFAに代表されるデジタルシフトの世界的変化に通用しているのかとの問いはもっともなものであり、日本の国、産業、社会として対処しなければならないことは言うまでもない。

一方で、現在のこの時代の面白さは、日本の伝統芸能が言う所の「守破離」における心や精神の有り様を表す枠組みが西洋の経営理論から提示されてきたことである。

C.オット・シャーマー(MIT教授)が掲げる「U理論」では、社会変革の成否は、この社会変革を引っ張るリーダーの内面の状態に依拠するという。具体的には、DownloadingとSeeing(「守」)、Sensing(「破」)、Presencing(「離」)、Crystallizing、Prototyping、Performingという7つの段階のどこに、リーダーの内面があるかによって社会変革の成否(機が熟しているか、追い風は吹くのか)が予想されるというのである。

筆者はグロービス経営大学院 英語MBAの研究科長として、西洋の経営理論等を用いて日本発の豊かな人間観に基づく経営理論やサービスを世界に向けて客観的に説明し、日本社会・日本企業の発展とグローバル化に寄与していきたいと考えている。また、ソーシャル・ディスタンスが求められるポストコロナ下で、人が心と魂を震わせることに焦点を当て、元氣づけていきたいと思います。


*1 創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』、グロービス経営大学院著、東洋経済新報社

参考①: Japanese Art & Management with GLOBIS Dean Tomoya Nakamura|GLOBIS Insights
参考②:Japanese Gods, Art, and Management: How Ancient Practices Influence Business Today|GLOBIS Insights

中村 知哉

グロービス経営大学院 経営研究科研究科長 MBAプログラム(英語)

一橋大学社会学部卒業。米国ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。同校在学中にGeneral Management UnitのResearch Associateとして東洋哲学のケースを2部執筆。これらケースは現在もハーバード大学経営大学院のMBA Programで使用される。丸紅株式会社入社、アドバンテッジパートナーズの投資関連業務で倒産会社富士機工電子の再建などに携わる。JASDAQ公開の株式会社サン・ライフでは、専務取締役としてアルバイト・パートを含む250名強へのストック・オプション・プログラムの実施など先進的な取り組みを行う。現在は、グロービス経営大学院英語MBAプログラムの責任者として、顧客企業にて数多くのグローバル研修を手掛けると共に、グロービス経営大学院にて日本・アジア企業のグローバル化戦略、企業家リーダーシップなどの教鞭を執る。GLOBIS.JPに、コラム『氣と経営』を連載している。