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投稿日:2020年06月22日

投稿日:2020年06月22日

孤独のメリット―孤独で脳が活性化する

茂木 健一郎
脳科学者

多くの人が自宅で一人で過ごすことになったコロナ禍の緊急事態宣言。これを受け3月に『孤独になると結果が出せる』( 廣済堂出版)を上梓した茂木健一郎氏に孤独の効果を聞いた。(本記事は、2020年5月1日に公開したインタビュー動画を未公開部分も含めて書き起こし編集したものです)

「創造的休暇」中に新しいクリエイティブがうまれる

脳にとって孤独はどのようなメリットがあるのでしょうか?

茂木:脳科学には「創造的休暇」(クリエイティブバケーション)という言葉があります。1番有名なのはアイザック・ニュートンが、ペストが流行り、ロンドンを離れて田舎にこもって万有引力の法則の発見をしたこと。この年は、「奇跡の年」といわれ、微積分学も発見したといわれています。

同じようなことは、哲学者のルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインにもありました。ウィトゲンシュタインは、「20世紀最大の天才の1人」といわれていますが、生前に出した唯一の著作『論理哲学論考』はノルウェーの山小屋に2~3年こもって書いたものです。

それから、作曲家のグスタフ・マーラー。20世紀の初頭ウィーンで活躍したマーラーは普段はウィーンフィルやウィーン国立歌劇場で指揮をして非常に忙しい。でも、作曲というクリエイティブな仕事をするときには、あえて湖畔につくった小屋に一人でこもった。

ですから、今のビジネスパーソンも普段は、それこそグローバルに情報のやりとりをして多くの人と交わり、多くの情報を脳の側頭連合野に蓄積しています。それはそれでとても大事ですが、このような状況(コロナによる外出自粛)では、それらの情報を熟成させるいい機会です。じっくり自分の足元の問題意識を掘り下げ、ジョブズのいうところの「ドットとドット」を結んで新しいクリエイティビティに結び付ける。そういうことが可能になります。

ToDoリストは外からくるのではない

孤独を楽しむ方法はありますか。

茂木:孤独を楽しむ方法は脳の前頭葉を目いっぱい使っていただき、情報を整理して、計画を立てていただくこと。僕の周りの人と話していると、仕事ができる人ほど、コロナの外出自粛期間中も「充実していますよ」「楽しんでいますよ」という方が多い。共通しているのは、自律的に1日の計画をつくることができる人だということ。

普段は毎晩のように会合があって昼間もミーティングがびっしりある。そこがパーンと空白になったときに、自分でToDoリストがつくれる人と、つくれない人に分かれます。これまでは外からToDoリストが来て、それをこなしていればよかったんですけど、これからは自律的にToDoリストをつくらないといけない。

ちょっとコンビニに行って少し気分転換するとか、そういうブレイクの入れ方も自分でやっていく。さらにワークエンバイロメントっていうんですかね。自宅で仕事をする環境を整える。これは、これからの家の設計の哲学にも通じるような、ものすごく大事な転換点になると思いますが、いかに自宅を自分の仕事がしやすいように整えるかということも大事な観点です。

ですから、孤独を楽しむカギになるのは、自分のやるべきこと、スケジューリングの管理と、仕事をする環境――空間の環境もそうだし、時間的なスケジュールの環境もそうですし、これらを自らつくり出すことができるかどうかということになります。

脳は新しい環境に必ず慣れる

新型コロナにより環境が変化しています。脳はどのように環境変化に適応していくのでしょうか。

茂木:海外の論調を見ていても、これからは「ニューノーマル」、新しい日常が始まるといわれています。

テレワークが一般的になり、食事の宅配サービスの需要が伸びるなど、すでにライフスタイルが変わってきています。学校や教育産業のあり方も、今までのようにクラスルームで一斉授業というものから、遠隔授業、アクティブラーニングのような新しいイノベーションの種が日本の中でも芽生えようとしています。

「加速主義」という考え方では、そのシステムが行き着くところまで行き着いたら、次のシステムが生まれると考えます。コロナ禍は、いい意味での加速主義とも捉えられます。日本で起こるべきだった変化が加速して一気に起こったわけです。

人間の脳の研究データを見ていると面白いことに脳はあっという間に状況に慣れてしまうことがわかっています。刺激に対して最初の反応を“これぐらい”とすると、2回目、3回目とだんだん慣れて、逆にそれが日常になっていく。ですから、読者の方には「この新しい世界に私の脳は慣れるんだ」という根拠のない自信を、ぜひ持っていただきたいですね。

そして、14世紀のヨーロッパでペストの大流行があった直後にフィレンツェでルネッサンスが始まったように、パンデミックのあとにはルネッサンスという、大変大きな文化のイノベーションが起きる。

誰も予想できないようなブラック・スワンイベントが起こると、今までの常識にとらわれなくなり、本質的なことを考えるようになります。「そもそも生きるって何なんだろう?」「ビジネスにとって大事なことは何だろう?」「本当に社会の中で育んでいくべき価値は何だろう?」など。これは人間の脳にとっては成長の機会となります。

ですから、自分がコントロールできることはベストを尽くして、コントロールできないことについては必要以上にやきもきしないというこの仕分け作業をすることが大事です。この状況下で自分がコントロールできることにベストを尽くすことができれば、必ず僕はこのあとに日本のルネッサンス、世界のルネッサンスが来るだろうと思っています。

自分の人生、周りの人、会社、組織において、本質的な価値を改めて見直すことで皆さんの人生やビジネスにおけるルネッサンスが来るんじゃないかなと、このように思っています。未来は明るい。このトンネルを抜けた未来は明るいと信じて頑張りましょう!

【特集】withコロナの時代「ピンチをチャンスに脳を成長させる方法」〜茂木健一郎氏(脳科学者)

茂木 健一郎

脳科学者

ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学大学院特任教授。1962年10月20日東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。主な著書に『脳とクオリア』(日経サイエンス社)、『生きて死ぬ私』(徳間書店)、『心を生みだす脳のシステム』(NHK出版)、『意識とはなにか–<私>を生成する脳』(ちくま新書)、『脳内現象』(NHK出版)、『脳と仮想』(新潮社)、『脳と創造性』(PHP研究所)、『スルメを見てイカがわかるか!』(角川書店、養老孟司氏との共著)、『脳の中の小さな神々』(柏書房、歌田明宏氏との共著)、『「脳」整理法』(ちくま新書)、『クオリア降臨』(文藝春秋)、『脳の中の人生』(中央公論新社)、『The Future of Learning』(共著)、『UnderstandingRepresentation』(共著)、『すべては音楽から生まれる』などがある。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。2005年、『脳と仮想』で、第四回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。