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投稿日:2020年06月11日

投稿日:2020年06月11日

リスクテイク型思考のすゝめ vol.1 できるビジネスパーソンは積極的にリスクテイクする 

星野 優
グロービス経営大学院 教員

リスクを避けられない時代にリスクを味方につける

“COVID-19”―新型コロナウィルスの報道では“リスク”という言葉がよく聞かれた。「院内感染のリスクが指摘されている」「感染リスクを下げるためには、こまめな手洗いが有効」という具合だ。

この様に我々の身の回りでは“リスク”という言葉が頻繁に使われるが、果たしてあなたは“リスク”という概念を正しく理解しているだろうか?リスクとは「よろしくないもの」「遠ざけるべきもの」あるいは、漠然と「危険」と考えてはいないだろうか?

実は「リスクは危険である」と避けるのではなく、積極的に取り入れることができる(リスクテイクできる)ビジネスパーソンになると、よりクリエイティブに仕事ができるようになる。自らビジネスプランを考え、社内外の関係者に提案することも可能だろう。また、企業目線で見ても、リスクテイクによる事業投資案件は一般的に利益率が高く企業価値に貢献する。つまり、“リスクテイク型思考”はあなた個人にとっても企業にとっても良いのである。

本連載では、そうしたできるビジネスパーソンになるために、リスクとは何か、リスクテイクのメリットや必要な知識、それを周囲に伝えるためのスキル(“刺さる”稟議書の書き方など)を解説していく。

COVID-19で多くの人が実感したように、今後も様々な“予期せぬ出来事やリスク”が発生するだろう。これからの時代は、リスクを避けては通れない。であれば、これを機にリスクと積極的に向き合い、ビジネスパーソンとしての強みに変えたほうがいいだろう。これまでの仕事の進め方が大きく変わるだけでなく、どこに行っても必要とされる優秀な人材になれるはずである。

リスクの低いビジネスと高いビジネスの違い

原材料を仕入れ、必要に応じて加工し、在庫量を管理しながら完成品を顧客に提供し、品代を回収する“売買型”のビジネスモデルは商売の基本である。

例えば、住友商事が日本製鉄から自動車用の鋼板をトンあたり10,000円で購入し、トヨタ自動車に10,100円で納入する取引はこの典型だろう。「誰からいくらで購入し、誰に対していくらで販売するのかが明確」という意味では、ほぼリスクは皆無と言えよう。加えて、この商材の売り手も買い手も日本はおろか世界を代表する企業であり、安心して取引を行う事ができる。

こうしたリスクが極めて低い取引は事業予測を立てやすく企業利益の獲得に貢献する。一方、この取引量がいくら増加しても利ザヤは1%のままであり、利益率の向上は見込めない。この1%の利益から、商社マンの高い給料、通信費、オフィスビルの賃貸料、銀行に対する支払い利息などを支払うと、最終的な利益は少額になってしまう。換言すれば、ある一定の利益額を確保するには相当量の取引が必要となる“薄利多売”型のビジネスなのである。

この様に、リスクが低い取引では高い利益(或いは、リターン)を望む事が出来ない(ローリスク・ローリターン)。

一方、一定のリスクを伴う取引やビジネスモデルは想定外の損失を出してしまうかも知れないが、大きな利益を生み出すポテンシャルも秘めている(ハイリスク・ハイリターン)。誰に対していくらで販売するのかが決まっていない条件では、仕入れた価格よりも低い値段でしか売れないかもしれない一方で、上手く市場を選び、顧客を特定し、この取引の魅力やメリットを伝えることで、従来以上の高値で販売するチャンスが生まれる可能性もあるためだ。

今でこそSNSという概念は世の中に定着したが、黎明期の1990年代にプラットフォーム型のビジネスを起業するには、巨額のIT投資を行った上で、一定規模のユーザーを集め、情報セキュリティーを確立し、企業スポンサーから広告収入を得るなど、様々な不確定要素が伴ったに違いない。また、競争相手も続々と登場し、せっかく囲い込んだユーザーも他社に取られてしまいかねない。が、GAFAの一角Facebookはこうしたリスクを果敢にもテイクした。因みに、同社の親会社株主に帰属する当期純利益率は34%を達成している(2020年までの5年間平均)。

他方、日本企業はまだまだ薄利多売型を追求する傾向が強いのではないだろうか。これは、リスクテイクした結果、事態が悪い方に転がってしまうことを極度に嫌う日本人のメンタリティー、保守性など様々な理由が考えられるため、一概に良い悪いは言えない。が、結果として、企業経営の総合的な指標であるROE(自己資本利益率)もグローバルな同業他社と比べて大きく見劣りしてしまう。ファンドを含む世界の投資家から見ると日本企業は投資対象として魅力に乏しく映り、大規模な資金調達も難しくなる。グローバル市場に打って出る際の大きな足かせになることが危惧される。

“仕事ができるビジネスパーソン”の質が変わる

ところで、“仕事ができるビジネスパーソン”とはどの様なスキルやマインドを持っているのだろうか?

先ほどの自動車鋼板の取引で言えば、仕事上のミスを減らし、成約に至るまでの業務スピードを上げ、通常の人が月に10件成約するところ16件こなしてしまうような人だろうか。或いは、同僚や先輩とも協働し、常に前向きな姿勢を忘れず、周囲にも明るい雰囲気を放つ人物だろうか。恐らくその両方を持ち合わせた人物だと思う。

但し、この様な人物が、更に、(1)日本製鉄から購入した自動車鋼板をトヨタ自動車以外にも販売する機会がないかを模索する。或いは、(2)商材を売買するというビジネス形態からバリューチェーンを一歩遡り、リスクを取りながらも商材を製造・販売するプロジェクトに参画するビジネスプランを構想する。(3)その“自動車鋼板製造・販売プロジェクト“に必要な投資資金を株主や銀行から獲得する具体的な計画を考え、そのための説得材料を自分の言葉でしっかりと説明する、など。そもそもビジネスのあり方に関して多角的に考えることが出来ると、売り手と買い手を繋ぐ「直線」的なビジネス形態だった従来の取引が、「面的」或いは、「立体的」になってくる。

この様に1%の利ザヤを稼ぐ現在のビジネスを高付加価値な形態に変換できるスキルやマインドを持つことが、“より仕事ができるビジネスパーソン”に飛躍するポイントだ。一般に、売買型のビジネスから一歩踏み出し、プロジェクト・事業型の取り組みを推進する場合、関与する関係者も増え、プロジェクト全体のコストや納期などが当初の予定からずれることが多発する(リスクの発生)。ましてや、海外での事業となれば予定と現実のずれに拍車がかかる。

この様にプロジェクトを推進するには様々なリスクを伴うが、このリスクを一つ一つ分析し、対処し、リスク発生による損害を最小に抑えながら大きな収益を上げるチャンスを追求する姿勢が今後は重要になるのではないだろうか。これぞ、リスクテイク型思考と言えよう。

また、この様な発想ができ、実務経験豊富な人物が一人でも多く社内にいれば、その企業は長期的には収益を改善し、投資家から見ての企業価値を向上させるチャンスが広がる。つまり、個人にとっても事業にとってもWin-Winなのである。

そのためにも、まずは「リスク」とは何か、どの様にリスクを取る(リスクテイクする)べきかを正しく理解することが重要である。

筆者は、現在はグロービス経営大学院で教鞭を執っているが、前職では総合商社の営業マンとして、液化天然ガス(LNG)をはじめとするエネルギー資源開発などリスクを伴う大型事業投資案件に長く携わっていた。成功・失敗も含めてそれなりに経験してきたつもりなので、このコラムでも筆者の実務経験なども織り交ぜながら説明していきたい。

星野 優

グロービス経営大学院 教員

慶應義塾大学法学部卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修士課程修了(MBA)。大手総合商社にて、主に東南アジアの資源開発・輸入案件向けのプロジェクトファイナンス業務に従事。約3年にわたる海外駐在時には、石油化学製品の製造・販売合弁事業会社の非常勤役員に就任、出資・融資・製品引取も絡めた複合取引を実現。株式会社グロービス入社後は、ファイナンス系科目の教材開発等を担当する傍ら、グロービス・マネジメント・スクール及びグロービス・オーガニゼーション・ラーニング(企業研修)にて講師も務める。主著に『[実況]ファイナンス教室』(PHP研究所)。