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投稿日:2020年05月13日

投稿日:2020年05月13日

withコロナ時代の資本市場と投資家のあるべき姿とは?

森生 明
グロービス経営大学院教員

新型コロナウイルス感染が欧州から米国に広がった3月中旬、世界の株式市場は大暴落しました。その後乱高下が続き、5月に入り感染収束の兆しが見えてくると以前の水準に戻ってきました。一方、これから企業倒産が激増して失業者が大幅に増える可能性もあり、「株式市場が底抜け大暴落するのではないか」「1929年の大恐慌以上のショックが全世界を襲うだろう」という見方も根強くあります。この先の株式市場と日本の金融・経済を展望します。

過去2回の暴落からの学び

21世紀に入り資本市場は2度のバブルとその崩壊を経験しました。1つは2000年のIT・ネットバブル、もう1つは2000年代半ばのサブプライム・ローン証券化バブルで、いずれもその後株式市場は大暴落しました。

ファイナンスの世界では、「企業価値はその企業が将来にわたって生み出す収益・キャッシュフローをリスク調整後割引率で割り引いた現在価値」と定義されます。振り返れば、成長の絵姿をどう描くか、リスクをどのようにして分散できるか、について投資家の見方が大きく右から左へと振れたことがバブル生成とその崩壊の原因でした。そしてそれらは、「目に見えない、よくわからないもの」を人々が過大評価したり逆に過度に怯えたりすることに起因していました。

たとえば、インターネットの登場は、巨額の資本投資が不要で爆発的に成長する事業モデルを生み出す一方、「なんちゃってドットコム企業」を多数輩出しました。

また、「デリバティブ」というリスク分散手法の開発は、高利回りの証券化商品を生み出しましたが、その中にリスクがどこにどう隠れているのかわからぬ「毒まんじゅう」が紛れ込んでいることが発覚して、信用崩壊の連鎖が拡大し世界金融危機が起こりました。

これまでと同じこと、違うこと

新型コロナウイルスの出現は、これらを数段タチ悪くしたようなものです。得体の知れない未知のものであるだけでなく、人の命に直接かかわり経済活動を麻痺させる話だけに、社会や市場がまずは過剰気味に反応するのは当然でした。それに対して政府は金融政策を通じて流動性を提供し、資金繰りに苦しむ企業や生活維持が困難になる国民に救済支援を行いました。これらの施策により、今は市場がいったん落ち着きを取り戻しています。

しかし今回のコロナとの戦いは先行きの不透明要因が多く、また感染が収束しても完全に元の世界には戻らないと想定されるので、社会全体に地殻変動的な変化が起こることはほぼ間違いありません。そしてそれは企業や金融機関の投資活動や企業価値評価(株価)に多大な影響を及ぼすでしょう。

これらの社会構造や投資行動の変化は、全くの想定外だった部分もありますが、以下の例に挙げる通りコロナ以前からある程度予見されていた未来で、その到来が劇的に早まっただけだと言える部分もあります。

1.ESG投資の加速

サステナブル(持続可能性ある)な社会作りに企業は貢献すべきで、そのためにE(環境)S(社会)G(企業統治)に配慮している企業を重視・選別して投資する――このESG投資行動は、コロナ発生以前からメインストリームとなりつつありました。米国の主要経営者をメンバーとするビジネス・ラウンドテーブルは、短期利益を追求する株主至上主義を改め、全てのステークホルダーに配慮する経営を志向するという声明を2019年末に出したところでした。

環境負荷の高い事業や、飽くなき消費欲求を刺激して成長を目指すグローバル資本主義経済体制への疑問や批判は、すでにありました。今回のコロナ危機は、人の移動を制限し不要不急の消費(贅沢)を抑制することを通じて、環境保護やリサイクルへの意識を半ば強制的に向上させることとなりました。CO2排出量の減少、空気や水の浄化は、環境保護活動家達も戸惑うほど劇的に進んでいます。

2. IoTやAIの進化、DXの加速

製造・サービス現場へのロボット導入、モノがインターネットに繋がるIoTの世界、ヒトと情報がクラウドサービスを通じて繋がる世界、そこから得られるビッグ・データを用いたAIテクノロジーの進化…。これらは人間が行ってきた仕事を機械やコンピューター・アルゴリズムが代替してゆく世界を生み出すと数年前から言われていました。

また、企業におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)は、コロナ以前から日本の組織がその効率性・生産性を高めるために取り組むべき喫緊の課題となっていました。

そのため、AI活用によるマーケティングや、データベースを元に電話やメール・チャットで行う営業・カスタマーサービスが、接待を伴う商談や足で稼ぐ営業スタイルに取って代わりつつありました。

感染拡大防止のためのリモートワーク推進は、図らずも通勤に時間をかけたり密なオフィスで長々と会議することの非効率性をあぶり出し、書類とハンコ文化に代表される意思決定構造とそれに携わる多数の管理職や事務職の存在意義を問う機会となっています。

DXを実践しフラットな組織で迅速に意思決定し実行できる企業とそうでない企業の業績に大きな差が生まれる時代が来ることは、もはや疑う余地がありません。

コロナ・ショックはリモートワークと接触機会の減少を通じて多くの人が職を失うきっかけを作り、加速するでしょう。他方でAI化やDXになじまない仕事として、「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる、医療・介護従事者、食品・日用品物流の担い手やゴミ収集者、通信・ITインフラを支える仕事等の価値を再評価させる契機にもなりました。また、ストレスフルな自粛生活下においては、スポーツ・音楽・エンタメや文化・芸術に携わるコンテンツクリエイター達の存在価値も再認識されると思われます。

3. 景気刺激策の反動

2012年の第二次安倍政権が打ち出した「アベノミクス」政策により、超金融緩和による円安・株高環境が生まれ、さらに日銀が市場で株を買い支える状況が長く続いていました。「第二の矢」の財政政策により政府支出が増加し、予算規模は100兆円に膨張していました。これらの施策は弱った経済を対処療法で元気付けるドーピング剤のようなもので、長く服用し続けると財政を悪化させ経済の基礎体力を奪います。

安倍政権発足時に1万円程度だった日経平均株価は2万円を超えたものの、これは日本経済が成長軌道に乗ったからではなく、いつまでも続かないだろうという懸念が以前からありました。東京五輪開催に向けて建設業界は賑わい都心の土地価格は高騰していましたが、これが五輪後も持続可能だとは考えられていませんでした。

そこに世界的パンデミックによるインバウンド需要の消滅、イベント中止、ビジネス往来の停止、が襲いかかり、観光産業やホテル・オフィスの不動産業界をはじめ、多くの企業に深刻な打撃を与えています。

元々経済の持続的成長に無理が生じ、デジタル化による産業・組織構造の変換が進行中だった世の中に、全く想定外だった「移動するなかれ、接触するなかれ」という新たな社会規範が加わりました。消費需要のかなりの部分が瞬時に蒸発・消滅し巷に倒産・失業が溢れかねない状況に対応すべく、政府は以下の最新の経済理論の導入に踏み出しています。

ベーシックインカムの導入

ベーシックインカム(基礎的所得給付)とは、全国民に定期的に一定金額の現金を給付する社会保障政策です。生活保護、年金、雇用保険、等の現行制度の複雑さや不公平性を一律簡素化することを通じて、即効性ある不況対策になると言われています。他国での実験では、安定的に所得が得られることで健康や主観的幸福度(ストレスの軽減)向上効果があったとの報告もあります。

政府が所得制限付きでの一世帯30万円給付から一律一人10万円給付に切り替えたのは、このベーシックインカムの発想を取り入れたものだと言えます。

では財源をどうするのでしょう?理屈上は富裕層への増税を通じての再分配に行き着くはずですが、「とりあえず日銀が紙幣を増刷してバラまけば良い」という考え方があり、日本政府は実質的にこの政策を既に導入しています。

MMT(Modern Monetary Theory)の実践

Modern Monetary Theory (現代金融理論)とは、「自国通貨建てで政府が借金をして財政赤字を拡大しても、インフレにならない限り問題なく、むしろこの政策で長期経済停滞から抜け出すことができる」という考え方です。

日本政府(財務省)は昨年末に消費税増税を断行した際、「財政規律の維持を重視してMMTは採用していない」と説明しました。しかしながら、消費税率アップによる増収分の4倍にあたる12兆円を国民に一律10万円給付で返し、その財源は赤字国債の発行で賄いそれを日銀が買い支える、これはMMTの危険な実験に乗り出したことを意味しています。

結局は株高へ?

新型コロナ感染拡大が収束しても、多くの企業・家計のバランスシートには緊急融資の巨額借入金が残るでしょう。経済活動再開後も長きにわたりその借金返済のために働かざるを得なくなるとすると、企業は人材採用や投資を控え、家計の消費は回復せず、社会全体の活力はどんどん失われ、悪循環にはまり込みます。

80年代バブル崩壊後に日本経済が経験した「失われた10年」は、公的資金投入で銀行を支えて不良債権処理をする、つまり企業の借金をチャラにさせる、という方法でトンネル脱出の道筋をつけました。今回、既に日銀は赤字国債の無制限買い入れと企業の社債購入枠の拡大を発表しています。これでも足りなければ、政府が景気のV字回復に向けて、企業や家計が追加的に背負った借金をチャラにする「徳政令」的な措置を講ずる可能性は大いにあります。

MMTの危険なところは、マネー乱発による通貨価値の下落、すなわちインフレです。インフレは借金返済負担の軽減につながるので、金融当局の本音としてはむしろ歓迎でしょう(インフレを適度にコントロールすることが可能だという前提で)。

そして、株式はインフレに強い運用資産です。つまり、MMTや借金棒引き政策により市中に溢れるマネーはその行先として株式投資に回る可能性が高く、だとしたら株価は暴落ではなくむしろバブルに向かうでしょう。

この見通しが当たるか否かは問題ではありません。パラダイムシフトと言われる劇的な社会構造の変革期において、この経済システムが最終的に社会全体の豊かさと公正さ(フェアネス)を増進するのか、国家による企業活動の制約や私的財産・私権への介入・コントロールはどこまで認められるべきなのか、他に選択肢はあるのか、をしっかり議論しておくことが重要です。

資本市場は社会インフラとして機能し続けるか

格差拡大が問題となり、環境問題をはじめとする社会問題解決への対応力が問われる渦中で勃発した今回の世界パンデミック危機は、「富をいかに創造し蓄積し再配分するか」という経済的課題以前の、「いかにして人々の命と生活と社会秩序を守るか」という本源的問題を我々に突きつけています。

この世界では、個々人の私利に任せておけば「神の見えざる手」により社会全体の利益が達成される、という自由市場主義は機能しません。増加する医療や公衆衛生のための社会コストを資産家達が負担せずに、税金逃れのために国外退避したり闇市場・地下経済に潜ったりするようであれば、社会モラルは崩壊し秩序が乱れるでしょう。その結果、煽動的な独裁者が登場し他国を侵略する、というかつて来た道を辿ることになるかもしれません。あるいは、逆に社会崩壊した他国から難民が押し寄せるかもしれません。

最後に、より卑近な以下の例えで、自由市場と資本主義経済の先行きを考えてみます。

「営業自粛で店舗が休業している間の家賃を全額免除する決定をした商業施設運営会社と、他が休業している間に店を開いて普段より多くの集客で収益を増やす方針の会社の2つがある場合、両社の市場株価はどう動くだろうか」

短期的な利益に着目して前者の株を売って後者の株を買う投資家が多数を占めるとしたら、その社会は残念な方向に向かうでしょう。

自由市場経済は、必要な場所に必要なタイミングでカネや人材を機動的にシフトさせるという本来の機能を発揮して、社会的課題解決を担うことができるのか――withコロナの時代は、資本市場とそれを担う投資家の洞察力と懐の深さが問われる正念場にさしかかっています。

森生 明

グロービス経営大学院教員

ハーバード大学ロースクールLL.M.プログラム修了(学位:Master of Laws)/1987年~1994年にかけ日本興業銀行、ゴールドマン・サックスにてM&Aアドバイザー業務に従事。その後米国上場メーカーのアジア事業開発担当、日本企業の経営企画・IR担当を経て独立。著書に『MBAバリュエーション』(日経BP)、『会社の値段』(ちくま新書)、『バリュエーションの教科書』(東洋経済新報社)がある。NHKドラマおよび映画「ハゲタカ」の監修を担当。