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投稿日:2020年04月22日

投稿日:2020年04月22日

アフターコロナの世界観とは?自由と自制、成長と成熟

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

現下、私たちの社会は新型コロナウイルスの拡大によって甚大な影響を受けています。このウイルスは私たちに3つの戦いを強いています。

まず「生物的な戦い」。いったん感染してしまえば、単純に生物同士の戦いになります。ウイルスは「この人は善人だから手加減してあげよう」「こいつは悪い人間だからこらしめてやろう」といった配慮はしてくれません。すべての人に対し、平等に戦いを挑んできます。そこが自然の厳粛なところです。

2つ目に「経済的な戦い」。多くの人が労働をお金に変える活動ができなくなっています。国全体も支出するお金が莫大になり、著しい財政悪化が避けられそうにありません。

3つ目に「世界観を再構築する戦い」です。本稿を書いている時点では、このコロナ禍がどれくらいの長さで、どういった収束(終息)をみせるかはわかっていません。が、いずれにせよ、大きな変化がやってくるにちがいありません。といいますか、ここから私たちが何か大きな学びを得て、大きく変えていかなければ、さらに大きな危機をみずから招くことになりかねないでしょう。

本稿では、人間がもつ豊かな抽象化能力について触れ、そこからいかにコロナ後の世界観をつくりだしていくかについて述べたいと思います。

比喩で考える力~「魔法使いの弟子」から何を引き出すか

「魔法使いの弟子」という寓話をご存じでしょうか。ヨーロッパで古くから語られる寓話ですが、1940年、ディズニー制作のアニメーション映画『ファンタジア』によって幅広く知られることになりました。映像化されたシーンはこんな感じです───

ミッキーマウス扮する魔法使いの弟子は、師匠から水汲みを命ぜられ、両手に木桶を持って家の外と中を往復している。折しも師匠が出かけていなくなり、ミッキーはここぞとばかり、見よう見まねの呪文を箒(ほうき)にかける。すると箒は木桶を両手に持って歩き出し、自分の代わりに水汲みを始める。

しめしめラクができるぞとミッキーは居眠りをする。しかしその間にも水は家の中の器にどんどんたまり続け、ついにはあふれ出す。ミッキーは目を覚まし、慌てて箒を止めようとするが、箒にストップをかける呪文がわからない。ミッキーは斧を持ち出して、箒を切り刻んでしまう。ところが切られた破片がそれぞれ1本の箒となってよみがえり、水汲みを始める始末。箒の数は幾何級数的に増えていき、ミッキーは洪水状態の家の中であっぷあっぷと溺れる……。

さて、この寓話からあなたは何を学び取るでしょう。

ある人は「怠け心は結局得にならない」と日常生活への知恵にするかもしれません。また、ある人は「技術は中途半端に用いると危険だ」と自分の仕事のことに当てはめて考えるかもしれません。さらには、これを現代文明への警鐘として受け止める人もいるかもしれません。

米国の評論家・歴史家であるルイス・マンフォードは、『現代文明を考える』の中でこの寓話を取り上げ、こう記す。

──「大量生産は過酷な新しい負担、すなわち絶えず消費し続ける義務を課します。(中略)『魔法使いの弟子』のそらおそろしい寓話は、写真から美術作品の複製、自動車から原子爆弾にいたる私たちのあらゆる活動にあてはまります。それはまるで、ブレーキもハンドルもなくアクセルしかついていない自動車を発明したようなもので、唯一の操作方式は機械を速く働かせることにあるのです」。

具体と抽象を行き交う「πの字」思考プロセス

1つの寓話から引き出す内容、当てはめる先は、人それぞれに異なります。それを描いたのが下図です。このように、ある比喩を生活や仕事、社会にかかわる物事に広げ応用していくという豊かな能力が人間にはあります。

比喩を展開していくプロセスは、図に描いたとおり3ステップです。①抽象度を上げて考え、②共通性を見出し、③当てはめる。

こうした比喩をさまざまに展開していく能力は、いわゆる「アナロジー(類推)」思考の1つです。MBA(経営学修士課程)でよく行われるケーススタディによる学習法や、ビジネスモデルの横展開などもアナロジー思考をベースにしたものといえます。

ちなみに、私はここで示した3ステップの流れを「抽象化→概念化→具体化」として整理し、その形から「π(パイ)の字」思考プロセスと呼んでいます。私たちは事象・経験の世界である具体次元と、概念・本質の世界である抽象次元とを往復して、物事への認識や行動意志を強めていきます。

コロナ禍から何を教訓として引き出すか

さて、現実の世界に目を戻しましょう。新型のウイルスが全世界に拡大してしまいました。残念ながらこれは寓話ではなく、現実の話です。しかし、ここからも私たちは豊かな抽象化の能力、アナロジーで考える力によって、英知をわかせることができます。

下の図がそのワークシートです。みなさんはこの進行するコロナ禍から何を引き出し、どう現実の生活・仕事・社会に応用し行動するでしょうか──?

このワークシートについての答えは人それぞれにあるでしょう。私はこのウイルスのような100年に1度あるかないかくらいの大きな災禍時にあっては、3番目の社会への警鐘レベルにみなの目線を向けさせるのが、教育に携わる者として重要な役割であると自覚しています。

1番目の「生活への知恵」、2番目の「仕事への教訓」レベルは、個々人の部分最適・利己を中心とした答えになるでしょう。しかし、いまはそこを超えて、人類社会の全体最適・利他の観点からどうあらねばならないかを強く考えるべき転換点だと思います。

コロナウイルスが憎いと思う人も多いと思いますが、このウイルスは人類の教師とみることもできます。この2ヶ月間、各国は諸活動を凍結させました。人間の往来がなくなるやいなや、澄んだ空気が戻りはじめ、川が浄化されはじめたことをいくつかのニュースは伝えています。人類がこの惑星で健やかに暮らし続けていくために、ここからのメッセージは明白です。

このコロナ禍で一番喜んでいるのは、もしかすると地球かもしれません。地球という1つの生命体が健全さを取り戻すために、人類の個体数を減らしにかかるという大摂理がはたらいているのかもしれません。

そこで、もう1つアナロジーを用いたいと思います。このウイルスは人体に侵入するや、その人の呼吸器官である肺を蝕みます。肺が不全に陥った宿主(=感染者)は生命の危険にさらされます。皮肉にも、地球を1つの生命体とみれば、まさに地球の呼吸器官とも言うべき森林を蝕んでいるのは、人類の諸活動ではないでしょうか。すなわち人類が地球にとってのコロナウイルスだという見立てが成り立ちます。

コロナ後の世界観~自由と自制/成長と成熟

早晩、このウイルスに対する治療薬とワクチンが開発されれば、「covid-19」は普通の感染病に格下げになるのかもしれません。そして、人びとの接触活動が安全になり、完全終息となれば、各国は経済活動をいやまして再開し、旅行クーポンを発行して、航空業界・観光業界のV字回復を狙うでしょう。

そこで生計を立てる人たちの支援は大事ですし、私だって鋭気を取り戻しに旅に出たい。レストランでおいしいものを食べ、友人と語り合いたい。しかし、もう無制限にそうすることはできなくなったことを自覚すべきフェーズに入ったのかもしれません。

人類が「知足」「自制」という観念を真剣に受け入れ、その上で何十億人を食わせ、自然・地球と共生できる態度に変われるかが問われます。それは人類史上、最も大きな革命といっていいかもしれません。実際のところ、物資やマネーは極端な偏りがあるだけで、これをうまく取り分ける社会的システムを構築することは可能であると私は信じます。全体最適を願う叡智が、個々の人間の欲望を超えていくとき、その現実性がみえてくるのではないでしょうか。

国連は2015年、「SDGs:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」を掲げ、加盟各国に啓蒙をしています。この中の1つに「働きがいも経済成長も」とあります。私はこの「経済成長」という文言が気になります。というのも、18世紀の産業革命以降、「経済成長」信仰が人類を際限のない欲望へと走らせ、今日の持続可能が難しい状況を生んでいるからです。まさに先のマンフォードが言及したように、人類は「アクセルしかついていない自動車」を開発し、その加速スピードをみずからコントロールできない存在になっているのです。

成長が不要なわけではありません。成長と合わせて「成熟」という観念と行動なしには、個も全体も存続できないことを知るべきです。

このcovid-19は賢いウイルスと言われています。宿主である人間に症状を出させなかったり、潜伏期間が長かったり、なるほど自己を生かし、広めることの戦略に長けています。しかし根本的には、愚かです。自己をたくみに増殖することで、結局は宿主を死なせ、みずからも滅びるからです。私がcovid-19に助言するとすれば、こうです──乳酸菌を見習えと。乳酸菌のような善玉菌は、宿主との共生をはかり、個と全体の存続を可能にしています。善玉菌は自制を心得ているのです。

成熟とは「やれるのに、あえてそれをやらない」「捨てることができる・離れることができる」、すなわち自制です。真の自由は自制とともにあります。

冒頭で、このウイルスとの戦いは3つあると書きました。すなわち、「生物的な戦い」「経済的な戦い」「世界観を再構築する戦い」。

周囲に3番目の戦いのことを話すと、「いや、そんな硬くて高尚なことはいま考えられないよ。それよりまず1番目と2番目が肝心じゃないか。命あっての人生だよ」というような反応が返ってきます。私にとっては、1、2番目だけを考えているほうが、気が滅入ってしまいます。3番目に想いを巡らせることで、1、2番目に対する余計な恐怖心や不安が遠のき、結果的に目先のことに立ち向かう気力が充満してくるわけです。心の真の平安は「壮大な時空への決意」の中に生じると思います。

最後に、今日も1日、医療基盤・社会基盤を支えてくださった医療従事の方々、そして生活物資供給に関わる産業の方々に最大級の感謝と敬意を送ります。

村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。
『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)をはじめ、管理職研修、キャリア開発研修、思考技術研修などの分野で企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。
GCC(グロービス・キャリア・クラブ)主催セミナーにて登壇も多数。

1986年慶應義塾大学・経済学部卒業。プラス、日経BP社、ベネッセコーポレーション、NTTデータを経て、03年独立。94-95年イリノイ工科大学大学院「Institute of Design」(米・シカゴ)研究員、07年一橋大学大学院・商学研究科にて経営学修士(MBA)取得。

著書に、『キレの思考・コクの思考』(東洋経済新報社)、『個と組織を強くする部課長の対話力』『いい仕事ができる人の考え方』『働き方の哲学』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。