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投稿日:2020年01月28日

投稿日:2020年01月28日

第1講 1000年続く京都あぶり餅屋「一文字屋和輔」の提供価値とマーケティング3.0

沼野 利和
グロービス経営大学院 教員/一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ理事

昨今SDGsやサステナビリティが注目されているが、すでに日本には1000年以上続く文化や伝統産業が多々ある。本連載では、日本の老舗企業や神社、お寺、日本文化における事例から見えてきたサステナブルなエッセンスを現代の経営にいかせるように紐解いていく。

あぶり餅一品だけで1000年越え

京都、今宮神社前にある一文字屋和輔(通称、一和)の創業は長保2年(西暦1000年)。時は平安時代中期、紫式部が源氏物語を執筆した頃である。平家物語の舞台となる源平の戦いはこれよりさらに100年以上後のことだ。そんな気が遠くなるほど長い時間、あぶり餅の一品だけで営み続けている。 

品数を増やすこともなく、もっと集客が見込める街中に店舗展開することもなく、通販もしていない。お持ち帰りはあるが、そもそも賞味期限は当日限り。成長戦略のかけらもなく、顧客ニーズの多様化も関係ない。それにもかかわらず、京都でも老舗中の老舗、日本で7社しかない1000年超え企業の一社だ。他の和菓子屋のように品数を増やしたり、繁華街に出店などしなかったりしたのはなぜなのか。その理由を25代目となる現当主の長谷川検一氏はこう語った。

「お餅の意味を踏襲していこうと思っているのです」

お餅の意味を踏襲する

「お餅の意味」——この言葉を理解するには、今宮神社と一和の由緒を紐解く必要がある。今宮神社は疫病除けの神社だ。都で度々疫病が流行した平安時代、それを鎮めるために今宮神社が創祠された。あぶり餅の起源は、疫病除けの祭で奉納された餅のお下がりを竹串に刺して焼き、参拝者が食したことだと言われている。竹串も神社のしめ縄で使った竹を割いたものだ。

人々は、今宮神社にお参りをした帰り道に無病息災を願って餅を頂いてきた。「食べ物半分、お守り半分」という当主の言葉に続けて「神餅なんです」と女将さんは言う。あぶり餅の意味とは、無病息災を願う人々にとっていわば「食べるお守り」ということだ。だから、この場所でないと、そしてあぶり餅でないと意味がないのである。

「食べ物なら世の中、美味しいものはいっぱいあるわけです。新しいものも出てくる。食べ物だけど、意味があるから残っている。正月のおせちや節句のちまきなんかもそうやと思います」

なぜ正月に雑煮とおせちを食べないといけないのか、普段私たちも理由など考えない。しかし、なくてはならないものだ。それは意味があるからだろう。意味があるから文化であり、文化を守るとは意味を踏襲することだと言ってもよいかもしれない。守るために意味から外れることはしないということだ。意味から外れない、理にかなったことをしているから、長く続いてきているのだ。

「お餅も、黄粉も、お味噌も栄養があって、無病息災を祈るのに理にかなっている。お土産用につつむ竹の皮も、竹の皮自体に殺菌効果があって長持ちする。竹串は熱に強い物ですからそれで焙ってできる。物資が少なかった時代に無駄は一切なく、理にかなった風にできてきている」(当主)

「すべて自然のもの。小さな子供たちも(添加物の様なものは)何も入ってませんから、お口にいれて全然大丈夫です」(女将)

疫病除けの神社のお参り帰りに食すものだから、体に良いものだけを取り入れる、という意味に沿った明確な考え方で1000年続いてきたのがわかる。

繋がりがあっての1000年

とは言え1000年持続していくことは簡単な話ではない。平安から鎌倉、室町、そして戦国時代を経て江戸時代、そして現代へ――時代が変わるその間には、応仁の乱や明治維新、第二次大戦など幾度もの危機があったはずだ。その危機をどう乗り越えてきたのだろうか。

「繋がりがあっての1000年としか言えない」(当主)

「神さんがあって氏子があって、人と人の七五三があって、お宮参りがあって、繋がりがあっての1000年」(女将)

地元の繋がりは神社の参拝客に留まらない。応仁の乱の時には一和のあぶり餅が人々を飢餓から救ったという。また、千利休が一和のあぶり餅を茶会に使った事から、利休由緣の大徳寺が近いこともあり毎月28日の利休忌には千家の関係者も訪れる。

「有り難いことでなくなったら困る理由がある」(当主)

意味を大事にしてきたからこそ、この地にあぶり餅を求める人が絶えないのだ。なくなったら困る人がいる。だから常に誰かが「やらねばならない」と継いでいったのだという。

「一族みんなが想いをもっています。親から言われなくても全部周りから。親戚もいますから、“ちゃんとしていかなあかん”ということで続いていくということもあります」

そういう人々に支えられて1000年続いてきたのだ。ちなみに、一和のチラシに書かれている「略傳」では当主は25代目となっている。1000年で25代は数が合わないが、これは記録が残って確認出来るのが25代前までということだ。

「兄(当主)で25代目ですけど、分かっていないことを書いても仕方が無いのであるものをちゃんと書かせていただいている」(女将)

単なる言い伝えや想いだけではなく、記録や形として残っているものを基準にし、理にかなったやり方の本質を見極めてきた歴史を感じさせられる。

マーケティング3.0の訴求価値とあぶり餅屋一和の共通点

あぶり餅屋一和が1000年にわたり提供してきた価値を考えると、実は2000年初頭にコトラーが示したマーケティング3.0との共通性が見えてくる。マーケティング3.0とは、それまでの「顧客満足を目指す」従来のマーケティングに「世界をよりよい場所にすることを目指す」という目的を加えたものだ。それから20年ほどたった現在、世の中ではSDGsやサーキュラー・エコノミーの重要性が注目され、社会問題を解決するソーシャル・ビジネスも拡大している。

ちなみにSDGsの理念は「世界を変革」して「誰一人取り残さない」世界を実現することであり、マーケティング3.0の目的と一致する。コトラーの先見性には感服させられる。

マーケティング3.0では、「マインド」「ハート」「スピリッツ」の3つに訴求する価値を提供することが必要だとしている。マインド、ハート、スピリッツの違いはわかりにくい。少し説明しておこう。マインドとは「頭」で考える価値。例えば「性能が良い」とか「便利」といった頭で判断できる価値を指す。ハートは文字通り「心」で感じる価値。例えば「好き」や「楽しい」といった感情に訴える価値である。スピリッツ(精神)は、「善」や「悪」といった、便利とか好きなどの理由を超えて信じられるもの、魂の琴線に触れるような価値を意味する。

改めてあぶり餅屋一和の話を振り返ってみよう。疫病除けのお参りの帰りにいただくあぶり餅はもち米と味噌だけのオーガニックで無添加の自然食品であり、竹串に刺して炭で焙る、環境にも優しい製品だ。繋がりを大事にすることから材料と産地にもこだわっている。間違いなく食するものとして体に良いものである。理にかなった「マインド」の価値だ。

そして、その素朴な味が好きな人は今も変わらず多い。また歴史を感じさせる店の軒先で食べる風情はなんとも愉しい。心に残る「ハート」の価値だ。

最後に、当主が語ってくれたあぶり餅の意味だ。お参りの帰りにあぶり餅を食する「食べるお守り」としての意味。信仰と言っては重すぎるし習慣ではあまりに軽いだろう。神社や参拝者、地元の人との精神的な繋がりがその場所であぶり餅だからこその存在価値を生み出している。まさに精神的な「スピリット」の価値だ。

このように、1000年以上前から続いている老舗が守ってきた価値が現代のマーケティング3.0に通じるのは興味深い。その価値が人々との繋がりを生み、なくてはならないものとして現在まで続いてきた。一和のあぶり餅は、日本で人々が大切に守ってきた中にビジネスの本質を学ぶ事例が存在していることの証でもあり、それが1000年続くサステナブルな企業として存在した理由だ。

沼野 利和

グロービス経営大学院 教員/一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ理事

同志社大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程前期修了後、日本ヒューレット・パッカード株式会社電子計測機事業部(現、Keysight Technologies)マーケティング部門に従事。その後、株式会社グロービス大阪校マネージャーを経て、現在は、経営大学院等で教鞭をとりつつ、新規事業等のコンサルティングを行う。また、公益財団法人小笠原流煎茶道教授・評議委員として煎茶道文化の普及にも努め、2019年に一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブを設立し理事に就任。

一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ(SBH)は、日本がこれまで培ってきた100年、1000年と長期にわたって持続・循環する仕組みからの学びを抽出し、現代社会に応用していくことで、持続・循環可能なビジネスの仕組みを現代に構築していくための人的・知的・国際的なハブとして機能させることを目的として2019年に設立された。 一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ(SBH)のFacebookページはこちら。https://www.facebook.com/SusBizHub/