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投稿日:2019年12月17日
投稿日:2019年12月17日
京急のオープンイノベーション――デジタル時代における鉄道会社の未来に向けて
- 橋本 雄太
- 京浜急行電鉄株式会社 新規事業企画室
- 難波 美帆
- グロービス経営大学院 教員
東京・横浜を地盤にする京浜急行電鉄では、2017年からオープンイノベーションによる新規事業創出を目指し「京急アクセラレータープログラム」を開催しています。これまで2回実施する中でどんな試行錯誤があり、手応え、成果を得たのか。プログラムに立ち上げから携わる京浜急行電鉄株式会社新規事業企画室の橋本雄太氏にお話をうかがいました。(全2回後編)
ビジョンを掲げたら変わった
難波:「京急アクセラレータープログラム」について詳しく教えてください。
橋本:これまでに2回、開催しています。第1期は2017年11月から18年7月まで、第2期は18年11月から19年8月まで実施しました。スタートアップからテーマに沿った事業共創プランを募集し、採択企業とはプログラム後の資本業務提携を視野に実証実験を進めます。
第1期は私鉄の同様のプログラムでは最多となる187件の応募の中から7社を採択し、訪日外国人向けのQRコード決済サービス導入や三浦半島の観光資源掘り起こしなど4件の実証実験や事業連携を実現しました。
難波:1期と2期で変えたところはありますか。
橋本:かなり変えています。第1期は、とにかくオープンイノベーションにチャレンジしてみようという手探りの状態でした。扱うテーマも民泊、農業、インバウンド、空き家問題などさまざまで、プロジェクトを進める中で軸足が定まっていないような感覚がありました。「我々が本当に今、力を入れていくべき方向性はどこか」という議論が十分にできていなかったことが要因です。
この反省から第2期を始める前に、まず関係各所にヒアリングをしました。プログラムの“ユーザー”となるスタートアップ数十社には、過去に参加した同様のプログラムの中で感じた点や、こうしたプログラムに期待することを確認しました。京急の事業部門とは「現状の課題」や「目指したい将来像」、そして「京急に何ができるか」の議論を重ねました。
そこで、改めて我々には根幹となる交通事業があり、多彩な事業を展開し、地域と地域をつないでいるという強みがあることを再認識しました。一方で、メガトレンドとして「移動=モビリティ」がデジタル・サービス化し、スタートアップやITジャイアントといった様々なプレーヤーが参入することで、強みである交通事業の根幹が大きく変わろうとしているということも鮮明になってきました。
これを踏まえ、「モビリティを軸とした豊かなライフスタイルの創出」を新規事業創出のビジョンに定めました。
また、我々の事業リソースを使うことで、スタートアップの成長が加速し、新しい価値を社会に生み出していけるように、応募時点で製品・サービスがローンチしている方々にターゲットも変えたり、選考の過程も事業部門との連携を重視した形に見直しています。
難波:社会課題は山積していますから、自分たちの会社は何がやれるのか、何がやりたいのかを社内で見つめ直してから取り組むことが大切ですよね。グロービスで企業のアクセラレータープログラムをサポートする際、いつもそこからお聞きしています。実際、変更を加えたことでどんな成果がありましたか。
橋本:良かったのは、ビジョンや課題意識を明確にしたことで、応募内容のクオリティが格段に上がったことです。第2期は応募数こそ102件と、第1期より少なくなったものの、かなり具体的な提案をいただけました。
最終的に、遊休ヘリコプターのシェアリングを展開するAirX、荷物を預けたい人とスペースを持つ人をマッチングするecbo、旅行特化型AIチャットボットや予約サービスを手掛ける tripla、タクシーの相乗りマッチングアプリを手掛けるNearMe、日本初の傘のシェアリングサービス「アイカサ」のNature Innovation Groupという5社を選びましたが、いずれも本気度が高かった。
業種はそれぞれ異なるものの、プログラム内で1つのビジョンを共有できました。アクセラレータープログラムはともすると京急と各社、1対1の関係性になりがちですが、京急を含む6社がワンチームになって、1つの世界をつくろうといった雰囲気になれたのは非常に良かったと思っています。第3期も先日、募集を開始しました。
デジタルを軽視せず、強みを生かす
難波:アクセラレータープログラムで夢が膨らみますね。
橋本:モビリティがデジタル・サービス化していく中で、我々がやるべきことは、何もGAFAに対抗しようというような話ではないはずです。いずれモビリティの世界でも、様々なデータやサービスを統合したプラットフォームが生まれるでしょう。こうした「横軸」の巨大なプレーヤーには隷属するでも対抗するでもなく、上手く活用して、僕らは僕らにできることをやっていきたい。それには「横軸」に対する「縦軸」を強くすることだと思っています。
この地域の、この駅前の、この場所にどんな人がいて、どんなことで困っているのか。より深く知り尽くしていくこと。ローカルにおける濃度をどれだけ高めていけるかが競争力に繋がります。
それを実現するためには、既存事業のデジタル化を着実に進めていくこと。また、顧客のニーズに応える新しいサービスを次々に提供することで、沿線の顧客とのタッチポイントをしっかり握り続けていくことが必要です。
難波:それには沿線各駅のデータを緻密に取っていかなければなりませんね。
橋本:第2期アクセラレータープログラムで採択したNature Innovation Groupの「アイカサ」も、傘を単体で捉えるだけでなく、近隣の商業施設や他のサービスとの連携を進め、特定の場所における雨の日の行動パターンをデータとして押さえることができれば、とても面白いと感じています。
今やらないと後悔するという想いで、壁を乗り越える
難波:プロジェクトは順調に進行しているようですが、壁になっていることはありますか。
橋本:壁ばかりです。既存事業からすれば意味のない取り組みに見えることも多いはずです。今取り組んでいることは1年、2年で決着することではなく、10年は続けないといけない。成果がすぐに出る仕事ではありません。会社員なので、どうしても半期に一度、評価があり、短期的な成果を見えるようにしていくことも必要です。どこで、どう折り合いをつけるかが難しいですね。
難波:社内を変えていくために実践していることはありますか。
橋本:スタートアップとの連携がスムーズに進むためには、事業部門の目の前の課題と、中長期的な取り組みをどうマッチさせていくかが重要だと思います。少しでも事業部門やグループ会社に喜んでもらえるように、色々な話を聞くようにしています。また、品川にあるオープンイノベーション拠点でワークショップなどを開いて、若手社員などの巻き込みも意識しています。
難波:社内に一緒に頑張っていける仲間はいますか。
橋本:プログラムには積極的に経営層が関与してくれています。採択企業の選定や成果発表会(デモデイ)にも参加してもらい、自身の目で評価してもらっています。やはりトップがコミットしている姿を見せることで、社内外からこの取り組みを応援してもらえるので、とてもありがたいです。
私は中途入社で、京急はまだ3年目なので、社内の人脈づくりは不十分な部分はありますが、最近では「もっと取り組みについて教えてほしい」「スタートアップを紹介して」などと声をかけてくれる人が増えてきました。
また、社外との交流はとても大切にしています。刺激をもらえますし、視野も広がります。この2、3年でオープンイノベーションの領域は盛り上がっていて、「上司に言われたから」ではなく、自分の思いで取り組んでいる人が増えています。心が折れそうなこともありますが、会社は違っても同じように奮闘している同志がいるので、がんばれます。
難波:橋本さん自身にそういう気持ちが育まれたのはいつ頃ですか。
橋本:新聞社時代の経験が大きいですね。業界がシュリンクする中で、色々なしがらみや過去の成功体験から変革が進まない難しさを感じました。多くの日本企業で同じようなことが起きているはずです。当時は何もできませんでしたが、こうした立場に置いてもらっているので、今やらないと後悔するという思いで取り組んでいます。
難波:グロービスは来年5月に、横浜・特設キャンパスをJR横浜タワーに移転・常設化する予定です。今からどんな人材と出会えるかをとても楽しみなのですが、橋本さんはビジョンの実現に向けて、どんな人と一緒に仕事をしたいですか。
橋本:目の前の仕事や評価にばかりとらわれない人がいいですね。世の中のトレンドや流れにも敏感であってほしい。僕自身はストーリーテリングが得意だと思っているのですが、イノベーターに必要なスキルだと思います。「自分はこれがやりたい」「こんな世界をつくりたい」と自分の言葉で語れる人は意外と少ない。「上司が」とかではなく、主語を自分にして考え、行動してほしい。自分自身もまだまだ足りない部分ばかりですが、そういう人が1人でも増えるといいですね。
難波:グロービス横浜・特設キャンパスで、ぜひそういう人材を育てていきたいと思います。そして将来、一緒になって新たな街づくりをしてくれるといいですね。
(文=荻島央江)
橋本 雄太
京浜急行電鉄株式会社 新規事業企画室
※肩書は公開当時のものです
難波 美帆
グロービス経営大学院 教員
大学卒業後、講談社に入社し若者向けエンターテインメント小説の編集者を務める。その後、フリーランスとなり主に科学や医療の書籍や雑誌の編集・記事執筆を行う。2005年より北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任准教授、早稲田大学大学院政治学研究科准教授、北海道大学URAステーション特任准教授、同高等教育推進機構大学院教育部特任准教授を経て、2016年よりグロービス経営大学院。この間、日本医療政策機構、国立開発研究法人科学技術振興機構、サイエンス・メディア・センターなど、大学やNPO、研究機関など非営利セクターの新規事業の立ち上げをやり続けている。科学技術コミュニケーション、対話によるイノベーション創発のデザインを研究・実践している。
※肩書は公開当時のものです