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投稿日:2019年11月16日

投稿日:2019年11月16日

テクニックも高度化している財務諸表の「お化粧」

嶋田 毅
グロービス電子出版発行人 兼 編集長、出版局 編集長

新刊『ダークサイドオブMBAコンセプト』の3章「アカウンティング・ファイナンス」から、「会計方針」を紹介します。

ある程度経営学を勉強した人にとっては、損益計算書や貸借対照表といった財務諸表の数字が、用いる会計方針によって変わってくることは常識ですし、実際、昔からそのようなことは行われていました。ただ、近年は、かつてのように在庫の評価方法を変えたり、減価償却の方法を変えるといった古典的なものではなく、より複雑な方法を用いて財務諸表の見栄えを良くするケースも増えています。

企業は一般に数字を良く見せたいという動機を持つため、そうした方法、時には不正な方法を使ってでも利益をかさ上げしたり負債を小さく見せようとするのです。財務諸表が読めることはビジネスリーダーの基本的なリテラシーですが、そのハードルもどんどん上がってきているのです。

(このシリーズは、グロービスの書籍から、東洋経済新報社了承のもと、選抜した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

定義

企業の財務状況を報告する財務諸表を作成する際に採用した会計処理の原則や手続。基本的に法律に定められたものからの逸脱は認められない

失敗例

今期は営業利益が赤字になりそうだ。友人に相談したら、「工事の費用を先延ばしすることで黒字にすることができる」と言っていた。ここ数年、赤字になったことはないから、友人の言うとおりにするのが妥当だろう。

解説

会計や企業の数字に疎い人は、財務諸表に出ている数字は「事実」であり、他の数字になり得ないと考える傾向があります。私も経営を学ぶ前はそうでした。しかしこれは勘違いで、仮に企業活動の実体が全く同じでも、会計方針の採用いかんで最終利益は変わるのが一般的です。

冒頭に法律からの逸脱は許されないと書きましたが、会計方針には多少の「幅」、言い換えれば選択肢が設けられており、みだりに変えない限りにおいては、企業に選択肢があるという点が味噌です。

古くから有名だったのは減価償却の方法を定率法(初期に減価償却額が大きく、徐々に小さくなる)から定額法(毎年減価償却は同じ)に変更するといったやり方です。大きな設備投資の直後などは、これによって見た目の利益を上げることが可能になります。カルロス・ゴーン氏が日産に来た直後にもこの方法を用いて利益回復を演出しました(これだけではなく、他にもさまざまな手法が使われました)。

近年はもっと凝った方法が用いられる傾向があります。例えば、数年前に発覚した東芝の不正会計では、失敗例に示した「工事における赤字の先送り」が用いられました。工事においては通常、進行基準とよばれる「工事の進行に応じて売上げや費用を計上する」のが一般的です。このルールの急所は、工事が赤字になる見通しが生じた時点で引当金として全費用を計上しなければならないという点です。東芝は、明らかに赤字となる見込みの工事があったにもかかわらず、それを行わず、見た目の利益を上げていたのです。

「そんなことができるのか?」と思われる人も多いでしょう。実際に、監査法人から「これはまずいんじゃないの?」という指摘が入ることもあります。ただ、監査法人はその企業からお金をもらう立場にあるので、強くは主張できないという構造的な問題があります。中小企業に対しては厳しいことが言える監査法人でも、東芝ほどの大企業になると忖度が生じてしまうわけです。

特に近年の「利益かさ上げ」を含む「財務諸表を良く見せる」ための会計方針の変更は「予測」が絡むものが少なくありません。先述の赤字工事の引当金の費用計上もそうですし、税効果会計で用いる「将来の税率」などもそうです。将来の税率は本来だれもわからないので、常識を著しく逸脱しない範囲であれば監査法人も強くは言えません。

退職給付会計も難しい問題を含みます。退職給付債務は当然適切なものを用いる必要がありますが、将来の支払い予想額を現在の価値に割り戻すための計算に、ファイナンスで用いる割引率の概念が入ってきます。これも企業ごとに決めることができることになっています。

負債を小さく見せたい企業であれば、割引率を目いっぱい高くすればいいですし、逆の動機を持つ企業であれば、割引率を小さくすることも可能です。これも、「未来の事実」というものがない以上、常識を逸脱しない範囲であれば、修正を強く迫ることは難しいのです。

本来、財務会計は、企業の実体を投資家に正しく報告するための会計です。しかし、株主等のプレッシャーにより「お化粧をしたい」という動機はしばしば生じます。真面目な会社、実直と思われていた経営者も往々にしてその誘惑に勝てません。むしろ、実直であるがゆえに、「利益を出さないとまずい」などという間違った動機で財務諸表を不必要に細工する傾向もあるのです。

ダークサイドに落ちないためのヒント

①会計方針の基本的なバリエーションを知っておく。不正会計のニュースなどが出た場合にはそれをチェックする
②財務諸表を読む際には、財務3表の数字だけを見るのではなく、「重要な会計方針の変更」にも目を通す
③監査法人の変更に気をつける。往々にして監査法人が変わった理由に、「監査法人として責任がとりきれない」というものがある
④ニュースなどで流れる企業の業績と財務諸表の数字に違和感がないかを考える

(本項担当執筆者:嶋田毅 グロービス出版局長)

嶋田 毅

グロービス電子出版発行人 兼 編集長、出版局 編集長

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。

グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。