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投稿日:2019年10月31日
投稿日:2019年10月31日
「バリューチェーン」を切り分けるだけでは、かえって判断ミスが誘発される
- 嶋田 毅
- グロービス電子出版発行人 兼 編集長、出版局 編集長
新刊『ダークサイドオブMBAコンセプト』の2章「戦略・マーケティングのダークサイド」から、「バリューチェーン分析」を紹介します。
バリューチェーン分析は、経営戦略の分析の中でも最も有名かつ適切に使うと大きな示唆をもたらす手法の1つです。分析のみならず構想に用いることも可能という使い勝手の良さもあります。一方で、バリューチェーン分析は、なまじ「分析した気」になれてしまうため、かえって分析が浅くなったり、短絡的な示唆を導くことがあるので要注意です。細かく各機能の状況を見極めることももちろん大事ですが、バリューチェーン全体として効果的に価値を生み出せるものになっているかをしっかり見極めることがより大事なのです。
(このシリーズは、グロービスの書籍から、東洋経済新報社了承のもと、選抜した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
定義
事業活動を機能ごとに分類し、どの部分(機能)で付加価値が生み出されているかを分析するフレームワーク。オリジナルのものはハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱した。事業の特性を見る上で非常に役に立つ分析
失敗例
自社の事業をバリューチェーンで分析し、あまり独自性もなく価値を出していない物流部門をアウトソースした。その結果、コストは下がったが、顧客からの評判は悪くなった。
解説
バリューチェーンはある事業を機能ごとに切り分け、定性的にその特徴を洗い出したり、どのくらいのコストがかかっているかを定量的に洗い出すフレームワークです。もともとの切り方はポーター教授が提唱した9つに分けるものでしたが、業界によっては使い勝手がよくないことから、業界や事業にあわせ、主機能のみを示す方法が一般的です。
バリューチェーンは自社単独の分析でも威力を発揮しますが、図に示したように、ライバル企業と比較をするとその差異がより明らかになり、何をすべきかの方向性が得られやすくなります(なお、実際にはライバル企業の正確なコス卜構造までは手に入らないことが多いですが、財務情報を利用したり、何らかの前提を置いて試算することで、ラフな状況を把握することは可能です)。
このバリューチェーン分析を利用すると、「ここは自社がコストをかけておらずライバルに比べて明らかに弱い」あるいは「ここはビジネス上それほど重要ではないのにコストがかかりすぎている」といったことが分かってきます。
多くのビジネスパーソンがバリューチェーン分析を行って最初に目が行くのは、実際にかかっているコストです。そのコストが最終的に顧客が支払う対価に見合っているなら問題はないですが、顧客が支払う対価に見合っていない、あるいは競合に比べ高くなっている場合、そのコストをカットしよう、あるいは何らかの方法で生産性を高めようという動きにつながることが多くなります。たとえば新製品の開発数が他社に比べて劣っているのに研究者数が多いなら、オープンイノベーションを進めて研究者を他部署に配転する、あるいは営業担当者の人数は多いのに生産性が低いなら、SFA(セールスフォースオートメーション)を導入して営業の効率を上げようなどです。
ただ、こうした方向性は確かに可能性としてありえなくはないのですが、より詳細なバリューチェーン分析を行わないと、間違った方向に進むことになってしまいます。本来、各機能は単独に存在しているわけではなく、それぞれが連携し合い、最終的な価値を提供するものだからです。
たとえば営業の生産性が低いのは、営業担当者のスキルの問題ではなく、開発部門との連携が取れていないことが問題かもしれません。ライバル企業は開発部門と営業部門が非常に細かく協調し、時には顧客のもとへも同行しながら製品開発を進め、その結果、顧客が高い価格を払ってもいいと思えるような製品を開発しているのかもしれません。
それに対して、自分たちは「営業は営業、開発は開発」で向かうベクトルがずれている可能性もあります。であれば、その状態で生産性向上やコストカットを図っても、あまり効果は高くはありません。まずはバリューチェーンの各部署の方向性を揃えることを先決とすべきでしょう。
実際に、バリューチェーンの各機能同士の意思疎通が悪く企業の業績を落とした例は枚挙にいとまがありません。CPUで有名なインテルは、もともとフェアチャイルド社の出身者が作った会社ですが、彼らにはフェアチャイルドに対する根強い不満がありました。同社では設計部門と生産部門の仲が悪く、近距離にあったにもかかわらず、心理的距離は非常に遠いものがあったのです。また、フェアチャイルドでは設計部門が生産部門を一段低く見る風潮があるという問題もありました。
そこでインテルの創業者らは、バリューチェーンの各機能間の風通しがいい、特に設計部門と生産部門が緊密に連携する組織を作ることを組織運営の主眼とし、同社を成功に導いていったのです。
バリューチェーン分析は全体を細分化するだけの分析方法ではありません。まさに一本の強い「チェーン(鎖)」の状態になっていることが必要なのです。
ダークサイドに落ちないためのヒント
①細分化するだけではなく、その機能間の関係も見る。特にコミュニケーションの状態や感情の状態など
②バリューチェーンは大ぐくりではなく、必要十分な粒度で細かく見る。たとえば部署としては「品質保証課」が工場部門に属していたとしても、それが重要な機能であれば明示的に切り出して分析するなど
(本項担当執筆者:嶋田毅 グロービス出版局長)
嶋田 毅
グロービス電子出版発行人 兼 編集長、出版局 編集長
東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。