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投稿日:2019年07月27日

投稿日:2019年07月27日

吉本興業から「ガバナンス」を考える

森生 明
グロービス経営大学院教員

写真週刊誌の記事を発端に大騒ぎになっている吉本興業問題、反社会的勢力との関わりや会社の所属芸人に対する扱いに焦点があたっていますが、MBAで学ぶファイナンス的な観点からはどう理解すればよいでしょうか。以下の2つの切り口から考えてみます。

  1. 吉本興業の経営陣は辞めるべきではないのか
  2. 吉本興業は上場していないので経営の脇が甘いのか

キーワードは、ガバナンス(企業統治、コーポレート・ガバナンス)です。近年当たり前のように使われているこの言葉、吉本興業が設置を発表した「経営アドバイザリー委員会」の検討項目にも登場していますが、正直中身がよくわからないという人も多いでしょう。

金融庁と東京証券取引所が取りまとめた「コーボレートガバナンス・コード」によると、コーポレート・ガバナンスとは上場会社が「透明・公正かつ迅速・果敢に意思決定を行うための仕組み」です。ガバナンスは特に株主投資家が経営陣の公私混同や暴走から自らの利益を守るために重要なので、「ファイナンス」の領域で議論されます。ガバナンスの目的は、それを通じて「企業価値を高める」ことです。

投資家の間では世界的に「ESG投資」の流れが加速しています。Eは環境(Environment)、Sは社会(Social) 、そしてGがガバナンス(Governance)。企業価値を高めるには、目先の利益を上げるだけではなくE・S・Gがきちんとしていなければダメだ、と多くの投資家は認識しています。

1.会社の経営陣をクビにするのは誰?

会社のガバナンスを考える上で最も重要な事項は、会社経営陣をどう選任し評価するか、です。吉本興業の岡本社長は「俺にはお前ら全員をクビにする力がある」と言ったようですが、では会社の社長や会長を決めたりクビにしたりするのは誰かというと、それは株主です。これが株式会社の基本的なガバナンス構造で、会社法341条に「会社の役員は株主総会の多数決によって決める」と規定されています。選任された取締役の中から代表取締役が選ばれます。株主は会社のトップ人事権を握っている存在なのです。

2019年の株主総会では、日産のゴーン前会長が取締役を解任されたり、LIXILグループ創業家の潮田洋一郎氏が解任した瀬戸欣哉氏が株主総会で過半数の支持を得て返り咲く、といった出来事がありました。LIXILの件では、創業家とはいえ3%程度しか株式を持っていない潮田氏の独善的な振舞いに海外の機関投資家が異議を唱え、株主総会の招集を要求しました。瀬戸氏はそこで「会長・CEOを務めてきた潮田氏の影響力をなくし、ガバナンスの不全を正す」と主張しました。

日産やLIXILは上場会社です。市場で株式を買うことにより、誰でも株主になれます。上場会社はこれら不特定多数の株式投資家の資金に支えられているので、公に情報開示を行い、透明で公正な経営を行うためのガバナンス体制を整備します。吉本興業は上場会社ではないので一般人にはその経営体制が見えにくくなっていますが、株主がガバナンスを効かせトップ人事を行う構造は非上場会社でも同じです。

2.かつては上場会社だった吉本興業

吉本興業は1949年に大阪証券取引所に上場し、長らく上場会社でしたが、2009年11月にTOBにより非上場化されました。TOBを行なって会社を買収したのは、創業家や放送局の出資で作られた投資会社で、ソニー元会長の出井伸之氏が代表を務めていました。買収と上場廃止の目的は、「安定株主の元で経営を行いたい」でした。

当時は、村上ファンドが阪神電鉄の株式を買い集めたり、米国のファンドが明星食品に敵対的TOBをかけるといった出来事が起こっていました。短期的な利益目的で買収を企てる投資家から日本の大切な文化である吉本を守りたい、という動機は理解できます。しかしその結果、経営の透明性が失われ非合理的体質を生んだ(温存した)という側面も否めません。

そして、現在の吉本興業ホールディングスの株主には、民放各社がずらりと並んでいます(参考:吉本興業ホールディングスホームページ)。

3.放送局株主によるガバナンスの限界か?

一般投資家株主による監視がなくても、メディアという公共電波を預かる業界が株主として見ているから大丈夫だと思いがちですが、実はそうでもないことを今回の吉本興業の迷走・混乱ぶりは露呈しました。

岡本社長は「在阪5局在京5局は吉本の株主だから大丈夫」と2人の芸人に話したとのことです。しばらくおとなしくして放送局がTVで取り上げない配慮をすれば、事は収まると読んだのでしょうか。ですが、今回はその展開にはなりませんでした。なぜでしょう。

放送局の事業モデルは、視聴率をとれるコンテンツを制作してスポンサーからCM広告料を頂くというものです。反社会的勢力とつながりのあるタレントがよろしくない理由は、彼らを起用するとスポンサーが降りるからです。ですから、そういったタレントのTVへの露出を極力避けるという点で岡本社長と株主の利害は一致し、よって記者会見などしなくてよい、という方向性で当初岡本社長が動いたのはよく理解できます。

しかし、今回それを振り切って宮迫博之・田村亮両氏は会見を開きました。TV以外のメディアが報じるのに自分達だけ知らん顔するわけにもいかず、結局皆が大々的に報道し、その内容が吉本経営陣側の弁明を必要とするものだったので岡本社長が記者会見を開くことになり、沈静化どころか火はますます燃え広がってしまいました。

放送局・メディアは広告スポンサーがつくコンテンツを製作し提供せねばなりません。吉本の芸人=コンテンツのクリエーターが吉本の所属から離れると、吉本興業の企業価値は激しく毀損し、株主利益を損ないます。放送局株主たちは、芸人達の離脱を食い止めるために必要であれば、岡本社長をはじめとする経営陣のクビを切るでしょう。

一方で、放送局側には視聴率の取れる芸人を発掘・供給するツールとして吉本興業が役立つ限り、吉本の経営や芸人の待遇にとやかく口を出さず穏便にことを済ませたいという本音もあるでしょう。この体質を持った株主が吉本興業のガバナンスを担ってきたことが、さまざまなひずみを生んだのではないでしょうか。

4.解決策はあるのか?

会社を上場してガバナンスの担い手を一般投資家株主に委ねても、利益追求圧力が強くなり過ぎたり、わけの分からぬ輩に株を買い集められたりするかもしれません。かといって利害当事者であるメディアだけで株を持ち合っても今回のような問題が起こる。ではどうすれば良いのでしょうか。

人々に笑いや感動をもたらすコンテンツのクリエイター(ミュージシャンやスポーツ選手も同じです)に活躍の場を提供し、反社勢力等に利用されないようマネジメントする会社は世の中に必要です。

ファイナンスの考え方は、資金が自由に動き回る市場で多様性ある企業が資金調達の自由競争をすることが望ましい、という発想に基づいており、そのために情報開示とガバナンスを重要視しています。これになぞらえると、多様な芸人が自由にその力を競い合う「市場」づくりが大切なのだと思います。TVメディアという強力な露出先が株主として集結し、そこへのパイプ役を吉本興業が一手に担っている、という構図では芸人達は言いなりにならざるを得ず、フェアな競争は阻害されます。

これは独占禁止法の「不公正な取引方法」の問題として議論すべき課題です。先日、ジャニーズ事務所が元SMAPメンバーのTV出演に圧力をかけた疑いで公正取引委員会から注意を受けた、との報道がありました(ちなみに最初に報じたのはNHKでした)。民放各社と持ちつ持たれつの関係にある吉本興業に株主ガバナンスが効かないのであれば、今後は公正取引委員会の出番となるのでしょう(この記事を書いている7月24日、公正取引委員会の山田事務総長は定例会見で、吉本興業が所属タレントと契約書を交わしていないことについて、「契約書面が存在しないことは問題がある」と述べました)。

森生 明

グロービス経営大学院教員

ハーバード大学ロースクールLL.M.プログラム修了(学位:Master of Laws)/1987年~1994年にかけ日本興業銀行、ゴールドマン・サックスにてM&Aアドバイザー業務に従事。その後米国上場メーカーのアジア事業開発担当、日本企業の経営企画・IR担当を経て独立。著書に『MBAバリュエーション』(日経BP)、『会社の値段』(ちくま新書)、『バリュエーションの教科書』(東洋経済新報社)がある。NHKドラマおよび映画「ハゲタカ」の監修を担当。