GLOBIS Articles

  • テクノロジー

投稿日:2019年05月27日

投稿日:2019年05月27日

SOMPOホールディングスの日本版デジタルトランスフォーメーション組織のつくり方 ――「小さなピボット」を繰り返すことが成功のカギ

聞き手・文

御代 貴子
グロービス・コーポレート・エデュケーション アセスメントチーム チームリーダー

保険事業以外にも事業の手を伸ばそうと変革を続けているSOMPOホールディングス。デジタルラボの立ち上げ、オープンイノベーションで新事業創出を目指すD-STUDIOの設立など、次々と新たな施策を推進している。歴史ある事業を持つ企業において、新しい戦略をどのように実現させていくのか。組織や人材面のポイントを中心に、データ戦略統括 チーフ・データサイエンティストの中林紀彦氏に話を伺った。

スペシャリストと生え抜き社員の両方で構成された「デジタルラボ」

御代:中林さんは2016年にご入社されたとのこと。ここまでの取り組みをどう評価されていますか。

中林:入社するときに「日本で誰もやってないことをやりたいね」と部長と話をしていましたが、そのような目で見ていただけるようになってきました。デジタライゼーションの中のデータに関して、地ならしができてきたと思っています。

具体的には、「デジタルラボ」というデジタライゼーションをテーマとした組織が、私が入社する半年前にできていました。ただ、その中でデータを深く分析する基盤が何もない状態だったので、ゼロベースで作ってきました。

御代:中林さんは組織の中でどのような動き方、関わり方をされていますか。

中林:データチームで、チームビルディングをしています。今は数名のチームになりました。2016年4月にホールディングスの1ファンクションとしてできたデジタルラボは、グループ全体のデジタルトランスフォーメーションを支援する立ち位置です。僕のデータチームは、その中でデータを中心に見ています。

とはいえ、デジタルトランスフォーメーションができる人材が社内にあまりいないので、外から採用しています。ビジネス経験があってテクニカルにスキルを持っているメンバーを中心に集めることが、デジタルラボのデータチームにおけるチームビルディングの方向性です。

御代:新しく立ち上がったデジタルトランスフォーメーションの組織と既存の組織がどう連携するかは、多くの企業が悩まれている点です。何か工夫されていることはありますか。

中林:デジタルラボ全体では、外から採用したデータサイエンス人材や企画・エンジニアリング人材が半分ほど、残り半分は社内のプロパー(生え抜き)の人です。プロパーは社内プロセスや社内事情にかなり詳しいので、彼らを中心に事業部門とのコミュニケーションをしています。

さらに、企画に応じてPoC(概念実証)の企画をやったりテクニカルサポートをしたりするチームを作って、PoCが終わったら解散しています。

社員だけでやり切れないところが多いので、外部のリソースも含めてプロジェクトベースで動いています。プロジェクトマネジメントやPMOは、デジタルラボにいる社内に詳しい人間がやっています。外から来た人だけでデジタルラボができているわけではありません。

御代:社内からデジタルラボにいらっしゃった方は、どのようなキャリアを積まれてきた方が多いのでしょうか。

中林:企画や営業など、総合職のローテーションで来たメンバーです。希望してきたメンバーもいますし、人事ローテーションの中で来たメンバーもいます。

兼務のメンバーが「自分ごと」として人を巻き込むことが重要

中林:各ビジネスユニットもしくは事業会社と兼務の形で、デジタル戦略部のキャップを被ったメンバーもいます。コミュニケーションや現場で必要な企画は、その兼務者とデジタルラボにいるビジネスユニット担当とで行います。

御代:兼務の方は指名してアサインするのか、あるいは希望者を募るのか、どちらでしょうか。

中林:ビジネスユニット、もしくは事業会社によってバラバラですね。興味があるけれども事業部門の中で仕事をやりたい方が手を挙げる、もしくはアサインされるケースが多いです。

御代:実際に事業化していくプロセスの中で、兼務の方が結構カギを握るのでは。

中林:兼務者以外も巻き込むので、兼務のメンバーがいかに自分ごととして回すかがポイントですね。

実証実験がうまくいった後、現場に展開するときに一番いろいろなことが起こります。いくつかのプロジェクトを見ていて、きちんと現場を説得できることが大きなポイントだと思いますね。兼務者はプロジェクトで学びながら、人を動かしたり巻き込んだりすることをOJTとして経験します。

その前に、兼務もしくはデジタルラボに異動になったときに、基本的なデジタライゼーションの知識をインプットする時間が1~2週間あります。テクニカルなことや技術動向、データの簡単なところも含めた知識ですね。

現場への落とし込みは、入念かつ地道に準備

御代:事業化した事例を何かご紹介いただけますか。

中林:タブレットで他社の証券を読み取って、弊社の保険商品の見積もりにして提示する仕組みがあります。AIを使って、機械学習・ディープラーニングで画像認識を実装して、本番化して現場の人が使ってくれています。代理店にも使ってもらっています。

御代:現場の仕事の仕方が変わると思いますが、現場への落とし込みで留意されたことはありますか。

中林:説明会をしたほか、使い方のマニュアルもかなり前から徹底して準備しました。

御代:社員の皆さんには、どのような形で発信活動をされていらっしゃるのでしょうか。

中林:既存事業のデジタルトランスフォーメーションのチームと、新しく事業を作っていくチームとが分かれていて、「事業の種」を事業化するところまでをこちらでやります。事業化でうまくいったことを、社内報や社内のコミュニケーションツールを使って情報発信しています。

日本版デジタルトランスフォーメーションは「小さなピボット」を繰り返すことがカギ

御代:社員の皆さんはどのように変化を感じ取っていらっしゃいますか。

中林:もともとCEOが「デジタル」と強く言っていたので、皆、頭の中に残っていたとは思うんです。「どうやればいいか」「どう動いていけばいいか」という方法論や実行において、少しずつ組織ができて、先ほどご紹介したようなプロジェクトが現場で動き出しました。

ちょっとずつ意識が変わってきたところはいくつか見えますね。大きくピボットしようとするのではなく、小さなピボットをものすごく繰り返さないと変わらないのではないかと思っています。

例えばデータについてお話すると、僕が入ってきた頃は、「データって、自分たちではなく外のベンダーがやるものだろう」という意識が強くありました。そこで、デジタルラボの一部のメンバーしか使えなかったデータを、現場の人がアクセスできるようにしました。分析の環境とデータセットを準備して、それを現場の人に少しずつ使ってもらっています。

そうすると「あそこ(デジタルラボ)に行けば、何かデータがあって色々できるんだよね」と、自分たちもちょっと使ってみたいという声がちらほら聞こえるようになってきましたね。

御代:現場の方がデータを扱うには、ある程度スキルがないと難しいのではないかと思います。現在はどのような段階でしょうか。

中林:問題意識を持っている人が相談に来ています。例えば、車の保険の解約がなぜ起こるのか、何か施策を打って解約を止められたのではないかと考えている人たちと一緒に、データを使って「解約しそうな人」の判別モデルを作ります。そうすると現場で見てみようか、という動きになっていきますね。

あとは、保険業なのでアクチュアリーという保険数理統計に長けた人たちが現場にいます。アクチュアリーのコミュニティの中でも、スキルの幅を広げて今のデジタルトランスフォーメーションに対応していかなければいけないという動きがあります。データサイエンス人材の育成プログラム・ブートキャンプをやっていますが、アクチュアリーで興味ある人たちが受けてくれています。

こうして「社内のデータを使って、もっといろんなことができそうだね」と言っている人たちが少しずつ増えてきました。もっと増えてくると、ボトムアップになってくる気がしますね。

御代:社内で気運を高めるときには、小さな成功体験を少しずつ現場の方に体感してもらうことがポイントというでしょうか。

中林:そうですね。トップダウンで戦略から一気に落とし込むような海外の、特に北米企業と、日本企業は大きく違います。

日本企業はどちらかというと、合議制でボトムアップでやっていく企業運営です。上から戦略を落としても落ちない。少しずつピボットすることを現場でやっていかないと、全部変わっていかないと感じています。ローテーションで人が変わってしまうことによって、流れていかないこともありますね。

「数年後には、『保険屋だった』と言われたい」

御代:これから成果を上げていきたいと思っていらっしゃることは何でしょうか。

中林:既存事業のデジタライゼーションは、フレームワークができて、あとは回していけばできそうだと思っています。うちのCEOは「数年後には、『保険屋だった』と言われたい」と言っています。

御代:保険屋だったと過去のことにしたい、と。壮大なチャレンジですね。組織面ではどのようなチャレンジがあるとお感じですか。

中林:新規事業で、0→1ができる人があまりいないので、そこが一番のチャレンジですね。0→1を作るところは外から採用した人でないと難しいと思います。

御代:ビジネスのことも知っていて、かつデータ周りも詳しいとなると、だいぶハードルが上がるように思います。採用でのご苦労はありますか?

中林:いくつかありますね。そのような人材がそもそも少ないことが1つです。それから、競争環境が激しいので、人材が取り合いになっています。内定を出しても断られるケースがあります。

逆にそれが理由の1つになっていますが、人事制度もまだしっかりしていません。特別な職種という枠がないのです。

御代:エンジニアに対する評価体系でしょうか。

中林:そうです。総合職としてジョインする形になっています。変えていきたいと人事とも話していますが、まだそこまで用意できていません。

エンジニアの評価は、仕事のアウトプットとそのスキルを50:50くらいで評価しないといけない気がするんです。ケイパビリティで評価して、エンジニアや技術職のキャリアパスがきちんとできていることが望ましいです。

御代:兼務の方はどのように評価されるのでしょうか。

中林:兼務割合が決まっていて、主となる業務の部門長が目標管理制度(MBO)で評価します。最終的にはMBOで主評価者と従評価者で話し合って評価を決めますね。

御代:デジタルラボの体制と育成、社内の変化など具体的なストーリーをたくさん伺ってきました。「小さなピボットを回す」という日本企業ならではのポイントもご紹介いただきました。本日はありがとうございました。

聞き手・文

御代 貴子

グロービス・コーポレート・エデュケーション アセスメントチーム チームリーダー

慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。グロービス経営大学院(MBA)卒業。システムエンジニアとして、大手小売業のシステム開発・保守に従事した後、グロービスに入社。グロービス・オーガニゼーション・ラーニング部門にて法人向け人材育成・組織開発の企画、設計、コンサルティングを経験した後、グロービス経営大学院オンラインMBAのマーケティング、新規学生募集を担当。現在は、グロービス・コーポレート・エデュケーション部門にて、アセスメントチームのリーダーとして事業企画を担う傍ら、人事組織系領域の研究やコンテンツ開発、論理思考領域の講師も担当している。

『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略――テクノロジーを武器にするために必要な変革』共訳(ダイヤモンド社)。