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投稿日:2019年05月14日

投稿日:2019年05月14日

プロトタイプでアイデアを見える化する:プロトタイプとビジネスモデル

長尾 景紀
グロービス経営大学院 教員

前回までで事業コンセプトが固まってきました。しかし、ここまで検討してきたことは仮説であり、本当に思い通り進むのでしょうか?この懸念を払拭するためにはプロトタイプを創り、価値を見える化することが必要です。プロトタイプはMVP(Minimum Viable Product)とも言われ、簡単に言ってしまえば「提供価値を必要最小限で表現したもの」と捉えると良いでしょう。

プロトタイプの必要性は3つ

1)仮説検証
先に書いた通り、事業コンセプトの仮説検証のためにプロトタイプを使って確認をするのが目的です。ここで、仮説が正しくなかったと判明することも多々あります。その場合は、躊躇せず再度事業コンセプトを練りに戻りましょう。戻る可能性が高いことも考慮すると、プロトタイプとは短時間で、精度に拘らず、コストをかけないで創ることが大事です。

特に日本の大企業では、「試作でいいから作ってみて」と依頼された際に、用意する試作の完成度を高めてしまう傾向があります。もちろん、相手にベストを見せたいという意欲もあるでしょうが、時間をかけて完成度を高め、相手に見せた時に一言「いや、そうじゃないんだよね」と言われてしまうとガックリしてしまいます。人は、投じた時間が多ければ多いほど愛着が生まれ、捨てられなくなります。目的は最終成果物であることを認識し、そこに至るプロセス上にプロトタイプがあることを認識しましょう。「大枠を顧客に確認するため」と割り切り、Quick and Dirty(クイック&ダーティー)を意識しながらも価値だけはしっかり検証できるように創ることがポイントです。

価値をシンプルに伝える例として、「セカイカメラ」という日本版Googleグラスとも言うべきAR技術を使った情報提供アプリを企画していた日本人がいます。彼は、スマートフォンが出た頃に、その事業コンセプトを描き、米国のIT業界で成功した起業家を訪問し、資金調達を試みました。持参したのは、企画書でもなく、アプリのα版(とりあえず動くもの)でもなく、スマートフォンと同じサイズのアクリル版1枚だけ。相手の目の前にアクリル板を近づけ、「ここを通して見た風景には情報が付いている。例えばあの絵画の作者、そのソファのブランドや価格、レストランの口コミ・・・」とファインダー越しに見えるものの情報が手に取るようにわかるという「価値」を伝え、数億円の資金を調達しました。

2)創る過程で自分が気づく
頭で考えていたことと実際は異なる、とはよく言いますが、どんなに頭の良い人であっても、頭で考えるよりも多くの気づきが「創る」過程で生まれます。想定通りに行かないことで、むしろ新たな方法を思いつくことがあるのです。頭と実際にやってみることの違いは、レゴブロック(黄色4つと赤2つ)を渡し、「アヒルをつくって!」と指示をするとよく分かります。その際、一方のグループには、頭の中で様々なアヒルを考えてもらい、もう一方のグループには手で考えてください(ブロックを触りながら)と伝えると、手で考えたグループの方が多くのアヒルを創りあげることができます。このように創りながら考えることで、頭では検討できなかった点に気づくことができるのです。

筆者は以前、ワインを劣化させずに保存するサーバーを開発していました。飲食店のカウンターに置いて使用するタイプの製品を検討していたのですが、まずは一般的な飲食店のカウンターの高さを再現し、その上に想定しているサイズのプロトタイプをダンボールで作ってみました。それをカウンターに置いてみることで、想定していたサイズだと背の低いスタッフは扱いにくいことが分かり、実際に飲食店にダンボールを持ち込んでみると、そんなサイズを置けるスペースがないことが分かるなど、その後の製品化のヒントがたくさん得られました。

また、食品の酸化劣化防止のために空気中から窒素を取り出す装置を開発していた過程では、半導体工場に設置されている大型の窒素発生装置を見て、小型化の構想を描きましたが、実際に創ってみると、構想通りには行かないことが分かり、試行錯誤の末に当初の想定とは全く異なるパーツや配管で作り上げることができました。

3)空中戦を防ぎ、相手から適切なフィードバックを受ける
口頭で伝えるということは、多分に相手の想像力に依存します。自分が思っていることを、そのまま相手も理解してくれることは稀なのです。そのためには自分と相手の間に「プロトタイプ=見えるもの」を置き、お互いに同じものを見ながら意見交換をすることが大事です。

空中戦の代表例として、「顧客」という言葉があります。双方が顧客のニーズについて真剣に語り合っているのですが、お互いにイメージしている顧客イメージが異なるため、話が噛み合っていないと感じたことはないでしょうか。そのような場合には「ペルソナ」というプロトタイプを創るべきです。プロトタイプは言葉の空中戦を防ぎ、論点を間違いなく特定し、フィードバックを得るためにも必要なプロセスなのです。

Amazonの企画会議では、まずプロトタイプとしてニュースリリースを配布することから始まると言われます。ニュースリリースと言われると、事業立ち上げの後半に、事業の詳細が揃っている状態で書くものをイメージしますが、何と先に書いてしまうのです。詳細検討前ゆえに、多分に想像が入りますが、これから創ろうとしているプロダクトやサービスが社会にとってどんなインパクトがあるのか、どんな顧客を対象にしていて、何を価値として提供するのか、から確認し、今後の研究や開発のGo/No Goをジャッジします。インパクトが不十分だったり、顧客や価値が不明確な場合は、作業に移行する前にコンセプトを再検討した方が、無駄打ちを防げるのです。

プロトタイプを通じてPivotの方向性を得る

事業コンセプトとは「誰に」「どんな価値を提供するか」という大きく2点に分解できます。プロトタイプを通じて検討したいことは、「想定している顧客に価値が刺さるか?」「刺さらないとしたら、価値がイマイチなのか?」「顧客の設定にズレがあるのか?」ということです。ズレがあれば、どんどんPivot(方向転換)をしてみるべきです。顧客と提供価値が上手くFitすることを確認できるまで、仮説→プロトタイプ→検証を繰り返しましょう。当初の事業コンセプト(顧客と提供価値のセット)がFitしなかった場合、大きく2つのPivot方法が考えられます。1つは、「A:この提供価値がFitする顧客セグメントはいないだろうか?」を探してみること。2つ目は、「B:この顧客ニーズにFitする提供価値を創れないだろうか?」と検討してみることです(図1)。

プロトタイプとは、モノに限らず、リリースやチラシ、顧客がそれを使って喜ぶ動画、手書きのメモや概念図など表現の仕方は様々です。要は価値を伝えやすい媒体を用意しましょう。デザインシンキングで有名なIDEO社には「プロトタイプを持たずに顧客先に行くな」という鉄則もあるくらいです。

前半戦と後半戦のヒアリングの違いを意識する

新たな事業を検討する際に「とりあえずヒアリング・アンケートを取ってみます」と聞こえてくることが多いです。ターゲット顧客の声を聞くことは大切なことですが、目的を意識してヒアリングをしたいところです。新規事業検討の際には拡散と収束を繰り返しながら検討を進めていきます。

前半戦のヒアリングは、拡散するために必要な営みであり、検討領域について幅広くニーズの在庫を増やすうことを目的とします。ターゲット顧客が認識している顕在化されたニーズではなく、話している内容から「本当の困りごと(潜在的なニーズ)は何か?」のインサイトを掴みたいがためのヒアリングです。

後半戦のヒアリングは、収束させていくための営みであり、本章で述べている事業コンセプトを可視化し、これまで検討してきた仮説を検証することを目的とします。前半戦のヒアリングで顧客ニーズの在庫が多いほど仮説やプロトタイプの精度は上がり、Pivot時の代案を多く持つことにもなります。(図2)

筆者は年間数十社の企業や自治体のプロジェクトを通じて、数百件のビジネスプランを見聞きしていますが、「抽象度が高く、具体的なサービスイメージが湧かない」ことが多くあります。その理由は、前半戦のヒアリングが不十分で、少ないオプションの中からの仮説になってしまっているため、顧客のニーズについて勝手な勘違いが生じているのです。その場合、Pivotが必要となりますが、初期のヒアリング材料が少ないため、代案が出せないということになってしまいます。結果、最初の仮説にしがみ付き顧客と提供価値がFitしていない不安を抱えながらプランニングに進んでしまうのです。

ビジネスモデルのつくり方:材料が揃ってきて初めてビジネスモデルを描く

プロトタイプやヒアリングを通じて、事業コンセプトの検証まで揃ってくると、ようやくビジネスモデルを創るための材料が整ってきます。クリステンセンによるとビジネスモデルとは、CVP(顧客と提供価値)が定まってから、プロセス、利益モデル、経営資源の「4つの箱」を構成していくことにあります。他にも、ビジネスモデルの下書きを行うためのビジネスモデル・キャンバス、リーンキャンバスは9つの要素で構成されているなど、様々なツールが提供されています(下記参照)。

これらツールの使い方は専門書に譲りますが、1つだけお伝えするとすれば「事業コンセプトが決まれば、自ずとビジネスモデルは完成する」ということです。ビジネスモデルのコアが事業コンセプト(顧客と提供価値)ですが、プロトタイプやヒアリングを通じて、コンセプトの確証を得られたら、それを実現させるためのプロセス(オペレーション)や、ターゲット顧客が受け入れるであろうプライシング、それらを実現するための組織や人員・スキルは事業コンセプトに応じてスラスラと出てきます(もちろん精査は必要ですが)。

ビジネスモデルが描けたら、次はビジネスモデルを市場に伝えるための方法(戦略的ストーリー設計)と事業計画(プランニング)と実行フェーズに入っていきます。

長尾 景紀

グロービス経営大学院 教員

早稲田大学大学院商学研究科修了(Technology Management)

大手広告会社にて、流通・食品業界のマーケティングを経験後、新規事業のビジネスモデル構築を行う。その後、研究開発型ベンチャーに参画(COO)し、食品保存技術の研究開発、特許戦略、チャネル構築、資本政策、など企業経営に携わる。同時にグループ企業において飲食店、ワインスクールの経営も行う。その後はグロービスに参画し、企業の人材育成支援、大学院の教材開発、講師の育成に従事し、経営大学院においては、経営戦略・マーケティング・デザインシンキング・ベンチャー戦略領域の講座を担当。

現在は、株式会社Naked Bulbの代表取締役として、新規事業・スタートアップのコンサルティング、エンジェル投資家としてスタートアップのインキュベーション事業を展開する。