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投稿日:2019年03月26日

投稿日:2019年03月26日

まだ印鑑を使ってるの?――平成の間に予想以上に変化しなかったこと15選

嶋田 毅
グロービス電子出版 発行人 兼 編集長出版局 編集長

今回は、前回とは逆に、平成初期に「2、30年もしたら全然変わっているだろう」と思っていたことが、相も変わらず残っている例をご紹介します。おそらくタイムマシーンで平成元年からやってきた人がいたら、「これだけ世の中が変わっているのに、これはまだ昔と同じなの?」といった感想を持つことでしょう。カテゴリはマクロ環境、ビジネスリテラシー、ビジネス風景の3つです。ぜひ皆さんも昔を思い出しながら、「これはしぶとく残っているなあ」と思うものを考えてみてください。

※なお、ピックアップした項目はあくまで筆者の主観によるものです

マクロ環境の変化

■自動車産業が日本を牽引している
平成初期、国際競争力という側面で日本を支えていたのは自動車、半導体、エレクトロニクスなどの産業でした。当時、「会社の寿命は30年」とも言われていましたから、これらのプレーヤーについても国際競争力は大きく変わっていくと予想していました。事実、半導体やエレクトロニクスは大きく地盤沈下しました。一方で、自動車産業は予想以上に好調を持続しています。それだけ日本の自動車産業の力量が圧倒的だったとも言えるわけですが、電気自動車や自動運転など、自動車業界のパラダイムも変わりつつあります。さて、日本の自動車産業はこれからも主軸の産業であり続けるのでしょうか?

■製造業の株価が為替で大きく変わる
当時は日米の経済摩擦が激しかったこともあり、生産機能の海外移転はもっと進むと思っていました。また、為替ヘッジの手法も増えていたことから、為替が株価に与える影響は小さくなるだろうと思っていました。しかし、いまだに為替が対ドルで1円も動くと日経平均が乱高下するのが現実です。日本はさらなるグローバル化を進めなくてはならないのかもしれません。

■官庁の影響力が相変わらず大きい
業界にもよりますが、相変わらず規制が強いと感じる場面が少なくありません。また、オールジャパンで問題解決を図るべき事案について、官庁の「縄張り争い」が起こるというシーンも相変わらずよく見かけます。これでは国際競争にどんどん乗り遅れてしまいます。多少の(あくまで「多少の」)混乱はコストと割り切り、官と民のあり方を抜本的に変える時期が来ているのではないでしょうか。

■土地は王様
バブルの頃の地価や不動産価格は非常識でしたが、今も一部ではバブル超えの価格がつく不動産も多数登場しています。平野部の面積が限られた日本において、やはり土地は重要な資産なんだなということを再確認しないわけにはいられません。シリコンバレーにどんどん人が集まるという状況からも分かるとおり、どれだけバーチャルなコミュニケーションが発達しようと、リアルの空気を共有したいというニーズが続く限り、価値ある土地は重宝され続けるのかもしれません。一方では放棄された農地なども増えています。「持ち運べない」という土地の特性を乗り切るイノベーションははたして生まれるのでしょうか。

■国内で過剰競争が続いている
個人的にはかなり古くからエレクトロニクスメーカーなどは国内に3社で十分と思っていました。自動車などもそうです。しかしながら、宿泊業などの分散型事業ではなく、規模型事業であるにもかかわらず、多数の企業が乱戦を繰り広げている業界はいまだ少なくありません。これはマクロ的視点では人的資源を浪費するという意味で日本にとって無駄ですし、ミクロ的にも企業の競争力を無駄に削いでしまいます。もっと大胆な合併があってもいいはずです。

ビジネスリテラシーの変化

■生産性に対する意識が低い
生産性はいろいろな意味合いを持つ言葉ですが、ここでは特に時間当たりに生み出した価値と考えてください。非常に生産性の高い企業や職場もありますが、多くの企業はいまだに無駄な仕事に人員を張り付けたりしており、非常に生産性が低くなっています。また、イノベーションによる高付加価値ビジネスがなかなか登場しないことも日本全体の低い生産性の原因となっています。ダラダラ残業を減らすことも大事ですが、いかに新しい価値創造をするかという側面にももっと目を向けるべきでしょう。

■組織がタコツボ型
日本に限ったことではないのかもしれませんが、多くの大企業ではいまだに組織の壁は高く、タコツボ化(サイロ化)の罠から抜け出し切れていません。新卒で配属された部署にずっと所属し続ける、といった著名大企業すらあります。人間の意識はどうしても組織構造に従ってしまいますから、壁の高さは全体最適の観点からは好ましいことではありません。人材の交流もさることながら、これだけITも発達したのですから、もっと情報を可視化して流通させるなどして組織の壁を取り払いたいものです。そのためにはリーダーが率先して組織の壁を打ち破ることにコミットする必要性も高いと言えます。

■「リーダーは強い人」
「リーダーシップは持って生まれた資質である」という誤解はだいぶ減り、「リーダーシップは学びうるスキルである」という認識は広まりましたが、一方で「リーダーは力強く組織を引っ張ることが必要」といったマッチョ的なリーダー神話はいまだに健在です。もちろん、ある意味で強靭である必要はありますが、そのスタイルが必ずしもマッチョ的である必要はありません。往々にして「ここまで自分は頑張っているのに、なぜ君は頑張らないんだ!」といった独善につながることもあるからです。リーダーには、人を手助けする、後押しをする、共感によって動機づけるといった要素も非常に大事です。しなやかなリーダー像がもっと広がってもよいのではないでしょうか。

■「品質は最大の差別化要素」
企業研修などで講師をしていると、「うちの武器は品質」という企業がかなり大多数に上ることを改めて感じます。もちろん品質はあるレベルを超えることは必要ですが、海外市場では明らかにオーバースペックでコスト高になっているにもかかわらず、日本市場向けの品質にこだわる企業も少なくありません。品質に過度にこだわることは競争力を低下させるだけでなく、イノベーションのジレンマの罠に陥る原因になることも意識したいものです。品質を上げる以外の差別化要素、あるいは「新しい勝ち方」を構想することが望まれます。

■黒字になれば合格
多くの企業の経営者はまず単年度の黒字を最低限の必達ラインとして設定することが多いようです。もちろんそれにも一理ありますが、ファイナンス的な発想で考えれば、ROIC=ROCE(使用資本利益率)が時価ベースでWACC(加重平均資本コスト)を超えなければ企業価値は下がってしまいます。つまり単に黒字を出すだけでは資金提供者に報いるという義務は果たせていないわけで、本来のハードルはWACCを超える使用資本利益率であるべきです。これはまだ多くの企業では認識されていません。財務部門だけではなく、事業部門の人間ももっとファイナンス的なリテラシーを高める必要があると言えるでしょう。

ビジネス風景の変化

■大企業の社長は生え抜き
もちろん例外もありますが、たとえば経団連の主要企業の集まりでは、いまだに社長は「新卒からその会社一筋でキャリアアップ。転職経験や起業経験は無し。シニアの男性」という光景が見られます。これは社会全体の活力という面からみても健全な姿とは言えません。もっと社会のダイバーシティが増し、また転職などが身近になることを期待したいものです。

■学生が就職活動で大企業に入ろうと血眼になる
上記の話とも連関しますが、「最初に入った企業で正社員として就職できるかどうかで人生の方向性がかなり左右される」、さらには就職活動時の景気で人生が左右されるというのは好ましい姿ではありません。欧米のあり方がベストとは思いませんが、もっと柔軟な雇用のあり方や企業と若手社員のマッチングが必要なはずです。

■出身大学(学部レベル)の名前がものを言う
欧米なども学歴社会とは言われますが、学部レベルの卒業校よりも、修士や博士を持っているか、それはどこの大学のものかをより重視します。一方、日本ではなまじ博士号を持っていてもあまり評価されませんし(特に文系)、新人の最初の配属なども学部レベルの学校名で決まってしまうこともあるなど、いびつな学歴社会になっています。18歳時の学力とは別のもので評価されるべきでしょう。

■稟議書に印鑑
筆者はたまたま稟議書を回す企業に所属した経験がないのですが、日本全体を見るといまだに印鑑文化、稟議文化は健在です。ネットでも話題になった「稟議書は役職が下になるにしたがって左に傾ける」という都市伝説(?)すらあります。合意形成はもちろん必要ですが、グローバル化し、スピードが重要な昨今、こうした形式へのこだわりは捨ててもいいのではないでしょうか。

■役所の文書では元号を使う
最後にこの特集とも絡む元号関連の話をします。正式な文書で元号を使わなくてはならないことに不便さを感じている人は少なくないでしょう。5月から始まる新しい元号が何年続くかは分かりませんが、仮に今後、天皇の退位が同じ年齢だとすると、現在の秋篠宮殿下が天皇となる次の次の元号は6年で終わってしまうことになります。計算などもかなりややこしくなるでしょう。元号廃止などと叫ぶつもりは全くありませんが、もう少し利便性に配慮してもらえると嬉しいなとは思います。

嶋田 毅

グロービス電子出版 発行人 兼 編集長出版局 編集長

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。

グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。