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投稿日:2019年02月28日

投稿日:2019年02月28日

「実務」を減らせば「チャレンジ」が増える!「働き方改革」こそイノベーションへの近道~小室淑恵×ジャパネット・髙田×さくらインターネット・田中×マニュライフ生保・吉住

髙田 旭人
株式会社ジャパネットホールディングス 代表取締役社長 兼 CEO
田中 邦裕
さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 最高経営責任者
吉住 公一郎
マニュライフ生命保険株式会社 取締役代表執行役社長 兼 CEO
小室 淑恵
株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長

本記事は、G1経営者会議2018「働き方改革でゲームチェンジ~優秀なタレントを採用・維持する人事戦略~の内容を書き起こしたものです。(全2回 後編)前編はこちら

小室淑恵氏(以下、敬称略):これからは「子育て」より「介護」のほうが大きな問題になっていきます。大成建設さんでは、今は育児で休んでいる女性より介護で休んでいる男性のほうが多いんです。日本社会はもっとそちらを見ていかなければいけない。

しかも、介護の場合は分かりやすく身体的な変化が訪れたりしません。職場が気付かないうちにその必要性が発生して、それでご本人が会社に言ってくるときは、もう「辞める」と言う段階になっていることが多い。でも、そこで柔軟な働き方があれば、介護にあたる方々が辞めるという選択肢を取らなくて済む筈なんですね。ですから、女性だけでなく、40~50代でスキルを最も高めている男性がしっかり働き続けられる状況をつくるのも働き方改革なんだというマインドチェンジが必要かと思います。

では、いわゆる(社内で働き方改革を行う際の)抵抗勢力のことも伺ってみたいんですが、吉住さんの場合、かつてはご自身がそうだったということですかね。

大事なのは「経営トップの揺るぎないコミットメント」

吉住公一郎氏(以下、敬称略):そうですね。私自身が抵抗勢力でしたし、ディストリビューション系(マニュライフ生命における営業部門のこと)は皆そうだったと思います。僕がそうだったからというわけもなくて。ただ、そういうものは誰もが持っているのだと思うんですよね。その意味で言うと、抵抗勢力というものに腹落ちさせることは難しいです。自分がそう思っているとき、腹落ちして納得していたかというと、ギャビンと話をしていてもなかなか腹落ちはしていませんでしたから。

でも、彼は不屈の信念で臨んできた。だから「じゃあ、そこまで言うんだったらやってみよう」と、率先垂範してやっていこうと考えたところから私も変わりました。その意味では、大事なのは働き方改革といったものに対する経営トップの揺るぎないコミットメントですとか、思いなんじゃないかなと思います。

それで自分がCEOになったときは、タウンホールミーテイングで全員に話しました。「自分は抵抗勢力だったけれども、やっぱりこれは進める」と。それで「え?」と思った人はいるかもしれません。ただ、今は自分としてもそこで十分にリーダーシップを持って進めることができているし、それに皆もついてきてくれていると、ひしひしと感じている状態です。

それともう1つ、数値にこだわらないことも大切だと思います。エンゲージメントスコアにしてもNPS(Net Promoter Score)にしても。むしろ本質的なものが何なのか、と。「なぜここでエンゲージメントが上がらなかったのか」「なぜここでNPSが上がらなかったのか」という本質に着目して、それをどう改善していくかを考えることが大事なんだと思っています。

小室:いろいろな企業さんを拝見していると、フルコミット営業ですとか、営業系の方になればなるほど、働き方改革に対する抵抗は、なかなかに手ごわくなると感じます。ただ、先ほど吉住さんがおっしゃっていたように、そうした方々も社員が元気になってきたところを見ると意識を大きく変えることが多いんですね。本来は「もっと社員にとって働きやすい会社になって欲しい。社員にイキイキして欲しい」という気持ちを、営業系の方は強く持っていらっしゃいます。で、会社によってはそれが今うまくいっていないことも感じていらっしゃる、と。そこで、「まさかその解決策が働き方改革だったのか」という風につながると、腹落ちされるようになるのかなと感じます。田中さんはいかがでしょう。

田中邦裕氏(以下、敬称略):抵抗勢力は自分自身ということだと思うんですね。どうしても「利益を出さなくてはいけない」と株主もいますから、そういう漠然とした感覚があって。でも、直近の利益を出すことよりも継続的に会社が成長すること、そして、いやらしい話ですけれども、株価が上がり続けることのほうが、株主にとっては重要なんだ、と。そこが自分なりに腹落ちするまでには時間がかかりました。

小室:髙田さんはいかがですか?

「成果を出そう」と思ったら「働き方」を変えないといけなかった

髙田旭人氏(以下、敬称略):当社の場合、「働き方改革をしよう」と言って動き出したわけではないんです。ただ単に、生産性というか、「成果を出そう」と思ったら働き方を変えないといけなかった、という順番なので。ですから、その意味では私自身もまったく迷いがありませんでしたし、たとえば働き方改革に関する書籍等を事前に読んでいたということもなくて。あとでたまたま何かの書籍を読んで「あ、自分のやっていたことが働き方改革だったんだ」という感じでした。

結局、理屈は皆が分かっているんですよね。「生産性を高めたほうがいい」「時間を短くしてメリハリつけたほうがいいよね」といったことは皆分かっているので、大事なのはそれを体感させることだと思っています。

小室:働き方改革でよくある誤解として、「業績が下がるのでは?」と思われることは多いと思うんですね。「だから余裕がある時期にしかはじめられない。それは今じゃない」と。そのあたり、本当に業績に対してマイナスなのか、それともプラスなのか。経営者の方々は「どうやってイノベーションを起こすか」といったことを常に考えていると思いますが、ではイノベーションと働き方改革は、どんな風につながっているのか。その辺についても伺いたいと思っていました。田中さんはいかがですか?

「実務の時間」を減らすことで「チャレンジの時間」が増える

田中:日本は製造業が強過ぎると思っています。壇上3社は製造がないという点で共通していますけれども、一般的な製造業の商品開発プロセスでは、企画、設計、開発といったものの次に製造があって、その次に流通があり、その先に顧客がいますよね。でも、我々の会社には製造工程がほとんどありません。また、ソフトウェアはコピーできるので、流通もほとんどありません。ダウンロードすれば一瞬です。

でも、日本の会社さんの多くは、そこで製造工程があるかのように振舞ってしまっているのかな、と。イノベーションというのは製造工程で起こることもあれば、その前段階となる企画・設計・開発の工程で起こることもあります。でも、自動車のように工場自体にイノベーティブな部分がある場合を除いて、日本ではほとんどの製造企業さんが自社で生産していないですよね。下請けの工場がつくっていたり、生産を海外に移転したりしています。それなのに、なぜ製造工程でイノベーションが生まれると考えていらっしゃるのかが、私としては理解できないというか。

上流の工程では長く働いても意味がないんです。製造や流通であれば働く時間が長くなればなるほど生産量も増えますが、企画・設計・開発というのは頭のなかで考える仕事ですから、どちらかというと働く時間が長くなっても意味がない。そこで日本の企業さんは、どうしても製造があるかのように考えてしまって、それで長く働いてしまうんだと思っています。でも、上流工程では、基本的には時間に余裕がないと新しい知識を取り込むことができないんですね。

そう考えると、働き方改革によって定時で帰ることができるようにする程度でもだめで、本当はさらに短くしないといけない。私は、実務とチャレンジの2つが仕事だと思っています。でも、当然ながら実務の時間が増えればチャレンジする時間は減ります。ですから、そこで実務が3~4時間で済むよう改善していくことによって、新たなチャレンジをするタイミングもやってきますし、いずれはそれがイノベーションにもつながるという風に考えています。

小室:その結果として、今はどのようなチャレンジができているとお考えですか?

田中:最近の面白いチャレンジとしては宇宙事業というものをやっています。国が持っている数々の衛星観測データを民間移転して、たくさんの会社が安く使えるプラットフォームをつくるというプロジェクトです。これは今まで大手のSIerさんが国から受託していたんですが、それを我々が受託できたんですね。

以前であれば、そういう海のものとも山のものとも分からないような飛び地的ビジネスって、絶対にやらなかったんです。でも、働く時間が短くなって皆に少し余裕ができてきたなかで、「これ、面白そうだ」「宇宙のデータはサーバー事業に絶対つながるはずだからチャレンジしよう」と言う人が出てきました。それで、実際になんとか落札することができた。

そうしてスタートしたら、実はやりたいと思っていた人が社内に結構いました。宇宙っていうとロマンがあるじゃないですか。それでワラワラワラっと10人ぐらい、「やりたい」と手を挙げてきました。しかも、それがやりたくて社外の大手ベンダーさんから、転職ではないですが「100%のコミットでプロジェクトに参加したい」と言ってくれる人まで出てきまして。それで、今はその大手企業の肩書きを持ちながら当社で働いている、20代や30代前半の博士号を持った人たちもいる状態です。

少し言いにくいんですが、大企業さんというのは数多くのいい人材を、「埋蔵」されているというか(会場笑)、パフォーマンスの高い人も実務をしているので余裕がないというか。でも、製造工程では同じことをできる人が数多く必要とされる一方で、専門性やタレント性はあまり必要とされないように思うんですね。

他方、企画や研究開発等々、それより前の工程では専門性が大変重要になります。でも、そちらのほうに行くことができていない優秀な人材が、日本の製造業には多い。生産や製造のほうに行っているので。ですから、そういう人たちに上流工程で働いてもらうことによってイノベーションも生まれるようになると思っています。そうした会社さんも頑張っていらっしゃるとは思うんですが、20代の人間をすぐさまチャレンジングな環境に置くほど日本の環境は寛容でないところもあるので。

ですから、働き方改革では時間を短くするだけではなく、若い人にもっと挑戦するチャンスを与えることも重要になると考えています。少し話が逸れましたけれども。

小室:これは多くの企業で現在起きていることですが、本来は「未来に向けた芽になる」ということで飛びついておいたほうがいい仕事についても、社員が疲弊していると「そんな仕事、取ってこないでくれ」という風に拒否してしまうという。

その状況が変化して、「やりたいです」と言えるような“余白”ができるようになったということですね。そこで新しい仕事を取ったら、社内外から良い人が、仕事自体に魅力を感じて集まってきた。そうなれば新しいイノベーションが起きるのも時間の問題、と。

田中:今は人手不足と言われていますけれども、人の数ではなくて専門性の不足だと思っているんです。なので、本当に優秀な人たちをチャレンジできる現場に持っていくことが重要になるのかなと思っています。

小室:ありがとうございます。では、この辺で会場からもご質問をいただきたいと思います。

質問1)会議などの「意思決定プロセスの時間」を縮めるための工夫を何かしているか?

髙田:そこは本当に大きなテーマで、私らも力を入れています。たとえば私は1日10件ぐらいの会議に出ていて、60ぐらいの部門と直接やりとりをするようにしていますが、そこでいくつかのルールを設けています。「48時間前までに議題をすべて出してください」というルールと、「資料の印刷は5ページまでで、かつ喋っていいのは1ページにつき二言まで」というルールです。クリエイティブな会議ではそのルールを除外できますけれども。

会議でよくあるのが、話したいことがあったんだけれども、直前になって「やっぱり磨かれてないからちょっと隠そう」といったケースなんですね。それをたまに見つけて、「あの件は?」と聞くと、「すいません。まだ社長に報告できるレベルではないので」と。それで3ヶ月ぐらい経っている、なんていう案件があったりします。ですから、48時間前に出すものを決めるようにしてもらいました。それと、会議で配る印刷物についても、読む時間がもったいないので「1ページを見れば分かるようにしてください」と。

それともう1つ、会議以外でもルールを設けました。「とりあえずうまくいったから社長の耳に入れておきたい」といった案件については、タイトルに「耳」と入れたうえで私にメールするようにしてもらっています(会場笑)。これは「耳メール」と呼んでいて、1日に10件ぐらい私宛てに届きます。本当に細かいことです。「この前お話ししていたことがうまくいきました」なんていう。ただ、CCには関係する役員や部門長の名前を入れてもらっているんですね。で、私もそのメールにはだいたい返信するんですが、CCに入れておけば、たとえば「あ、これはいい取り組みですね」と返していることも皆に一瞬でシェアされるという。

ただ、それで会議の合間に「耳メール」を見たりしているんですが、そうするとさらに新しいルールが必要になります。ドサクサに紛れて「耳メール」に決裁を入れてくる人が出るんですよね(会場笑)。だから、そのときは「これは『耳メール』だから返す前提じゃないです」と。添付も禁止。Excelを貼って「どうでしょう」みたいな「耳メール」も来たりするので(会場笑)、「どうするも何もないから会議に出てください」と。その辺はかなり細かくルールを回しつつ、生産性を高めるように努力しています。

質問2)優秀な人材を維持し活躍してもらうために、時短以外で何か工夫していることは?

吉住:現在取り組んでいて、かつ今後さらに促進していかなければいけないと思っているのは、クロスファンクションモデルへの切り替えです。弊社はもともと国内生保を買収したところからはじまっていまして、部門ごとに優秀な人間を取ってきたんですね。でも、今はそれで各リソースがどんどんサイロ化していて、それがプロジェクトを回すうえで大きな弊害になってきていました。

それをクロスファンクションモデルにして、エキスパートがいろいろなことに関わるような形にしよう、と。併せて権限委譲を進めていくことで、我々経営が決めていくというより、皆で意見を出し合って決めていくような形に変わってきています。今はそうした取り組みが、すごく革新的なアイディアを生み出すことにつながったりしていますね。

生保業界というのは、なんというか非常に古くさいというか、どの会社もあまり変わらないようなところがあります。でも、商品の賞味期限は短い。そうした環境で、いかにお客さま目線を持つことができるかと考えると、まさに今お話ししたような取り組みが重要になると考えています。ですから、今後はいろいろな委員会やプロジェクトもすべてクロスファンクションでやっていこうと考えています。

質問3)スタートアップだと「徹夜してでも働きたい」という時期があると思うが、それはどう位置づけるべきか?

田中:私はそういうタイプだったんですけれども、今は長く働くことが悪なのではなくて、寝ないことが悪なのだと思っています。かつ、機嫌が悪いのが悪だという風に思っているんですね。スタートアップとして、私は自分が大失敗したと思うことがあります。今は上場したから成功したと言われていますが、もっと早く上場できていたかもしれないし、もっと大きくできていたかもしれないし、もっと世界に出ることができていたかもしれなかった。そのチャンスを我々はみすみす失ったのだと思っています。

本来はそうしたチャンスを掴むために、これまでの22年のなかで、もっといろいろな人に会っておくべきだったし、もっといろいろな価値観に触れておく必要があったと思うんです。あるいは、今は「あのとき、もっと機嫌良くしていれば、もっとうまくいったのに」と思うことばかりなんですね。でも、それができなかった一番の源泉は、寝なかったこと。また、自分に“余白”をつくっていなかったことだと思っています。

実は現在、私は数多くのスタートアップでメンターをしているんですが、今ご質問いただいたようなお話を彼らからも毎回聞きます。「我々には時間がない」と。ですから、そこで「じゃあ、あなたは僕がメンタリングをしているこの時間も嫌なんですか?」と聞くと、「いえ、すごくいい時間だと思います」と言うんですね。

なので、「じゃあ、僕よりもっといい経営者に、もっとたくさん会ったほうがいいよ」と。「そのためには、あなたは今ここで実務をしている場合じゃないのでは?」と言っています。「おまけに、あなた、今ちょっと寝かけたよね」と(会場笑)。「眠たいんでしょ?」って(笑)。

とにかく、私は昨日9時間寝ましたし、一昨日も8時間寝ました。7時間以上寝た人に手当をあげようかと思っているぐらいです(会場笑)。週に1万円あげようという話をしていまして、そうすると年間48万円、年収が上がります。それぐらい、きちんと寝ていて機嫌がいいことはすごく重要だし、長い時間働くことによって周囲を振り回したりしないということも重要だと考えています。ですから、今はそういう文脈でスタートアップ企業の経営者にも滔々と説いております。僭越なお話ですみません。

髙田:私もその点で社員によく言っていることがあります。仕事というのは基本的にアウトプットですけれども、一方で「インプットを仕事と捉えるかどうか」という議論があると思うんですね。で、それについて、ある書籍を読んで「いいな」と思ったのが、縦軸に「心」と「体」、横軸に「鍛える」と「休める」という指標を置いた4象限のモデルで考えることでした。

このモデルで考えると、心を休めるというのは好きなことをしたりすることで、心を鍛えるというのは本を読んだりメンターと会ったりすること。そして、体を休めるというのは寝たりマッサージをしたりすることで、体を鍛えるというのはジムへ行ったりすることになります。

そこで、休みを増やしたあと、会議でそのモデルを提示して「皆さんは休日、この4分割ではどこに何%ずつ使っていましたか?」ということで5分ほどディスカッションしてみたんですね。すると、皆ほとんど「休める」ばかりということが分かりました。それで心と体を鍛えていない人が多い。逆に、そちらばかりで休んでいない人もたまにいます。その意味では、休日にその4象限をどうバランスさせるかを意識すると、インプットも磨くことができていいのではないかなと思っています。

小室:ありがとうございます。今回の労働基準法改正は月間労働時間の上限を定めるという部分が前面に出ています。私はこの点について加藤勝信厚生労働大臣と何度もディスカッションしたんですが、本当は総労働時間の上限よりもインターバルを設けることのほうが重要だと考えています。インターバル規制はEUですべての国が批准しています。前日の仕事を終えた時間から11時間を空けないと、翌日の業務を開始してはならないというもので、警察や消防でも9~10時間のインターバルが入っています。

どんな繁忙期でも、たとえば上司が先に帰るとき、残っている部下に対して「あなたは何時に帰るの?」と聞いてあげたうえで、「その帰社時間から11時間経たないと出社しちゃダメだよ」と。そうして「あなたは明日朝一番の朝礼に来なくていいからね」という一言をかけて11時間空けさせる。これができると、通勤や食事の時間を差し引いても7時間の睡眠が確保できるというわけです。

慢性疲労研究センターの佐々木司センター長によると、睡眠というのは、その前半で体の疲れ、その後半で精神の疲れを取るという役割を果たすため、前半の3時間半で眠気が飛んで仕事自体はできるそうです。それで、ちょっとアドレナリンも出て「もっと仕事がしたい」なんていう感じにはなるというんですね。

けれども、それだとコップに溜まったストレスの上に、翌日はさらに新しいストレスが溜まっていく。すると、最後はほんのちょっとしたことで「いなくなりたい」「死にたい」というところまで進んでしまう。たとえば過労自殺の記事等で、何かの一言をかけられたことで死を選んでしまう人について、「同じ言葉を他の人にかけても問題にはならないのに、どうしてその人だけ?」といった感覚になることはあると思います。でも、それは「後半の睡眠」を取れていないのが非常に大きいということなんですね。

でも、そこでコップを1回空にすると、翌日もまた溜めることができる。ですから、どうやってそのコップを空にできる7時間睡眠を設けるかを考えていく。そうすることで、月間労働時間の上限を設けるよりもさらに高い確率で、メンタル疾患や過労自殺を防ぐことができるのではないかなと考えています。

質問4)外注先企業やフリーランスの方に対して、何か働きかけをしているか?

吉住:弊社は生命保険ですからディストリビューターさんがいらっしゃるんですね。専属の営業職員という直販の人と、あとは代理店さん。代理店さんも、プロでやっていらっしゃる方から銀行や証券等々、いろいろいらっしゃいます。この場合、働き方改革を進めて、たとえば皆が時短になって会社に誰もいないうような時間帯が増えると、そうした相手先との関係がどうなるのかというお話が出てきます。

ですから、そこのところは役割分担が欠かせないと思っています。そこで、クロスファンクションのような形にしたり、コールセンターまたはサポートデスクの充実によって土日に対応したり。そのうえで、そこだけに負荷がかからないような形でローテーションを回すということも、経営側は常に考えないといけない。やはり相手があることですから。我々だけが社内で「働き方改革だ」と言って業績を伸ばすということでは決してないと思っていますし、そうした役割分担の努力が必要になると考えています。

小室:重要なご質問だと思います。少し前までは自分の庭先だけをきれいにするような働き方改革が多かったんですね。でも、それをやると、より下流工程を担う企業の残業が増えるだけでおしまいということになる。それで、結局はそれをやった企業さんの生態系そのものが滅んでいくという。それが一番顕著だったのは物流だと思います。トラックドライバーが仕事として嫌われてしまって人手不足になった。でも、その人たちがいなければ成り立たないわけですね。この点、大塚倉庫さんの素晴らしい事例を少しご紹介させてください。

大塚倉庫さんの場合、ドライバーは自社の従業員ではありません。でも、「ドライバー不足で自分たちの業界は危ういんだから」ということで、なぜドライバーの方々が長時間労働になっているかを聞いて回ってみたそうです。すると、前日に車を倉庫につけて順番待ちをしないと翌朝一番で荷積みができないから、それで車中泊をしていることが分かりました。かつ、車中泊の時間は休憩にカウントされていたんですね。これが長時間労働の原因で、収入にもつながっていませんでした。

というわけで、大塚倉庫さんはそこにITを入れて、スマホから予約できるようにしました。また、それで荷物の中身も前日に登録しておいてもらえるようになったので、急に「冷凍品が来た」という風になって倉庫側が困ることもなくなるし、Win-Winになる、と。ドライバーの方も夜中じゅう待つ必要がなくなります。「翌朝9時」と予約したら9時10分前に車をつければ、すぐに荷積みができてスケジュールも狂わないようになりました。

「そうしたIT化はいつでもできたことなのに、なぜ今までやっていなかったんですか?」と伺ったら、待たせておくことが倉庫業と物流業の上下関係を保つための重要な儀式だったそうで(会場笑)。でも、「そういうことをやるから滅んでしまうんだ」ということで、結果としては物流側も巻き込んで、むしろそちらの働き方改革を率先して進めていきました。生態系全体があってはじめてビジネスができるので。そんな風に、これからは自分の庭先だけをきれいにするのではない働き方改革が重要になるということも、最近は強く感じています。

質問5)「働き方改革」は大企業でないとできないのか?

田中:今でこそ我々は一部上場しましたけれども、いまだに中小企業に近い陣容です。でも、どちらかというと大企業よりも中小企業のほうが本来はやりやすいのだろうと思うんですね。1つボトルネックがあるとすれば、中小は今のお話にもあった通り、エコシステムのなかで弱い立場に立たされやすい点だと思います。

働き方改革については中小企業こそ現在のビッグウェーブを乗り切ったほうがいいと思うんですね。世間が「中小企業まで含めて働き方改革をするべきだ」という世の中に、今はなっているので。ですから、たぶん5年前はできなかったんですが、今やれば褒められるはずなんです。むしろ、今はそうした中小企業をいじめている大企業のほうが名指しで怒られるぐらいだと思います。

とにかく、今はそうした上下関係というか、強いところと弱いところがガラッと入れ替わっています。たとえば供給する人よりも、ソーシャル等ですぐ情報発信できる需要側の人のほうが強くなっていたり。今のこの流れであればいけると思うので、むしろ大企業よりもスムーズに動ける中小企業の強みを生かして欲しいなと思っています。

髙田:これは何事にも言えることだと思いますが、リスクに対する許容度というのは会社ごとに差があると思うんですね。あるいは、成功する確率というか、働き方改革が生産性向上につながるんだという信頼度も個人によって認識が違うと思います。ですから一概には言えませんが、少なくとも私は「働き方改革によって生産性が高まってパフォーマンスが向上する」と、9割方、確信めいたものがありました。あと、リスクを取る余力も比較的あったので、運が良かったなとは思います。

とにかく、リスクの許容度は会社ごとに違っているし、それ自体は変えられないので、あとはどれだけ確信めいた事例を学び、いろいろなアイディアを積み上げていくかという掛け算が大切になるのだと思います。私の場合はそれで実際に進めてみると、社員が思いのほかやってくれたという。ですから、私のほうも「ここまでやってくれたから応えないと」となって、すごくいい信頼関係ができたと今は実感しています。

小室:経営者のほうから先に働き方改革の札を切っちゃうというか、それによって引き出された社員のコミットメントが想像以上に大きかった、と。

髙田:いろいろな場面で「こういう思いでやっています」ということを直接言っていますから。「ベースアップは最後にこういうことを準備しているから待っていてくださいね」というようなやり方ですね。

小室:来春の法改正は大企業向けで、中小企業には数年の猶予があります。ですから、それで勘違いをしてしまって「自分たちは数年後に変わればいいかな」と、リミットを少し後ろに置いてしまう中小企業も多いと思います。でも、よく考えてみると、この人手不足ですから、大企業が来年の春に向けて一斉に働き方改革を進めたら、そちらに人を取られてしまい、中小企業のほうは採用しづらくなりますよね。なので、法律的に猶予はあったとしても「自分たちのリミットは来年の春なんだ」と、同じリミットを置く必要があるんだと思います。

質問6)「働き方改革」を進めると手取りが減る人も出て、景気減退につながるのでは?

吉住:「働き方改革をやると残業代がなくなるから給与が減る」というのは、まったく逆だと思いますね。業績が上がりますから、当然ながら賞与ファンドは増えます。ですから手取りは増える筈ですし、現に当社でも増えています。最初はそういう話も出ました。「私たち、残業代がないと」とかね。でも、今はそれがまったく逆だったと、弊社の従業員は感じているんじゃないでしょうか。働き方改革を進めれば、生産性が高まってエンゲージメントも高まる。それによっていい仕事ができて業績が上がる。業績が上がると実入りが良くなる。そういう流れなんだと考えています。

小室:ありがとうございます。もう1つ事例をご紹介させてください。こちらは私も衝撃を受けた事例です。三菱地所プロパティマネジメントさんは、残業時間が30%以上減って1億8600万円が浮いたんですけれども、それを全額、社員の方々に還元しました。で、さらに驚いたことがあります。同社の社長は今年の春、社員の方々とそのご家族が集まるイベントで、「2015年の残業代に比べて減ったぶんは、今後、2022年まで全額還元し続ける」という約束をしたんです。なぜか。「残業代を減らしたいからやっているんじゃないということを、本当に分かって欲しいんだ」と。仕事の内容そのものを見直すフェーズに、早く意識を切り替えて欲しいから、これだけのことをするんだというメッセージを出したわけです。

それで、私たちがコンサルに入った当初は一番の抵抗勢力だった営業部さん、ビルのテナントに入っていただく営業をする部署ですが、その営業部さんも大きく変わりました。そのなかで、「ビルの真ん中に『コトフィス~こどもとはたらくオフィス~』というスペースをつくろう」という発想の転換も起きています。「今後入ってくるテナント企業の社員の方々は、子連れ出勤が増えるんじゃないか。 それなら、子連れでも仕事ができるスペースをビルの真ん中につくったら、各企業はそれを福利厚生としてPRすることもできる」というわけですね。

つまり「自分たちの仕事は床面積を売ることだと思っていたけれども、入るテナント企業の働き方を支援して、企業の付加価値を高める仕事をしているんだ」という風に、考え方をガラッと変えたんです。すると、テナント料を上げてもすべて埋まるという結果につながりました。そんな風に、自分たちの仕事はなんなのかという価値観を変えるところまで進めることができたら、働き方改革の本当に大きなイノベーションになるのではないかなと思っています。では、最後に経営者がやるべきことを一言ずついただいて終わりにしたいと思います。

髙田:「信じること」だと思います。ありがとうございました(会場拍手)。

田中:「休むこと」だと思います。ありがとうございました(会場拍手)。

吉住:「コミットする」ことだと思います。ありがとうございます(会場拍手)。

小室:本日はこの分科会に参加いただきましてありがとうございました。来られなかった方々にも、ぜひ「この分科会、すごかったよ」という話をぜひ広めていただければと思います。どうもありがとうございました(会場拍手)。

髙田 旭人

株式会社ジャパネットホールディングス 代表取締役社長 兼 CEO

田中 邦裕

さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 最高経営責任者

吉住 公一郎

マニュライフ生命保険株式会社 取締役代表執行役社長 兼 CEO

小室 淑恵

株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長

株式会社資生堂にて社内ベンチャー起業後、2006年に株式会社ワーク・ライフバランス設立、代表取締役に就任。残業を削減して、業績を向上させるコンサルティングを900社以上に提供している。「経営戦略としてのワーク・ライフバランス」などの講演を年間約250回 企業や行政・教育機関などに依頼いただいている。

2014年9月からは、安倍内閣産業競争力会議の民間議員。2015年2月から、文部科学省中央教育審議会委員。他に内閣府子ども子育て会議、経済産業省産業構造審議会、厚生労働省年金部会、農林水産省フードアクションニッポン戦略会議などの委員を務める。

2004年、日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2004・キャリアクリエイト部門受賞。2006年、日本ブロードバンドビジネス大賞受賞。2014年、ベストマザー賞(経済部門)受賞。金沢工業大学 客員教授。

著書は『6時に帰るチーム術』(日本能率協会マネジメントセンター)、『全員成果を出して定時で帰る会社の毎日楽しく働く秘訣』(中央公論新社)、 『あなたが輝く働き方』(PHP研究所)など29冊。

プライベートでは二児の母であり、自身も社員も全員残業ゼロ、有給消化100%で創業以来増収増益を達成している。