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投稿日:2019年02月11日

投稿日:2019年02月11日

嵐の活動休止で考える「中年の発達課題」とSMAPとの違い

金子 浩明
グロービス経営大学院 シニア・ファカルティ・ディレクター/教員

アイドルグループの嵐が、2020年をもって活動を休止すると発表した。その理由は、リーダーの大野智(38歳)の意向を尊重した結果だという。大野は会見で、「勝手ではありますが、一度何事にも縛られず、自由な生活がしてみたい、そう伝えました」と述べた。21年以降、大野は芸能活動を休止し、4人はソロで活動する。

嵐がデビューしたのは1999年。今年でデビュー20周年になる。ジャニー喜多川氏いわく「昔は、嵐くらいの年齢で歌ったり踊ったりすると笑われたものです」。当時はティーンエイジャーだったメンバーも、中年に差し掛かろうとしている。あと5年もすれば、全員が40代のオッサンだ。このままアイドルグループとしての活動を続けることへの迷いが生じるのは、自然なことである。

発達心理学者のE・H・エリクソン(1902~94)の「心理社会的発達理論(ライフサイクル理論)」によると、人間とは誕生から死まで生涯をかけて発達する存在であり、各発達段階に応じた危機(発達課題)に直面するという。発達課題は「成長・健康に向かうプラスの力」と「退行・病理に向かうマイナスの力」が拮抗している状態であり、両方の関係性が人の発達に大きく影響する。マイナスの力を抱えつつも、プラスの力をより強くすることで、社会に適応した健康な発達を遂げ、社会の中でより良く生きるための力が獲得されるとしている。(表を参照)

嵐は、ちょうど初期成年期から成年期に差し掛かる年代であり、2020年にはリーダーの大野も40歳になる。彼らは自分たちの発達課題を自覚したのかもしれない。そこで、ライフサイクル理論を用いて嵐の解散について考えてみる。

ライフサイクル理論に基づく、嵐の分析

■青年期:アイデンティティの確立(自己同一性 対 同一性の拡散)
青年期とは13歳から20歳くらいの期間(現代の日本では、30歳くらいまで)を指し、この期間のテーマはアイデンティティ(自己同一性)の確立になる。アイデンティティが確立する前は、自分が何者か分からない状況で、理想の人物の真似(同一化)をしたり、これまでの自分を否定したりしながら、所属する集団や人間関係の中で自分の居場所を確保しようとする。こうして、自分なりの価値観や仕事を見つけ、自分は自分であるという確信や自信(同一性)を獲得していくのだが、それに失敗した場合は、人格や情緒が不安定なままになってしまう。

嵐の場合はどうか。嵐は各メンバーのキャラクターが際立っている。正統派アイドル路線の松本、知的キャラクターでニュースキャスターも務める桜井、歌とダンスでグループを支える大野、ハリウッド映画にも出演し、役者としての評価が高い二宮、ほんわかキャラクターの相葉、それぞれが自分の居場所を確立していることを考えると、アイデンティティの確立に成功していると言えるだろう。

■初期成年期:他者と親密性の構築(親密性 対 孤独)
嵐のメンバーは「初期成年期」にあり、そろそろ「成年期」に差し掛かろうとしている。この時期は、同性の友人や異性の恋人などの信頼できる人物と親密な関係性(親密性)を構築することがテーマになる。親密性を構築するには、自分のアイデンティティと他人のアイデンティティを融合させることが必要だ。しかし、青年期に自分のアイデンティティが確立できていない人は、自我が失われることを恐れ、他人との接触を避けるので孤独に陥る。また、アイデンティティを確立していたとしても、自分が親密になりたいと思う相手が、ありのままの自分を受け入れてくれるとは限らない。そうしたときに人は不安や孤独感を覚える。

嵐はメンバー間での親密性は確立しているようだ。そう考える理由は、活動休止会見で二宮が語った「5人じゃなきゃ嵐じゃない」という発言にある。大野がメンバーに活動休止の意向を伝えたのは3年前で、残りの4人で活動する選択肢もあった。しかし、5人じゃないと嵐じゃない、ということで、グループとしての活動休止に至ったという(この点は、2016年に解散したSMAPと異なる)。

しかし、仕事では親密性を獲得している一方で、アイドルという職業上、プライベートでは課題を積み残している。各メンバーは恋愛のうわさはあるものの、公式にそれを認めたことはなく、いまだに全員独身である。グループとしての人気が高くなればなるほど、結婚が難しくなるのが現実だろう。現在の嵐はいまだにジャニーズのトップアイドルである(ファンクラブ会員延べ250万人、シングルCDを出せば50万枚は売れる)。

■成人期:次世代の世話・育成(世代性 対 停滞)
成人期前期(40歳~)では、「世代性」と「停滞」の拮抗が課題となる。40歳にもなると、肉体的にも精神的にも変化が乏しくなってくる。そして、これまでは自分の社会的地位を高めることに邁進してきた人も、周囲から「次世代を育成する役割」を期待されるようになる。これまで培った経験や知識をもとに、後輩(他者)から求められることを与え、支援していくことで、自分自身も成長し、活性化する。そうなると、ますます後輩から求められるようになる。しかし、後輩(他者)への関心が薄く、後輩に対して能動的な関わりを避けた場合、自己満足や自己陶酔に陥りやすくなる。それが「停滞」である。巷にいる、頑固な中年、話を聞かない中年をイメージすればよい。

嵐のメンバーは、数年後にこの課題に直面する年齢である。今はまだ自分たちのことだけ考えていればいいが、そろそろ次世代のことも考えねばならない。

SMAP、タッキーと嵐との違い

近年のジャニーズアイドルの中でも、タッキーこと滝沢秀明(36歳)は、すでに成年期の課題に向き合っているように見える。彼はジャニーズ屈指の人気アイドルであったが、2018年をもって芸能界を引退。今年1月に新会社「ジャニーズアイランド」(ジャニーズ事務所の子会社)を設立し、社長に就任した。彼は30代後半にして、演出家、経営者として、次世代アイドルの育成に専念する道を選んだ。

嵐のメンバーは現在35~38歳。タッキーと同世代だ。このままトップアイドルとして活動し続けていけば、成年期の発達課題をスルーしたまま、中年になってしまう。それは、「永遠の青年期」に留め置かれることを意味する。しかし、それこそが「アイドルの条件」なのかもしれない。つまり、アイドルの条件とは実年齢が若いことではなく、「いつまでも青年期にいる」ということなのだ。

イメージしてみると分かりやすい。例えば、松本が結婚して子供を作り、名門小学校のお受験に付き合い、入学式に出ている姿を。二宮が役者として劇団を立ち上げて後進の指導にあたり、頼れる座長として「オヤジ」などと呼ばれている姿を。このように、成年期の課題に向き合い、課題を克服している人はアイドルとして不適格だ。元TOKIOの山口達也は46歳の時に不祥事で引退したが、その内容は明らかに成年期の課題を克服するのに失敗した(本人の意識は20歳くらいのまま)と思われるものだった。

嵐より10歳上の世代で、青年期を40代まで続けた末に解散してしまったのがSMAPである。木村拓哉と他の4人との溝がクローズアップされたが、それもライフサイクル理論に照らせば当然だ。木村だけが20代で結婚して家庭を築いた。さらに役者としても成功し、若手俳優から相談を受けるような存在だった。永遠の青年期にいた4人と、ひとり成年期にいた木村拓哉。嵐とSMAPの違いは、ここにある。

中年男性アイドルグループは、世の中の写し鏡か

世間で流行している芸能や風俗は、今の世の中を写す鏡である。なぜ、現代の日本では嵐やSMAPのような中年男性アイドル(嵐を中年と呼ぶのはやや失礼なのを承知で)がトップアイドルとして君臨しているのか。冒頭のジャニー喜多川氏の発言に戻ろう。「昔は、嵐くらいの年齢で歌ったり踊ったりすると笑われたものです」。昭和のジャニーズは、基本的に20代前半で解散していた。あの頃と今で、何が変わったのか。

ここからは私の仮説だが、SMAPや嵐のように、成年期の発達課題をスルー(向き合っていない)している人が増えたのではないか。つまり、「青年期に留め置かれている30代~40代」が、同じく青年期に留め置かれている彼らを強く支持する(コアな支持層は女性)。

私がそう考える理由はいくつかある。ひとつは、未婚化と晩婚化が進んでいることに加え、恋愛自体をしていない独身者が増えていること(親密性に課題)、人口減少傾向によって、30代や40代でも職場で若手扱いされることが増えていること(世代性に課題)、などである。そう考えると、日本で中年男性アイドルが定番化してしまっているのは、喜ばしいことではないかもしれない。この流れだと、Hey!Say!JUMP(25~29歳)も40のオジサンになるまでアイドルであり続ける可能性が大きい。だからこそ、周囲の惜しむ声に屈せず、自分たちで新たな道を歩む決断を下した嵐のメンバーの勇気を称えたい。(敬称略)

金子 浩明

グロービス経営大学院 シニア・ファカルティ・ディレクター/教員

東京理科大学大学院 総合科学技術経営研究科 修士課程修了

組織人事系コンサルティング会社にて組織風土改革、人事制度の構築、官公庁関連のプロジェクトなどを担当。グロービス入社後は、コーポレート・エデュケーション部門のディレクターとして組織開発のコンサルティングに従事。現在はグロービス経営大学院 シニア・ファカルティー・ディレクターとして、企業研究、教材開発、教員育成などを行う。大学院科目「新日本的経営」、「オペレーション戦略」、「テクノロジー企業経営」の科目責任者。また、企業に対する新規事業立案・新製品開発のアドバイザーとしても活動している。2015年度より、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)プログラムマネージャー(PM)育成・活躍推進プログラムのメンター。