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投稿日:2019年02月01日
投稿日:2019年02月01日
AIに職を奪われないための「メタ能力=能力をひらく能力」
- 村山 昇
- キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
AIの進化が問題ではなく、人間のAI化が問題
「AI(人工知能)の進化によって、自分の仕事がなくなるのではないか」という議論が最近よくわき起こります。著書『ウォールデン 森の生活』で知られる19世紀の思想家、ヘンリー・デイヴィッド・ソローは次のように書いています───
「私たちはもはや、みずからつくった道具の道具になってしまった」。
AIが人間の職を奪うかどうかの議論において真の問題は、AIの高度化ではなく、むしろ人間のAI化だといえるのではないでしょうか。つまり、AI自体は道具であり、それを人間が賢く使いこなすことができれば危惧や不安は起こりません。ですが実際は、人間のほうがAIと同じ土俵に下りてしまっていて、やれ計算能力はどっちが上だとか下だとか、やれ記憶能力はどっちが優れているか劣っているかの競走意識になっているわけです。
閉じたルール・閉じたシステムの中での合理的処理作業なら、もはや人間は機械に勝てません。しかし、幸運なるかな、深遠なるかな、この世の中はオープンなシステムです。そこには、正解のない問いがたくさんあり、ときにルールの外に答えをつくり出す醍醐味があり、非合理的な決断がむしろ幸福を生むことだってあります。そこにおいて、人間がAIの確固たる主人になれるなら、手段であるAIの進化はまったく歓迎すべきことです。逆に、ソローが今から160年も前に言及したとおり、人間が道具の道具になり下がってしまうと問題は深刻になります。
今回は能力の高次化という観点から、人間が持つかけがえのない能力とは何か、事業・仕事・キャリアにおける自分の存在意義は何かについて考えたいと思います。
ある能力には長けていても……
組織の中には、特定分野の知識が豊富な人、ある処理技能に長けた人、修士号や博士号を修めた人、利発的でIQの高い人などがいます。しかし、そうした人たちが必ずしも仕事で高い成果をあげたり、独創的な提案をしたりするわけではないことを、私たちはいろいろと見聞きしています。
「タコ壺(ツボ)的に深い知識があるがそれを他に展開できない」
「言われた作業は器用に処理できるが、何か新しい仕事を創造することは苦手である」
「才能に恵まれているのに、何かと組織への不満を言い、自分ごとで取り組まない」
こうした人たちは、いわば「能力がありながら、能力がひらけない/ひらこうとしない」状態に陥っています。もっと厳しく言えば「ある次元の能力保持で満足していて、それより高い次元での能力発揮に怠けている」。なぜこういう停滞が起こるのか――それを考察するために、私が持ち出したいのが、「メタ能力」という概念です。
メタ能力の「メタ(meta)」とは「高次の」という意味です。たとえば心理学の世界では、「メタ認知」という概念があります。メタ認知とは、認知(知覚、記憶、学習、思考など)する自分を、より高い視点から認知するということです。それと同じように、本稿では「能力をひらく能力」として「メタ能力」というものを考えます。
【Ⅰ次元能力】能力をもろもろ保持し、単体的に発揮する
「〇〇語がしゃべれる」「数学ができる」「記憶力が強い」「幅広い知識がある」、「文章力が優れている」「表計算ソフト『エクセル』の達人である」、「〇〇の資格を持っている」「運動神経が鋭い」「論理的思考に長けている」――これらは単体的な能力・素養です。これらを発揮することがⅠ次元ととらえます。
【Ⅱ次元能力】能力を“場”にひらく能力
私たちは仕事をするうえで、能力を発揮する「場」というものが必ずあります。たとえば、家電メーカーの営業部で働いているとすれば、その営業チームという職場、営業という職種の世界、そして家電という市場環境。一般社員であるか管理職であるかという立場。これらが「場」です。そして場はそれぞれに目標や目的を持っています。
私たちは、もろもろに習得した知識や技能(=Ⅰ次元能力)を、「場」に応じてさまざまに編成し、成果を出そうと努めます。このⅠ次元能力の一段上から諸能力を司る能力が、Ⅱ次元能力です。俗に言う「仕事ができる人」というのは、単体の能力要素をただ持っている人ではありません。どんなプロジェクト、どんな職場、どんな立場を任せられても、Ⅰ次元能力を自在に組み合わせて、着実に成果を出せるという人間です。
単に「~を知っている」「~ができる」というレベルと、場の要請を感じ取り、それに応じた成果を出せるというレベルは明らかに違います。この違いこそ、Ⅰ次元能力とⅡ次元能力の違いです。
【Ⅲ次元能力】能力と場を“意味”にひらく能力
能力の高次元へのシフトはこれで終わりではありません。もう一段高い移行がⅢ次元能力です。これは自分が持つ諸能力とそれが発揮される場を、意味のもとにひらいていく能力です。
例えばここで、大学でロシア文学を専攻したAさんを例にとってみましょう。Aさんにはもちろんロシア語で読み書きできる能力があります。これはⅠ次元能力としての素養です。
そんなAさんは総合商社に就職し、ロシアに自動車を輸出する部署に配属になりました。そうした場を与えられたAさんにとって必要になるのは、ロシア語だけでなく、貿易知識、交渉術、人脈構築力、異文化理解などさまざまな業務遂行能力です。これらを身につけ、組み合わせて自動車販売の成果を出していく。そして事業・組織に貢献していく。これがⅡ次元への能力高次化です。こうすることで単にロシア語が話せるAさんは、仕事のできる商社マンになっていくのです。
そしてAさんは自動車輸出部門での活躍が買われ、その後ロシア駐在となり、エネルギー開発部門に異動となりました。そこでもAさんは語学力をもとに、その他の能力を組み合わせて着実に成果を出していった。これは「場X」から「場Y」へと移っても、同じように成果を出すべく能力をひらいていけたことを示しています。Ⅱ次元の中での成熟化といってもいいでしょう。
さてさらに、ロシアでの仕事が長く続いたAさんはやがて支社長となり、次第に日本とロシアの文化交流に貢献したいと思うようになりました。彼はビジネスで築いた人脈と立場を活用し、いろいろなイベントを企画・推進することに汗を流すようになります。「民間外交・文化交流こそ平和を築く礎」という信念のもと、これまでのキャリア・人生で培った能力を惜しみなくそこに発揮しました。そしてその活動は定年後も続くこととなり、Aさんのライフワークになっていきました。
これこそ能力と場を意味にひらいている状態であり、Ⅱ次元からⅢ次元への能力高次化の姿といえます。能力をⅢ次元でひらいている人間にとっては、もはや諸能力と場は手段でしかありません。Ⅲ次元で輝いている意味こそ、その人の中心の目的となり、満たしたい価値になっています。
「能力をひらく能力」によって仕事・キャリアがその人独自のものになる
以上、Ⅰ次元能力からⅢ次元能力について簡潔にまとめます。
【Ⅰ次元能力】
・能力をもろもろ保持し、単体的に発揮する
・単に「~できる」「~を知っている」ことに満足する
・その単体的な能力を磨くことが自己目的化する
【Ⅱ次元能力】メタ能力Ⅱ
・能力を“場”にひらく能力
=場が求める目的に合わせて諸能力を自在に編成し、成果を出す力、そして、その場に応じたⅠ次元能力を新たに身につけていく
・能力を使って成果を上げることにおもしろさを感じる
【Ⅲ次元能力】メタ能力Ⅲ
・能力と場を“意味”にひらく能力
=意味のもとに諸能力を自在に編成し、場をみずからつくり出し/つくり変え、実現したい価値を体現する力、そして、その意味の中核にある価値観を強めていく
・能力と場を使って意味を満たすことに喜びを感じる
このように、Ⅰ次元の能力保持で留まり、AIと競走になる人は「AIに仕事を奪われる」ことが現実味を帯びてくるでしょう。
しかし、場(環境や社会)の要求を感じ取り、どんな能力を組み合わせて、どんな成果を出せばよいかを考え動ける人は、永久にAIなど機械に置き換わることはありません。Ⅱ次元での場の目標設定や目的認知は、オープンクエスチョン(開いた問い)であり、そこには飛躍と創造・価値観が不可欠であり、決して機械頭脳が上ってこられない次元だからです。ましてやⅢ次元の理念・信条・善意識・美意識などに基づいた意味の創出と体現は、人間にしかできない営みです。
テクノロジーがどんどん進化する時代にあっては、「能力をひらく能力」の次元にまで自分を押し上げていくことではじめて、自分らしい、あるいは、自分が求められる仕事を獲得することができます。さらには人生100年時代を迎えた今、何十年と続く長きキャリアの道を深い動機をもってはつらつと歩んでいくためには、意味を創出して、そのもとに自己の能力と環境を最大限生かしきる力をもつことです。
村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。
『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)をはじめ、管理職研修、キャリア開発研修、思考技術研修などの分野で企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。
GCC(グロービス・キャリア・クラブ)主催セミナーにて登壇も多数。
1986年慶應義塾大学・経済学部卒業。プラス、日経BP社、ベネッセコーポレーション、NTTデータを経て、03年独立。94-95年イリノイ工科大学大学院「Institute of Design」(米・シカゴ)研究員、07年一橋大学大学院・商学研究科にて経営学修士(MBA)取得。
著書に、『キレの思考・コクの思考』(東洋経済新報社)、『プロセスにこそ価値がある』(メディアファクトリー)、『個と組織を強くする部課長の対話力』『いい仕事ができる人の考え方』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。