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投稿日:2019年01月28日
投稿日:2019年01月28日
堀義人のダボス会議2019速報(5)ダボス会議3つの総括
- 堀 義人
- グロービス経営大学院 学長 グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
ダボス最終日。Nik Gowing氏との朝食から。BREXITの話はとても示唆深かった。在英企業が、英国から脱出し始めている。ヨーロッパ各都市が、在英企業への誘致活動を活発化させている様だ。金融系はフランクフルトへ、製造系はオランダなど。ダイソンは、シンガポールに本社を移転する。BREXITによって最大8%も英国GDPが低下する予測もある。
メイ政権が主導する離脱案は、議会により否決され、代替案すらまだ提示されていないのが現状だ。その中で離脱期限となる3月末が迫っている。BREXITの打撃が大きいからと言って、再度国民投票を実施する案がある。でも、「EUに残る」と仮に決まったとしたら、怒り狂った脱派による「革命」が起こるであろう。
時計の針が進む中、英国全体が完全にバラバラになり、全くリーダーシップが発揮できない状況となっている。今回参加している英国人は、みな一様に母国の現状に対して悲観的であった。
今年のダボス会議は、不確実性が高まる中、悲観的な空気に包まれていた。今年で12回目となるダボス会議を振り返ってみると、今まで最も絶望的な空気が漂っていたのが、2017年のダボス会議だった。前年にBREXITが決まり、トランプ大統領が就任した年だった。
ところが翌年(つまり昨年)のダボス会議は意外に明るかった。トランプ大統領による法人減税の効果もあり世界経済が絶好調だったからだ。「BREXITもトランプも思ったほど悪くなかったんじゃないの」という感じの楽観的な空気だった。経済が絶好調だったからか、他の悪い現象がかすんでしまった感じだった。
そして、今年のダボス会議だ。経済が不透明感を増している中、英国のBREXITが現実となりつつある。一方、米国のトランプ大統領が米中貿易戦争を仕掛けている。中国の経済は急激に減速し、米国は政府機関閉鎖の影響が出始めている。フランスは、黄色いベスト運動でマクロン大統領がリーダーシップを失い、ドイツはメルケル首相がレームダック状態になっている。カナダは、トルドー政権が支持を失い、イタリアではポピュリスト政権が樹立された。G7の中で政治的にも社会的にも安定しているのが、唯一日本という状況になっていた。
今世界は、経済が不透明で、世界的なリーダーシップが不在な状態となっているのだ。そこに安倍総理が今年ダボス会議に5年ぶりに登場して、強い自信と希望を示した。世耕経産大臣と河野外務大臣も積極的に登壇し、バイ会談を行い、日本の立場を主張し、存在感が高いダボス会議となった。
そのダボス会議の総括として、気がついた点を3つにまとめてみることにした。
1) テクノロジーに対する見方がガラっと変わった
テクノロジーが希望から、取り締まるべき対象に変わったことを強く認識した。2、3年前までは、GAFAなどのテック起業家が尊敬され、インターネットは世の中を便利にし、AIやロボットが社会を革新すると考えられていた。ところが、今年のダボス会議ではFacebookへの批判に代表されるように、フェイクニュース、プライバシーや個人データ保護の問題が議論になり、アマゾンやグーグルなどのテックカンパニーの税金逃れやデータ資源の寡占化が問題になっていた。
中国のテクノロジーの先進性は、以前は讃えられていたが、今年はジョージ・ソロス氏などが、「テクノロジーは、国民を拘束しコントロールするために活用されている」という趣旨の発言をしている。さらに、遺伝子情報操作からロボット兵器、AIの倫理規定など、テクノロジーの議論はネガティブな点が課題として挙げられ、いかにして規制、コントロールするかに向かっていた。
2) 社会的断絶について解決策を見いだせないでいる
僕が2、3年前からずっと関心を持って考え続けていたのが「欧米で起こっている社会的断絶はなぜ起こったのか。日本で起こさないためには何をするべきか」というポイントだ。
BREXITやトランプ現象が起こった要因は、社会の断絶だ。社会の断絶は解決するばかりか、さらに先鋭化する方向に向かっている。その問題に真正面から取り組まないと、世界全体が英国みたいにバラバラになっていく可能性がある。日本をそういう状況にしてはならない。
その点の解を求めるべく、社会問題についてのセッションに多く参加した。だが、あまり満足する答えは得られなかった。「日本は移民がいないから社会的断絶がないのだ」という意見もあった。つまり、「社会的断絶は移民のせいだ」というのだ。これは、「第一次世界大戦後にドイツ経済が悪化したのは、ユダヤ人のせいだ」という主張に近い危うさを感じる。
移民が原因ならば解決策が「移民をなくせ」ということになる。そもそも米国やカナダは移民国家だ。移民の有無が問題ではない。だが、現実的に起こっているのは、「移民を入れるな」「壁を作れ」というヒステリックな移民排斥運動だ。これでは、現実的な問題解決にはつながらない。もっと社会構造的な変化を理解して、原因を解明し、適切な政策を実行する必要がある。
所得の格差、企業行動の違い、社会全体の包摂性の問題、所得の再分配や社会保障などのセーフティネットの存在の有無など、多様な問題が背景にあると思う。その点を一つひとつ解決していく必要がある。これからの時代、国家の優劣を決めるのは、経済やテクノロジーの優劣ではなくて、社会の健全性だと思う。
社会の健全性が、政治の安定を生み、良いコミュニティを作り、魅力的な国家を作りだすと思う。社会の断絶をなくすために、政府も企業もNPOも含めて、全力で努力をする必要がある。
3) 気候変動問題が前面に出されているけど、まだ本気度をもって解決する姿勢が見られなかった
まだ「綺麗ごと」っぽいのだ。以前、アル・ゴア氏と対話したことを思い出した。彼は「CO2排出によってもたらされる気候変動が問題だ。原発ではなくて、再生可能エネルギーがCO2削減の鍵になる」とスピーチしたので、終わった後に、彼に2つ質問をした。「CO2による気候変動と原発、どっちが人類の敵だと思いますか?」、彼は即座に「CO2による気候変動だ」と答えた。そして、「では、再生可能エネルギーだけで解決できると思いますか?間に合いますか?」という質問を投げかけたら、黙ってしまったのだ。答えられなかったのだ。
ダボス会議でも、同様だ。気候変動の問題点を多くの人が喧伝する。「CO2を排出するから石炭はダメだ」「再生可能エネルギーが必要だ」と叫ぶ。だが、再生可能エネルギーを使えば使うほどバックアップ電源が必要となりCO2が増えるのが現状だ。石炭火力を批判するが、代替案を出さない。原子力がベストだと皆がわかっている(はず)、なのにそれを提案しない。プラスティック問題にしても同様だ。何だかとても、「綺麗ごと」の偽善的な議論をしているようで辟易する。
と感情的になっても仕方がない。「批判よりも提案」「思想から行動へ」「リーダーとしての自覚」というG1理念に従い、できることから一歩一歩前に進めていく必要があろう。
今回のダボス会議の総括として一番感じたことは、戦後の世界秩序を創ってきた欧米諸国はリーダーシップを失いつつあるということだ。一方で、気候変動問題や海洋環境問題、自由貿易の堅持、地域紛争、テクノロジーやデータの新たなルール作成など世界のリーダーが国益を超えて真剣になって解決しなければならない問題が数多く噴出している。欧米のリーダーシップが失われつつある中で、これらをどう解決するかが重要になってきている。
政治的にも社会的にも安定している日本は、解決が難しい社会の断絶、気候変動や海洋環境問題などの諸問題について、現実的なソリューションを提示し、実行し、模範となることによって世界に大いに貢献できると思う。
2週間後に開催されるG1サミットには、日本のリーダーが結集する。ぜひその場で、「世界をリードする日本」について議論をし、日本のビジョンとなる「100の行動2.0」としてまとめ、行動していきたい。
今年は、G20が大阪で開催され、ワールドカップ・ラグビーが9月より始まる。来年にはいよいよ東京オリパラが開催され、2025年には大阪関西万博が予定されている。世界が日本に注目するイベントが目白押しである。
「世界をリードする日本」になるためにどうすべきか、大いに議論していきたい。
2019年1月26日
日本に向かう機内にて
堀義人
【ダボス会議2019速報】
堀義人のダボス会議2019速報(1)世界は不透明感を増している
堀義人のダボス会議2019速報(2)「イノベーションへの恐れ」を克服する社会システムとは
堀義人のダボス会議2019速報(3)世界をリードする日本「Japan Day in Davos」
堀義人のダボス会議2019速報(4)第4次リーダーシップが必要な時代に
【ダボス会議2018速報】
堀義人のダボス会議2018速報(1)みどころと個人的目標
堀義人のダボス会議2018速報(2)分断された世界で共通の未来を創る
堀義人のダボス会議2018速報(3)社会の信頼崩壊を食い止める企業・個人の役割
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堀義人のダボス会議2018速報(6)今年のダボス会議5つの総括
堀 義人
グロービス経営大学院 学長 グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。