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投稿日:2018年12月19日

投稿日:2018年12月19日

社会起業家の人間的魅力が命取りになる場面とは?

髙原 康次
グロービス経営大学院 教員

孫子の兵法にある指導者に求められる力

孫子は、将たる指導者に必要な力量を「智(知恵)」「信(信頼)」「仁(思いやり)」「勇(勇気)」「厳(厳格)」の5つとしました。同時に、これら5つの力量のバランスが崩れた指導者のリスクを「将に五危あり」として、命取りになる場面を挙げています。

社会起業家は、孫子の挙げる「信」「仁」「勇」に優れ人間的魅力に溢れていることが多いです。困っている人を助ける思いやりの下に、勝算の見えない所にも飛び込んでいく勇気を持ち、かかわった人たちに誠実に対応していく。人間として尊敬できます。重要な事業機会は、社会起業家が優れる「信」「仁」「勇」の人間的な魅力が引き寄せます。

しかし、「信」「仁」「勇」の力が行き過ぎた時に窮地に陥ります。困っている人に見境なく手を差し伸べ、勝算がない戦いをはじめ、かかわった人たちを根拠なく信用してしまう。指導者として、危うさを感じてしまいます。引き寄せた事業機会に対して、リスクを軽んじて、契約関係を十分に整理せずに事業を開始すると、後日、取り返しがつかないトラブルに発展する恐れがあります。

たとえば、ソーシャルベンチャーの法務に詳しい弁護士によると、海外で成功しているNPOの事業モデルを日本に持ち込んで独自展開する際に、海外のNPOとの間で著作権やノウハウ等の権利関係が問題となったケースがありました。事業開始当初、代表同士の口約束で海外のNPOの著作物やサービス名称、ノウハウ等を使用していたところ、日本での事業が軌道に乗り始めたタイミングで海外のNPOから多額のライセンス料の支払いや、著作物等の使用中止を迫られることに。このケースでは海外のNPOとの間で新たにライセンス契約を締結することができ問題は深刻化しませんでしたが、日本での事業継続が不可能になる重大なリスクをはらんでいました。

ほかにも、私が目にした事例として、ビジネスパートナーへの成功報酬型支払い料率が営業利益率を超えて設定されていたため、売るほどに損失が出る。業務範囲があいまいであったため、業務開始後クライアント企業の交渉力に押され、収益が圧迫される、といったケースがありました。

確かに、社会変革は容易な道ではありませんので、社会起業家がリスクのある決断を行うことは幾度とあります。その際に、リスクを予見した契約を成立させておくことで、損失を最小限に抑えることができます。逆に、リスクを軽視した契約を結ぶと、会社全体にダメージが及び、事業継続を諦めざるをえないケースすらあります。

「信」「仁」「勇」に優れる社会起業家が重要な意思決定の時に意識すべき力

先行きが見通せない重要な契約締結時こそ、社会起業家は、「智信仁勇厳」のバランスを上手くとるべきです。特に、「信」「仁」「勇」に優れる社会起業家は、残る2つの能力である「智(知恵)」と「厳(厳格)」の力を意識して用いるべきです。

まずは、「厳(厳格)」の力を用います。契約相手に対して、社会起業家自身も自社のルールに厳格に従っており、重要な意思決定には機関決定が必要である旨を伝えるようお勧めします。「理事会で確認をさせていただきます」「理事会に確認をしたところ、念のため、この条項について変更を希望します」など伝えるのです。合理的な相手であれば、十分理解していただけます。もちろん、非合理な相手であれば、反発があるかもしれませんが、その際には、本当にこの相手と事業運営上重要な営みを共にできるのか、顧みた方が良いでしょう。

その上で、「智(知恵)」の力を用います。契約内容を事業運営面と法務面の両面から確認します。事業運営上重要なポイントは何かを押さえた上で、最低限確保すべき点、逆に譲れる点は何かを見極めます。契約書がその状態を実現しているのか、法的な観点で確認を行います。

その際、法令には、当事者間の契約に優先する強行法規や、契約書に書かれていなければ適用される任意法規があり、注意が必要です。たとえば、著作権は、当事者間で定めがなければ作成者が保有します。社外の人にコンテンツを作ってもらえば、その著作権は発注会社ではなく作成した社外の人に所属することになるのです。「法の不知はこれを許さず」という法諺があります。契約時に法令を知らなかったことを主張しても、誰も助けてくれません。

社会起業家が、こうした法律知識の専門性を持たない場合、外部に頼ることが可能です。たとえば、BLP-Networkは、社会貢献活動への支援を目的として2012年に設立され2018年現在50名の弁護士が所属するビジネス法務の弁護士グループです。BLP-NetworkとKIBOWは、定期的に社会起業家向けのイベントを行い、相談にのってきました。

人間的な魅力あふれる社会起業家だからこそ、「智信仁勇厳」のバランスを上手くとり、事業運営上重要なポイントを保護した契約関係のもとで、事業を継続的に発展させていただきたいのです。

[事例協力:瀧口徹(弁護士、BLP-Network代表)]

髙原 康次

グロービス経営大学院 教員

東京大学法学部卒業/グロービス・オリジナルMBA修了

丸紅で事業開発業務に携わった後、グロービスに入社。経営人材紹介、人事、法人営業を経て、ファカルティ本部・代表室に在籍しグロービス・ベンチャー・チャレンジリーダー、一般社団法人KIBOWインパクト投資メンバー。ベンチャー支援業務・科目開発・講師育成に従事する。専門領域は、社会起業。米国CTI認定コーアクティブ・コーチ(CPCC)