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投稿日:2018年12月18日

投稿日:2018年12月18日

ルノー・日産の資本関係とソフトバンク上場の共通課題と今後の展開

森生 明
グロービス経営大学院教員

前回は、日産の諸問題とソフトバンクの親子上場に共通する、法的・ファイナンス的論点のうち、親子上場と持ち合い株式について解説しました。今回は、資本のねじれと今後の展開について考察します。

資本のねじれ

親子上場している会社で子会社の株式時価総額が親を上回る状態を一般的にこう呼びます。子会社の新規事業が時代の波に乗り巨大化するパターンで、有名どころでは2005年にライブドアがフジテレビの大株主であるニッポン放送株を買い占めた事件、イトーヨーカ堂の子会社だったセブンイレブンの時価総額が大きくなり、ヨーカ堂の保有するセブンイレブン株式の時価がヨーカ堂自体の時価総額を上回る状態になった件、が挙げられます。

安値の親会社を買うと価値の高い子会社が自動的についてくるということで、放置していると買収ファンドのターゲットになります。フジテレビの件はすったもんだした挙句、フジがニッポン放送の株を買い取り上場廃止にすることでねじれを解消しました。ヨーカ堂はグループ再編を行ないセブン&アイという持株会社の下にセブン-イレブン、ヨーカ堂、デニーズ、西武・そごう百貨店が兄弟としてぶら下がる形にし、セブン&アイホールディングスの株式だけを上場してねじれを解消しました。

資本のねじれを解消するには親会社が子会社の少数株式をTOB(株式公開買付)で買い取って完全子会社化・上場廃止するのが王道ですが、少数株式をヘッジファンド等に買い集められると買い取り価格がつり上がり、高くつくことになります。現在進行中のアルプス電子によるカーナビ事業子会社アルペンの統合計画では、オアシス・マネジメントという香港ファンドが、買い取り価格(交換比率)が低すぎると統合反対のキャンペーンを行っています。

ルノーと日産、さらには日産が34%を保有している三菱自動車の時価総額その他の規模を比較したのが下記の表です。

三菱自動車の時価総額の34%がすでに日産の時価総額に反映していると考えた上で税金を考慮せず単純計算すると、日産の時価総額3.8兆円の43.4%=1.65兆円となり、保有している日産株の価値がルノーの時価総額の78%を占める計算になります。売上や販売台数においても日産が上回っており、資本のねじれが生じている状態です。

フランスでは、ルノーの15%を保有している仏政府の議決権は2倍にカウントされる法律が2014年に成立しています。国内産業保護の色彩が強いこの法により、今回のケースでは仏政府が資本のねじれを利用して日産および三菱自動車へのコントロールを割安に手に入れ得る構造になってしまっています。

まとめと今後の展開

ファイナンス的観点から見たルノー・日産問題の核心は、上場会社同士のアライアンス(資本・業務提携)は不特定多数の投資家を巻き込んだ利益相反を引き起こし、スムーズな連携が阻害される点にあります。100%買収して完全に親子関係になる場合は、どちらでどう儲けるかは問題になりませんが、2社に別々の投資家株主がついている場合、経営陣はそれぞれの株主にとってベストな取引をしているという説明責任が生じます。技術提供ひとつをとっても、ちゃんと対価を受け取る契約書を交わさねばなりません。

「対等の精神に基づく提携関係」を長期安定的に運営するには両社の間に相互リスペクトに基づく強固な信頼関係が必要です。自己の利益のみを追求する株主投資家にはさまれつつ適度なバランスを取り続けるのは至難の技で、多くの「アライアンス」や「合弁」が長続きせず解消し、どちらかが買い取ることに落ち着くのはそのためです。自動車業界は特に難しいようで、過去にはダイムラーと三菱自動車、フォードとマツダ、フォルクスワーゲンとスズキ、いずれも解消に終わっています。世紀の大合併といわれた1998年のダイムラーとクライスラーの合併も失敗して2007年に解消、リーマン・ショック後にクライスラーは倒産し伊フィアット社の完全子会社となりました。

ルノー・日産の場合、1999年の日産の経営危機以来20年にわたりアライアンス関係を維持発展させてきました。日産の経営立て直しからルノーとの協業体制づくりにおいてゴーン氏の果たした役割の大きさは誰も否定しないでしょう。車体プラットフォームの共通化やグローバルなコスト削減、次世代のクルマ開発、等々シナジーも生み出しており、いまさらの提携解消は現実的でも得策でもないように思われます。ゴーン氏のカリスマ性に頼ることなくルノー・日産・三菱自動車の一体性を強化する体制づくりに向け、提携関係の見直しは避けて通れません。

では、これから先どうなるのでしょうか?株主間の利益相反を解消するベストな方法は、恐らく3社を統合した持株会社のみを上場することでしょう。第一勧銀・富士銀・日本興業銀の3行が統合してみずほフィナンシャルグループを上場会社とした手法のグローバル版です。

しかし仏政府のルノー株をグローバル持株会社株式に交換させるのは政治的に難しそうです。さらに資本関係を整理してもそれぞれ文化風土の異なる3社を一体化するのは別問題の難題として残ります。

それでも、電気自動車に自動運転・AI化と技術革新の大きな波を迎えている世界の自動車業界で淘汰されずに生き残ってゆくには、これまでのようなゆるやかな提携・技術開発協力にとどまらない、真のグローバル組織を作り上げる資本構成と経営力が必要です。その土台を支えているのは利益相反なくベクトルの揃った株主資本であることを忘れると、派閥争いや政治的思惑に会社は翻弄され、競争力を失っていくでしょう。

ソフトバンクの親子上場は、株主投資家への配慮が重要な今の時代に逆行する動きであることは否めません。SBGは今回の上場で2兆6千億円を手に入れる予定です。その資金はビジョン・ファンドをはじめとする未来投資に振り向けられるでしょう。残念ながら、ソフトバンクの株主はその未来投資のリターンにはあずかれません。今回の上場は、通信事業がこれからの5G投資や楽天参入による競争激化に巻き込まれる前に売り抜けて資金化し、よりエキサイティングな未来事業に孫さんが軸足を移す第一歩にも見えます。

同じソフトバンクの名前を冠しているややこしさもある中、「孫さんのやることは面白いしうまくいくから相乗りしたい」という感覚で将来成長を期待し上場株を高値で買うと、後悔することになるかもしれません。

資金リスク負担は一般投資家株主にお願いし、SBGのメリットになる上澄み部分は親が保持し続けようとするなら、「孫さん→SBG→ソフトバンク」と「仏政府→ルノー→日産・三菱自動車」の基本構造には、少数株主の保護に関して共通する課題があります。

「日本の技術力を外資に取られるな、経営の主導権を取り戻せ」「アリババ上場に迫る、世界最大規模の資金調達」といった話題性で盛り上がるだけでなく、ファイナンスやガバナンスの視点を押さえておくことは、企業価値創造のための建設的な議論や、健全な資本市場づくりのために大切です。

森生 明

グロービス経営大学院教員

ハーバード大学ロースクールLL.M.プログラム修了(学位:Master of Laws)/1987年~1994年にかけ日本興業銀行、ゴールドマン・サックスにてM&Aアドバイザー業務に従事。その後米国上場メーカーのアジア事業開発担当、日本企業の経営企画・IR担当を経て独立。著書に『MBAバリュエーション』(日経BP)、『会社の値段』(ちくま新書)、『バリュエーションの教科書』(東洋経済新報社)がある。NHKドラマおよび映画「ハゲタカ」の監修を担当。