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投稿日:2018年11月10日

投稿日:2018年11月10日

デジタル変革のビジョンこそ、変革的に描かなければ意味がない

嶋田 毅
グロービス電子出版 発行人 兼 編集長出版局 編集長

今年9月発売の『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』から「変革に向けた意気込みを創造する」を紹介します。

デジタル変革、デジタル・シフトも変革の一種ですから、当然ビジョンを必要とします。よくある失敗は、現状の自社の能力にアンカリングされ過ぎてしまい、変革的、革新的なビジョンが描けないことです。本書の著者らの調査でも、デジタル変革のビジョンは現状の延長線上のものが多く、ドラスティックなものが描かれている例は少ないという指摘がなされています。これでは組織にエネルギーが生まれませんし、競合との劇的な差別化を実現することもできません。難しいことではありますが、自社にとどまらず業界や市場全体を俯瞰しつつ、一度ゼロベースで提供価値やプロセス、エコシステムなどを再考し、ワクワクするような挑戦的なビジョンを描くことが必要なのです。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

変革に向けた意気込みを創造する

ビジョンを持つだけでは十分ではない。ビジョンは変革的なものでなければならない。現状の延長線上の変化を想定したビジョンでは、デジタル変革で得られるメリットが限定的なものになる。たとえそれが成功したとしても、線形的なリターンしか得られない。デジタルによってすべての業界が劇的に変わるならば、その劇的な変化によってどのようなデジタルの未来が生じるかを描くことで、自社を導くことができる。

この状況は、毛虫とチョウに例えることができる。自社をチョウに変えるためのビジョンがある競合は、新たな高みに達することができる。一方で、現状の延長線上の変化を想定するビジョンでは、毛虫が少し速く動けるようになるだけだ。手紙や電子メールによるキャンペーンのターゲティングを改善しようとデータ解析を行っている企業は、毛虫の動きを速めるだけだ。シーザーズ・エンターテインメントは、リアルタイムで顧客の位置情報に基づくサービスを行うことで、毛虫からチョウになった。

デジタルによる変化のレベルは、代替、拡張、変革の3つに分けられる。

代替とは、今まであった機能を実質的に変えずに、新たな技術に置き換えることだ。例えば、今までPCで行っていたことに携帯電話を使ったり、今までの基本的な報告書作成にデータ解析を取り入れて改善したりするのは、代替しているだけである。代替によってコストや柔軟性は向上するかもしれないが、非効率的なプロセス自体は変わらない。大きな変更を行う前に新しい技術を試してみる実験にはなるかもしれないが、より大きな変化が必要だ。

拡張とは、製品やプロセスの性能や機能を大幅に改善することだが、根本的な変更ではない。多くのメーカーや再販業者は、現場の労働者が携帯機器を通じて情報にアクセスできるようにし、労働者が勤務時間の前後にオフィスに行かなくて済むようにしている。また、ある製薬会社はソーシャルメディア上に医師のコミュニティを作り、医師同士の会話から課題や機会を見つけられるようにした。規制当局は医師と企業とのコミュニケーションに厳しい規制と監査要件を課しているが、医師同士の会話はほとんど規制もモニターもされない。こうした「拡張」は、既存のプロセスを改善したり、既存の能力を広げたりはするが、それでも以前と同じ活動を行うことが前提となっている。

変革とは、プロセスまたは製品を、テクノロジーによって根本から定義しなおすことである。アジアンペインツの経営陣は、完全に自動化された工場を建設するにあたって組み込み機器やアナリティクスを用いることで、製造プロセスをがらりと変え、人手による工場よりも高いレベルの効率と品質、そして環境負荷の軽減を実現した。コデルコのデジタル鉱山、シーザーズ・エンターテインメントの携帯アプリ、ナイキのフューエルバンドも変革的である。これらのデジタル変革は、提供するものの性質自体を変え、企業とその顧客が以前と比べて劇的に良くものごとを行えるようにしたのである。

こうした例はあるものの、残念なことに私たちの研究では、デジタル技術を用いて変革のレベルに至ることを行った企業はほとんど見つからなかった。図は、研究の初年度の2011年にインタビューした企業で、それぞれに最も変革的だった投資を挙げてもらい、分類したものだ。多くの企業が新しいテクノロジーに投資していたが、代替または拡張を超えることを行っていた企業はほとんどなかった。わずか18% (5分の1以下)の企業だけが、顧客体験の劇的な変化につながるアナリティクスに投資していた。それ以外のテクノロジーを用いて製品や活動を変革していた企業も、全体の6分の1以下だった。

あなたの会社のデジタルビジョンを考えてみよう。そのビジョンでは、これまでと同様のことをしようとしているだろうか。それとも、事業を劇的に変える機会をとらえ、古い技術や手法という足枷を切り離そうとしているだろうか。あなたのビジョンは、会社の一部のみに関わるものか、それとも組織の間の壁を打ち破る変化を目指しているのか。現状の延長線上にある変化のビジョンを描く経営幹部は、線形的な改善しか得られない。デジタル変革が持つ力を知れば、もっと多くを達成できる。

(本項担当翻訳者:君島朋子 グロービス経営大学院教員、ファカルティ本部長)

『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』
ジョージ・ウェスターマン、ディディエ・ボネ、アンドリュー・マカフィー (著)、グロービス (翻訳)、
ダイヤモンド社、3,024円

嶋田 毅

グロービス電子出版 発行人 兼 編集長出版局 編集長

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。

グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。