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投稿日:2018年10月26日

投稿日:2018年10月26日

社会起業家の卵がぶつかる「想定していない壁」とは?

小早川 鈴加
グロービス ファカルティ本部 研究員

あなたは、「社会起業家」というとどんな人を思い浮かべますか?世界的によく知られているバングラデシュのムハマド・ユヌス氏(貧しい女性達の金融アクセスの仕組みと価値観を変え2006年にノーベル平和賞を受賞)や、フローレンスを立ち上げて病児保育のあり方を変えた駒崎弘樹氏などでしょうか。

私の周りでも「ビジネスの強みや仕組みを活かして社会課題を解決したい」という声をよく聞きます。今回は、そんな「社会課題にアプローチし、変化を起こしたい起業家の卵」が、何かを変えようと行動を起こした時にまずぶつかる想定外の「壁」の典型例とその対処法をご紹介します。

社会起業家の卵がぶつかる壁

彼らがぶつかる「キホンのキ」となる壁は以下の2つです。
1)共感は得られても、実際の協力が得られない
2)サポートしたいと思った対象からさえも拒絶され、理解を得られない

これらは既に活動をはじめて影響力を発揮している社会起業家にとっては至極当然なのですが、社会起業家の卵でこれらを想定せず何の準備もなくぶつかり、その後行き詰ってしまう方は意外といます。そして、起業家の「社会善のために」という意識が強ければ強いほどこれらの壁は大きく立ちふさがり、冷静に対処する術を見失わせるのです。

1つずつ見ていきましょう。

1)共感は得られても、協力が得られない
「こうやって社会を変えよう!」と思い立った素晴らしいアイデア。起業家は、きっと周りも協力してくれるだろうと予想します。けれど、実際に返ってくる返事は「お断りします」ばかりというケースです。

例えば、子どもの貧困問題の解決のために企業に協賛を求めると「素晴らしい!確かにそれは問題ではありますが、ご協力はちょっと…」とやんわり断られ、周りの知人に協力をお願いしようとしても「いいね!でも忙しいんだよね…」、行政機関からは「途中まで話は進んでいたのですが、結局採決されませんでした」と断られる、といったことが起こります。

フローレンスの駒崎氏も、過去にこういった「社会のために良いことなのに、なかなか協力が得られなかった」「途中まで協力してくれそうなことを言っていたのに、突然ハシゴを外された」といった苦しい時期を経験しています。

2)サポートしたいと思った対象からさえも拒絶され、理解を得られない
何とかしたいと思った対象から理解が得られないのは、起業家にとって辛い瞬間です。さらに、周りの協力を得た後に対象者から袖にされるのは結構ヘコみます。

例えば、グラミン・バンクのユヌス氏は、「闇金ではなく、銀行こそ貧しい人にお金を貸すべきだ」と考え、相当な苦労をして国の銀行から「貧しい人にもお金を貸す」という言質をとりました。ユヌスは意気揚々とその知らせを村の貧しい人に伝えに行きます。しかし、村では誰も話を聞いてくれず、会話できても「信用できない」「忙しい」「放っておいてくれ」と言われ続けました。

「本当にサポートすべき対象ほど最初は話を聞いてくれない」というのは、この業界ではよくあります。貧しく問題のある家庭や、心身を患いながら水商売に従事している方をサポートしようとして拒否されたなど、こういった例は枚挙に暇がありません。

「Noの嵐」の乗り越え方

社会起業家の卵が行動を始めると、こういった「Noの嵐」の洗礼を受けます。最初はやる気にあふれていても、これがずっと続くと(ずっと続きます)、起業家はどんどん消耗していきます。

これに対し、どのように対処していけばよいのでしょうか。

まずは、「Noの嵐があること」を知り、あらかじめ覚悟しておくこと。事前に心の準備をしておくだけでも実際の場では違います。その上で、拒絶の背後には様々に絡まった理由があることを認識し、それを冷静に丁寧に紐解いていくことに頭を切り替えることが必要になります。

「Noの理由」は問題解決のためのヒントの宝庫です。その社会問題が解決されてこなかったのは、当事者にとって、または関連する仕組みの意思決定者にとってそれが最も合理的だったからです。例えば、最も搾取されているだろう人が話を聞こうとしないのは、そうすることが彼らを守ることであり、余計なトラブルを避ける方法だからです。その理由を一つひとつ紐解き、分解し、掘り下げていきます。これは、グロービスのクリティカル・シンキングで行う「Why?をくり返し、なぜなのかを深堀りする」というやり方と同様です。

次に大事なのは、1つの手段に拘らず、試行をくり返すこと。起業家は「良いアイデアだ!」と確信すればするほどそのやり方に固執したくなる傾向があるのですが、それを捨てる潔さと、他の手段を試す粘り強さが必要になります。

例えば、ユヌス氏は「別に手段は銀行でなくても何でもよかった」と言っています。実際にユヌス氏は「人が飢えて死ぬ貧困問題を何とかしたい」という目的のために、何年もの時間をかけて農業改革や大規模な意見広告の新聞掲載など様々な方法を試しています。「No」から学び、次の試行へ活かすというサイクルをくり返すことが肝要になります。

最後に、「小さな成功(small win)」をくり返し、「この方法でうまくいくのだ」というエビデンスをためる、いわゆる「ロールモデル」をつくり、味方を増やしていくことが大事です。

これは筆者の例になりますが、ネパールで元少年兵に対して「銃をもって不満を訴えるのではなく、稼ぐことで生活を変えよう」と働きかけるプログラムを行っていた時、最初は本当に誰も話を聞いてくれませんでした。しかし、苦労を重ね、ひとり、ふたりと商売で小さな成功体験を得る人が出始め、それがエビデンスとしてある程度の数溜まると、ふっと空気が変わる瞬間がありました。報道機関など周りの人も協力してくれるようになり、商売でうまくいった元少年兵たちが他の仲間に「この人たちの話を聞くといいよ」と言ってくれるようになったのです。

「社会起業家の卵がぶつかる壁」の乗り越え方をまとめると、以下のようになります。

  • Noの嵐をあらかじめ覚悟し、受け止め、その理由を丁寧に紐解いていく
  • 目的は同じでも、手段は別。Noの理由から学び、様々な解法を試す
  • 小さな成功をくり返し、エビデンスをため、味方を増やす

社会起業家は、良いことをやっていればそれで皆が納得し、協力してくれるわけではありません。どんな壁にぶつかるかを知り、粘り強く、戦略的に動くことが求められます。

小早川 鈴加

グロービス ファカルティ本部 研究員

筑波大学国際総合学類卒、米国SIT Graduate Institute修士課程修了(開発学)

リクルート社にてHR部門の営業リーダー職として勤務後、ネパールの国連開発計画にてレポーティングオフィサーとして元少年兵の修学・起業支援プログラムに従事。ネパールでは、米国大使館のサポートを受けた教育プログラムの運営も行う。その後、アキュメン・グローバルフェローに選出され、アキュメンの投資先であるナイジェリアにあるベンチャー企業にて事業開発に携わる。グロービスでは、クリティカル・シンキング、ソーシャル・アントレプレナーシップ、異文化マネジメントなどの研究・開発を行う傍ら、社会的投資事業の開発にも携わっている。