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投稿日:2018年08月14日

投稿日:2018年08月14日

東京医科大の女子減点問題は「何が問題」なのか?

金子 浩明
グロービス経営大学院 シニア・ファカルティ・ディレクター/教員

東京医大が女子受験生の点数を意図的に操作し、合格者数を抑制していたという事実が明るみになった。同大の2次試験(100点満点の小論文)では全受験者の点数に0.8をかけて一律に減点し、現役と2浪までの受験生には20点を加算、3浪には10点のみを加算、女子と4浪以上の受験生には一切加算しなかったという。この明らかな女性差別に対して、男女問わず多くの人が東京医大を批判している。ただし、批判意見はひとつにまとまっているわけではなく、人によって批判の焦点が異なっている。それは大きく2つに分けられる。

A:恣意的な点数操作を「隠していた」問題
二次試験の点数操作によって不利になったのは、女子と3浪以上の男子である。受験生は点数操作の事実を知らないので、学校は受験生を騙したことになる。この問題の焦点は、特定の属性を持つ受験生が有利・不利になるという事実を隠していたことである。

B:受験生を「性別で差別した」問題
特定の性別(女子)の受験生だけが不利に扱われていることを問題視する立場である。仮にそれをオープンにしていたとしても(例えば、男女で募集定員に大きな差がある場合など)、性別で受験生を差別していること自体を問題視する。

批判意見の多くはA・Bのどちらか、または両方を問題としている。ただし、この2つは別種の問題である。Aは大学のガバナンスの問題であり、日大のアメフト部に端を発する理事会批判に通じる。Bは入試における性差別(募集定員が男女で違う)の問題であり、これは東京医大に限らない。ゆえに、どちらかに力点を置いて論じないと、何を言いたいのかわかりにくくなる。言い換えると、いま議論すべき重要な問題=「イシュー」を明確にする必要がある。

そのためには、イシューを分解して絞り込むことが重要だ。これをイシューツリーという(下図参照)。

以下、AとBそれぞれの具体例を紹介しよう。

A:点数操作を「隠していた」問題をイシューとしている例
読売新聞の社説「東医入試不正 ガバナンスの欠如が露呈した」(2018,8/9)では、「経営上の思惑があるのだろうが、受験生への説明責任を欠いた不透明な入試は許されまい。(中略)東京医大出身者が多くを占める理事会はガバナンス(統治能力)を欠き、前理事長と前学長が秘密裏に続ける不正を抑止できなかった。」としている。女子一律減点問題だけでなく、一連の点数操作の不透明さを問題視している。ここでのイシューは「医学部入試において、受験生への説明責任を欠いた不透明な入試を繰り返さないためには?」である。

B:受験生を「性別で差別」した問題をイシューとしている例
社会学者の千田有紀氏は「東京医大だけではない。女子中学生も入試で不当に落とされているー都立高校の入試の話」(Yahoo!ニュース)という題で、「女子の進学を妨げる方向で、定員を決めることの妥当性は、何だろうか。少なくとも私には、事前に告知してあること以外、東京医大との違いは見つけられない。」と述べている。ここでのイシューは、東京医大に限らず「女子の進学を妨げる方向で、募集定員を決めることに妥当性はあるか?」である。

どちらも重要な問題だが、異なるイシューであることが分かるだろう。さて、当初の批判はこの2つのタイプが中心だったのだが、やがてイシューツリーの枠外から、異なるタイプのイシューが提起されるようになった。

現役女医による問題提起

私の知人の30代の現役女医(A医師としよう)はSNSで次のような問題提起をしていた。文章をそのまま引用する(本人の了承済)。

【東京医大】
現役も1浪も2次で落ちましたが何か。
こんなことは絶対にここだけじゃない。
だってそうしないと、医局や病院が回らないよ。
何たって女は、ワガママな生き物だし、
子供を産んでもあらゆる事に耐えて医局に残れる女医
薄給で当直からの翌日勤務を40歳までやり続けられる女医がどれだけいるのってハナシ

彼女の意見は、今の勤務体制のままで女医を増やしてしまえば、男性医のみならず女医にとっても困るということを示している。だから、男女で合格基準を同じにせよ、というのは外野による無責任な意見であり、その前に医師の待遇改善を考えるべきだと(暗に)主張している。

ちなみに、現役女医の反応は彼女の意見と近いようだ。女性医師向けのWebマガジンを発行している企業の調査によると、東京医大の女子一律減点について、「理解できる:18.4%」「ある程度理解できる:46.6%」「あまり理解できない:3.9%」「理解できない:31.1%」(Joy.netネット調べ:有効回答数103)となっており、65%の女医が理解を示した。

A医師らの主張に従えば、女子一律減点問題におけるイシューは「大学理事会のガバナンス」や「入試における性差別」よりも、「女医にとって過酷な医療現場の就労環境をどうするか?」になる。

このように、皆でひとつの同じ現象(東京医大の女子減点問題)を議論する場合でも、イシューは無条件でひとつに決まるわけではない。イシューを分解して絞り込んだとしても、全く異なる視点から別のイシューを提示されることもある。特に、東京医大を二次で落とされた経験を持つ女医の意見には説得力がある。

まとめ:結局、女子減点問題は何がイシューなのか

東京医大の女子減点問題には、大きく分けて3つのイシュー候補があることを示した。それは、「A.(東京医大が)恣意的な点数操作を隠していた問題」「B.(東京医大が)受験生を性別で差別した問題」「C.女医にとって医療現場の環境が体力やライフイベント(妊娠・出産)の面で厳しいという問題」である。

このうち、Cは「女子減点問題」からズレたイシューである(だから、イシューツリーの枠外)。なぜなら、女子減点問題そのものではなく、その原因群の一つをイシューとしているからだ。医療現場の環境が改善されても女子減点問題は起こるかもしれないし、医療現場の環境が改善されなくても、女子減点問題は解決できる。つまり、両者に関連はあるが、最初から異なる問題である。とはいえ、他のイシューに比べて重要性が低いわけではない。むしろ現場の声には説得力がある。だから、この中からひとつだけイシューを選べと言われたら、迷ってしまう。

では、どれが正しいイシューなのか。その答えは、ない。筋のいいイシューと筋の悪いイシューというのはあるが、何が正しくて、正しくないというのはない。それはどういうことか。

仮に「入試で女子が不利に扱われないためには?」というイシューを設定したとしよう。女子の定員が制限されているのは東京医大だけではなく、他の医大でも行われているという疑惑がある。また、医学部ではないが、ほとんどの都立高で女子の定員は5~10%ほど少ない。十分議論に値するイシューである。しかし、このイシューにはその「妥当性」に対する反論が予想される。なぜなら、多くの女子大では男子の定員がゼロであり、男子も入試で差別されているケースがあるからだ。そのため、女子に絞って議論することを説明せねばならない。そこで、特に女子に絞る必要がなければ「入試で性差別が行われないためには」というイシューに変更すればいい。そうすれば、男性側の反論を抑えることができる。

しかし、どうしても対象を女性に絞りたいときはどうするか。例えば、こういう場合だ。自分の問題意識は「男女平等の実現」というよりも、「社会的地位の高い職業や、権力を男性が独占しているという状況を変えたい」だとしよう。それならば、自分の立ち位置を明確にすればいい。「医師は社会的な地位が高いとみなされている職業であるから、そうした職業に就業する機会を不当に女性が制限されていることが問題なのだ」と示せば、「女子大はどうなのか?」といった横槍は入らなくなる。

このように、イシューを決めるのは、自分の問題意識であり、社会に対する自分のスタンス、立ち位置なのだ。もしイシューを決められずにフラフラしているとしたら、それは自分の立ち位置がフラついているからかもしれない。イシューは自動的に決まらない。イシュー以前に、自分の問題意識を明確にすることが必要なのである。

金子 浩明

グロービス経営大学院 シニア・ファカルティ・ディレクター/教員

東京理科大学大学院 総合科学技術経営研究科 修士課程修了

組織人事系コンサルティング会社にて組織風土改革、人事制度の構築、官公庁関連のプロジェクトなどを担当。グロービス入社後は、コーポレート・エデュケーション部門のディレクターとして組織開発のコンサルティングに従事。現在はグロービス経営大学院 シニア・ファカルティー・ディレクターとして、企業研究、教材開発、教員育成などを行う。大学院科目「新日本的経営」、「オペレーション戦略」、「テクノロジー企業経営」の科目責任者。また、企業に対する新規事業立案・新製品開発のアドバイザーとしても活動している。2015年度より、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)プログラムマネージャー(PM)育成・活躍推進プログラムのメンター。