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投稿日:2018年08月03日

投稿日:2018年08月03日

キャリアを深めるには「能力:処し方」を超えて「観:在り方」を考えよ 

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

今回は、過日、グロービス経営大学院 公認クラブ「キャリアクラブ」主催のワークショップでお話しした内容からお届けします。

キャリア形成の4要素~3層+1軸

キャリアを形成する要素として、私は下図のように「3層+1軸」でとらえます。

【第1層】
第1層にくるのが「知識・技能(スキル)・資格・人脈」。私たちは目の前の業務をこなすために、まず知識や技能が必要です。また人脈も大事な資産です。これらは言ってみれば、能力の「手駒」です。数が多いほど、質が高いほど、それらを組み合わせて成就できる仕事は大きく強くなります。

【第2層】
第2層は「行動特性・態度・習慣」です。私たちは一人ひとり、行い方の傾向性や考え方のクセを持っています。そしてそれらは習慣や態度といったものを生じさせます。この傾向性やクセといったものは、第1層の能力の手駒を操る大事な要素です。

【第3層】
最も下にくる第3層は「観・マインド」です。働くうえでの信条や理念、意識構え、優先する価値、動機がここに含まれます。

【志向軸】
私たちは職業人としてこの3つの層を内面に持ちながら、何を成し遂げたいのか、どこに向かっていくのかというベクトル(方向性と熱)を持ちます。これが志向軸です。短期的には業務課題や事業目標に目を向けるという軸があるでしょうし、中長期的には人生の目的、夢、志といった軸があります。

そしてここで確認したいのは、第1層・第2層が「処し方」に関わる要素であり、第3層および志向軸が「在り方」に関わる要素であることです。

人生100年時代といわれるようになってきた昨今、キャリア(仕事生活)もまた何十年と続く長い長いマラソンとなります。

そんな中で、たくましくキャリアを展開させ、健やかに仕事と付き合っていくための理想形は、どっしりと「観=第3層」があり、その上で「能力=第1層・第2層」が生かされ、「志・目的の軸」が観から力強く立ち上がっているというものです。

ところが現実の多数は、観がうやむやで、軸もはっきり見つけられず、能力だけでなんとなくやっている状態です。

組織や消費者が製品・サービスのつくり手に求める能力はどんどん変わっていきます。それに対応し、新しいものを習得していく喜びは多少あるものの、30代後半以降はそうした能力的な変化対応だけが目的化した働き方には疲れが生じてきます。

なぜなら、30代後半以降、知識や技術の変化対応が若いころほどうまくできなくなってくる。また、若い人材のほうが技能的に自分を追い越すケースも出てくる。そうなると自分の存在価値や居場所に不安が生じる。さらには「いつまでこんな付け焼き刃的な知識・能力対応の生活が続くのか」という気持ちも大きくなってくるからです。

働くことの本当の喜びは「処し方」次元ではなく、「在り方」から生まれる

そのように第1層・第2層という「処し方」の次元だけで日々の仕事生活を回していると、中長期の流れにおいてキャリア形成や働く意欲が行き詰まる危険性が出てきます。

逆に、第3層という「観」を醸成し、そこから「志向軸」を立ち上がらせる人は、キャリアを大きく展開させ、より強く深い意欲を湧かせる可能性が広がります。

いや、第1層である知識や技能を磨いてその分野のエキスパートとして納得のいくキャリアを歩んでいる人だって大勢いる、という意見もあるかもしれません。しかし、そうした人たちをよくよく観察してみると、彼らは能力習得を重ねるいつかの段階で、第3層である観あるいは仕事哲学的な次元に入り、職人道を究めようとする回路に入っているのではないでしょうか。

私も仕事柄、さまざまな人のキャリアをながめてきました。頭の回転もよく、手先も器用で業務対応も多様にできる人が、結局、40代50代になって、「何でもこなせる自分が、実は何事も成さない人。自己の存在意義を感じられない人」に終わり、不満足なキャリアを送るケースがあります。逆に、少し不器用で選択肢は少ないけれども、己の信じる分野で志を立て、愚直に歩んだ人が、結局、満足のいくキャリアを手にしているケースがあります。

本田宗一郎はこう言っています――「私の哲学は技術そのものより、思想が大切だというところにある。思想を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれえない。人間の幸福を技術によって具現化するという技術者の使命が私の哲学であり、誇りである」。

無類の“メカニックおたく”であった技術者・本田も、やはり技術習得よりも奥底にある思想・哲学の重要性を説きました。だからといって技術を軽んじるということではありません。高き志を持ち、壮大な理想を描いたなら、それを実現する手段として技術が必要になるからです。

有能な技術屋は、「第1層・第2層=処し方」だけの次元でうまく業務をこなします。しかし、偉大な技術者は、「第3層・志向軸=在り方」を主導にして、そこから第1層・第2層を司ります。

「Surface Ocean 型」か「Deep Ocean 型」か

経営戦略用語でよく用いられる「Red Ocean」か「Blue Ocean」か。これになぞられて言えば、あなたのキャリアは「Surface Ocean 型」でしょうか、それとも「Deep Ocean 型」でしょうか?

それはつまり、表層のところで変化対応し働いていくタイプか、それとも、深いところから動機を湧き起こして働いていくタイプか。20代から30代半ばまでは「処し方」に長けることに面白みを感じてよいものですが、30代後半以降は、深くにもぐり「在り方」を問う時間をつくることを強くお勧めします。「在り方」の次元で何かをつかんだなら、そこから考える「処し方」への手立ては以前とはまるっきり変わったものになるでしょう。そういう内省プロセスがキャリアを大きく展開させていくことになります。

村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。

『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)をはじめ、管理職研修、キャリア開発研修、思考技術研修などの分野で企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。
GCC(グロービス・キャリア・クラブ)主催セミナーにて登壇も多数。
1986年慶應義塾大学・経済学部卒業。プラス、日経BP社、ベネッセコーポレーション、NTTデータを経て、03年独立。94-95年イリノイ工科大学大学院「Institute of Design」(米・シカゴ)研究員、07年一橋大学大学院・商学研究科にて経営学修士(MBA)取得。

著書に、『キレの思考・コクの思考』(東洋経済新報社)、『プロセスにこそ価値がある』(メディアファクトリー)、『個と組織を強くする部課長の対話力』『いい仕事ができる人の考え方』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。