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「やりたいことが分からない」
そう多くの若手が悩んでいます。
一方で、「キャリアの転換点の8割が、本人の予想しない偶然の出来事によるもの」とも言われています。
では、「やりたいこと」を見つけた人たちは、どのような転換点を経て今の道を見つけたのでしょうか?
今回インタビューしたのは、真珠で有名な老舗宝飾会社『株式会社ミキモト』で10年以上販売の仕事に携わった後に独立し、『株式会社エス・ブリュッケ』を立ち上げ、オーストリアワインの輸入業を始めた牧野友光子さん。
11歳の時に観たミュージカルでオーストリアの魅力にとりつかれ、これまで訪れた数は、なんと20回近く。
ただ長年、それはあくまで、「趣味」の域だったそう。
どのようにして仕事につなげ、独立に至ったのでしょうか?
「好奇心」を原動力に進んでいく牧野さんにお話をお伺いしました。
<聞き手&文:新宅千尋>
(Zoomにてお伺いしました!背景は取引予定のワイナリーのワイン畑)
好きなものに一直線。年々高まるオーストリア愛
ー牧野さんのキャリアにおいて「オーストリア」は重要なキーワードですね。出会いのきっかけは?
『エリザベート』いう、オーストリアの皇妃を題材にした、
日本での初演を観に行ったのですが、子供ながらすごく衝撃を受けて。
友人にオリジナル版のCDを借りて辞書片手に歌詞カードを読んだり、関連書籍を読んだり、どっぷりとはまってしまいました。
「ドイツ語を理解できるようになりたいな」と思ったのも、ここからですね。
大学は英米文学を専攻していたのですが、第二外国語でドイツ語を選択し、社会人になってからも語学学校に通っていました。
ーのめりこむタイプなんですね。
そうなんです。
大学時代、友人と「夏休みだからどこか行きたいね」となった時も、「ドイツとオーストリアに行きたい!」と発案して、念願のオーストリアの首都ウィーンを初訪問。
最初に降り立った時から、「ここ、なんか知ってる気がする...!」といった懐かしい空気を感じました。
ドイツとはまた違う、居心地の良さ...。
今でも、あの時の気持ちは忘れられません。
ただ、劇場がお休みだったので肝心の『エリザベート』は観られず、
母に「また行きたい」と話したところ、「私も現地でエリザベートを観たい」と言ってくれたので、その年の秋に母とリベンジしました。
―えっ、夏に行って、その次の秋にですか?
はい(笑)。
8月に行って、11月に行きました。
(行動力がすごい...!)
大学を卒業した後は、ミキモトという宝飾の会社に入社したのですが、まとまった休みがなかなか取れない中で、取れるとなったらヨーロッパに行くようになりました。
そんな中、ミュージカルを通してオーストリア人の友人ができ、より精神的な距離感が縮まり、オーストリア愛に拍車がかかりました。
そしてオーストリアなら、「4連休での弾丸でも行く!」というマインドに。
販売業なので、土日も仕事で、2連休が取れたら「ありがとうございます!」という状況。
4連休は本当に頼み込んで頼み込んで取る...!といった感じでしたね。
―ヨーロッパだと、結構移動に時間がとられません...?
そうなんです。
でも、「夜便」という、ありがたい味方がいて。
できるだけ向こうでの滞在時間を確保するために、仕事が終わるとそのまま空港に行って、帰りは仕事に戻る日の朝着の便に乗り、レッドブル片手に出社していました。
こなれてきて、最後は3連休でも行ったりも...。
1年間に3回行ったこともあり、通算20回近く行っています。
―他の国には、行かれないんですか?
行きます、行きます。
ウィーンに行く目的はミュージカルなので、最悪一日滞在できればいいんです。
なので、他の国と抱き合わせて...例えばワイナリー巡りをしたりしています。
私がウィーンに行こうとしていたのと同じ時期にスペインに旅行するという友人に誘われて、現地集合して一緒にワイナリー巡りをする、といったこともしました。
(訪問したワイナリーのブドウ畑の前にて)
―今は独立されてワイン輸入業をされていますが、この頃から意識されてたんですか?
いえ、まったくです。
当時は、完全に趣味で、「好きだし、楽しいから行く!」といった感じでした。
ワイナリー巡りをするようになってからは、もっと勉強したいなと思ってワインエキスパートの資格も取得しましたが。
老舗宝飾会社・ミキモトへ新卒入社
―独立前は、ミキモトで10年ほど働かれていますね。入社の経緯は?
元々ジュエリーに興味があったわけではなくて、就活する時の軸が、海外との繋がりが持てることと、日本の老舗であること、だったんです。
この2軸に当てはまる会社を受けており、一番惹かれたのがミキモトでした。
―ミキモトに入社してからは、どのような仕事をされていたんですか?
銀座にある本店配属になり、店頭に立って販売の仕事をしていました。
入社してしばらくは楽しかったのですが、異動で職場の環境が合わなかったときは辛かったですね...。
なので、毎夕方本店長が各フロアの様子を見に来るときに、トコトコっと寄って行って、「私に何かいいお話ないですか?」「そろそろ私に異動の話を持ってくるころじゃないですか?」と、ひたすら声をかけてアピールして(笑)。
その結果、11ヵ月で元いた売場に戻してもらえました。
(職場環境が合わないのは、つらいですよね...)
―斬新な異動の方法ですね(笑)。
だって、やる気のない社員を抱えているなんて、会社のためにもならないじゃないですか。
その後は、仕事も充実していて楽しかったです。
またこの頃には、「将来的にはオーストリアやドイツとのつながりが持てる仕事がしたいな」と漠然と考えるようになり、ドイツ語技能検定準1級を取得するなど、ドイツ語の勉強に励んでいました。
その後は、大阪へ転勤。
それまで店舗内異動はしていたものの、本店しか知らない井の中の蛙だったので、同じ会社の中でも、ところ変わればこんなに色々違うんだ、というカルチャーショックを受けました。
「私の価値ってなんだろう」1年以内に辞めることを決意
―環境が変わると、戸惑うことも多いですよね。
本当にそう思います。
入社9年目の時、ニューヨーク転勤の機会をいただいて、仕事自体はとてもやりがいがあったのですが、日本に帰国し、元の店頭販売に戻った時が一番しんどかったですね。
ニューヨークに転勤する前から、「販売以外の仕事がしたい」と思っていたのですが、「私の価値ってなんだろう。このままずっと店舗の仕事をするのかな」と真剣に悩むようになりました。
今いる場所でやりたいことも見えないし、将来なりたい姿もわからない。
転職するにしても、同じジュエリー業界や販売という仕事だったら転職しやすいけれど、まったく違う業界や職種になると、新卒のような条件になってしまう。
そこまでして転職した後に、その職場で上手くいくという保証もない。
自分の中で「自分がどうありたいか?何をしたいか?」の明確な答えは出ていないものの、「1年以内に辞めよう」と心を決めました。
(思いきった決断です)
今のワイン業につながる2つの出会い
―先に退職を決意されたんですね。
そうなんです。
でもちょうどその頃から、今のワイン輸入業につながる2つの出会いがあったんです。
1つは、ビジネススクールです。
まだ転職するかどうかを迷っていた頃、友人にキャリア迷子の悩みを相談したところ、「じゃあ、MBAとか取ってみたら?」と言われたんです。
「なるほど。でも、何を勉強するんだろう?」と思っていたときに、たまたまグロービス経営大学院のウェブ広告が出てきて。
とりあえず、その週に開催される体験クラスに申し込みました。
実際に参加してみると、会社では出会わない、同じような悩みを抱えている人たちに出会って、「おもしろい!」と感じました。
ためしに1つ講座を申し込んでみるかと、『クリティカルシンキング』講座を受講したのですが、それがすごく楽しくて。
メンバーにも恵まれ、講座が終わる3ヵ月後には、なんともいえない寂しい気持ちになりました。
その後、あれもこれもと追加で受講しているうちに、MBAコースの本科入学をしたくなり、10年以上務めたミキモトを退職しました。
―「あと1年で辞めよう」という決意通り、退職したんですね。不安はありませんでしたか?
それが、あまり不安はなかったんです。
退職と同時に、グロービスのMBAプログラムに入学したのが大きかったかもしれません。
2年間はビジネスの勉強に集中することにしました。
そして、入学して数カ月後、今のワイン輸入業につながる2つ目の出会いがありました。
たまたまFacebookで、オーストリアワインの試飲会があるということを知ったんです。
こういうイベントって、業者さん向けのものが多いのですが、この日は一般向けに公開しており、「おもしろそうだから行ってみよう」くらいの気持ちで参加しました。
インポーター(輸入業者)さんが立っていたり、現地の生産者さんが来ていたり、色々なブースがある中で、「インポーター募集中」という看板を掲げているところに目が留まりました。
興味を持って、そういったブースを重点的に周り、その中で仲良くなった造り手さんに「来年2月にオーストリアに行くから、遊びに行ってもいい?」と連絡をしました。
その時はまだ、自分がインポーターになるとは考えてなくて、単純に「遊びに行く先ができてうれしい!」という感覚でした。
(この時に連絡交換した生産者さんのワイン。左2つは、なんとブドウ畑の土をそのままラベルに。検疫の問題上、土のラベルは日本に入れられないので、
―これまでも、趣味で各国のワイナリー訪問をされてましたもんね。
はい、ただこの試飲会後、徐々に仕事として意識するようになってきました。
グロービスの『リーダーシップ開発と倫理・価値観』講座で、同じクラスのメンバーに、「ワインの仕事をしたいんですよね」と、ポロッと伝えたところ、「いいじゃん!」と言ってくれたんです。
それが嬉しくて、ちょっと調子に乗り始めて(笑)。
さらに背中を押すきっかけになったのが、『ベンチャー・マネジメント』講座で先生がおっしゃった、「すべてを完璧にしてからやろうと思わなくてもいい。ベンチャーは、少しずつ動きながら運営していくもの。だって、やってみなきゃ分かんないでしょ」という言葉でした。
「そっか、小さくてもいいんだ」と勇気づけられました。
―少しずつ気持ちが固まってきた状態で、試飲会で出会った生産者のワイナリーに訪問したんですね。
首都ウィーンから車で一時間の場所で、ワイナリーのお話を伺ったり、町や醸造所、建設中の宿泊施設などを丸1日かけて案内していただいたり、とてもよくしていただきました。
(訪問したワイナリーの玄関)
「今何をやっているの?」と聞かれて、ビジネススクールに通っていると話したら、冗談半分で「じゃあうちのワインをインポートしちゃいなよ」みたいなことも言われたり(笑)。
本当に良いご夫婦で、「この関係性を大事にしていきたいな。この人たちと一緒に働けたら楽しいだろうな」と思うようになりました。
(このご夫婦との出会いが、牧野さんの心に火を灯しました)
そして帰国後、グロービスの様々な授業の中で、「やってみてもいい気がする。やってはいけない理由はないのでは」と自己肯定の場が増えていきました。
やらないで後悔したくない。
たとえ失敗しても、やるだけやったら、「まぁいっか」と思えるのではないか。
そう考えるようになりました。
どれか一つでも欠けたら、今の私はいない
―牧野さんのキャリアを振り返ると、いろいろな「出会いの積み重ね」ですね。
本当にそうだと思います。
11歳の時に観たミュージカル、各国のワイナリー訪問、たまたま見たグロービスの広告、ワイン試飲会での出会い。
どれか一つでも欠けていたら、今の私はないと思います。
また、ミキモトに勤めていた大阪時代、プライベートで知り合ったドイツワインの輸入をしている方には、色々な相談に乗っていただいています。
その方がいらっしゃらなかったら、今も自分がどうしたいのか、どうするべきか良く分からないまま、立ち止まっていたかもし
一人では、ここまで来られなかったと思います。
(振り返れば、一つひとつの出会いがまるで運命のようです)
―今年の5月に『株式会社エス・ブリュッケ』を設立されましたが、今はどういったことをされているんですか?(インタビュー時:同年8月)
基本的に一人で動いているので、少しゆっくりなペースではありますが、インポートと販売の準備を進めています。
酒販免許の申請中なのですが、それが取れないと発注もシッピングの手配もできないので、今は待ちの状態ですね。
なので、ECサイトの制作などを進めています。
―一人で全てをこなすのは、大変そうですね。
それが、意外と面白くて。
法人登記も酒販免許も、司法書士の先生にお願いする人が多いのですが、なるべく節約したくて、自分でやりました。
難しそうなイメージがあったのですが、サイトで調べたり、税務署にしつこく電話して聞いたりしていたらできました。
今度、通関も自分でやってみようかなと思っています。
流れが分かっていたら、その後通関業者に依頼するときも、色々な話がスムーズにできますよね。
―酒販免許が取れたら、どのようなことに取り組んでいく予定ですか?
ECでの販売や少人数での試飲会イベント、飲食店への卸...。
オーストリアに絞っている時点でニッチだと思うので、独自の方向で色々トライしていきたいと思っています。
和食の家庭料理とオーストリアワインのペアリングも提案したいですね。
ワインは一般的に敷居が高いイメージがあるのですが、おうちでの何でもない日常のお食事のときにも楽しんでほしいんです。
(ペアリングを意識したメニュー例。写真左:自家製 大根の柚子漬け× Welschriesling (オーストリア南部、
―最後に、やりたいことが分からず、自身のキャリアに悩む若手にメッセージをいただけますか?
自分の軸が一番大事かなと思います。
会社を辞めるのか、続けるのか。
一歩踏み出すのか、とどまるのか。
結局は、「自分にとってのハッピーは何なのか」「優先順位は何か」に尽きると思います。
あと、他者への自己開示も大事ですね。
自分一人で考えていると、「いやぁ、それでお客さんつくかな」「本当にそれって世の中から求められているのかな」など、ついネガティブな気持ちになったり、自分の中で完結してしまったりすることって多いですよね。
私はグロービスに入学する前は、不確定な自分の夢を誰かに話すのが苦手だったのですが、グロービスでは様々な授業を通して、自己開示させられるんです(笑)。
そこで、同じクラスの仲間に話して「いいじゃん!」と言われると、前向きになる。
例えば、会社の同僚に「起業してワインのインポートをしたいんだよね」と話したとすると、「え、辞めるの?」と会社へのコミットを疑われると思います。
でも、グロービスは何を言っても受け入れてくれるリスクフリーな環境でした。
1つ1つの積み重ねが、最終的に一歩踏み出す勇気をくれました。
前向きな気持ちになれる環境に身を置き、想いを言葉にしていく。
そうしたことも、大事だと思います。
―牧野さん、ありがとうございました!
著者情報
新宅 千尋(グロービス経営大学院 大阪校 スタッフ)
神戸大学理学部生物学科卒業、京都大学大学院生命科学研究科修士課程修了。幼少期より「思考や感情の発生」に興味があり、独学で心理学や脳科学を学ぶ。一方、「内なるものの表現」にも関心があり、10年ほどアトリエ教室に通う。学士/修士課程では脳の再生の基礎研究に従事。新卒で大手総合通販会社に入社後、Webマーケティングチームに配属。心理学や行動学の知識とアトリエ教室で培った感性を融合させ、売上や購入率向上に貢献。その後、社内から「人の力」で会社を強くしていく人材教育領域に興味を持つようになり、次世代のビジネスリーダー育成と輩出を目指す、グロービスに転職。グロービス経営大学院のコンテンツメディア企画チームに所属し、自身のキャリアに悩んだ経験から、グロービスキャリアノート制作・運営に携わる。
※本記事の肩書きはすべて取材時のものです。